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ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー

作者:紀陽
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第九話 哄笑する赤

あの『ラフィン・コフィン』討伐戦から四日。俺はどういうわけか、ほかの攻略組プレイヤーとともに最前線――第六十九層迷宮区のボスの間の前にいた。

いや、別に理由が分からないわけではない。
カズラとキリトに捕縛された俺は、あのあと三日ほど牢獄に入っていた。そして昨日、やって来たカズラにDDA本部に連れて来られて、このフロアボス攻略戦に参加を要請されたのだ。

「まったく、レッドの俺がボス攻略か。一度だってボスとはやりあったことねーのに」
「真面目に参加して来なかったツケだな」

頭を掻きながら呟くと、どこからともなくそんな言葉が返ってきた。
そちらを見ると、ガチャガチャと音を立てながらフルプレートアーマーに身を包んだシュミットが歩いてきていた。

「おー、シュミットじゃん。アンタも参加するわけ?」
「カズラたちダメージディーラー隊が参加するんだ、ディフェンダー隊が出ないわけにはいかないだろ」
「まあ、道理だわな」

シュミットがカズラと行動しているのも、二つの隊が連携することが多いからなのだ。
もっとも、そのせいでカズラのお目付け役を押し付けられている感があるが。

「っていうか、カズラの次は俺の監視役か? ずいぶんと多忙だねぇ」
「まあな。色々あったせいで、立場も弱くなってしまったからな……」
「それは大変だな」

なにがあったかは知らないが、シュミットも苦労が多いようだ。
俺が肩をすくめていると、後発だったボス攻略パーティーがこちらにやって来るのが見えた。

ラフコフ討伐戦で十一人のプレイヤーを失った攻略組は、さすがに弱体化を抑えることができなかった。今回のボスも四パーティープラス俺の、累計二十五人と数が少ない。

後発の二パーティーを引き連れていたのは、KoB副団長のアスナだった。険しい表情を浮かべる彼女に、こちら側から一人のプレイヤーが近づいて声をかけた。

「お疲れ様です、アスナさん。増援のほうはどうでしたか?」

声をかけたのは俺たちを指揮していたカズラで、なるべく平生を装っていたが、わずかに緊張しているのが窺えた。

「残念ですが……今回、団長は参加できません」

アスナが告げた言葉に、プレイヤーたちがざわめき始める。

『血盟騎士団』が最強ギルドと呼ばれているのは、その団長であるこの世界最強の男の存在が一番大きい。人数が足りていない今、あの男の参戦はある種の拠り所だったのだろう。明らかに落胆するプレイヤーが多かった。

しかし俺は、あの男の行動に大きな疑問を覚えた。
今、人員を遊ばせている暇はない。それはヤツにも分かっているはずだ。それなのになぜ丸投げするような行動を取っているのだろうか。

そのことで真っ先に思い浮かんだ言葉は、『試練』というものだった。
ヤツの目は、ボス攻略よりも――SAOクリアよりも攻略組プレイヤーのほうに向けられている。あの男の姿を見たことはないが、KoBの行動にはそれを匂わせるものがあるような気がするのだ。

「厳しい戦いになるな……」

俺は確信して呟いた。
決して大声ではなかったものの、沈黙したこの場では全員にしっかりと聞き取れたようで、沈黙がさらに重くなったような気がした。

ため息を一つ。そして続けて、今度はあえて全員に聞こえるように言った。

「じゃ、もういっそ今日は諦めて帰る? 俺としちゃ、どっちでもいいし」

俺の投げやりな言葉に、その場の全員が視線を向けてきた。

「どーせ、このゲームをクリアできる可能性は低いし、今更一日二日遅れたとこで問題ねぇだろ?」
「ジル、それは――」

カズラが口を挟もうとするが、それを一瞥して黙らせた。
大袈裟に腕を広げて、口元を吊り上げる。

「そもそも、俺みたいなレッドはこのゲームがクリアされようがされまいが、どうでもいいんだよね。そのほうが色々と都合がいいし? 別に邪魔するほどでもないけど、まあ精々頑張って? みたいな」

くつくつと笑うと、何人かの鋭い視線を感じられた。
俺はそれを無視して、さらに楽しげに笑みを深める。

「しかも、数が足りてねぇからって監獄から引っ張り出しておいて、全員びびってっし。これなら、むしろラフコフに協力して皆殺しにしたほうがマシだったかねぇ。ってか、ここで全員ぶっ殺すか?」
「調子に乗らないで、『赤い洗礼』」

ここで口を挟んだのは、予想通りアスナだった。彼女は以前出会ったときよりもずいぶんと冷たく睨む。

「私たちはここにいる時点で、覚悟はできています。このゲームをクリアして、生き残った全員を現実に帰還させる。そのために、ここで捨て石になっても構わないわ」
「捨て石ね……」

周囲からの鋭い視線の中、俺は片目をすがめる。

「ならやってみなよ。ここにいる手前、最低限の援護はしてやるからさ。死なない程度に」

くるりときびすを返して、ボスの間の巨大な扉に近づいていく。横を通りすぎる際に殺気を向けてきたDDAメンバーに挑発的な笑みを返してやる。
そして俺は扉に手を突くと、それを押し開いた。

「ほら、びびってないでさっさと行きなよ」
「言われなくとも分かっています」

アスナは頷くと、号令を出して先陣を切っていく。ほかのプレイヤーたちもそのあとに続き、ヤケクソ気味な雄叫びを上げてボスの間へ突入して行った。

そんな中、シュミットがなにもかも分かっている様子の表情を向けてきたので、苦笑を返しておいた。
そして最後に、カズラが通り抜け様に唇を動かしていた。
一人残った俺は、肩をすくめた。

「――ったく、なに勘違いしてんだか」

あの三人は変に深い解釈をしすぎている。特にカズラは。

「レッドプレイヤーは悪人だろーが。そんなヤツに礼を言ってどうするよ」

謝罪ではなく礼だったのはカズラらしい。もっとも、もし謝ったりしていたら怒鳴り散らすところだった。

「さて、俺もぼちぼち行くか」

アスナに宣言した手前、ここで放り出すわけにもいかないだろう。コートの裾を翻して、俺は悠然と歩いていった。
 
 

 
後書き
次話もよろしくお願いします。 
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