魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epic1-Bたとえ再び君たちに逢えるのだとしても~Wheel of FortunE~
前書き
Wheel of Fortune/運命の輪の正位置/変化の時。自分自身の意識を超え、事態は動きだす。
まずは私自身の逃げ道を封鎖しました。
そしてメインヒロイン、ほとんど出せなかった・・・・orz
†††Side????†††
「ん・・・ここは・・・?」
長い長い夢を見ていたような気がする。深い微睡から覚醒した私が最初に目にしたのは、今居る場所の景色。全方位が薄い灰色の世界。空も地も地平線すらない。ここは「位相空間・・・か」で間違いない。あらゆる時間と空間から隔絶された次元の狭間、位相空間。
私たち“界律の守護神テスタメント”や一部の“霊長の審判者ユースティティア”のみが入れる空間だ。ということは・・・「マリア・・・居るのか・・・?」どこを見ずともマリアに語りかけてみる。
「はい。ルシリオン様。マリアはここに」
前方数m先、揺らめく陽炎の如く音も無く姿を現した、5th・テスタメント・マリア。桃色の神父服にフード付きの外套は、まさしく“テスタメント”の聖衣。金糸のような綺麗な髪が、風もない位相空間内でゆらゆらと漂っている。アメジストのような美しい紫色の瞳は真っ直ぐ私を見ていた。
「また助けてくれたんだな、ありがとう」
「いいえ。間に合ってよかったです。あと少し遅れていれば、ルシリオン様は・・・死んでいました」
悲しそうな色を湛える瞳を伏せ、マリアはスッと私のところまで寄って来たんだが・・・違和感を覚えた。先程まではマリアと距離があったから何も思わなかったが、彼女との距離が近づいて初めて抱ける違和感。
何と言うか「マリア。君、身長伸びたか・・・?」とポツリと漏らす。マリアの身長は確か153cm程だったはずだ。それなのに、どうして私はマリアを見上げてるんだ? どうしてマリアは私を見下ろすんだ? 自分の体を足元から手までジッと見てみる。
「ち、縮んでいる・・・のか・・・?」
思い当たるのは、私の体が縮んでいるというもの。おそらく130cm半ば辺りにまで。マリアを見ると、無言で目を逸らされた。そうか、君の仕業か。とは言え、私の体を縮めるに至った理由があるに違いないから責めることはない。
こうして再び意識が戻ったことだけで十分だ。そしてすぐに現状を把握するために、意識が途切れる前のことを思い出す。息子バンヘルドとの戦闘。私を消し飛ばしたフィヨルツェン、シュリエルを消滅させたレーゼフェア。
「あれからどれだけ経った!? ベルカは!? アギトやアイリはどうなった!?」
ハッとして、マリアの両肩に手を置いて揺さぶる。
「申し訳ありません。アギトさんとアイリさんの行方は追跡できませんでした」
マリアが頭を下げて謝って来た。これもまたマリアを責めることが出来ない。マリアを頼りにしないのが普通なのだから。
「ベルカについてでですが、彼の世界はすでに滅んでいます」
「そうか・・・。という事は、エリーゼ達の事も・・・?」
「はい。行方は知れません・・・あの、ルシリオン様のお体の事について説明させていただきますが・・・」
「あ、ああ。よろしく頼む」
マリアから説明された、今の私の現状。神意の玉座に座す、オリジナルのルシリオンの精神の限界についてはもう理解している。今の状況で消滅――死ぬことで召喚が解かれ、そこからの再召喚には耐えらえない程にボロボロだ。つまり私は絶対に死なないようにしなければならない。だが、今回はその死の一歩手前だったということだ。
聴けば私の体は頭部と胸部以外が消し飛んでいたそうだ。派手に潰してくれたものだよフィヨルツェン。そこまで傷ついた私を死なさずに再生するにはどうすればいいか。その答えこそがマリアの選択したもので、その結果が今の私の幼児化だ。
「――ルシリオン様を現世に留まらせるためには、ルシリオン様の体を構成している魔力の消費を抑えた上でお体を再生する必要があったのです。ですが元の姿に戻すとなるとその消費量は膨大で、オリジナルのルシリオン様の負担が大きいですから・・・」
「子供の体にすることで再生に必要な魔力の消費を抑えた、と」
「はい。私の干渉能力でもそれが限界でした。申し訳――」
「謝らなくていいぞ、マリア。こうして生かしてくれただけで最大級の感謝だよ。しかしこの体でエグリゴリと戦うとなると辛いな。それに、魔力の使用にも限界があるだろうし」
ざっと私に許された戦闘能力を確認する。魔力の最大出力がAAA-。泣きたくなった。これでは“堕天使エグリゴリ”に掠り傷1つとして付けられない。遭遇したら最後、確実にやられる。
「なあ、マリア」
「何でしょう? ルシリオン様」
「どうやったら元の姿に戻れるだろうか・・・?」
「気長に成長するのを待つしかないかと。今のルシリオン様は普通の人と変わらないので」
「気長にって・・・」
その場に崩れ落ち、四つん這いになってしまう。そんなに待っていられない。が、“エグリゴリ”救済を急いてミスして散るのは御免だ。ここは成長するのを待つしかない・・・のか? 本当に? 思考をフルに回転させて、この姿でも十二分に戦える術を捻りだそうとするが・・・。
(ダメだ・・・。どうやってもあの子たちの魔道には届かない・・・!)
歯を噛みしめ、両手を握り拳にして、己の無力さと不甲斐無さに叫びたくなるのを耐える。そんな時、マリアが片膝をつき、私の目の前に右手を差し出してきた。顔を上げ、マリアの手、そして顔へと視線を移していく。彼女は真っ直ぐ私の目を見詰め、
「成長を促進することは出来ませんが、ただ1つ、そのお体のままでもエグリゴリと戦える術があります」
闇に捕らわれそうになっていた私に、一筋の光を差し込んできてくれた。
「それは一体・・・!?」
「ルシリオン様の魔術には魔力を吸収するものがありましたよね」
「イドゥンの事か? だがアレだけではどうすることも出来ないぞ。エグリゴリの魔道を吸収したくても、あの子たちの魔道には何かしらの属性が付加されている。残念ながらイドゥンは属性付加された魔力は吸収できない。いずれは出来るように改良するつもりだが」
「いいえ。エグリゴリの魔術ではなく、また別の・・・そうですね、魔力の宿った物品などから、などはどうですか?」
魔力の宿った物品から女神の救済で魔力を吸収し、魔力炉を通して神秘を付加し、それを戦闘に利用する。確かにこれならこの体でも何とかなるかもしれない。AAA-は何の補助もない状態、この身一つでひねり出せることが出来る目安だ。他から魔力を持ってくることが出来れば・・・。セフィロトの樹の儀式を思い出す。自身の魔力を結晶化し、それを順々に消費していく。今回もそれに似た事をすれば。
「ん?・・・魔力の結晶・・・?」
「どうかなさいましたか?」
「いや・・・似たような物を知っているような・・・あっ!」
脳裏に浮かぶ、懐かしき単語とその姿。アレを利用すれば、1機くらいは救えそうだ。名前はそう、「ジュエルシード・・・!」私が再び幸せを手にするきっかけになったフェイトと出逢うことが出来た要因。フェイトやアルフと出逢え、なのは達と出逢えたからこそ、私や先代3rd・テスタメントのシャルは人間性を取り戻せたんだ。だが、「マリア。今の年号、判るか?」時すでに遅ければ没。早すぎてももちろん没。
「年号は新暦となり、現在は次元世界標準年月日、新暦65年4月上旬です」
「新暦65年の4月・・・!」
ジュエルシード事件が起きる月だ。ジュエルシード争奪戦に参加するなら絶好の機会。しかしそれは、フェイトとアルフを敵に回すと言う事になる。
(私に出来るのか・・・?)
いや、出来る。私とフェイトが好き合った次元世界と、いま私が居るこの次元世界でのフェイトとは別の存在だ。だからきっと大丈夫。心が痛むだろうが、今回ばかりは悠長に構えていられない。
「マリア」
「はい。ルシリオン様」
「私はこれから地球は日本、海鳴市へ向かう。転送のサポート、任せられるか?」
「もちろんです。と言いますか、初めから私もそのつもりでしたから」
「なに・・・?」
マリアも対“エグリゴリ”戦用の魔力供給源としてジュエルシードに目を付けていたのだという。私の体を子供の体型で再生させ終えたのは、今から150年以上も前。耳を疑ったが、“エグリゴリ”が動きを見せなかったことで私を覚醒させずに封印したらしい。
しかし私が起きていれば、その150年でアジトくらいは探すことも出来ただろうに。最初はそう思ったがマリアに頼らないとすれば、捜索にはもちろん魔力が必要になってしまう。今の状況で魔力必須の捜索行動に入れば、おそらく自滅してしまうだろうな。マリアはそれを危惧して、ジュエルシード事件が起きるまで私を封印していた、と。
「そうか。何から何まで済まないな」
「ルシリオン様の解放は、すなわち私の解放でもありますから。あ、ルシリオン様」
「ん?」
「今回は誰を攻略します?」
「んん?」
マリアがおかしな事を訊いてきた。誰を攻略する? あ、そういうことか。私は「とりあえずシュリエルの敵討ちだ」と答えた。対闇黒系魔術師用“戦天使ヴァルキリー”・闇絶の拳、レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。この世界における私の家族を討った罪は、さすがに償ってもらわなければな。
「そうではなくてですね。前回の契約では、フェイト・テスタロッサさんと恋仲になりましたよね」
「・・・・あのなマリア」
攻略というのが何に対してなのか判り、大きく溜息を吐く。マリアは私が呆れているのが気付かないのかペラペラ喋りだした。
「高町なのはさんにしますか? それとも、もう一度フェイトさんを攻略します? あ、魔法関係者ではありませんけど、月村すずかさんやアリサ・バニングスさんも出来るかもしれませんね」
「待て。待て待て」
「そ、それとも・・・ハ、ハハ・・ハハハ」
「何が可笑しい・・・?」
「ハーレ、ハーレ、ハーレ・・・!」
「ハーレ・・・晴れ?」
「ハーレーダビッドソン!」
「よくその名前を知っているな、マリア」
マリアにバイクの知識(名前だけだが)があったなんて驚きだ。マリアは顔を赤くして「そうではなくて、あれですよ!」と私に顔を近づけてきた。
「ハーレムと言うヤツですよっ!」
「どこでそんな単語を覚えて来たんだ・・・?」
ガックリと肩を落とす。そういう発想をするのはシャルくらいだと思ったんだが。とにかく「馬鹿を言うな。そんな暇はない」と、少し怒気を含ませて言う。先の次元世界での契約では確かにフェイトと恋をした。
しかし今回は、恋愛をしても意味がない。どれだけ相手を想っても叶わない。今まで以上に叶わない。私には後が無いからだ。対人契約はもう出来ない。だから恋愛をしても・・・相手を苦しませるだけだ。
「ほら、早く転送準備だ。ジュエルシードを集めなければならないからな。どこにジュエルシードが眠っていたのかも思い出さないといけないし・・・」
フェイトやアルフ、なのはやシャル達との会話などは今でも鮮明に思い出せるが、ジュエルシードがどこに在るのかはあまり覚えていない。場所を思い出し、なおかつ探索・発見し、そして競争相手のなのはとユーノ、フェイトとアルフを退けなければならない。
「・・・・判りました。それでは出口を第97管理外世界・地球、日本は海鳴市にします」
「マリア。ありがとう」
別れる前に礼を言っておく。マリアが居てくれるからこそ、私はこの世界に訪れることが出来、“エグリゴリ”に負けたとしてもこうして生きていることが出来ている。マリアは「御武運を」と凛とした表情で送り出してくれた。
「・・・・ああ、この潮の香り・・・懐かしいな」
位相空間より抜け、私が降り立った街はとても懐かしき海鳴市。海鳴市は海に隣接する街だ。あまりにも懐かしい空気に目の奥がジーンと熱くなる。耐えきれずに流れた涙を袖で拭い、目前に広がる海を背に歩き出す。ここは海鳴臨海公園だ。フェイトとアルフと出逢った、思い出深い場所。
「・・・っと、服を変えないと怪しまれるな」
いま私が着ているのはアースガルドの軍服であり、魔術戦用の衣服・戦闘甲冑。黒いハイネックの長衣にインバネスコートにズボンに編上げのブーツ。サイズは体に合わせて子供用。とは言え、少々この格好は怪しいか・・・?
「我が手に携えしは確かなる幻想」
周囲に人が居ないことを確認し、創生結界へアクセスするための呪文を詠唱する。アクセスしたのは複製、結界内に取り込んだ物を貯蔵する“神々の宝庫ブレイザブリク”。子供っぽい服を取り出そうとするが、子供らしさなんて“テスタメント”になる以前から持ち合わせていないから、いつも服選びで苦労する。
ふと脳裏を過ぎるのは、子供は風の子、という言葉。薄着にすれば子供っぽいか・・・? 散々悩んだ結果、選択したのは黒の半袖のTシャツで、背面には私を象徴する十字架のイラスト。それに灰色のパーカ。背にはTシャツと同じ十字架のイラストが描かれている。下はミリタリーハーフパンツ。裾が短いから子供っぽいだろう・・・違うか?
「とりあえずはこれでいいか。さて、と。ジュエルシードはまだばら撒かれていないのか・・・?」
魔力探査を海鳴臨海公園全域に行う。反応はなし。どうやらまだのようだ。では次。衣食住問題。サクサク見つけることが出来ればいいが、そうでないならホームレス生活。衣は魔道でどうとでもなるか。住も大して問題じゃないか。大戦時は野宿とか当たり前だったし、ほとんどの契約時もまともな生活などしなかったし。食は・・・あ、これも“ブレイザブリク”の保管庫から調達すればいいのか。
「・・・って、馬鹿か。ただでさえ少なくなった魔力をいたずらに消費してどうする」
あれほど魔力激減に悩んでいたのに、海鳴市に降り立った瞬間に忘れるとか。どれだけ浮かれているんだ私は。食は山菜取りや釣りで賄えばいい。自給自足のサバイバル生活、上等だ。衣だけは魔力を使って、“ブレイザブリク”から調達。住は野宿で十分!
「そうと決まれば――ぐへっ?」
サバイバル上等と決意し、いざ出発しようとしたところで、何かが落ちてきたのか頭頂部に途轍もない衝撃が。子供の体の所為で踏ん張りが利かずにそのまま転倒。「痛たた・・・」頭と首を押さえながら体を起こす。
「ご、ごめんなさいルシリオン様!」
「マ、マリア・・・?」
空より聞こえてきたマリアの謝罪。ふと目が行くのは舗装された石畳の上に転がっている青色のボストンバッグ。どうやらアレが私の頭を襲撃した犯人のようだ。首をポキポキ鳴らしながら近づく。マリアが「その中に、これからの生活に必要な物を容れておきました」と教えてくれた。おお、至れり尽くせり。土下座で感謝してもしきれないぞ、マリア。
「ありがとう。どれどれ。中は一体何が入っているんだ?」
中身を確認してみると、「あれ? これだけか・・・?」入っていたのは財布と預金通帳と身分証明書となりそうなカードが数枚収められたホルダー、そして薄いカードで、コレは次元世界での通信端末だ。馬鹿な。私の頭にヒットした時の衝撃力からしてもっと重い物が入っていなければおかしい。ボストンバッグを逆さまにして振るうが、それ以外は何もない。
「まぁ、いいか。財布の中身は・・・5万円。この姿で持つには結構な金額だな。それに通帳、か。10万もあればそれなりに・・・・ぶふっ!? に、に、2億円だと!?」
正確には2億3千9百万。そのふざけた金額に目が飛び出そうになった。高給取りか宝くじを当てないと滅多に見られない数字が、私に与えられた通帳内に記されていた。すぐに「マリアっ、こんな金額、どこで手に入れたっ!?」2億円の出所を問い質す。姿を見せないためにどんな顔をしているのか判らないが、無言が続くとなると何か後ろ暗い手段で手に入れたに違いないと思えてしまう。
「なあ、マリア。まさか干渉能力で創り出した偽物・・・だったりするか?」
干渉能力で創ったならもう本物と言ってもいい。偽造防止の為の技術――透かしやインク等を完璧に模すことが出来るからだ。だから使っても100%バレることはない。が、私に罪悪感をもたらし、最悪精神崩壊の結末に至らせる。そんな物を私が使えるわけもなく。だから「すまない。この金は使えない」返そうと思って通帳を空に掲げる。
「そうじゃないんです! えっとですね・・・それ、何と言いますか・・・」
「歯切れが悪いな。偽物じゃないんなら怒らないから、どうやって手に入れたか言ってみろ」
優しく語りかけると、マリアは意を決したように言葉を紡ぎだす。
「この150年。私が何もせずにルシリオン様の可愛らしい寝顔を見ていただけと思いますか?」
「・・・・。(ま、男が寝顔を見られたからと言って怒らないが・・)で、何をしていたんだ?」
「・・・・カ・・・でもう・・・ました・・・」
「なに? 聞き取れないんだが」
「・・・ジノで・・・儲け・・・した・・・」
「頼む。ハッキリ言ってくれ」
「っ・・・。本当に怒りませんか・・・?」
「??・・・ああ、怒らないから」
「カジノで儲けちゃいましたっ! しかも干渉能力を使ってイカサマをしましたっ!」
「・・・・・・楽しかったか?」
「はいっ、すごく楽しかったですぅ~♪ 何せ向こうから先にイカサマを仕掛けてきましたからねっ。だから干渉能力を使ってイカサマ返しで反撃ッ☆ 相手は混乱の果てに涙目! ザマァ!」
「馬ぁ~~鹿も~~~~~~~ん!!!!」
「怒らないって言ったではないですか~~~~!!」
2億円のあまりの真実に、周囲を気にすることなく怒鳴った。まるでシャルを相手にしている気分だ。私はマリアを巻き込まないと思っていた。だからここまで尽くしてくれる彼女には感謝しかない、と。だがもう敢えて言わせてもらおう。「150年の間にエグリゴリのアジトを捜しておけッ!」と。
「ひゃう、ごめんなさい!・・・・じゃ、じゃあ・・・そのお金は要りませんか?」
「いや、要るし使う」
偽物じゃないなら使わせてもらう。稼ぎ方には少々問題があるが、使えない金じゃないならありがたく頂く。マリアが「ええ~~~」不満そうだが、私は無視する。しかし、2億円かぁ~。凄まじい金額だが、使い方次第では一瞬で消える。使い道はしっかり考えておかないとな。
「じゃあ、私は行くよ。ありがとうな、マリア」
ボストンバッグを持ち、臨海公園の出口を目指して歩き出す。空から「どうかご自分の御心に正直に」と声を掛けられた。正直に、か。右手を小さく上げることで応じ、無言のまま臨海公園から出た。まず最初に向かうのはコンビニ。正確な日付を確認するためにだ。
しかし「道行く人全員に見られているな・・・」外国人はやはり珍しいんだろうな。先の契約の時でもよく見られていた。コンビニに入った時も、店員の挨拶も「いらっしゃいま・・・」で途切れた。
(まったく。私は女ではなく男だと言うに・・・)
私を見る人は必ず口々に「可愛い」と言ってくるからウンザリする。店内の天井角に設けられている鏡を見る。判っていたことだが、やはり外見は少女だ。仕方ないよな、この外見じゃ。レジ脇の新聞コーナーで一部取り、日にちを確認する。
「4月10日、か」
確かユーノがジュエルシードを追って海鳴市に訪れたのが19日。その日、なのはの運命が決定づけられた。さすがにあの娘の運命は歪められないな。最初の数個は見逃すしかないか。新聞をコーナーに戻し、コンビニを後にする。
「お腹空いた・・・」
空腹で腹が鳴った。コンビニで何か買えばよかったと思う反面、「翠屋・・・」あの店の味を思い出し、「行こう」足を向ける。記憶を辿って、そう時間を掛けずに辿り着いた喫茶店、翠屋。店内に入るのを少し躊躇ったが、意を決し入る。
「「いらっしゃいませ~!」」
またも泣きそうになった。懐かしい声。なのはの父・士郎さんと、母・桃子さんだ。この翠屋の空気と香り。あまり訪れることはなかったが、2人の優しい笑みは思い出せる。
「あらあら、可愛らしいお客さま♪」
「いらっしゃい、お嬢さん。こちらの席へどうぞ」
とりあえず席に案内してもらい、席についたところで「すいません、男なんです」とやんわり訂正しておく。士郎さんと桃子さんは最初は何を言われたのか判らないと言った風にポカンとし、「男なんです」ともう一度言うと、「ごめんなさい」と本当に申し訳なさそうに謝った。
とりあえず「よく言われまし、慣れてますので」と笑みを作る。すると2人は私の顔を見て笑顔になった。それからキノコとベーコンの入ったスパゲッティを注文する。
「どうぞ。それと、コレも」
士郎さんがスパゲッティだけでなくイチゴの乗ったショートケーキ、それにティーカップとミルクと砂糖の瓶をテーブルに置いた。頼んでいなかったため「これは・・・?」と尋ねると、「嫌いだったかな?」って若干困り顔になった。
「いえ。甘いものもコーヒーも好きですが。注文してない物ですから」
「それはさっきのお詫びなの。ごめんなさいね」
桃子さんがもう一度、私の性別を間違えたことに対する謝罪をした。だからこっちも気にしないでほしいという旨を伝えた。そう、この外見が悪いのだ。でも最後に桃子さんは「はぁ。抱きしめたいほどに可愛い❤」私の心に一発お見舞いしてきた。私は士郎さんと一緒に苦笑い。それじゃあ早速「いただきますっ」とても美味しいスパゲッティをご馳走になった。
時間が昼時になり、客の出入りが激しくなってきたためにケーキを急いで食べる。勿体ないの一言しかない。今度はゆっくり食べたいものだ。支払いとなり、やはりケーキとコーヒー分の料金が含まれなかったため、「ご馳走になりました」と奢ってもらったことに礼を言うと、「また来てね」と笑顔で見送ってくれた2人に頷きながら翠屋を後にする。
「はぁ、美味しかったな~・・・」
次は住について考えないとな。野宿上等なため、適当な公園に泊まってもいい。本拠地は可能な限り海鳴市内の方が好い。落下したジュエルシードの大半は市内が多かったはずだから。いっそどこかの公園の木の上で寝泊まりするか。
ベンチの上では補導されるかもしれないが、さすがに木の上で寝ているなんて警官も夢にも思わないだろう。候補に挙がったのは臨海公園だが、早朝は犬の散歩やジョギングをする人が多いために没。公園と言うのがそもそも間違いか。とりあえず人目の付きにくい場所だな。
「ある程度は決まったな。住はその都度変更、食は釣りや山菜取り、衣は魔力を使えば早いが、無駄には出来ないために買う、と」
この世界での衣食住については大体こんな感じで行けばいいだろう。
「さあ、いつでも来いジュエルシード。過去の運命を薙ぎ払ってでも手に入れてやる・・・!」
――怨まれるのは当然の罪で、憎まれるのもまた当然の罰――
それが私の在り方だったが、フェイト達と出逢って変わった。変わることが出来た。しかしそれはもう過去の話に過ぎない。再び私の在り方を表すようになっている。
――理解されようとは思わない、それが唯一の償いなのだから――
そう、誰にどう思われても関係ない。私は、私の目的の為に動くのみだ。とりあえずご近所になるであろう藤見町の探索に入る。記憶から引っ張り出してきた地図と今現在の地図を照らし合わせていく。それにしてもボストンバッグが大きすぎてかさ張る。財布とカードホルダー、通帳はポケットの中。つまり中身は空だ。中身が無く軽いと余計に邪魔に思える。どこかに預けようかと考えても、コインロッカーを使うような金の無駄遣いは控えたい。
「早々に衣類をまとめ買いして重くするか・・・」
その為にわざわざ大きなバッグを選んでくれたんだろう、マリアは。暗くなるまでに終わらせないとな。近くのデパートの子供服売り場に足を運ぶ。で、メンズの売り場に行くと、「お嬢ちゃん。女の子の服はここじゃないわよ」と親切心から教えてくれているのは判っているが、店員とエンカウントするたびに言われると、ちょっと・・・な。笑顔で“自分は男です宣言”を繰り返すこと5回。なんとか服や下着を数着購入。足早にデパートから出る。
「よし。これくらいの重さだとバッグも肩からずれ落ちないな」
次は夕飯。さすがに今からサバイバルするのは辛い。私の好きな天むすと昆布と鮭のおにぎりと緑茶を購入するために、スーパーへと足を運ぶ。デパートの食材売り場はどうも苦手だ。人が多すぎる。どこかでの契約で、混雑しているデパートの食材売り場に赴いた時、何故か尻を触られまくった経験がある。
それからはどうも苦手だ。その時も外見年齢が10代前半で、少女に見えていたかもしれない。ま、触ってきた奴らには痴漢の代金を払ってもらったがな。と言うか、男でもいいから付き合ってくれ、と告白された時は本気で叫んだ。
「ここのスーパーにしよう」
客足はさほど多くない。時間からして増え始める直前と言ったところか。だったら今の内にサクッと用を終わらせるが吉。ボストンバッグを背負ってから店内に入り、カゴを手に取る。とりあえず店内を物色。無駄遣いを避けるべきだが、やはり目移りしてしまう。
どの食材で、どんな調理をすれば最高に美味しく出来るだろうと、脳内で色々とシミュレーション。シミュレーションで注意力が散漫になっている状況で足を止めて方向転換したことで、
「うおっ?」「ひゃあっ」
何かに追突された。背後から聞こえたのは幼い女の子の悲鳴。謝るために慌てて後ろを振り返り、「すいま・・・はや――っ!」必死にその子の名前を口に出さないように努めた。私に追突したのは、車椅子に座っている少女。まさかこんな形で再会することになるとは。そうか。このスーパーは中岡町と藤見町の境に在ったんだな。すっかり失念していた。
「ごめん。大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫です」
独特のイントネーションの話し方をする。懐かしいその話し方に、また目頭が熱くなる。なんだろう、やっぱり嬉しいよ。かつての親友と、こうして直に言葉を交わすことが出来ると・・・本当に。
(久しぶり。そして初めましてだ。はやて)
かつて私が主を務めていた“夜天の書”。その最後の主となる運命を背負った八神はやて。彼女は私の顔を見て「綺麗やなぁ~」と無意識らしいがそんなことを言って呆けていた。可愛いよりは受け入れられる褒め言葉なため、「ありがとう」笑みを作って礼を言った。
後書き
グ・モロン。グ・デイ。グ・アフドン。
2001から始まった、ルシリオン・セインテスト・アースガルドの物語・ANSURシリーズ。
その最終章・堕天使戦争完結編『魔道戦記リリカルなのはANSUR』のメインヒロインは、八神はやて、ということになりました。
フェイトはもう前作でやり切りましたから、フェイトルートは無し。
そしてなのはですが。どうも私はなのはに、侵し得ない聖域、のような意味不明な思いを抱いているので、なのはルートも無し。
そういうわけで、はやてルートになりましたが、皆さんはやっぱり気づいていましたよね。
前作のラストエピソードの1つ『ここは海鳴、始まりの街 ~親バカは永遠に~』で、ルシル達は相性診断をしましたよね。
はやてやヴォルケンズとルシルの相性は、99%。それが今回のフラグでした。
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