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ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー

作者:紀陽
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第四話 聖竜の女剣士

第五十層主街区『アルゲード』。アインクラッド一ともいえる猥雑さのこの街は、一部のプレイヤーには某電気街の雰囲気に似ているためか、落ち着ける場所として親しまれている。

――もっとも、行ったことはないが。

その方面に住んでいたが、ろくに外出したことのない俺にはなんとも言いようがない。確かに人が多くて混雑していると思うが、そのことに親しみはない。
家が安かったこと、姿を隠しやすいことからこの街を拠点にしていたが、そろそろ人の少ない過疎フロアにでも引っ越してしまおうかと考えていた。

「それにああいうとこって、可愛い子が隠れてることもあるし」

自分で呟いて肩をすくめる。我ながら不純な理由だ。
しかし、三ヶ月ほど前に知り合ったKoB副団長は美しかった。俺のタイプではなかったが。

「まあ、あの子に惚れられてるアイツは羨ましいけどさ」

やはり、好意を抱いてくれる人がいるヤツは幸せだと思う。
独り身さびしー、と呟きつつアルゲードの転移門広場へ向かっていく。この街はかなり道が複雑なので、慣れてないヤツはほぼ確実に迷う。しかし伊達に街開きからここに住んではいないため、迷うことなく転移門広場にたどり着いた。
するとそこに、見知った顔の男がいた。
フルプレートアーマーの大柄なランス使い。『聖竜連合』ディフェンダー隊隊長のシュミットだ。

「あらら、DDA幹部のシュミットさんじゃん」
「ジルか、 ちょうどいいところに――」

俺がいつもの調子で声をかけると、シュミットが焦った様子で駆け寄ってきた。

「お前、カズラを見なかったか?」
「げっ」

思わず声を上げてしまう。

「アイツも来てんの?」

カズラ――アスナと同じくアインクラッドで五指に入る美女プレイヤーで、DDAのダメージディーラー隊隊長だ。彼女とはなんだか相性が悪くて、正直あまり関わりたくない。

「ああ。それで俺が目を話した途端に姿が見えなくなってな……」
「はあ? なにやってんのアイツ」

ため息をついて、俺は来た道を振り返った。当然、今通ったばかりの道にカズラの姿はない。

「……アホらし。帰るわ」

たまには真面目に攻略しようと思えばこれだ。これだからやる気が出ない。

「お、おいジル……!」
「うっさいな。カズラのことだし、心配する意味もねぇって」

仮にも攻略組ギルドの幹部、いかに油断しようにもそう簡単にやられるはずがないだろう。可能性があるとすれば、この広大なアルゲードで迷子になっているくらいか。
俺はシュミットにヒラヒラと手を振って、歩き始める。
シュミットの姿が見えなくなって、転移門広場から完全に離れたあとで、ため息をつく。
あのMMORPG知らずのカズラのことだ、どんな面倒事に巻き込まれているものか。

「くそっ、なんでこの俺が気を揉まなきゃならないんだか……!」

我ながらお人好しだ。俺は舌打ちして索敵スキルからの派生スキル、追跡を発動させる。
カズラの足跡は拍子抜けするほどあっさり見つかった。
俺の足元に、なんだかフラフラと落ち着きのない足跡が見える。これをたどった先にカズラがいるはずだ。
しかし気になるのは、カズラの向かう先が俺の隠れ家の方向だったことだ。あそこはアルゲードでも特に道が複雑で、慣れてないヤツは確実に迷う。
なぜカズラがわざわざ細道の奥にある俺の隠れ家に向かっているのか分からないが、面倒なことには変わりがない。

どこまで面倒な女なんだ。俺はくしゃりと頭を掻く。

「あー、メンドくさ」

もう帰ってしまおうか、と楽なほうに気持ちが傾き始める。
そんなとき、カズラの足跡が道から外れた。

「ここで道間違えちゃったわけか」

カズラにしては頑張ったほうだが、俺の隠れ家まではまだまだ遠い。
しかし、これで本格的に面倒になった。このまま俺の隠れ家にたどり着けていたなら追ってやってもよかったが、わざわざ探してやろうとは思えなかった。

さて帰って昼寝でもするか、と身体を伸ばしながら帰路につく――。

「――待てよ」

――がすぐに足を止めた。
そういえばつい最近、カズラが向かった先の貸家に嫌な感じの男が住み着いていたはず。
もし俺の嫌な予感があっていたりすれば、カズラのことだから簡単に騙されてホイホイついて行きかねない。

「アホ、考え始めたら気になって仕方がねぇだろーが」

俺は自分に呆れつつ、爪先の方向を変える。
帰路から外れカズラのあとを追ってものの数分、俺は目的の後ろ姿を発見した。
女性としては長身の、鋭利な雰囲気の後ろ姿。黒い髪は肩で切り揃えられており、背筋がピシリと伸びている。
そして俺の嫌な予感通り、先日ちらりと見た、不健康そうで目に不気味な光を宿した男もいた。
やれやれと思いつつ、カズラの背後に近づいていく。

「やあカズラ、待たせちゃったかな?」

馴れ馴れしく言うと、カズラの肩に右腕を回す。これだけで十分ハラスメント行為なのだが、彼女に限ってなら、おそらく監獄エリアに飛ばされることはないはずだ。

「ジル、暑苦しいので離れてくれませんか?」
「つれないなぁ……、せっかく久々に会ったってのに」

真顔で返すカズラに苦笑する。確かにつれない反応だが、特に嫌悪している様子もない。
こちらに顔を向けたカズラの顔立ちは、さすがに五指に数えられているだけあってかなり整っていた。やや目元はつり気味だが、それも彼女の魅力となっている。
俺はカズラから少し離れて、今気づいたように彼女と向き合っていた男に視線を向けた。

「――で、そこのアンタはどちらさん? カズラになんか用あんの?」

しかし、見れば見るほど怪しいヤツだ。犯罪者プレイヤーだと言われても納得できる。

「いや、別に……」

そう言い残すと、その男はゆったりとした歩調で歩き去っていく。
男が完全にいなくなったのを索敵スキルで確認して、カズラに向き直る。

「カズラ、今の誰さ? もしかして君の彼氏?」
「さあ? 声をかけられてすぐにあなたが来ましたし、会話すらしてませんね」
「うーん、タイミングがよかったっつーか……その逆か」

カズラが無事だったのはいいが、あの男の目的も気になる。微妙にタイミングは悪かったと言うべきだ。

「まあいっか。アイツのことはまた今度で」

今はこちらのほうが優先である。男のことなんて考えても詰まらないだけだ。

「それで、こんなとこでなにやってんの? 男引っかけに来たわけじゃないっしょ?」
「引っかける?」

きょとんとした表情で首を傾げるカズラ。

「いわゆる逆ナンだよ、逆ナン。性転換可能のMMOには結構多いんだよね。まあSAOで逆ナンっていうと、現実でのとほとんど変わんないけど」

なにせ、SAOでは全プレイヤーの容姿は現実のもののほとんど同じだ。ゲーム開始から一年半以上過ぎているので、俺たちの年代は容姿が多少変わっているだろうが、一目で分からないというほどでもない。
つまりこちらで知り合った相手が比較的近く住んでいたに場合、いつかSAOがクリアされてもこちらでの関係はあっちに戻っても続くことになるのだ。
そう考えると、普通のMMOのごとく安易な気持ちで付き合おうとは思えない。第一、MMOの利点というのは互いの顔が分からないというものなのだから。

「ジルが言っていることは理解できませんが、逆ナンというのはそこまで間違ってもいませんね」
「……ガチで?」

あのカズラが逆ナン――ダメだ、そのシーンがまったく想像できない。

「でもお誘いとは言っても――」

すると、カズラが唐突にウインドウを操作し始める。

「こちらのほうですが」

俺の目の前に『Kazura』から一対一のデュエルを申し込まれました』、とシステムメッセージが表示される。

「……えー、なにこの超展開」

俺は間抜け面で呻き声を上げることしかできなかった。 
 

 
後書き
次話もよろしくお願いします。 
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