東方守勢録
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第二話
「俊司君……君は……テレポートの技術を知ってるか?」
上条は唐突にそう言った。
「……は?」
「いや……知らないか。なんと言えばいいものか……」
よほど説明がいるのか、上条は頭をかきながら悩んでいた。
「簡潔でいいです。後は推測で何とかしますので」
「そうか……なら、短くなりそうだ」
上条はそう言うと、開いていた手帳を閉じて話を続けた。
「まず、この世界に時より我々のような外来人が迷い込む、それは知っているな」
「はい」
「一つはここ周辺にたどりつく。だが、それは思い悩んでいる者のみだ……我々には無縁であり、使い物にならない。二つはそちら側にいる妖怪が連れてくること。不規則過ぎて使い物にならない」
「それはそうですね」
「そしてだ……その二つ以外にも、偶然この世界に迷い込むパターンがある。それを分析し……我々は先回りをしたわけだ」
「そして、この世界に来た」
「はやまるな。まず渡ったのは数人の兵士だ。いっぺんに大勢の人数は渡れない。だから……我々は世間には公表していないものを使ったんだ。それが『テレポートシステム』だ」
上条はポケットから一枚の写真を取り出すと俊司に見せた。
写真には円盤状のものが写っており、スイッチやモニターなどの機械もいくつか写りこんでいた。
「これは12台目といったところか」
「12台目?」
「ああ。それ以外のシステムはすべて結界に阻まれて失敗した。実験で箱に入れたものを飛ばしたが……向こう側に飛ばすことはなかった。12台目をつかってなんとか成功して……大勢の兵士を飛ばすことにも成功した」
「……」
正直なところ、俊司にとっては疑わしいことだった。
世間一般には公開されていないシステムを作成し、悪用するために使用することは非常に腹が立ったが、それよりも現在の科学で証明できるのかが疑問だった。
だが、実際に装置はできている可能性もある。俊司は上条の人柄のことも考え信じることにした。
「わかりました……では、ここに来て何をしようとしてるんですか?」
「命令でね。外の世界で起きた事件を再び起こさないように政府にいわれたのさ」
「……表面では……ですよね?」
俊司はなにか確信を持っていたのか、そう言い返した。上条は一瞬びっくりしたが、その後不敵な笑みを浮かべていた。
「それは君の推測か?」
「はい。今までの情報をまとめて考えました」
「なら……見事だな。確かにこれは偽りの命令だ」
上条は背もたれに体重をかけて楽な姿勢をとると、不敵な笑みを浮かべたまま話を続けた。
「……ここを拠点とし、日本に攻撃を始める。政府の命令ではない……我々の単独行動だ」
「なっ!?」
「もちろん、最初はここの人たちを使ってと考えていた。だが、ここにいれば数人の兵士は能力を得ることができる。そうすれば……乗り物を使わなくとも……日本を乗っ取ることはできる」
「……何を言ってるか……わかってるんですか!!それは日本だけでなく……世界を敵に回すと言ってるのと同じでしょう!?」
俊司は声を荒げてそう言ったが、上条は全く動じてなかった。
「もちろん。ゆくゆくは世界征服も考えているさ」
「なぜ……そんなことを!」
「世界は今腐っている……すべてを始まりに戻すため……それならなんでもやるさ……」
「そんなの……あんたの考えの方が腐ってる!」
「現状を知らない貴様に何が分かる」
上条はいきなり声のトーンを下げてそう言った。俊司の体中を寒気が駆け抜けていく。
「……ま、君にはわからないだろうな。だから君は敵なんだ」
「わからないし……わかりたくもない」
「そうか……別にかまわん……時間だ。すまないが、私は失礼する」
上条はそう言うと席を立ち扉を開ける。そのまま立ち去ろうとしていたが、何かを思い出したのかふと振り返ると、そのまましゃべり始めた。
「おっと、言い忘れるところだった。君はまだここに残っていてくれ」
「……」
「君に会いたがってる子がいる。すぐに呼んでくるよ」
上条はそう言ってその場を後にした。
数分後
「……」
俊司は一人、静寂な空間に取り残されていた。
(幻想郷をのっとるだけでなく…日本まで…本当に止めないと…やばい!)
俊司は無意識に拳を握りしめていた。だが、現状を考えると何もすることはできない。一人無力さを痛感させられていた。
そんな時だった。
ガチャ
「……失礼します」
そう言って入ってきたのは見覚えのあるロングヘアーの少女だった。
「由莉香……」
「こんにちは……俊司君」
由莉香はそういって軽い笑みを返した。
「今はここにいたんだ」
「うん。一応未成年ってこともあって、お父さんがいる場所じゃないと行動できないんだ」
由莉香はそう言いながら座席に座り、俊司のことをじーっと見つめてきた。
「……なに?」
「ううん。こうやってゆっくり話せるのって何年ぶりかなって……」
「あーなるほどな。もう6年も経つんだもんな……」
「そうだね……ちゃんと勉強してる? 俊司君めんどくさがりだったから」
「あのな……俺もがんばってるって。そっちこそ、軍隊なんかに入って……勉強できんのかよ」
「家庭教師みたいなかんじかな。きちんと基礎は学んでるよ」
それから数十分間、時間がゆるす限りたわいない話を続けた。6年も会っていなかったこともあり、話題はつきそうにはなかった。
だが、由莉香がある話題をだした瞬間、会話が止まってしまった。
「ところで、俊司君のお父さんとお母さんは?」
「えっ……」
「昔よくお世話になったからさ、またお礼を言いに行かなきゃって」
「あ……そうだな……あははっ……」
「俊司君?」
「……」
由莉香の問いかけにも俊司は答えようとしない。由莉香は少し不安そうな顔をしながら俊司を見ていた。
「父さんと母さんは死んだよ」
「えっ!?」
「俺が高校に上がる頃に……原因はわかってない」
「そう……だったんだ……ごめん」
一瞬なんともいえない雰囲気が二人を襲う。俊司はなんとかこの場を何とかしようと、話を続けた。
「いいよ。もうわりきったんだ」
「鈴ちゃんは?」
「元気にしてる。あいつも会いたがってるよ」
「そっか」
由莉香はそう言って笑みをこぼした。
「もう時間だね。行かなきゃ」
「ああ。またな」
「またね俊司君」
由莉香は去り際に軽く手を振った後、静かに扉を閉めた。
施設内 捕虜監視室
再び牢屋の中に戻された俊司は、咲夜たちに上条が言っていたことを簡潔に分かりやすいように伝えた。革命軍がどういった技術でここに来たのか、本当の目的はなんなのか、それを聞いた咲夜たちは怒りを隠せずにいた。
「幻想郷だけでなく外の世界まで……あいつらは何を考えてるの!?」
「そのためにここを利用するということか……まったく、迷惑にもほどがある。これでは私達はどうなってもいいみたいな言い方じゃないか」
「はい。おまけに、ほとんどの兵士はそれを知らないらしいんです」
「騙されてるんですか? 私みたいに」
「たぶん……」
一度騙された経験があったからか、早苗はどことなく複雑な表情をしていた。
いいように扱われる兵士・日本をのっとり世界を侵略する計画・そのために足場にされる幻想郷、なんとかしないと取り返しのつかない状態に陥ってしまう。俊司はいろいろと考えてみるが、今の彼らにできることなど何もない。
ただただ時間は過ぎていくばかり。俊司は何もできない自分を悔んでいた。
二日後 永遠亭
俊司が捕まってからはや二日が経過しようとしていた。
予想外の出来事に、紫達の士気は一瞬大きく低下していた。最後の希望だった俊司を失った。その代償は大きかったのか、自分たちの力不足と判断力のなさを実感し、各々反省していた。
特に俊司に協力を求めた文はひどく落ち込んでいた。椛曰く「文さんが落ち込むのはめずらしいですが、すぐに元にもどりますよ」と言っていたが、実際にその翌日、文はすっかり元気を取り戻し情報の整理と、判断力を身につけるための特訓を行っていた。
そんな状況のなか、半人半霊の庭師は早朝から修業に励んでいた。
「はっ!せいっ!!てやっ!」
一振り一振り入念に行っていく妖夢。
俊司が捕まって以来、やっぱり自分は力不足だと言って修業を行っていた。あの状況で何もできなかった自分を悔み、それをすべて修業にぶつけていた。
そのためか、大した成果は見られなかった。
「ふう……さて、休憩しますか俊司さ……あ……」
妖夢は背後を振り返るが、最近までいた少年の姿はどこにもない。
軽く溜息を吐きながら再び気合いを入れると、妖夢は再び剣を握った。
「癖って怖いわね~」
「うわっ!?」
突然背後から声をかけられ驚いたのか、妖夢は体を震わせながら剣を落とした。
「なっ……なんだ……幽々子様でしたか」
「なんだとは失礼ね妖夢。心配になったから見に来てあげたのよ?」
「心配って……」
「ずいぶんと思い詰めてるみたいね?」
「……」
「言わなくても分かるわよ?あなたの太刀筋はあの子がいたときと全然違う。今のままじゃ何もできないわよ?」
図星だった。
妖夢にも今の自分は全くダメになっていることは気付いていた。もちろん、俊司がいなくなったことだけでなく、なにもできない自分にいらだちを覚えていたからだ。
だが、何をしても直ることはなく、途方にくれていた。
「まったく……それでも私の剣術指南役なのかしらぁ~?」
「すいません……」
謝る妖夢をちらっとみた幽々子は、なぜか笑みを浮かべていた。
「で? いつ頃からなの?」
「……は?」
「だから、いつごろから俊司君が好きになったの」
「え……あ……ふぇ!?」
予想外の質問を受けて妖夢はへんな声を漏らしていた。
「なななっ何を言ってるんですか!?」
「とぼけても無駄よ~? あなた普段あの子と一緒にいるとき、どことなく嬉しそうな顔をしてるじゃない?」
「そっそんなこと……」
「それに特訓してほしいって言われた時、ものすごくうれしそうにしてたわよね~?」
「それは……そうですが……」
徐々に顔を赤くしていく妖夢。そんな彼女を面白そうにみる幽々子は、そのまま確信の一言をついた。
「あの子に会う時、無意識に自分の身なりを気にしてたりしたのも気づいてるのよ?で、いつごろなの?」
「……」
妖夢は恥ずかしいのか何もしゃべろうとはしない。
ちょっとからかいすぎかと思った幽々子は、仕方なくなだめようとする。だが、それと同時に妖夢が口を開いた。
「わかりません……気付いたら……こっ……このような……気持ち……に……」
そう言って妖夢はさらに顔を赤くしていた。
「あらあら、まさかほんとに言っちゃうなんて」
「ええ!?」
幽々子のまさかの一言に、妖夢は声を上げながら驚いた。
「ちょっと幽々子様!?」
「ごめんごめん。ちょっと無理させちゃったみたいね」
「はう……その……このことは……」
「わかってるわよ。誰にも言わないわ」
「…すいません」
妖夢は半分涙目でそう言った。
からかいすぎたのか、あるいはそれが目的だったのかはわからないが、幽々子はくすくすと笑いながら扇子でぱたぱたと仰いでいた。
「さて、一通り終えたところで……はい」
「えっ?」
幽々子はいきなり懐から丸い何かを取り出すと、妖夢に向けて投げる。
「切りなさい」
「えっ!? っと、せい!」
妖夢は言われるがまま楼観剣を使ってボールを切り落とす。ただ命令通りのことをしただけ。だが妖夢は。
「えっ……」
と言いながら目を丸くしていた。
「うん、いつもの太刀筋ね」
「幽々子……様?」
「あなたが何も考えずに剣を振るように仕向けたのよ」
幽々子はそう言うと、扇子を閉じて説明を始めた。
「あなたの太刀筋には邪心が残っていた。それは彼を助けられなかった自分に対する自信のなさ、そこから来てるんじゃないかなって思ったのよ」
「幽々子様……」
「思い詰め過ぎよ妖夢。もっと楽にしなさいな。そうすれば、おのずと戦える時が来る」
「は……はい!」
「明日から私が軽く稽古をつけてあげるわ。剣についてじゃなくて、戦い方についてね」
「はい! よろしくお願いします」
「あと、恋愛に関することも聞きたい?」
「うぐっ……その……それは……」
「冗談よ。じゃあ、あとは頑張りなさい」
幽々子はそう言ってその場を後にした。
「これでいいわね」
「そうね~でも、若いっていいわ」
幽々子は妖夢と別れた後、紫と話をしていた。
「幽々子、その言い方まるで」
「あら、私もまだまだ大丈夫よ?」
「ふふっ……なに言ってるんだか」
二人はたわいない会話をしながらお茶を飲みかわす。だが、ずっとこんな話をしているわけでもなかった。
「……で?検討はつきそうなの?」
「まだね。早いとこ見つけて俊司を助けに行きましょう」
「そうね」
二人の話し合いは、夜遅くまで行われるのだった。
同日 革命軍地上本拠地
「さて、この書類を届けないと……」
朝早くから由莉香は真面目に仕事に取り組んでいた。
入隊直後から何事にも興味を示しきちんとこなしていた由莉香は、戦闘以外にも事務や雑用も多く行っていた。それだからか、軍の中では軽い人気者になっていた。
この日の仕事は、作成した書類をしていした場所に届けること。一見めんどくさい仕事だったが、由莉香は一生懸命行っていた。
「次は……ん?」
ふと彼女の目に飛び込んできたのは、総司令官の部屋だった。朝早くだと言うのに軽くドアが開いている。
ふと疑問に思った由莉香は、ゆっくりと部屋に近づいて行った。
新たな歯車が回り始めることも知らず。
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