神への資格
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第一章 3
「君がエドワード様で―貴女がリオ様ですね」
この国の権力を握っているであろう人物が暮らす大きな城で、案内人である御爺さん(執事にしては、老け過ぎているので)が、僕達の名前を呼んだ。エドワードと言った時に、僕の方を見た。
(僕は、エドじゃないんだけどね…)
口に出しそうになって、けれど止めた。間違いは今でなくても直せるし、何しろ―名前を間違われていると知らないで、エドが城の内部の景色に驚き目を輝かせている姿を見てしまったら、何も言えなくなってしまう。自分もここまで立派な城の奥に入るのは初めてだが、嫌な思い出が専行してしまっているせいか、ここまで驚くことは出来ない…。
「主をご紹介致しますゆえ、無礼のない様に」
御爺さんも、他の客にも言うであろうお決まりの台詞を言う。ともかく、煌びやかな城内に見とれたまま微動だにしないエドを僕は何も言わずに手を取り、引っ張って行く。はぐれない様に、“もう何処にも行かない様に”…。昔のトラウマ、直ぐに諦めないでもっと、自分の気持ちに素直になって、あの時悪びれもせず、恥を掻いてでも大切な人を譲らなければ良かった―大体僕が彼女に、エドにこういった態度や接し方をする時は、この出来事を思い出し、後悔しているとハッキリ思い知らされる。あの時はあの決断で、自分も納得していたはずなのに…本当に、人間一回死んでみないと、何にも分からないものだ。
(大事な場面を投げやりな風に通過して、その選択肢が間違っているってこと、生きてる人間である君達でも、良くあることだろう?)
いや、もしかしたらこんな考え方をする人間は―今はもう僕は、人間では無いけれど―きっと自分だけなのかもしれないとも、感じる。それはまるで、自分というつまらない、自分自身で選択も決断もしない者が、生きている資格が無いとみなされている様で、何とももどかしい気持ちになる。
(今は人間だった時とは違って、様々なことで選択を迫られ、それをそつなくこなすのに慣れたけれど)
もう不甲斐ない行動はしたくないから、そうやって臆病に逃げて来た。でも、いくら辛いと思っていても本当に何かを手に入れるなら―掴むには、逃げてられない。その手に掴むためならば、手段も択んでいられないということ。
「レイオン様、お待たせ致しました。遅れてたった今、お客人が到着致しましたが通しても宜しいでしょうか?」
部屋までの長い道程を自らの思い出と、繰り返さない為の覚悟で時間を潰した。そして―どうやら目的の部屋に着いたみたいだった。御爺さんの控えめな、でも意思はしっかりとしていて誰にでも分かるようなノックで、重く大きいドア越しに伝える。流石にこれまで緊張していなかった僕も、次の声が聞こえた時にはもう、ビビりまくっていた。勿論、先程まで周りの景色に見惚れていたエドでさえも。
「そうかやっとか…分かった、通せ。お前は下がってもいいぞ」
有無を言わせぬ男性の声が、扉の先から響く。この時、もしかしたら僕は緊張してビビっていたんじゃなくて、昔の記憶―言われた一つ一つの言葉をその声に、耳に囁かれた恐怖から、怯えてビビっていたのだと思う。
「はい」
それ以上は余計な事を言わずに、御爺さんは下がった。その無駄のない忠実な動きは、執事(若い時はということ)を思わせた。御爺さんが僕らに一言声をかけると、言われた通りに帰って行く。
(うわぁ…どうしよう)
扉のノブに手を掛けるも、開けることを躊躇って、拒んでしまう。手も震え、その振動が声の主にもばれてしまうのではないか、と不安になる。
「おい、どうした?入って来ないのか、客人よ」
そうこうしている内に、訝しげな声で問われる(向こうはそんなつもりで言ったのではないのだろうけど、どうも僕視点で話を進めると、こう人を信じない最低な人物という印象を植え付けてしまうらしい。だって仕方が無い、僕が思っている事がそうだから…)。
「開けるぞ」
ずうっと躊躇いがちで立ち止まる自分に手を差し伸べ、ノブに手を置いている僕の手の上から一緒になって手を握り、エドは開けてくれた。声と言い、その驚くような大胆な行動に、優しさに安心した。
(やっぱり、僕はエドが居ないと何にも出来ない男だ)
改めて、そう思う。昔が女だったから、とか理由にならないくらい臆病な自分。でもそれは、そんなに重要な事柄では無く、ウジウジ考えていたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
カチャリ―
ドアはその重そうな外見とは裏腹に、いとも簡単に力をあまり加えず、ノブを回した音以外に耳障りな音をたてずに、すんなりと開いた。ドアをゆっくりとした動作で押していくと、白く柔らかい世界が徐々に広がってくる。全て開けずとも、待ちくたびれた顔で豪華な椅子に腰を下ろし、こちらの様子を窺う主の姿が見えた。
「…申し訳ありません、大変お待たせ致しました」
最初に口を開いたのはやっぱり僕で、相手に失礼のない言葉を遣い言うが―目の前の男に対して、嫌悪感を抱いた表情を上手く隠せたか自信が無い…。
「いやいや、謝ることはない。こちらとしては、何か事件に巻き込まれてしまったのではないかと、心配しただけの事なのだから―なあ、クロエ」
王は優雅な話口調で、遅れて来た自分達を責めること無く、傍らに居る妻であろう女性の名前を呼び、愛おしそうに見つめた。
(………)
どうも複雑な気分だ。何て言ったらいいのか、良く分からないくらいに。
「初めましてエドワードに、リオ。この国へようこそ!貴方達がここに来るのを今か今かと、待ち浴びておりましたのよ」
夫も優雅なら妻もそうだと言わんばかりに、二人して似た気品のある話し方に、たじろぐ。
身ぶり手ぶりで表現し、それでいてとても美しい動き…ここに来て、驚きの連発だった。けれど『王妃』なのだから、それぐらいの所作が出来て当然なのかもしれない。僕は貴族じゃないから、そこら辺を詳しく知らないが。
「はい、ありがとうございます。今日からこちらで二年間お世話になります、リオです。不束者ですが、ここで出来ることは何でも致しますので、どうぞ宜しくお願いします」
何はともあれ、お世話になるのだから自己紹介と挨拶はしっかりしておこう。そう考え、口を始めに開いた序でに、先に自分の紹介を済ませてしまう。
「エドワード、気軽にエドって呼んでくれ」
エドも僕につられて、流れで名前だけを名乗った。しかし―
(気軽過ぎるだろっ!)
声には出さないものの、心の中で突っ込みを入れた。そのまま驚いて彼女を凝視していると…鋭い視線で見られていると感じたのか、こっちに目を合わせてくる。
「な、何だよ、今のが問題あんのか?」
僕の表情から何かをしでかしたんだと気づくエド。けれど自分で何処が悪いのか、分からないらしい。ええ、勿論ですとも!と叫びたくなったが、もう遅い。それに、僕はノリ突っ込みとかするキャラじゃない…。
「ハハハ、元気なお嬢さんだな。結構。これからは、エドとリオそう呼ばせてもらうよ。そうだ早速で悪いが―リオ。君の挨拶はとても丁寧で良かったのだが、少し訂正させてもらう所がある」
本当に心から笑っているのか分からない、乾いた笑い声を軽く上げ、特にエドの言葉を気に留めていなかった。今度は逆に自分の名前を呼ばれ、何かしでかしてしまったのだろうか?と不安になった。
「は、はい。何でしょう」
上ずった声で、聞き返す。いつでも、どんな時でも、僕は冷静でいられる自信があったのに…今ではその自信も何処かに吹き飛んでしまった。
「先程何でもすると言っていたが―その必要はない。ここの家事全般は、私の使用人達がやってくれる…勿論、それ以外にもな。だから、客人である君達は、何も心配することはない」
にこやかに言われてしまい、どうしたものかと思う。確かに、これだけの豪邸と国の中枢を担う人物が、僕らに何かをさせるとは思えなかったけど―まぁ、僕の思ってもいない気遣いは向こうにしてみたら、要らない配慮だったようだ。
(僕も、言葉道理に行動しようとは全然思っていないし)
「それより、貴方達の話は聞いてましてよ」
緊張が解れて、気分的にもヘナヘナになっていてもう休みたいのに、暇を貰う隙さえ与えずに、王妃が嬉しそうに話し掛けてくる。
目を輝かせたその姿は、まるで子供みたいだ。
「?何を聞いているんですか?」
言葉の意味が分からず、質問してしまう。三十歳過ぎている女性が、このような子供っぽくて、何かを企んでいる表情を浮かべていると、どうにも落ち着かない。それが、以前の自分が知っている人物のイメージと異なっているだけに、余計に不安を煽られる。
エドは自分には関係ないと思っているのか、はたまた頭が追いつかなくて、会話に入れないだけなのか―茫然と、所在なさげに壁に寄り掛かっていて、こっちに一切近寄って来ない。
「貴方達は天使で、しかも天界に住んでいると、居候要請許可書の手紙に入っていましたのよ」
「??」
(居候要請許可書?―一緒に入れた手紙に、そんなこと書いたっけ?)
王妃の言いたいことが全く理解出来ずに、僕は首を傾げた。初めて聞く言葉ではない。何故なら、その手紙を書いたのは自分だ。でも―『そのような内容の文章を書いた』だろうか?通常、このような手紙を人間に対して送る時には、自分達の正体が『極力』バレない様に、必要最低限の内容しか書かない様に、取り決めがなされていたはずだ。
(それなのに、人間に僕達の正体が知られている!?)
これは、非常事態だ。僕らみたいな、まだ完璧な神ではなく、ただの中途半端な立ち位置である天使クラスが、人間に正体を知られてしまうなんて…。しかも、書いた覚えのない内容で…これでは、何も始まらずに失格になってしまうかも。
「ですから、これから毎日少しずつで良いので、天界のお話を聞かせていただけませんか?―ああ、けれど今日はお二人とも遠い所からいらして疲れているでしょうから、明日からで良いですわ」
僕の頭が混乱していることに気づかないまま、王妃クロエは言った。変な気遣いを利かせてくるし、嬉しそうな満面の笑顔で言われてしまって、僕は
「は、はい。勿論…」
禁止事項であるのに、嫌とは伝えられなかった。
後書き
更新遅くなりました。
今回は前回のお話よりは長めになっています。
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