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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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第5話『その男は』


 海中。
 もはや光すら届かない深海を行く、一隻の船があった。
 ドクロの旗を掲げて、空気の膜に包まれて、深々と高度を下げて海中を進む海賊船。

 巨大とはいえないが、それでも決して小規模とはいえないサイズのその船だったが、周囲にはその船のサイズをいとも簡単に凌ぐ深海生物が無数に存在していた。
 船を一呑みにするであろうちょうちんあんこう、幾重もの鋭い牙をもった肉食の魚、触れただけでシビレさせる強力な麻痺毒をもったクラゲ、数え上げるならばきりがない。

 それらが時折、船に襲い掛かり、あわや船が崩壊というところで別の魚が船を襲っていた深海生物に喰らいつき、ホッとした瞬間には今度はその魚が襲い掛かってきて、またピンチ、というところでまた別の魚に喰らいつく、という食物連鎖が船の間近で何度も起こる。
 それだけで恐ろしいというのに、海中にあるということでそれらをただ見ていることしかできないことが更に恐怖を増長させる。
 並の神経しかもたない船員にとってはもう限界だった。

「俺もう恐い! 帰らないか!?」
「かえろうぜ! なぁ!」
「もう人魚なんかどうでもいいじゃねぇか!」
「アニキたちもこういってますし、そうしませんか、船長!」
「副船長からもなんかいってやってください!」

 口々に囃し立てられる恐怖の言葉がその証拠だ。
 彼らの言葉に、船長と副船長が立ち上がる。眉一つ動かさず彼らを睨みつけた二人は、まるで呼吸を合わせたかのように片足を振り上げ、ドンと、同時に甲板へと足を振り下ろした。凄まじい衝撃が船に広がり、船員たちが一斉に口を噤む。

「一儲けしたいかと聞いたときお前らはなんて答えたぁ?」

 船長の問いかけに皆一様に視線を下にそらす。

「一儲け……したいんだよなぁ?」

 船長から発せられる威圧感に、誰しもが返事もできずにいると、横にいた副船長が明るい声で笑った。

「まぁまぁ、もうすぐ魚人島につくわけだし、みんなもそう悲しそうな顔しないで。一度魚人島に入ってしまえば魚人島での滞在予定期間は数日程度ですむんだから! ……いい餌も手に入ったし!」
「そうだ、さっと入ってやることだけやってそのままとんずら。んで、ヒューマンショップで大もうけだぁ。いいな、野郎共。もっと先を見りゃいいんだよ、なぁ?」

 二人の自信に満ちた声が、船員に響く。その声におされ、彼らはみな一様に頷いたのだった。
 さて、そんな海賊たちの乗る船の中にある狭い一室。明かりすらないほぼ暗闇の部屋。
 そこにボロ布一枚で身を包み、横になってじっと動かない少年がそこにいた。

 もしかしたら動かないのではなく、動けない。そう思わせるほどに少年の体のいたるところには裂傷が走り、銃痕が残っていた。いつ死んでもおかしくなさそうな体だが、致命傷と見られるであろう箇所は最低限の治癒はしてあるのか、乱雑に巻かれた包帯がボロ布の隙間から見え隠れしている。
 本来なら真っ暗なはずの一室にも関わらず、目を凝らせばそこに少年の姿が見えるのは僅かに開いた扉の隙間から光が差しているからだろう。

「……っ」

 少年が動いた。
 動いたといっても僅かな身じろぎ一つだが、それでも確かに動いた。

「……くそ」

 ――状況は……変わらず、か。

 首をめぐらせ、自分の置かれている状況を確認した少年は諦めたように小さく息をつく。
 短い茶髪の黒い瞳の少年、年齢にして12歳のその少年はともすれば悲鳴を上げる自身の体を慎重に動かしながら上半身を起こして、壁にもたれかかる。

 ――死ぬのを覚悟してわりに生きてた……のはラッキーだったけどまさか人身売買の商品になって、しかも海賊に買われるとは夢にも思ってなかった。

 改めて自分の置かれた環境を考えて嘆息を吐く。
 思い起こせば約一週間前のこと。
 ハント自身、目が覚めて驚いた。
 なぜか生きている自分、そんな自分をつなぐ爆弾の鎖、ディスコと名乗る男に聞かされたヒューマンショップの商品として売り出されるという事実。
 どうして自分がここに、とか。なんでこんな場所が存在しているんだ、とか。村の皆は無事だろうか、とか。傷の手当をしてくれたのは誰だろう、とか……エトセトラ。

 疑問が多すぎて完全に頭がパンクしていたハントだったが、アレよアレよという間に落札され、海賊に買われてここに来た。
 自分の村を襲った魚人たちと同様に海賊、しかも人身売買にすら手をかけるような人間たちということもあって警戒をしていたハントではあったが、そんなハントに彼らは優しかった。食事はもちろん、豪華な寝床にまだ癒えきらない怪我の手当て、毎夜のようにハントを交えて繰り広げられる楽しい宴。

 どう接しても気の良い人間としかいえない彼らに、最初は態度の硬かったハントも、徐々に軟化していく。
 そして、とある商談をもちこまれたのが数日前。
 それに対して顔を真っ赤にして否定した結果が、今。
 ボソ雑巾になるまで体をいためつけられ、今のハントは口をひらくことすら億劫な状態だ。

 ――みんなどうしてるかな?

 ふとココヤシ村のみんなの顔を思い出す。
 みんなもこんな目にあってはいないか、そもそも誰も死なずに生きてくれているだろうか。自分がボロボロのためか、尚更そんな心配をしてしまう。

 ――ん?

 いくつかの足音が聞える。そうハントが感じた瞬間にいくつかの影と共に一室の扉が乱雑に開かれた。
 扉が全開になったことで、ハントの目に飛び込む光量が一気に増加する。光量が増加したといっても実際には単なる室内灯の明かり。本来ならばどうというものでもないが数日間暗がりに閉じ込められていたハントにとってはそれも十分に眩しい光となる。
 眩しすぎる光を背に、数人がハントを取り囲む。

「……おう、まだ死んじゃいねぇなぁ」

 確認するような言葉。
 もちろんこの声色をハントは知っている。
 なにせ自分のことを散々痛めつけた男達のトップ、船長だ。知らないはずがない。

「……そう簡単にくたばってたまるか」

 せめて弱っているところをみせまいと強がるハントに、一つの影がそっと腕を取って脈をとる。何度か頷き、今度はハントの体のあちこちにそっと触れる。

「大分弱っちゃいますが、これぐらいなまだ元気なもんです……釣りをするならもっと痛めつけておかないとまずいのでは?」

 その男はおそらく船医なのだろう、ハントにとっては恐ろしい言葉を実に簡単に言う。船長は考えるように黙り込み、隣にいた副船長を肘でつつく。言外の問いかけに、副船長は両手を頭の後ろに置き、僅かに天井を見上げ「ん~」と唸ってみせる。
 子供っぽく見えてしまうその所作が本気で考えているかどうかわからなくさせるのだが、船医も船長も何も言わずにじっと見つめている。

「ん~……ん~……ん!」

 副船長のどこか間抜けな唸り声が止まった。かと思えば表情は真剣なままで口を開いた。

「痛めつけるのは島についてからでいいと思う。島についてから色々と釣りの準備をして、釣りの下準備を完璧に終わらせて、釣りをする時間直前に痛めつける。その方が確実じゃない?」
「まぁ、そうですな……ここの船員は皆さん手加減が苦手のようですからな」
「ハハッ、そいつぁ褒め言葉だなぁ」
「ではこのままで放置で宜しいですか? 走ったり跳んだりは不可能でしょうが軽く動くことならできますぞ?」
「そうだな……どうせもう数時間で島につくんだ、それまで誰かに適当に見張りでもさせときゃ十分だろ」 

 もう数時間で島につくと聞いてハントがもともと苦しそうな表情をさらに歪めた。その表情に気付いてか、それとも気付いていないのか。船長はハントに顔を寄せて、下卑た笑みを浮かべると軽く肩に手を置く。

「さて、今の会話を聞いたとおり、お前はまたあとでボコボコにされる……爪をはがされたりするだけじゃねぇぞ。今度は骨や間接もやっちまうかもなぁ」

 ハントの顔が青くなる。既に拷問のような暴力を受けているのにまたそれを、いや今度はそれ以上の暴力に晒すと宣言されているのだから当たり前といえば当たり前。

「前にもいったがお前が協力するって言うならまた扱いを良くしてやったっていいんだぜぇ? お前は見た目もわるくなけりゃ歳だって若いんだしよぉ……お前がいりゃこれから先、仕事するのも楽になりそうだからなぁ」

 悪魔のような、いや、実際ハントからすれば悪魔の言葉だ。それが耳元で囁かれる。
 一瞬だけハントの気持ちが揺れる。
 楽しい宴会、うまい食事、優しい彼ら。
 だが揺れるのは実際に一瞬だけだった。
 今や魚人に支配されて苦しんでいるだろう故郷の人々を思い出す。

 彼らが今回称している釣りとは実に簡単なことだ。
 まだ子供といっても差し支えないハントを魚人島の沖合いで目立つように浮かばせる。当然、お人よしやら温和で有名な人魚はそれを見つけたら放置しない。ハントを治療しようと島に帰ろうとしたところを捕まえ、ヒューマンショップで売りさばく。

 まさにハントを餌とした釣り行為。本来ならもっと複雑だが簡単に表現するならこういったところだ。
 ハントはそれが上手くいくとは決して思っていない。
 人間嫌いらしい魚人やらに見つかったり、魚人島の警察みたいな機構に重傷の人間が見つかったらどうなるか想像できないし、そもそも人魚だって重傷の人間を見つけたからと言って助けようとするとは限らないからだ。

 だがそれを言うと船長たちは笑って「んなもん、こっちだって色々と考えてあるに決まってるだろぅ? ……お前は餌になることだけを考えておけばいいんだよなぁ」と答える。
 だから、もしかしたら本当にうまくいくのかもしれない、とハントは一抹の不安をもっている 
 自分という人間を餌にして、もしも上手くいってしまったらどうするのだろうか。

 ――釣られてしまった人魚の将来はどうなるんだろう、故郷のみんなと同じか……下手したらもっと辛い目にあうこともあるのかな。
 そういった人間を増やすことに協力しろと、今ハントは言われているのだ。
 餌としてではなく自ら人魚たちに助けを求めるような囮になれと、今ハントは言われているのだ。
 そうすればこの痛みから解放してやると、今ハントは言われているのだ。

 ――ありえない。

 ハントの目に力がこもり、船長を睨みつける。

「死んでもお断りだ、バ――」

 ――カ野郎。

 最後まで言いたかった彼だが、残念なことにそれは叶わなかった。
 副船長の蹴りが腹にめり込んでいたからだ。

「ゲホっ……ぐ、ハ」

 血が口から漏れ、腹にあった傷が開きボロ布が僅かに赤に染まる。

「また後で痛めつけてやるからなぁ」
「ま、死ぬわけじゃないんだから、安心してねー」
「致命傷だとさすがに治せませんので、それだけは頼みますぞ」
「そうだ、船長。俺いいこと考えたよ! 後で聞いてくれ!」
「頭の良いお前が、か。それは楽しみだなぁ」
「へへ。うまくいけば一回でことが済むよ」

 口々に勝手なことを言って遠ざかる彼らの言葉を耳にして、途切れそうな意識の中、思う。

 ――殺されたほうがマシだ、ばかホモ野郎。

 随分と口が悪くなった。自分のことを冷静に分析しながらハントは意識を手放したのだった。




「――ああああああ」

 まだ少年のものとは思えないほどに悲壮感あふれた悲鳴が響く。その悲鳴にはもう力がなく、世紀末すら感じさせるようなソレに、だがそれを取り巻くのは軽薄でいて実に楽しそうな笑い声だった。 

「次、俺の番ら!」

 そういって男がナイフを投げる。呂律もまわらないほどに酒に酔っている男のナイフが真っ直ぐに飛ぶわけもなく、回転しながら弧を描き、刃ではなくナイフの柄が少年の太ももにあたった。
 大して痛くないであろうと推測されるその威力だが、ほとんどが赤く染まっているボロ布がまた赤くそまった。少年が苦悶の表情をうかべ、どうにか声を押し殺した。

「ぎゃははは、0てーーーーんっれか!!」

 ナイフを投げた男は大して悔しくもなさそうに笑い声を上げる。
 その光景はまさに異常の一言に尽きる。
 明かりがほとんどない夜の世界の中、船の甲板で楽しそうに騒ぐ彼ら。それ自体は別に異常なことではない。魚人島に着き、調べることは全て調べ、下準備は完璧。あとは時間を見計らうだけの段階。

 既に夜なってしまっており、こう暗くては何もできないと話し合った結果、前夜祭と称してタイミングを見計らいつつも宴会を繰り広げることにしたのだから宴会をやっていること自体は普通のことだろう。
 だが、その宴会の光景が異常。
 彼らが酒を呑みつつ、酒の肴にしているのはぼろぼろの少年、ハントだ。
 頭や顔には鉄の仮面をかぶせられ、人体の急所と呼ばれるところにもなんらかの鉄の防具をあてられて、それ以外にはボロ布一枚を着せられているだけのハントは、四肢を拘束され、今や投げナイフの的となっていた。

 どうせ日が昇るまで時間がある、それならばそれまでこうやって拷問と宴会を楽しもうと言い出したのは副船長だ。
 釣りをするには死なない程度に重傷であればあるほどいい。最初は皆その程度の認識だったのだが、副船長が血がたくさん出ていればいるほど釣りのときに2匹以上を一度で釣ることだって可能だと提唱して、今に至っている。

 少年の周りでは船医が少年の体を何度も触診したり、顔色をはかったり、傷口の具合を確認している。ぱっと見れば実に献身的にみえる行為だが、船医のやっていることはどれだけ死に近づけたまま生でいさせるかだけであり、少年の悲鳴が響くたびに喜悦の表情を浮かべているあたり、その性格が見て取れる。

 一体どれほどの時間、こうやってナイフ投げをしているのだろうか、ハントの足元に出来ている小さな血だまりが、ハントの無数の傷と、それら一つ一つの傷口からの出血量の少なさがその時間の長さを想像させる。
 狂宴はまだ終わらない。

「じゃあ次は俺がやりまっす!」

 そう言って次の男がナイフを投げようとまた一本のナイフと手に取った。
 その光景をハントはもう見ようとすらしない。朦朧とする意識が、何かを注視するという行為を許さないのだ。
 ただ、それほどに状態にあってもハントは意識をまだ失っていない。

 ――目を閉じるな、閉じるな、閉じるな。

 もはや痛みに対する恐怖を超越し、ハントの中にあるのはただただ意地。
 餌になるという海賊の思い通りになってたまるか、という意地。
 強制的に餌にさせられるという不可抗力だろうがなんだろうが人魚を攫うことに協力してたまるか、という意地。
 男がナイフを投げようとしたそ瞬間、船医が前に出て両手を振った。

「ストップ! ドクターストップ!」

 その声を聞き、投げようとしていた男が慌ててナイフを止める。

「俺、結局一回も投げてないっす」

 つまらなさそうに酒に手を伸ばす男だったが、突如男の前に降り立った船長がその酒を蹴飛ばした。

「てめぇらは一旦解散、寝ておけよぉ。明るくなったらすぐに始めるぞぉ……船医、お前はやることわかってるなぁ」
「海に浮かべて小一時間死なない程度で?」
「十分だぁ」

 満足そうな表情を浮かべながら船長はハントの元へと歩み寄る。

「も……り、か……う」

 それをどうにか認識したハントが憎まれ口を叩こうと口を開く。もう言葉になっていないが、それでもせめての意思表示がにらみつける。船長はハントの傷具合をみやりつつ、僅かに驚きの色を見せた。

「……これだけぼろぼろで意識があるってのはぁ?」
「気を失うほどの強烈なダメージを受けなかったというのもありますが、それよりも子供とは思えないほどに体力があるのでしょうな、体つきをみればわかりますがいい筋肉のつき方をしていますぞ。よっぽど体を鍛えていたのでしょう。うちの船員でも幾人かはまともに戦えば負けてしまうのではないですかな?」
「面白いが……どうせこいつは俺に協力しないからなぁ。あとは頼むぞぉ?」
「お任せを」
「じゃあなぁ、くそがきぃ……ま、気が変わればいつでも言って来い、歓迎してやるぞぉ。ハァハァハァ!」

 ハントは高笑いをあげながら去っていくその背中に毒づく。

 ――好き勝手言いやがって。

「では、意識だけは奪っておこうかの」

 ――なに?

 普段よりも何百倍も重い自分の首を動かそうとして、その前になにかが体の中に響いた。

 ――なにを?

 考えるも、既に視界が真っ暗。
 ハントが覚えてるのはそこまでだった。



 
「――ぶ?」

 ぼんやりとした声が耳に届いた。

「――うぶ?」

 暖かく、優しい。
 まるで故郷の人を思い出すその声色に、反射的に目が覚めた。起き上がろうとして、体を襲う激しい痛みに失敗してしまった。痛みで顔を顰める。

「大丈夫?」

 また優しい声。だがさっきとは別人の声だ。体はほとんど動かないし、感覚もほとんど働かない。首をめぐらそうにも首をうごかそうとするだけで激痛が走る。
 動くのは諦めるか。 
 そう思って、でも聞き覚えのない声だったから「誰だ?」と尋ねる。その声が実にか細い声で、俺自身、信じられないような声量だった。

「……あ、目を覚ましたみたいね、よかった」
「ほんと、わたしたち手当ての知識とないからどうすればいいかわからなくて」

 ホッとしたように言う二人が突然、眼前に現れた。上から声がすると思ってたら本当に俺の頭上で会話をしていたらしい。

「!?」

 それはまさに一言で言うなら美人。一人は短めの黒い髪と少し細い目が特徴で、もう一人は肩まで伸びた金の髪とぱっちりとした目が特徴的だった。それぞれ好みは人によってあるだろうけど、少なくとも俺から見て、どちらも美女としか表現できなかった。
 急に美女が二人も出てきたせいで声を失っていると彼女たちは少しだけ楽しそうに微笑んだ。

「……あら、この子照れてるわよ?」
「ふふ、ホント……マーメイドカフェに来てくれたらサービスできたのにね」

 照れてない。
 そう言おうとしたけど、それよりも思ったことがあったからそれを尋ねる。

「もしかして……人魚、さん?」
「正解」
「よく出来ました」

 二人がにっこりと微笑み、それがまた二人の魅力を引き出す。自分よりも明らかにお姉さんである二人の笑顔に自分の頬が熱くなってしまうのを感じてしまう。鏡でみたら今の俺の顔は真っ赤なんだろうなとか思ってたら彼女たちが笑みを深くさせる。

「可愛いわねぇ」
「ええ」

 かわいくなんてない。それに俺は男なんだから嬉しくない。
 口を開きかけて、だけどまた思ったことはそのまま心の奥底にしまわれることにした。
 それよりもまた大事なことに気付いたからだ。
 決して広いとはいえず、光もほとんど差さないこの物置部屋。
 そして自分が人魚といるというこの状況。
 導き出される答えは一つだった。

「もしかして……ぼくのせいで捕まってしまいました?」

 二人の人魚さんは驚いたように顔をあげて、視線を合わせる。数秒見詰め合っていたと思ったらまたと俺へと顔を向けて、首を横に振った。

「いいえ?」
「私達が間抜けだった。それでこの船の人たちに攫われちゃったの。それだけよ」

 嘘だ。
 瞬間、そう感じた。
 自分がここにいて、人魚がここにいる以上、自分という餌を使った以外ありえない。だからこれは自分のためについてくれた嘘。少しでも自分が気に病まないように庇ってくれている嘘だ。
 それを感じた。

 ただ「そう、ですか」とだけ呟く。

「そんなことより、君は大丈夫?」
「そうよ、そんなに酷い怪我をしているみたいだし……ごめんね、私たちに知識がないばっかりに」
「……」

 本気で言っているその顔に、俺は反応できなかった。
 信じられない思いだった。
 この人たちは俺の心配をしてくれている、しかも本気で。
 彼女たちをおびき寄せた餌である俺を。

 海賊に攫われて、これからどうなるか全くもってわからないであろう不安を一切みせず。
 普通、そんなことが出来るのだろうか。少なくとも自分には無理だ。
 出会う一瞬前までココヤシ村を襲ったような魚人たちを思い浮かべていた俺が恥ずかしい。

「……ありがとう、ございます」 

 なんと言えばいいか分からず、でも気遣ってくれていることにだけはお礼を言わなければならないと思った。
 もしかしたらその想いが伝わったのかもしれない。

「どういたしまして」

 二人が声を合わせて微笑んでくれた。
 この人たちをどうにかして逃がしたい。
 心の底から思う。
 あんなばか海賊たちの金の道具になんかなっていいはずが無い。

 けど、また俺はなにもできない。
 自分の動かない体がうらめしい。
 俺は、なんて弱いんだろう。
 ココヤシ村でも、ここでも。
 俺がもっと強かったら、村のみんなを、ここの人魚さんたちを守れるくらいに強かったらきっともっと色々とやれることがあるはずなのに。

 だから、思った。
 強くなりたい。
 大切な人を守れるくらい。守りたいと思った人を守れるくらい。
 強くなりたい。
 この人たちを逃がせるくらいに、ココヤシ村の皆を助けられるくらいに。
 本気で、そう思った。

「おう、お楽しみ中悪いねぇ」
「っ」

 首を動かせないから顔はわからないけど声でわかる。
 ばか海賊のばか船長だ。
 ……もっと勉強しとけばもっといい悪口もあったんだろうな。ナミの勉強に少しでもついていとけばよかったかな。
 まぁ、いいや。
 足音がいくつもあったから多分他にも何人かいるんだろう。

「おう、お前の出番だ、つれてけぇ」

 動かない体じゃあどうしようもない。
 また頭を殴られて、ブラックアウト。

「最後の釣りだ……予定よりも大掛かりのやつで準備に時間をかけちまったが、へへへ腕がなるねぇ」

 聞きたくもない計画が聞えた気がした。
 



 海賊たちの最初のつりは大成功だった。
 いや、副船長風にいうなら大成功してしまった。
 何せ一味の中でも最も頭のきれる副船長がシャボンディ諸島で聞き込みを重ねて計画にも思案を重ねて生み出されたのが今回の釣りだ。うまくいかないはずがなかった。
 そして大成功。

 さすがは副船長といったところだが大成功が逆に副船長にとってのミスとなってしまった。人魚が二人。彼ら風に言うなら二匹。それが手に入った時点で副船長は帰るべきだと主張したが、まだ釣りをやってたったの一回だ。前計画なら2,3回はやる手筈だったのだからまだやれると船長と船員が言い張ることになり、何度帰還を促しても副船長の言葉は受け入れられなかった。

 そして副船長抜きで始まった最後の大釣り。
 最後なんだからもう用がないハントの血をぶちまけて派手に人魚を集めようという単純な計画になったわけだが、果たして切れ者のいない一味ではそれが実行された。
 ハントのわき腹を銃弾でぶち抜き、それを海にほうり捨てる。
 ハントの意識はなくなっていなかったが、どうせもう声を出すことはできないのだから関係なかった。
 そして、寄ってきた人魚をつかまえ――

「なんだ、人魚じゃねぇなぁ」
「魚人だぜ」
「どうする、たった一匹だが」
「殺しちまおうかぁ」

 彼らは味を占めてしまったのだ。
 本来ならば引き返すべきところを。
 引き返せばもしかしたらそれから逃げ切れたかもしれない。

 だが、そんなIFはもう関係のないことだ。
 なにせ彼らは逃げることを選択しなかったのだから。
 だから、彼らは見つかる事になる。
 魚人島最強の戦士――

「まってくだせぇ、あれはただの魚人じゃないですぜ!」

 ――王下七武海が一人、海侠のジンベエに。

 薄れゆく生命の中、ハントは見ていた。

「――撃水」

 その魚人が掌からから何かをはじき出した瞬間、海賊たちが血を撒き散らして吹きとんだ。
 薄れゆく生命の中、ハントは聞いていた。

「――唐草瓦正拳」

 たった二撃。たったの二撃で海賊を全壊させた。
 その男の使うその技。
 そう――

 ――魚人空手。

 そしてまたハントは意識を手放すのだった。

 ――どうでもいいけど俺、何回意識失ってんだよ。

 
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