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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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第10話『怒りの矛先』



 ベルメールさんに会えた。
 無事に生きている。本当にほっとした。

「そういえば皆は? 全然人の気配なかったけど」

 出してもらったお茶とみかんに手をつけながら疑問に思っていたことを口に出す。

「あー、なんかさっきものすごい音がしてね。ほとんどはそれを見に行ったかな」
「ものすごい音、ねぇ」

 心当たりがない。
 必死すぎて他の音とか気にならなかったからなぁ。

「で、村のみんなは無事? 誰も殺されたりしてない? ノジコもゲンさんも?」
「……」

 無言で人差し指を突きつけられた。

「?」

 ベルメールさんの表情が少し不機嫌そうになっている。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
 あれ、ということはもしかして誰かがあいつらの犠牲者に――

「――辛い生き方を選んだ子もいるけど、あんた以外は一応全員無事。殺されたのはあんたくらい」

 要するに死んだ人は俺っていいたかったらしい。
 その目は真剣で、もしかして怒っているのかもしれない。自分をおいて息子が先に死のうとしたらやっぱり親としてはいい気持ちではないものなのだろうか。
 そういうのはまだ少しよくわからない。でも、きっとベルメールさんは俺のことを心配してくれている。
 それだけは伝わったから、素直に頭を下げておく。

「……そっか。ごめん」
「ま、こうして生きて帰ったきたんだからいいんだけどね」

 じゃあ言わないでくれない?
 とは思ったけど、さすがにそれを口に出す勇気はない。
 なんだかんだでベルメールさんの言葉の端々が弾んでいるように見えるから、きっとそれなりに喜んでくれているんだろう、そう思いたい。少なくとも俺はベルメールさんに会えてすごく嬉しいから。

「――で?」
「で……とは?」

 急に話を振られてもなんのことかわからない。ベルメールさんはため息をついて「今までどこでなにやってたの?」と。

「……俺のことは、さ。みんな揃ってからでいい?」
「あー、ま、そうか。そのほうがいいかもしれないわね」

 最もらしく理由をつけて話を後回しにしたのは別にじらしたいとかじゃない。何度も同じ話をするのは面倒だし、なによりもさっきベルメールさんが気になることを言ったから。それを聞きたかったからだ。

「みんなはこの8年間、どういう生活をしてた?」

 ベルメールさんが少しだけ困った表情に。
 あまり気持ちのいい内容ではないということなのだろう。
 でも、やっぱり気になる。

「それに、さっき言った辛い生き方を選んだ子っていうのは?」
「……私そんなこと言った?」
「言った」

 ベルメールさんは少しだけ迷った素振りをみせるけど、ため息をついて額に手を当てる。

「ま、あんたならいいかな」

 そうして、俺は聞くことになる。
 これまでのみんなの辛い辛い8年間。
 ナミの、辛い辛い8年間を。

「――これがあんたが知りたかったことの全部」

 ココヤシ村を一億ベリーで買う。
 たった一人の少女が。
 ずっと一人でそれだけのために海賊から盗みを働いて。
 そうやって仲間も作らずに生きてきたのか。
 10歳のころから、8年間。

 残り700万ベリー?
 じゃあ9300万ベリーを一人で?

 自分を殺したくなった。
 懸賞金一億ベリー程度の海賊なら一人で狩れる自信がある。今まで何度か狩ってきたんだ、それは今更だ。ただただ自分の強さのみを求めて、救いたいと、それしか考えずに結局村になんの貢献もせずに能天気に生きてきた。ただただ村を救うことだけを考えて自分の生き方をしてこなかったナミの辛い生き方。それを俺は知らずにのほほんと生きてきた。

「っ」 

 自分にいらいらする。そして、それと同時にそれを課したアーロンが憎くて仕方ない。
 気づけばぐっと、拳を握り締めていた。

「ベルメールさん、頼みがあるんだ」

 絶対に村を救うという意志はもちろんあった。でも負けても自分が死ぬだけ、なんて簡単な気持ちもどこかにあった気がする。みんなのこれからの命がかかっている。
 改めてそれを思い知らされた。
 気合を入れなおさなければならない。
 というわけで。

「ん?」
「これ、綺麗にしてくれない?」

 俺の一張羅。
 大切な灰色の甚平を脱いで手渡す。他の甚平はもうない。船が転覆した際に流れていってしまった。
 格好を綺麗にすることになんの意味があるんだと思われるかもしれないが、結構違う。動きやすさがウリの甚平が海水をしみこみすぎて重いし、なによりも塩でパリパリになっている。全力で動いたら皮膚にこすれて痛そうだ。
 何よりも自分の服装次第で本当に気合が入る……これは師匠の影響かもしれないけど。あの人結構無駄なところに力入れたりしてたし。

「いいけど、急にどうしたの……ってあんたその服ぼろぼろじゃない!」

 ベルメールさんが甚平を脱いだ俺の服を見て驚いた顔に。

「まったく……いいわ。ゲンさんから服を借りてきなさい。その間に洗っといてあげるから」
「え、でもゲンさんもすごい音のしたほうに行ったんじゃ? もう帰ってきてるかな」
「さぁ、そろそろじゃない?」
「いや、そろそろってさ。もし帰ってきてないのに勝手にゲンさんの家に入って服借りてきたら俺、完全に泥棒じゃ?」
「……ちっ」

 ――ばれたか。

「今『ちっ』って言わなかった? 小さく『ばれたか』って言ったよね!?」
「はいはい、ごめんごめん」
「全然謝ってないよね! 息子を犯罪者にしようとしたくせに罪意識ゼロだよね!」

 なつかしい、この感覚。
 実に楽しい。

「ん、とりあえず行って――」
「――ただいまー」 
「あら、おかえんなさい。どうだった?」

 ……誰だ。
 いや、待て、誰だこの美人。
 いや、わかる。わかるが認めたくない。

「それがよくわからないの。岸がえぐれてたけどなんの痕跡もなかったし、硝煙のにおいもなかった。ベルメールさんに来てもらえばよかったかも」

 さっきただいまって言ったぞ。
 この家の人間で、この髪色。まず間違いなくノジコだ。

「それは残念ね」

 肩をすくめて、明らかにやる気のない返事。ただノジコもそれを予想してたらしく、その態度に対して何の反応も見せずにこっちに視線を送ってきた。

「で、こっちの人は? 今度はベルメールさんが珍客を連れてきたの?」
「はは、そうね。珍客だわ」

 ……しかし、誰も俺のことに気づかないもんだな。少しショックだ。
 笑うベルメールさんに批難じみた目をしてしまうのは許してもらいたい。

「……俺ってそんなに変わった? 俺は一発でみんなのことわかったんだけど」
「あんたはわかって当然。私たちに会いに来てるんだから。でも私たちはあんたのこと死んだって思ってるの。ふらっと帰ってくるなんて思ってないの。おわかり? 気づいたほうが怖いでしょ」
「……それはまぁ、確かにそうだ」
「? なに、ベルメールさんの知り合い?」

 く、まだ気づかないなんて。俺の心が折れそうだ。

「……俺だよ、俺」

 オレオレ詐欺みたいだな。
 どうでもいいことを言いながら自分の顔を差す。

「?」

 ノジコが俺の顔をじっと見つめること数秒。少し目を見開いた。それから目をわずかに潤ませて、やっと気づいたらしい。

「あんた!」
「おう」

 胸を張る。
 さぁ、俺の名前を言ってみろ!

「ベルメールさんの元旦那さんね!?」
「違うわ! とんでもないところに着地すんな! 俺だよ、ハントだよ! 絶賛死亡説が流れてたハントだよ!」
「途中でわかってたわよ、いちいち大声出さないでくれない? もう子供じゃないんだから」
「わかってたのかよ! ベルメールさんといいノジコといい一回ボケんと気が済まんのか! っていうか大声出させてんのはそっちだ!」

 つ、疲れる。
 こういう感覚が久しぶりすぎて実に疲れる。
 いわゆるたのなつかれるってやつだ。
 楽しいと懐かしいと疲れるを混ぜてしまうくらいだ。3つもあわせたのは初めてだ……自分で表現しといてなんだけどわかりにくい、これからは2つまでに抑えようと思う。

「しっかし、よく生きてたわねあんた」
「あー、まぁ俺も色々と奇跡的だったとは思ってる」

 アーロンに撃たれて生きてたのも奇跡だけど、あの後海賊にぼこられて生きてたってのも今考えれば奇跡だ。未だにどういうルートでこのイーストブルーからあんなグランドラインのどまんなかにまで運ばれたのかがわからないけれど、それも奇跡といえばきっと奇跡だ。

「さてと、とにかく俺はゲンさんのところ行って服かりてこようかな?」
「うん、そうしなさい」
「あら、本当、服ぼろぼろね」

 今更ノジコが気づいて、なぜか感心するようにうなづいている。そこはかとなく嫌な予感がしたので、さっさと家を出てしまおう。

「そうなんだよ、ってなわけでとりあえず行ってき「待った!」

 やっぱり、来た。

「服がぼろぼろなんだから少しぐらい畑仕事手伝ってくれてもいいんじゃない? ゲンさんにはいつでも会いにいけるわけだし」

 にっこりと。

「あぁ、そうね、それは助かるわ。じゃあ私がその間に服もらってきてあげる」
「俺の意見はなし?」

 うーむ、早く服を綺麗にしてアーロンのところに乗り込みたかったんだけど。

「ほら、かごもってついてきな」
「へいへい、行ってきます」
「ほい行ってらっしゃい」

 ベルメールさんが俺の甚平を洗いに家の奥へと入る。俺とノジコはみかん畑に入って収穫できるみかんを手にとって吟味しながらかごに入れていく。
 さすがにぎこちない動き出しだ。
 ノジコよりも効率は悪いのは確かだけどそれでも自分が何も教わらずに動けることに驚きを覚える。

「……長年みかんから離れていたわりには覚えているもんだな」

 我ながら関心して呟いてしまうが、ノジコはそれをバカにしたように言葉を返してくる。

「ベルメールさんの子なら当然でしょ」
「……ま、そうだな」

 特に反論の余地はない、そう思って素直にうなづくのだが、そこで会話が途切れてしまった。
 なんだろうか、この空気は。
 ベルメールさんとはすごく軽い感じで会話できてたのに。
 あれか、それは実はベルメールさんの母親としての威厳的なそういう力が働いて「あんた、なんか変なこと考えてない?」

「かか、考えてねぇよ」
「どもってんじゃないの」
「うぐっ」
「……」

 そこで、また沈黙。
 沈黙自体が嫌いなわけではないが、どうにもノジコの様子がおかしい。いつもならそこで一言二言鋭い言葉を切り返してくるはずなのに。なんだか考え事でもしているのだろうか。
 そう思ってノジコを伺おうとした瞬間、ノジコに声をかけられた。

「あんたさ」

 真剣な声だ。さっきまでの軽さは微塵も感じられない。

「……ん?」
「なんで帰ってきたの?」
「なんでって、故郷に帰ってくるのに理由がいるか?」
「そうじゃなくて」

 よくわからない質問に当然の答えを返したけど、少しノジコの問いの意図とはズレていたらしい。ノジコはため息をついて、遠回りでは俺に伝わらないと考えたのか、言葉を変える。
 少し悔しいが、それで正解だノジコ。ストレートに言ってくれないと俺はわからないぞ、頭悪いからな。

「アーロンがいるってわかってたでしょ?」
「……ああ」
「じゃあこんな危険なところに帰ってきたのだって理由があるんでしょ?」
「ああ」
「なんで?」

 なんだ、そんな簡単な質問だったのか。

「アーロンをつぶしてこの村を救う。そのためだ」
「……やっぱり」

 呆れたようにため息を吐くノジコ。

「あんたは魚人のことをわかってない。人間じゃ魚人にはかなわないよ。さっきだって海軍の船がものの数分で沈められた。あんたがどういう生活を送ってきたのかは知らないけど、諦めてアーロンにばれる前に帰ったほうがいいわ」

 なんとなく伝わってくる。
 ぶっきらぼうなノジコの言葉の裏にある感情が。
 俺は一度アーロンに殺された。
 俺がアーロンにかなわないと思っているのも事実だろうけど、きっと俺がまた殺されるのが怖いんだ。二度も見たくない、本気でそう思ってくれている。

「村はナミが救ってくれるからいい……って?」
「! ……もうベルメールさんに聞いたわけね」
「ああ」
「だったら、あんたは死なないことが大事なんだ! あの子がアーロンから村を救って、それでまたこの村に帰ってきたらいい!」

 感情がたかぶってきたのだろうか。ノジコの動きが激しくなって、身振り手振りで俺を諭そうと必死になっている。
 少し、戸惑ってしまう。考えてしまう。
 俺の8年間はアーロンを潰すためだけにあった。村を救うためだけにあった。師匠を超えるのはそれらが終わってからの目標でしかない。

 ここで引くことは俺の8年を無駄にしてしまうことになるし、何よりも俺の努力と、師匠を裏切ることになる気がする。だからひいてはいけないと思う反面、ナミのことを考えてしまう。
 ナミはこの8年をずっとこの村を救うためにだけに生きてきた。一億ベリーを稼ぎ、ココヤシ村を買うためだけに生きてきた。俺がここでアーロンに勝てたとして、ナミの8年はどうなるんだろう。

 いや、だが、だけど。
 ナミの努力を無視するかのような言葉だからあえて口に出そうとは思わないけど、俺は海賊が約束を守るなんて思っちゃいない。少なくとも俺が8年前に見たときのギザ鼻の印象はそうだ。そもそも海賊で約束を重んじるような人間は絶対数的に少ない。

 ――待った。

 大事なことを忘れていた。
 麦わらたちはどうするんだろうか。ここでナミを仲間に出来なかったらどうなるんだ? 麦わらも困るだろうけど、ナミだって自分の本当の夢が遠のいてしまうんじゃないか?
 あんなに気のいい奴らがそうそういるはずがない。
 ナミも麦わらも夢から遠のく。それはあってはならないことだ。

「……そっか」

 そうだな。
 そう考えると、答えはひとつだけだ。
 悩むだけ時間の無駄だった。

「ノジコ、俺は――」

 ――アーロンを潰すよ。

 そういおうとしてベルメールさんの家のガラスが割れる音が聞こえた。

「なんだ?」
「さあ?」

 首をかしげて顔を見合わせる。
 二人してみかんのかごを引っさげて、家に戻ると、そこに。
 彼女はいた。

「――っ」

 心臓がはねた。

「あーあーあー、派手に荒らしてくれたね、ナミ。どうした? ベルメールさんに怒られるわよ?……ってあら、いないのか。あぁゲンさんのとこに行ってるのか」
「別に! ちょっと休みにきただけ」

 顔を伏せているからまだ見えない。でも、それは確実に彼女だった。
 短いオレンジ色の髪。自分の家にいるかのようにくつろぐ彼女は、そう、ナミだ。

「……っ」

 会えた。
 俺の息を呑んだ音に気づいて顔を上げた。
 美人になっている。

 いや、これはびじきれかわいい。
 美人と綺麗とかわいいを混ぜてしまうくらいだ。うむ、言葉は3つを混ぜないと自分の心に誓ったすぐそばから破ってしまった。さすがナミだ。

 ……あれ、美人と綺麗って意味一緒じゃないか? ……まあいいや。

「……誰? ノジコらしくない、こんなよそ者にベルメールさんのみかん触らせるなんて」

 俺を指して、実に不快そうに言う。俺をにらみつけて、それからなにかに思い当たったのか、そこの椅子にかけてあった灰色の甚平を俺へと投げる。まだ少しぬれているけど、海水に浸されたせいで感じていたぱりぱり感は綺麗になくなっていた。
 洗ってくれてありがとうベルメールさん。

「これ、あんたのでしょ。みかんどうも。さっさと帰ってくれる?」
「ちょ、ちょっとナミ! こいつは――」
「――わかった」

 ノジコの言葉を遮って、俺はうなづく。

「あ、あんたまで!?」
「いや、ほんとにいいんだ。皆元気だった。それでいい。その事実があればいいんだ」

 ナミも俺に気づかない。多分さっきの口ぶりからして俺のことを別村のコノミ諸島民と思っているんだろう。
 当たり前といえば当たり前だ。
 ベルメールさんとも話してたけど気づかれたらエスパーかなにかに思えてしまってむしろ少し怖い。

「なぁ、ナミ」
「……あたしの名前を気安く呼ばないでくれる?」

 ナミっていう名前を知っていることには驚かない。まぁ、ノジコが何回か呼んだからそれで知っているだけと思われたんだろう。でも、俺はずっとお前のことを知っている。だからいいたくて仕方がなかった。

「美人になったな、本当に。驚いた」

 俺の本心。
 ただ、その言葉が彼女のスイッチに触れてしまった。

「っ女を口説く暇があるならアーロンに殺されないように金でも貯めて家でびくびくしてろ! 第一私には先約がいる! さっさと出てけ!」

 せ、先約……だと?

「ノジコ、また来る」
「ちょっと、まちなさいってば」

 家を出た玄関で服をつかまれた。

「気づかないのは仕方ないでしょ! 別に拗ねなくっても」
「違う」
「違う? だってあんたすごく不機嫌そうな顔してるわよ」
「本当に違うんだ……いいからナミを見てやってくれ。俺はとりあえずゲンさんのとこに行って服もらってくるから。また後で寄る」
「?」

 まだ文句を言ってくるかと思ったノジコが、何も言わずに首かしげながらしぶしぶ家に戻る。俺の意志が伝わったのかもしれない。
 本当に気づかれなかったことに関して、ショックを受けているわけではない。ナミの中に先約がいることはショックだったけど、今はそれにショックを受けていられる場合でもない。
 その辺を考えるのは後だ。

 後でいい。
 そう、どうでもいいことだ。
 そんなことよりも大事なことがあった。

 自然と拳を握り締めてしまう。
 予想以上にナミは追い詰められていた。
 それが、俺には何かはわからない。でもあいつが楽しく生きていればあんな風な、あんな不安定な姿にはならないはずだ。
 アーロンを潰す。
 今は何よりもそれにしか目が入らない。

「行くか」

 ……あ、やべ。甚平の中に着る服だけゲンさんのところに行って貰っていこう。
 アーロンが怖いとか、そういった類の感情は気づけば一切なくなっていた。




「少し時間くったな」

 ゲンゾウの家を出て、ゲンゾウとベルメールが追いかけてこないことを確認したハントが苦笑して呟いた。
 ゲンゾウがもっていた黒の服の上下。駐在スタイルの服だが、それを着て、その上から灰色の甚平を羽織る。
 ココヤシ村を故郷とし、ジンベエの下で育ってきたハントにとって、これほど嬉しい服はない。

 ――おかげで、気合が入った。

「さて、行くか……狩りのじか――ん?」

 ハントの目つきが変わり、ほんの一瞬だけだがたしかに猛禽類を思わせるようなそれになった。だが、本当に一瞬だけ。すぐに気になるものを見つけた彼の目はいつものように柔和なそれへと変化する。

「海軍?」

 ――ノジコが海軍の船が沈められたって言ってなかったか?

 実におかしな光景だ。
 彼らはまっすぐにゲンゾウの家へと向かう。

「チチチ、私は海軍第16支部大佐ネズミ。ナミという犯罪者を探している」
「……?」

 聞こえてきた声に、ハントはさらに眉を深く寄せる。

 ――犯罪者……ナミを?

 おかしいことだ、実におかしいことだ。
 なぜ彼らはナミに用があるのか。なにをもって犯罪者といっているのか。そもそもナミを犯罪者と呼ぶ前にアーロンをどうにかするのが海軍の仕事ではないのか。

「……待て……まてまて、まて」

 一人、ぼそぼそと呟き、ハントの脳内シナプスがひらめき、連鎖する。
 ハントは原則海賊が嫌いだが、海軍も嫌いだ。それは彼の経験から来るものだが、だからこそ閃いた。

 なぜ彼らの船は沈められなかったのか。少し前に一隻沈められた船があったにもかかわらず、だ。
 ナミを犯罪者と呼ぶ理由。もっと大きな犯罪者、アーロンがいるにもかかわらず、だ。
 そもそもどうやってナミの情報を手に入れた。
 それがありえない。ナミに財宝を盗まれた海賊がナミのことを言うか。答えは否。海賊である自分が金を盗まれたなんていうはずがないし、言っても海軍だって信じない。

 ――ナミの手元にあるのは海賊から盗んだ金9300万ベリー……ってか? 

「……実にいい度胸をしている」

 それが誰に向けられた言葉なのか、ハントが彼らに背を向けて歩き出した方向を見れば自ずとわかるというものだ。と、そんなハントに声をかける人物がいた。

「お、お前ぇ!」
「ん」

 不機嫌なオーラを隠そうともせずに振り返り、一転して驚きの表情に。

「どうしたんだ、そんなこえー顔して」
「麦わらの……お前、ここに来てたのか」
「ああ、なんか散歩してたらよ」
「そうか、ナミはどうだ?」
「なんか機嫌悪くてなー」
「はは、俺も怒鳴られたよ」

 麦わらの仲間を見るような目とハントの哀れみの視線が一致して、なぜか肩を組む。

「航海士、ナミで後悔しないんだな? ……こうかいしだけに」
「あっはっは! なにいってんだおめぇ」

 しょーもない駄洒落に自分で落ち込むハントだが、麦わらの男はやはり笑いながら強い言葉で、それに返す。

「俺はあいつがいいんだ」

 その言葉に、ハントは微笑を浮かべた。

「そっか。ナミならこの村のはずれににいる。まだ機嫌悪そうだったけど声かけるなら行ってみたらいい」
「お、サンキュー」
「すまん、俺は少し急いでるから先に行くな?」
「そうなのか? アーロンってやつのとこか?」
「ああ」
「手伝――」
「――いらないって」
「なんだよー」

 拗ねたように言う麦わらの男に、ハントは笑う。

「じゃあな」
「おう」

 麦わらの男へと背を向けて、ハントはまた歩き出す。その背中に、同じく背を向けて歩き出そうとしていた麦わらの男が慌てて振り返った。

「……?」

 つばを飲み込み、麦わら自身感じたことのないような圧迫感をハントの背中に感じつつも、足を村の奥へと向けるのだった。




 海軍がナミの金を奪う。
 そして、それはアーロンの差し金。
 海賊に買収される海軍も海軍だが、一億ベリーでココヤシ村を売ってやると約束したアーロンもアーロンだ。
 それに気づいたナミがアーロンパークへと一目散に駆けていく。

 声をかけてきた麦わら帽子の男、ルフィをはねのけて走りいくその姿はまさに鬼。

 彼女は走る。

 途中、甚平姿の男を追い抜いたことにも気づかず、彼女は走る。
 甚平姿の男は、ただ歩く。
 それを目の端に捉えながら、ただ歩く。

 拳を震わせ、その肩を怒りに震わせながら。
 彼らが目指す先は、怒りを向ける先は、鬼の形相を見せる先は、ただひとつ――

 ――アーロンパーク。

 
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