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堕ちた英雄

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第四章

「おいおい、あいつ」
「ああ、置物だよな」
「太ったよな」
「デブがよ」
 相変わらず後ろ指を差されて嘲けられた。
「あれで守れるのかよ」
「ソロホームラン打てば終わりってか」
「金だけ貰えればいいみたいだな」
 こんな調子だった。実はそれ程太ってはいないのにそれでもこう言われ書かれるのだった。
 キャンプの練習で三振をすればそれが携帯で撮影されネットに広がる。そのうえでさらに愚弄されるのだった。まさに悪循環だった。
「七億円の扇風機!」
「詐欺師!」
 バッシングはエスカレートするばかりだった。
「とっとと日本から出て行け!」
「帰って来るな!」
「五月蝿い!」
 キャンプの終了間近観客から言われて思わず叫んだ。
「このチームでプレイして何が悪いんだ!」
「金に目が眩んでだろうがよ!」
「銭ブタ!」
「何だと!」
 品のない罵倒にさらに怒った。
「御前に野球する資格ないんだよ!」
「三振しても金貰えるなんていい身分だな!」
「黙れと言ってるだろ!」
 思わず激昂してバットを叩き付けた。しかしその姿もまたネットで広められ完全に悪役になってしまった。無様な末路とまで言われた。
「僕が何をしたんだ・・・・・・」
 あまりにも叩かれ続け意気消沈する日々に陥った。自然と酒浸りになる。
 その中でオープン戦を過ごし開幕となった。だが精神的にどん底に陥っている彼に満足なプレイができる筈もなかった。成績は最悪だった。
「もう出て来るな!」
「球場に入るな!」
 その心ないファンからの罵倒はさらにエスカレートしていた。
 遂には球場前にゲーリッグお断りの看板がかけられ垂れ幕で日本から出て行けだの七億円の泥棒だの書かれた。挙句にはスタメンから外された。
 そして彼はもう。こうまで言ったのだった。
「もうこのチームは嫌だ!」
 チーム批判だった。
「大嫌いだ!このチーム!」
 この言葉を叫び二軍落ちとなった。背遺跡を見てもこれは仕方がなかった。だがこの発言も野球ファン達からしてみれば自業自得でしかなかった。
「わかってただろうにな」
「童話みたいだな」
 何かに目が眩んだ末路ということだった。
「本当にな」
「終わったな、ゲーリッグも」
「完全にな」
「もうな」
 やはりそこには元のチームのファン達もいた。彼等の目は冷たく厳しかった。その冷たく厳しい目で言葉を続ける。最早親しみ等は何もなかった。
「引退するのかね」
「何か生活荒れて家族とも別居してるんだろ?」
「そうらしいな」
 プライベートのことも漏れてしまっていた。
「あれは立ち直れないだろ」
「終わりだ、終わり」
「どうしようもないよ」
「さて、これで疫病神が消えたな」
 今のチームのファンはこんな調子だった。
「後は優勝だな」
「置物がいなくなったからな」
 だがチームは相変わらずの監督の幼稚な采配により低迷しこのシーズンも散々な結果に終わった。監督はこのチームでははじめての監督としての優勝を経験していない、しかも通算勝率が負け越している監督となった。無能という烙印まで貰い追い出されるようにして辞任した。
 そしてゲーリッグもまたこのチームを去った。二年契約ということもあり彼は次のチームに移ることになった。その彼が足を運んだチームとは。
「何しに来たんだ?」
「どの面下げて来たんだ?」
 まずは冷たい視線に迎えられた。
「よくもまあおめおめと」
「恥知らずが」
 はっきりと聞こえるように言われた。
「おい、後で玄関に塩撒いておけよ」
「通った後消毒しとけよ」
 実際に玄関に塩が撒かれゲーリッグの後をこれみよがしに掃除される。完全に汚物、不吉なものと扱われている彼はそれでも建物の先に進んだ。そうしてある扉のドアを叩いたのだった。
「はい」
「僕だけれど」
 まずはこう言った。
「契約のことで」
「いませんよ」
 こんな態度であった。
「そんな話は」
「そんな・・・・・・」
「七億貰ったんだろ?」
 扉の向こうから愚弄する声が来た。
「それで充分じゃないか。違うかい?」
「僕は野球が」
「あのチームでやれば?」
 また扉から声がする。やはり周りの目は侮蔑しきったものだった。あからさまに嫌悪の顔を見せてきたり足元を掃除する者までいる。
「あそこで野球がしたいから行ったんだろう?」
「お金は」
「お金が全てなんだろう?」
 こう返された。 
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