シャンヴリルの黒猫
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28話「精霊魔法」
前書き
ファンタジーといえばエ・ル・フ~♪
正しい音程で歌えた方には豪華賞品が作者から与えられます← 正解はあとがきで。
クオリにあてがわれたという宿の一室に入ると、彼女は前触れもなしにその身に纏っていた濃茶のローブを脱ぎ捨てた。現れたのは、肩まである絹のようにさらさらとした美しい浅葱色の髪と、それに逆らうようにして生える、長く尖った耳。悲しそうにこちらを見つめるその眸は、金色だった。
「エル…フ……」
ユーゼリアの声が震える。目をまんまるくして驚いていた。
エルフは、森の奥の結界の中から外にでることはまずない。それが、女のエルフであるなら尚更だ。ゆえに、その存在を目にしないまま死ぬ人間がほとんどである。見られるのは、ほんの僅かいる幸運の持ち主か、あるいは奴隷商人、また、腐るほど金をもつ一部の貴族のみだった。
だから、ユーゼリアのこの態度も、仕方ないことなのだ。
「綺麗……」
ほぅ、と息をつくユーゼリアに、クオリは静かに言った。
「見ての通り、わたしはエルフです。わたしを旅の連れとするなら、同時に奴隷商を相手にしなくてはいけませんよ。悪いことは言いませんから、わたしを勧誘するのは止めなさい」
その言葉に、ユーゼリアがハッとクオリを見つめる。その動作をどう取ったかはわからないが、クオリは話を続けた。
「ユーゼリアさんも、大変お美しい方です。一緒にいれば、わたしだけでなく貴女も確実に狙われますよ。アシュレイさん、貴方もです。ひどく女性受けする顔立ちですから、貴族の奥方が欲しがるでしょう。……貴女だって、奴隷商人に追われるなんて、嫌でしょう? 今のうちに手を引きなさい」
クオリの言葉に、ユーゼリアは即答した。
「嫌よ」
「なっ!?」
「…アッシュ。余裕?」
「もちろん」
目の前で交わされる意味の分からない会話に、クオリは声を上げた。
「あ…貴方達、分かってないですね! 奴隷商人はしつこくて、陰湿で、卑怯な、人を人とも思わない連中なんです! 追われたこともない方々は分からないでしょうけど――!!」
「――あるわ、追われることなら。現在進行形で、ね」
「え?」
次の瞬間、窓ガラスが音をたてて砕け散った。同時にドアも蹴破られ、雪崩れ込むように黒い服の男達が部屋に入ってくる。
「聞いていたかのように間がいいな!」
咄嗟に右腕にユーゼリアを腕に抱きかかえ、ぽかんとしているクオリも反対側の肩に乗せると、割れた窓から飛び降りた。
「きゃああっ」
「ぐぇ」
左右から悲鳴と反射的に首を強く締められる。変な声が出たが気にしている場合ではない。2階ではあったが余裕をもって着地すると、2人を抱えたまま走り出した。
「ちょ、ア、アッシュ! どこ行くの!」
「郊外だ。町中で戦闘は目立つ。舌を噛むぞ、喋るな」
後方からは足音が十数人分。大きな荷物を揺れに気を配りながら、しかも2人も抱えたままでは、流石のアシュレイも追いつかれるのは時間の問題だった。やろうと思ってできないわけではないが、そうすると2人が酔うだろう。
「うぅぅ……」
「大丈夫か? 悪かったな、突然2階から飛び降りたりなんかして」
「だ、大丈……うぇ」
どうやらこれでも気分が悪くなったらしいクオリを、ユーゼリアが介抱する。そうこうするうちに、周りは完全武装した男達が取り囲んでいた。人数はポルスの時の倍である。
先頭に立つのは、その際逃げたあの頭だった。
「また会ったな」
「今度こそ捕まえさせて貰おうか。今度は油断などしない」
「せいぜい頑張れ。俺はユリィを守らなくてはならんからな、負けてやるつもりは微塵も無いが」
そう言って腕を振り上げる。次の瞬間、頭のすぐ横に控えていた男が崩れ落ちた。
「ぐあああ!」
のたうち回る男を、誰もが呆然と見る。
「手の甲の健と、足首の健を断たせてもらった。回復魔法でも1、2時間は動けまい。……さあ」
次は、どいつだ?
――ゴクリ。
誰かが唾を呑みこんだ音が、聞こえた。辺りにアシュレイへの殺気が満ちる。それを一身に受けているはずの当の本人は、まったく意に介した様子はなかったが。
「うおおおお!!」
一斉に男達が襲いかかってきた。ある者はナイフを、ある者は弓を、またある者は魔法を。最早味方に当たっても構わないという意気込みだった。
「つ、杖が!」
ユーゼリアが魔法で応戦しようとするが、媒介となる杖――厳密に言えばその宝玉――が手に無い今、人間が自力で魔法を放つのは至難の業だった。
そう、人間ならば。
「【我請う。数多生命支えし大地の君、天穿つ杭とならんことを】!」
突如として3人を中心に、同心円状に地面が鋭く突き上げた。一瞬にして、地面は巨大な針山地獄となる。逃げ遅れた何人かが、背中なり足なりを土の杭で貫通され、悲鳴をあげていた。
「クオリ!」
「エルフは精霊魔法の遣い手。ここは任せてください」
「ふむ、なら実力拝見といこうか」
腕を組んでクオリを見下ろしたアシュレイに笑みを返し、クオリは再び声を張り上げた。
「【我請う。大気に遊びし自由なる君よ、生を喰らう龍とならんことを】!」
目の前で風が渦巻いて、やがて龍を形作る。風の龍は咆哮すると、土の杭をなぎ倒して男達に向かっていった。腕や脇腹を食い破り、最後にまた咆哮し、拡散して消え去った。
「……すごい」
ユーゼリアがこぼす。
エルフのみができる精霊魔法は、世間一般に知られている魔法に比べて、威力は桁違いに大きかった。その変わりに、事前に精霊に自身を認めてもらい、契約をしてその力を分けてもらう必要があるのだが。だが残念なことに、精霊を肉眼で見れるのはエルフのみで、会話ができるのもまた、エルフのみだった。これがあるから、エルフは未だに森の奥地で生き延びていられるのだ。
「くそっ。弓だ! 弓を引け! 魔法を放てる者はソレでもかまわん!」
頭が怒鳴る。びゅっと飛んできた矢は、だが1本も3人に掠ることもなかった。クオリだ。
「【風よ】!」
しかし、突風程度では飛来してくる魔法を抑えることはできなかった。クオリが詠唱に入ろうとする。しかし、その必要はなかった。
「悪いが、そうはいかせないな」
再びアシュレイが腕を振り上げる。そのまま右に左に不規則な動きで腕を動かした。その様子は、指揮者に似ていた。
アシュレイが腕を一振りする度、風龍で薙ぎ倒された土杭の向こうからザシュッという音と悲鳴が聞こえる。3人の中で最も背が低いユーゼリアだが、その生々しい音から、アシュレイが戦っているようであることは分かった。
「くそっ。総員、撤退! 撤退だ!」
襲撃は、再びアシュレイ達の勝利となった。
後書き
精霊魔法が厨二病って? わかってても言わないのがオトナだよ。
メロディーの正解は、「センチメンタルジャ~ア~ニ~」とおんなじ。笑。
ほら、ご一緒に。
「ファンタジーといえばエ~ル~フ~♪」
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