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IS《インフィニット・ストラトス》‐砂色の想い‐

作者:グニル
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亡国(やみ)の欠片

 8月25日。
 本来今日は正式公開された演習本番日……ですけど未だに各国の艦隊、IS部隊に動きはありません。
 赤道連合、アジア、米国、ロシア………4勢力がソロモン沖で集まっているだけの映像が朝からずっと流れています。
 あの後、ウィンザー様が急遽帰国して直ぐEU勢の艦隊はそれに追従するようにほとんど引き上げました。理由は各国それぞれありましたが根本は『国を空けていられなくなった』から。

 国元で何かが起こったのは間違いありません。ただその起こったことが合同演習からEUの全艦隊を引き上げさせるほどのことだということ。
 こうなると悪い予感しかしません。いえ、確実に悪いことが起こったのでしょう。

 私はテレビに映し出される演習前の映像を見てため息をついてしまいます。
 EU艦隊は観測用の艦を2隻残し全部撤退しているため、参加総数は40隻前後。それでも参加ISは40機近く世界最大級の演習には変わりありません。

 テレビの映像を消すと部屋の中に静寂が戻ります。
 後3日でまた日本に行くというのに、不安ばかりが積み重なりますね。

 うん、電話?

 机の上の携帯電話が着信を告げてきます。私はベッドから立ち上がると着信相手を確認……

「クロエ?」

 何の用でしょう? 今クロエは演習で『ハーバーブリッジ』にいるはずですけど……

「はい、もしもし?」

『お! ようやく出たな!』

 何故か分かりませんが元気いっぱいのクロエの声が電話越しに聞こえます。というより音割れしてるんですけど……声大きすぎです。

「で、何か用ですか? クロエって今演習中じゃないんですか?」

『いや、カルラいつ日本に行くのかなーってな。ちなみに私の出番は後10分後だ』

 そんなギリギリに電話掛けてこないで下さいよもう。背後の音も艦の中だからなのかすごいうるさいですし……あ、だからこんな声大きくして話してるんですね。
 そう思いつつも私は卓上カレンダーの丸のついた日にちをクロエに伝えます。

「予定では3日後の28日に日本に行くつもりですけど」

『あー、やっぱダメか』

「何がですか?」

 ダメ? 28日にクロエ何かあるんでしょうか?

『いや、見送りいけっかなーとか思ったんだけどな? こっちは事後処理とかなんやらの関係で5日間くらいは『ハーバーブリッジ』配備な訳だよ』

「その気持ちだけで十分ですよ」

 ふふ、クロエはこういうところ気が効きますよね。この気の利かせ方をもう少し普段の大雑把なところに生かせたら……

『お、そうだ! 乗る飛行機分かったら教えてくれ! 哨戒時間合わせて見送りに……』

「仕事してください!」

 仕事中に私用で抜けないで下さい! 今艦配備なら海軍の指揮下じゃないですか! そういうところに気を利かせましょうよ!

『なんだよー、別にいいだろー』

「そこまでしなくて良いですから……」

 まあ……さっきも言ったとおり気持ちはすごい嬉しいですけどね。

『まあ行く行かないはともかく時間と飛行機決まったら教えてくれよ』

「分かりました」

 その時クロエの後ろから声が聞こえました。どうやらそろそろ時間のようですね。そういえば空母の中って普通通信できないんじゃ……あ、そうか。IS使ってるんですね。
 ……私用化しすぎじゃないですか!?

『お、そろそろ時間だ。じゃな、元気でやれよ』

「はい、ありがとうございます」

 切られた携帯電話を置いて私はまたベッドの上に座ります。見送りか~。父さんも母さんも今はとても忙しくて無理だろうし、一人かなー。
 IS学園に入学する時は政府専用機でしたから父さんも母さんも見送りに来てくれたけど、今回は隠蔽の意味も込めて民間の旅客機です。他の人がいる分寂しくは無いかもしれませんね。
 嘘です。やっぱり寂しいですよ見送りもないと。また半年近く会えないんですから当然ですよね。

 寂しさを紛らわせるように枕を抱えてごろごろしてみたり……

 むう、大きさが足りない。IS学園に行ったら抱き枕買おうかな。
 その時ドアがノックされました。
 その瞬間に私は抱えていた枕をベッドの反対側に投げます。15歳にもなって枕を抱えてゴロゴロしているこのシーンを誰かに見られるのは恥ずかしすぎます。

「カルラ、いるか?」

「父さん?」

 声は父さんのものでした。また父さんは休みなのに私のことばかり気にするんだから……

「うむ、久しぶりに一緒に食事でもどうだ?」

 食事、ですか。食欲はあまりないんですけど、今度いつ一緒に食べられるか分かりませんし。

「うん、分かった。ちょっと待ってて!」

「ああ、ゆっくり準備していいぞ」

 そういえば父さんと一緒に食事って久しぶりだな。母さん、誘ったら来てくれるかな?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


8月26日イギリス、ロンドン


「奴らの報告は……以上です」

「そう、ご苦労様です。リットン大尉」

 ヴィクトリアの執務室ではカーニングスビー空軍基地に配されていた軍人、リットンと呼ばれた大尉の姿がある。体の至る所には裂傷のため包帯を巻きつけ、ISの装甲脚に貫かれた左腕は痛々しく首から吊り下げられており、その指は未だに動かすことが出来ない。
 本来なら外出などもっての他、医者から絶対安静を申し付けられている彼は、先日のカーニングスビー襲撃の件を話すためだけにこの場に足を運んでいる。
 一通り襲撃の内容をメモしたヴィクトリアは深々と背もたれに体重を預けた。

「申し訳も……」

 それを呆れととったのか、大尉が深々と頭を下げる。その下げた頭の下には嗚咽に混じって大粒の雫がカーペットに染みを作っていた。
 対面するヴィクトリアは椅子に座りながら、感情を出さずに大尉に声を掛ける。

「謝罪をするのは敵の手を読めなかった私のほうです。それより怪我は大丈夫? 絶対安静なのでしょう?」

「もったいないお言葉です」

「大尉の情報は非常に役に立ってくれました。下がってゆっくり休んでください」

「は……」

 大尉が出て行くのを待っていたかのように、ヴィクトリアの右手で持っていたペンが指を当てている部分から音を立てて真っ二つに圧し折れた。中のインクで指先が汚れることも気にせずにヴィクトリアは左手で机の上にあった電話を取り数回だけコールし、電話が出られる前に切る。
 約5分後に執務室には両手に一杯の資料を抱えたジェーンがやってきた。

「お呼びでしょうか……あ、ウィンザー様、お手が……」

「構わないからジェーン、被害報告」

 ジェーンは今まで抱えていた資料を器用に片手だけで持つと自分のポケットからハンカチを取り出してヴィクトリアの手を拭こうとしたが、それを制してヴィクトリアが先に報告をするように言った。ジェーンは渋々といった感じでハンカチを机の上に置くと、漏れたインクで汚れない位置に報告書の束を置いていき、その間にヴィクトリアは自分の手をハンカチで書類が汚れないように綺麗にインクを拭い去った。

「重傷36名、軽傷87名、他にも火傷や打撲による軽い怪我人も含めて負傷者は全135名です。死者は何故か0ですが……」

「襲撃時の現状」

「こちらです」

 ジェーンは重ねられている報告書をいくつか捲り指定されたページをヴィクトリアに提示して見せた。

「防空ラインへ突如所属不明ISの侵犯を確認。IS隊と航空隊発進後に基地に襲撃……いえ、既に潜入してと考えるのが妥当ね。事を起こしたのはわずか30分。その間に最新セキュリティと警備に当たっていた精鋭を全て打ち倒してISを強奪……未だに犯人の行方は知れず、か。これだと内部に工作員のいた可能性も高いわね」

「申し訳ありません。まさか情報戦で遅れを……」

「過去の話はいいわ。今はどうやって取り返すか。次、亡国機業(敵)の行方」

「襲撃直後から大西洋に展開可能な艦隊、IS部隊を全て配備しています。大西洋からの海路、空路は使用不可能と思われます」

「次、内陸の陸路空路の封鎖」

「ドイツ、イタリア、フランスといった主な国は極秘裏に協力してくれていますが、他国に弱みを見せるわけにもいかないとのことで上層部が情報制限を……」

「ちぃ、腐れ政治家が……もしそれがばれた時の方が問題になるって分かっていないの!?」

 EUの中でもイグニッションプラン筆頭と言われているイギリスだが、その内部は他の国同様ひとつではない。様々な派閥が存在する。
 そして彼らの誰もが恐れているのが自分達の権威の失墜。秘密裏に開発していたISを強奪された上にそれが他国の手によって捕縛なんてことになれば、最悪英国でのIS開発が中止に追い込まれる。
ISの開発が出来なくなると言うのは今の世界の中では発言権を失うに等しい。それは何としても避けたい。ではどうするかといえば事件の隠蔽。強奪事件そのものが外部にばれなければそのことは決して公にはならない。
 ただしそれは現状維持でしかなく自分達の保身のためでしかない。もし将来強奪ISが捕縛、もしくは公表されるようなことがあればどの道同じなのだ。それが早いか遅いか。それを防ぐためには身内(国内)で片をつけるしかないが、それを政治家達は尻込みしている。それを理解していない政治家たちにヴィクトリアは我慢がならないのだ。

「恐らく奴らは陸路で東へ向かったものと思われます」

「そう、とすれば東南アジア……か」

「はい」

「はあ、こうなると便利な世の中が恨めしいわ。半日あれば世界の裏側まで行けるんだから。一日経った今ではもう追跡は無理でしょうね」

 地図を見ながらヴィクトリアは苦笑いをして再び深く椅子に体重を預ける。東南アジアと一言で言っても広い。特に一部は無数の島々が存在し、今でも各国が軍や警備を配備して領有権を争っている。そんなところに逃げられればEU代表の一角を担うイギリスと言えども他勢力の国。強制介入や軍の派遣などは出来ない。

「申し訳ありません」

「さっきも言ったわ。これは私の見通しの甘さが起こしたことだってね」

「いえ、MI6の方でも掴みきれていませんでした。謝っても謝りきれません」

 深々と頭を下げるジェーンを見ながらヴィクトリアは報告書を物凄いスピードで捲りながら自分の頭の中で情報を纏めていく。5分程度で全ての報告書に目を通したヴィクトリアは呟くように声を出す。

「そう……ならジェーン、貴方に頼みがあるわ」

「はい。なんなりと」

 即答するジェーンに対してヴィクトリアもまた素早く言葉を紡いでいく。

「まだ艦船はソロモン諸島沖に残っているわね?」

「はい。2隻だけですが」

 それを聞いたヴィクトリアは椅子から立ち上がるとジェーンに対して厳しい口調で言った。

「向こうの時間で8月30日までなら事後処理と経過収集で待機させられるわ。戻ってきたばかりで悪いけど今すぐあっちに飛んで可能な限り情報の収集を。東南アジアに抜けているのなら何か痕跡が残っているはずだから」

「了解しました」

「可能ならば捕縛できれば良いけど、いざとなったら『ゼフィルス』の破壊も許可するわ。テロリストなんかに我々(イギリス)の機体を使われたくはないから」

「は、それでは今すぐに向かいます」

「お願いね」

 ジェーンはヴィクトリアに対して素早く敬礼をすると部屋を出て行った。それと入れ替わるかのように再びドアがノックされる。

「ウィンザー様?」

「ああ、セシリア。入っていいわよ」

 その声に促されて入ってきたセシリアは深い青のイヴニングドレスを身に着けていた。それを見てヴィクトリアは今日はオルコット家の方で舞踏会があるのだったと思い出す。恐らく衣装合わせの最中だったのだろう。

「申し訳ありません。このような格好で……」

「いや、急ぎで来いと言ったのは私よ。服を着替える間も惜しんで来てくれた事を喜ぶわ」

「恐縮ですわ。それでその急ぎのお話と言うのは何ですの?」

「ああ……そうね。まず何から話しましょうか……」

 最初から話したほうがいいわね。その呟きの後ヴィクトリアがセシリアに今までのことを説明しだした。


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8月28日

 私はシドニー国際空港に来ています。目的は言うまでもなくIS学園に戻るため。

「スミスさん。お見送りありがとうございます」

 私は紺色のスーツに身を包んだスミスさんと共に待合室で待っています。ちなみに私は今一般の人に紛れるという意味で膝くらいまである白いワンピース。フリルとかはついてないタイプですけど結構気に入ってたりします。

「気にすることじゃないよ。君のご両親の代わりさ。むしろ僕でよかったのかと思うくらいでね」

「いえ、父さんと母さんが来てくれなかったのはお仕事ですし……それに見送りが一人でもいてくださるほうが寂しさが紛れますから」

「そうかい? それなら良かった」

 母さんも父さんもやっぱり仕事で忙しくて来れませんでした。仕方ないよね。寂しいけど。
 代わり、と言っては悪いのですが、スミスさんもこれからシドニーの支部で会議と言うことで時間があるので私の見送りに来てくれました。
 スミスさんも忙しいはずなんですけど、とても嬉しいです。

『間もなく10時26分発成田行きの受付を開始します。御搭乗のお客様は21番搭乗入り口までお越しください』

 あ、これですね。

「では、私はこれで」

「うん、いってらっしゃい。カルラ・カスト代表候補生」

 スミスさんが改まって私に頭を下げて来ました。改まってこういうことをやられてしまうと……

「う……何かくすぐったいです」

「はは、じゃあ行ってらっしゃい。カルラちゃん」

「はい、行ってきます」

 シドニーから成田までは約10時間から11時間。色々ありましたけどようやく戻ることが出来そうです。
 あ、そうだ。クロエにメール出しておこうっと。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 シドニー国際空港屋上。今正に、彼女を乗せた『ボーイング787』が日本へと向けて飛び立ったのを男は見送る。
 その機体が見えなくなるのを見計らったかのように男が纏っている紺色のスーツの胸ポケットの携帯電話が着信を示し、男は周りに誰もいないことを確認してから電話に出た。

「はい、こちらエス」

『あら、そこでその名を言ってしまって良いのかしら?』

 エスと答えた男の相手の声は若い女の声だ。

「ええ、構いませんよ。誰もいません」

『そう。小鳥は予定通り?』

「ええ、予定通り鷹の子は飛び立ちましたよ。ああいう娘は好きでしたが……」

『情が移った?』

「情が移ったか……ですって? ふふふ……はははははははは!」

 女の声に男は少しだけ笑い声を上げ、その後大きく笑い声を上げた。周りに人がいたら確実に振り向くほどの大きな笑い声だ。
 一頻笑った後、未だに込み上げる笑いをこらえながら男は再び喋りだす。

「くくく! それは……ないですよ。貴方の指示でココまで来るのに10年掛かったんですから、もう少し蓄えたら戻りますよ」

『そう、楽しみにしてるわ。情報源としても、資金源としてもね』

「そこは煽てても良いんじゃないですか?」

 女の言葉に男は少し残念そうな声を上げるが、顔は全くその様子ではなく、むしろ先ほどと同じように笑顔を浮かべている。


『ふふふ、では鷹狩はM(エム)に任せてみましょうか』

「M(エム)? 新人ですか? そんな人物は知りませんが」

 男が怪訝そうに首を捻る。

『んー、そうね。新人……かしらね?』

「貴方らしくもない。珍しく濁しますね」

『ふふ、どちらにしろ貴方には関係ないことじゃない?』

 電話の女性の声が可笑しそうに笑うのを聞いて男も釣られて笑う。

「はは、ですね。それもそうだ」

『ではまたね。S(エス)?』

「了解です。スコール」

 男は切れた携帯電話を再び同じ胸ポケットに戻すと少女の乗った『ボーイング787』の飛んでいった方向を見上げる。

「ああ! こんなところにいたんですか!Mr.(ゴォォォオオオオオオオオ!)!」

 男の後ろから同じ紺に近い黒いスーツを着た男が駆け寄ってくる。男の名前は出立する旅客機にかき消されたがこの場には男しかいないため、男はその声に振り返った。

「もう直ぐ支部で会議が始まります。もう戻りませんと」

「ああ、すまない。直ぐに行くよ」

 男は駆け寄ってきた男にそう答えるとその後に続く。そしてもう一度だけ旅客機の飛び立った方を見上げて微笑んで呟いた。

「すまないが……君の機体は我々のものだよ。カルラちゃん」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ズドォォォォォォォォン!

「キャアアアアアアアアアアアア!」
「な、何だ! エンジンが爆発したぞ!」
「どうなってるんだ!」

 え! え!? な、何!
 席を倒して寝ていた私は激しい衝撃と人々の叫び声で被っていた布団を跳ね飛ばし、文字通り飛び起きます。
 私がいるのはファーストクラスの扉が近くにある窓側の席。瞬間的に窓を覗いて外を確認します。もしかしたらエンジンの故障かも知れないし、ISを使える私なら役に立てるかも……
 そんな私の目に映ったのは……

「あ、あれは……」

 アイ……エス……!?

 旅客機の右翼の上にはバイザー型ハイパーセンサーで顔を覆った青いISを纏った少女が、立って(・・・)いました。
 確かにISのPICを持ってすれば飛行する旅客機の速度程度なら立つ事は可能ですが……
 何故ISがただの旅客機に!?
 正面に配置されている画面で今自分の飛んでいる場所を確認する。日本と赤道連合勢力の間……後3分もすれば日本の排他的経済水域に入るという位置。
 その前に……あのIS、どこのデータベースでも見たことが無い。日本でも赤道連合でも開発されている系列の機体じゃない。それにあの機体……どこかで見たこと、あるような……
 いえ、見たというよりは雰囲気が似てる?

 バイザーのせいで表情は見えないけど、その後ろから黒い短髪が風に靡いているのが見えます。そう思った瞬間、バイザーをつけた少女の顔がこちらを一瞬だけ見ました。
 それは私の見た気がしただけかもしれませんが……その少女は再び視線を下に落とすと手に持ったライフルで……

「え……?」

 エンジンを撃った……
 
 

 
後書き
S……いったい何者なんだ……


というわけで次の話で夏休み編はラストになります。
お楽しみに!

誤字脱字、表現の矛盾、原作流用部分の指摘、感想、評価等などお待ちしております 
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