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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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第1話『狩人』

『私の故郷よ』

 そう言ってベルメールが彼らを連れてコノミ諸島ココヤシ村に来て、もう5年がたった。
 ハントももう8歳だ。
 最初はどうなるんだろうと思ってビクビクしていた彼だったが、ここの村の人たちは戦争孤児の彼らを快く受け入れた。今ではもう立派なココヤシ村の一員だろう。

 さて、ココヤシ村から離れた大森林。コノミ諸島の中でもどちらかといえば人里から離れており、あまり人が寄り付かないような森の中。
 大木の枝に立ち、幹に背中を預けている少年――ハント――がそこいた。
 ハントは静かに左手の人差し指をなめた。目を閉じて、まるで風の向き、強弱を感じるかのようにその指をたてる。

 ――いける。

 心の中の呟きと同時に、弓を構える。
 狙うは15m先で食事をする野うさぎ。
 背中に備えていた矢を番えて、音もなく引き絞り――

「――しっ」

 声の伴わない音を口から発して、矢を放った。
 木々の枝々をすり抜け、葉々をつきぬけ、矢の軌道はハントの狙い通りに放物線を描き、狙い違わずうさぎにヒット。
 子供とは思えないほどの精度である。

「これでようやく二羽か」

 木の枝から飛び降りてうさぎのもとへと向かう。木材を削って作成されただけの完全に木製の矢を頭にくらい、気を失ってしまっているウサギを獲物入れのかごに入れて陽気に歩き出す。その姿はまだ8歳とは思えないほどに力強く躍動している。

「ベルメールさん、これでちゃんとごはん食べてくれるといいんだけど」 

 嬉しそうな表情とは裏腹に、ハントの声色は重い。
 ハントが考えるのは自分達の養母となってくれているベルメールのことだ。
 自分やノジコ、それにナミ。3人もまとめて養ってくれている彼女だが、最近その彼女の食事量は少ない。毎回というわけではないが、たまに食事をみかんだけで過ごしている姿すらある。

 みかん畑で食べ盛りの子供3人を養うのには流石に無理があるということなのだろう。
 しかも、まだ6歳でしかないナミは自分の夢のために色々と勉強しており、ベルメールもノジコもハントも残念ながらそういった学の方面の知識はなく、むしろ3人ともナミの行動を応援しているのだが、それがさらにベルメール家の家計を圧迫していく。

 インクや筆、本を買ったりするのもタダでは決して手に入るものではないからだ。
 ベルメール家の家計が苦しいということを知ってノジコは最近ベルメールの畑を手伝うようになったし、ハントもこうして狩りにいそしむようになったわけだが。

「……もっと狩り出来るようになりたいなぁ」

 己の手を開いたり閉じたりしながら、ぼそりと呟いた。
 狩りの技術はもちろん、そもそもの身体能力を向上させないともっと大きな獲物をしとめることなど出来やしない。いや、そもそも今回だってまぐれのようなものだ。
 いくら木製の矢尻とはいえ上手く飛ばせばしっかりと突き刺さるはずなのだ。事実、前回は突き刺さった。これは単純に技量と筋力の問題だ。ハントはそう考えている。
 海兵だったベルメールに体の鍛え方を学びたいと思っているハントだが、なかなかそれを言えないでいる。

「やり方だけでも聞いてみようかな」

 考えるも、すぐに否定するように首を横に振る。
 ベルメールのことだ、色々と丁寧に教えてくれたり、指導してくれたりするのが目に見えているからだ。ベルメールにこれ以上苦労をかけたくないのに、身体的負担まで増加させてしまったらまったくもって意味が無い。
 首をひねりながら歩いていたハントだったが、気付けばもうココヤシ村の入り口にまで差し掛かっていた。

「ま、今度さりげなく聞いてみよう」

 結局考えがまとまらなかったらしい。とりあえずはベルメールにウサギを見せに行こうと走り出したときだった。

「ん?」

 よくお世話になっている人物とそれに首根っこをつかまれている人物を見つけた。

「ゲンさん、またナミがなんかしたの?」
「お、ハントか」 

 帽子に風車をさして、口元のヒゲがダンディな男、ゲンゾウ――通称ゲンさん――がハントに気付き、言おうとして、先にナミが声を発していた。

「聞いてよ、ゲンさんったらひどいのよ! ちょっと本を盗もうとしたくらいで――」
「――こら、ナミお前まったくもって凝りとらんな!?」

 ゲンゾウに怒鳴りつけて。シュンそしたナミが小さくうなだれる。

「離してよー、お金は今度払うから――」
「?」

 ハントが首を傾げる。ナミがお金を払うなんて素直にいうわけがないからだ。一緒に暮らすようになって約5年。彼とてナミのことは大体わかっている。「――体で」というナミの続きの言葉に「アホなこと覚えるな!」と、ゲンゾウは大量のツバを吐き出した。ある意味では予想通りすぎるナミの言動に、ハントは小さく笑みを浮かべた。

「と、いうことだ」

 ゲンゾウが渋い顔をハントに向ける。その顔はナミに向ける厳しいソレではなく、どちらかといえば優しいソレ。それは別にゲンゾウが特別にハントを気に入っているとかそういうわけではない。
 ただ単にハントの顔がどこか誇らしげで、それはつまりいいことがあったんだろうと推察できたからだ。

「うん、まぁ、ナミらしいといえばらしいか」
「でしょ?」

 ハントの言葉に嬉しそうに呟くナミだが、逆にゲンゾウは「らしいといわれて嬉しそうにするな」と疲れたように呟いた。だがそんな表情のゲンゾウに、ハントが楽しそうに言う、  

「あ、聞いてよゲンさん。俺今日、ウサギを2羽もしとめたんだ!」
「ほぅ! 新記録じゃないか!?」
「そうなんだ!」
「やったじゃないか」

 自分の如く喜んでくれるゲンゾウに、ハントも無邪気に笑う。

「さて、これから家に帰るのならナミを連れて行ってくれ。お前と一緒なら悪さもせんだろ」
「わかった、任せてゲンさん」

 ナミを地面に降ろしたゲンゾウがナミへと「悪さはあんまりするんじゃないぞ」と言い残して
「しっかりとベルメールに言うんだぞ」とハントへ言い残して去っていく。
「さて、じゃあ帰ろうか」
「……うん」

 ゲンゾウから解放されてご機嫌なナミ……と思っていたがそうでもなかった。

「どうした? なんか元気ないぞ?」
「……」

 ナミが黙り込む。
 ほんの僅かな沈黙のあと「ごめんなさい」ナミが殊勝な顔で謝罪した。

 ――雨? いや、雪? いやいや雹が降るんじゃないか?

「ど、どうしたんだ!?」

 平静を装って、視線を空に送るも空は快適。今日も晴れ渡っていて崩れそうにない。ハントが内心で焦りに焦る中、ナミはやはり暗い表情で言う。

「本を買うお金なんかないのに……私いつも迷惑をかけて。航海術で世界中の海を渡って世界の海図を地図に起こすっていう夢……やっぱり諦めたほうがいい?」

 上目遣いで尋ねるナミ。
 それが本気の目で、よく見れば目が潤んでいる。
 いきなりの問いに、少し鼻白んでしまったハントだったが、すぐに微笑んで首を横に振った。

「いいんだよ、お前は」
「いいって……なにが?」
「ベルメールさんはお前の夢を楽しみだって言ってたろ?」
「うん」
「俺にもノジコにも夢はない……だから俺たちだって応援しているんだぞ? お前が夢をかなえるところを、夢に向かって勉強している姿を。というか寧ろそれが俺たちやベルメールさんの夢でもあるんだ……だから、さ」

 ハントがそっとナミの頭に手を置く。

「だから、諦めるなんて悲しいこと言うな。お前は俺達の夢を背負ってるんだから……な?」

 顔はソッポを向けて、耳まで真っ赤にして。ハントなりに照れを隠そうと必死なのだ。ただナミが本気で悩んでいるからこそ自分もそれに本気で答えてやらないといけない。元気付けなければならない。
 いうなればハントという子供なりの気遣い。
 それに気付いたから、ナミは言う。

「ハント、風邪?」
「んなわけないだろっ!? 俺なりにいい話してたのに腰を折るんじゃない!」
「まったく」と大股でナミよりも先に行ってしまうハントの背中に、ナミが微笑み、小さく頷く。
「ありがとう」

 その声は小さく、村の雑踏にかき消されてハントの耳には届かなかった。

「ほら、行くぞナミ!」
「うん!」

 まだ8歳と6歳とは思えないほどに、それは大人びた背中だった。

「ただいま!」
「ただいまー」
「ハント、ナミお帰り。二人一緒なんて珍しいわね」
「おかえりー」

 元気よく扉を開けて帰ってきた二人を、ベルメールとノジコが出迎えた。

「お、今日は問題起こさなかったのね、ナミ?」

 珍しいことなのか、褒めようと手を伸ばしたベルメールとそれを黙って受け入れるナミの姿にハントは困ったような笑みを。一瞬だけ口を挟みかけた彼だったが、頭を撫でられているナミが嬉しそうで、その口を閉じた。

 ――ま、いいか。

 もしかしたら俺がゲンさんに怒られるかも、なんてことを考えながらもハントは黙り込む。ついさっき漏らしたナミの悩みを垣間見た人間として少しくらい目を閉じたくなったのだろう。

「そういえば、ハントは今日も狩りでしょ? どうだったの?」
「え、あ……うん! ベルメールさん、ノジコも! 今日はウサギ二羽狩ったんだ!」
「おぉ、やるじゃん!」
「今日はごちそうだね、ベルメールさん!」
「ご馳走!?」

 素直に感心した様子を見せるベルメールと、自分もだがそれ以上にベルメールもたくさん食べれるだろうということで喜びをあらわにするノジコ。最後に素直に喜んだのはナミだ。
 三人の反応が予想以上に大きくて、ハントが少しばかり調子に乗る。

「はっはっは、おれのことはこれからお兄様とおよびなさい」
「お兄様ーすてきー!」
「はいはいお兄様、お兄様」
「よっし、じゃあお兄様がとってきたウサギで早速調理しよっか!」

 自分で言ったことなのに本当にお兄様と呼ばれて「お、おう」となぜか照れだしたハントにノジコが意地悪に笑う。

「ぷっ、自分で言えって言っておいて照れてる」
「あ、本当だ、顔真っ赤」
「う、うるさいな! お前らもう適当に遊んでろよ! ベルメールさん、俺も調理手伝うよ、どうやるか興味あるし」

 逃げるようにキッチンの奥にいるベルメールのところに駆け寄る。

「え、あんた血見るのが趣味?」
「違うよ!」
「フフッ冗談よ冗談! それより手伝ってくれるなら手洗って服も着替えてきてくれる?」
「あ、そっか。すぐ行くからちょっと待ってて!」 

 ドタドタと走り出したその背中を、ベルメールはじっと見つめて微笑む。手に渡された2羽のウサギを見てごくりとつばを飲み込んだ。
 ウサギやら蛙やら、軍に所属してきた時に何度も非常食として食べてきた彼女だ。最近まともな食事が減ってきているベルメールからして、垂涎ものであるには違いない。
 もちろんそれがハントの気遣いであることも彼女は理解している。

「ありがとうね、ハント」

 夢に真っ直ぐ向かおうとするナミ、自分の苦労を減らそうとみかん畑を手伝うノジコ、少しでも豪勢な食事にしようとしてくれるハント。
 ほとんど成り行きで拾った彼ら3人の義母になれて本当によかった、ベルメールはそう思わずにはいられなかった。

「よっしゃ、じゃあウサギの調理方法教えて!」

 着替えて開口一番のハントの言葉に、ベルメールは考えるように黙り込み、ぽんと手を打って尋ねた。

「やっぱり血をみたいの?」
「違うって!」

 それからはスムーズに時間がすすむ。
 料理はほぼ完成。
 あとは10分ほど煮込むだけとなった。

「……」
「……」

 静かな時間になっていた。キッチンにお鍋が湯だつ音が響く。少し前まで聞えていたノジコとナミの声も今は聞えない。おそらく遊んでいる間に寝てしまったのだろう。
 椅子に座り、ハントの顔をジッと見つめて、ベルメールが不意に口を開いた。

「で、なにか話でもあるの?」
「え!?」
「いってみなさい」
「な、なんでわかったの?」
「あのね、明らかに態度に出てたでしょ」

 呆れたようにため息をつき、トントンと人差し指で机を叩く。
 さっさと言いなさい、言外にそう言っているように見える。
 ハントは口を開き、一度顔を伏せる。躊躇いを見せつつ、それでも意を決した。

「ベルメールさんにお願いがあるんだ」
「お願い? へぇ珍しいわね」

 少しばかり目を見開いて、だがそれ以上に嬉しそうに言う。
 悪がきでよく本を盗もうとしては怒られているナミ、まだまだやんちゃで時折他の子供たちと喧嘩したりするノジコ。問題を起こす少女たちと違い、ハントはどちらかといえば手のかからない子供だった。

 きっとどこかで気を遣っている。それがベルメールにとっては歯がゆくもあり、寂しくもあったのが、そんなハントが頭を下げてお願いをしようとしている。

 驚きよりも嬉しさが増すのは彼の母としては当然だろう。

「体の鍛え方を教えて欲しいんだ」
「……」

 若干の間。

「……はぁ?」

 そして、ベルメールから空気の漏れたような声が発せられた。

「なにそれ、あんたそんなことを言えずに今日ずっとモジモジしてたの?」
「も、モジモジって言うな! 男がそんな態度とるか!」
「とってたじゃないの、ついさっきまで」
「そそ、そんなことは」

 目をそらしてまるで話をそらすかのように「で、いいの?」と聞く姿はまるで捨てられた子犬そのものだった。
 それがあまりにも可愛らしくて、ベルメールはつい「ぷ」と笑いをこぼし「アッハハハハハ!」爆笑。

「?」

 いきなり笑い転げられても、なにがおかしいのか分かっていないハントからすれば首を傾げるしかない。
 しばらくそうやって笑い転げた後、ベルメールは息を切らしながら、言う。

「アタシが元海兵って知って……いってるんだね?」
「もちろん、だからベルメールさんに言ってるんだ」
「とりあえず、なんで?」

 目尻の涙を拭いて、未だに苦しそうな姿に、ハントは少しばかり恥ずかしそうに答える。

「もっと大きい獲物を狩れるようになりたいから」
「だから……なんで?」
「……」
「ん?」

 言い淀み、困ったようにしているハントを、彼女はまた急かす。

「ベルメールさんもみかんばっか食べないで済むから」

 瞬間、緩みきっていたベルメールの頬が引き締まった。

「ば、馬鹿ね、ダイエットしてんのよ! アンタみかんの美容パワーをなめちゃいかんよ。私が30にしてこの艶やかな肌を保ってんのはみかんのおかげ」
「……男もいないのに?」
「うっさい! そこは黙って納得しとけ!」

 ハントが渋々黙り込む。
 ベルメールも少しばかり困ったように家の天井を見つめて、おずおずと言葉を発した。

「そんなに気を遣わなくてもいいじゃない? 私はあんたたちが楽しく生きていけるならそれでいいと思ってる。だってあんたたちは――」

 ハントをジッと見つめて「私の――」

「――いやだ」

 ハントがベルメールの言葉を遮った。そこにあったのは確かな拒絶。絶対に認めてないという子供なりの意地。それをベルメールは敏感に感じ取ってしまった。

「……いや?」

 本当は聞くべきではないとわかっていても、悲しそうに尋ねる。いや、ベルメールにとってそれは最も大事なことで。尋ねずにはいられなかった。

「いやだ!」

 断固としてハントは言う。
 かたくなまでのその態度にベルメールは諦めたようにに目を閉じて「そう」と静かに呟いた。
 彼らの母として、責任をもって、そう思って彼らを育ててきたが、やはり母にはなれなかった。もちろんわかっていた。自身がそういうつもりだ接していても子供たちがそんな簡単に認めてくれはしないだろうということくらいは。
 だが、だからこそ本当の母親になったつもりで接してきたが、少なくともハントにとっては他人の行いでしかなく、ただ自分を養う人間でしかなかった。

 簡単じゃないことなどわかっていた、わかっていたのに。
「っ」
 ベルメールは自身がどうしようもなく傷ついているということに気付いた。
 彼女は好きだったのだ。
 本を盗んででも夢を語るナミが。
 大人っぽい言動と共に文句の一つも言わずにみかん畑を手伝ってくれるノジコが。
 動物を狩っては自慢げに食卓に並べようとしてくれるハントが。
 それぞれがいいところをもっていて、愛おしかった。

 少し己惚れていた。
 もしかしたら自分は彼らの母になれているんじゃないか、と。
 それを突きつけられたからといって距離をおこうとか、彼らを放り出そうとか考えるベルメールではない。関係だって変えるつもりはない。だが、少なくとも自身が傷ついたことだけは確かだと、彼女は感じていた。

 悲しみの底に沈みそうになり、もうただただ泣くことだけはしまいと必死に我慢しているベルメールを、涙ぐんだ目で見つめて。いつになく厳しい目で、感情をさらけ出して、ハントが言った。

「俺は……ベルメールさんには悪いと思ってるけど」

 ――わかっているからそれ以上は言わないで。

 その言葉を発しようとして、だがいえなかった。口を開けば自分が泣きかけていることがばれそうだったからだ。涙腺が決壊してしまいそうだったから。

「ベルメールさんのことを第二の母さんだと思ってる! だから――」
「!?」

 ベルメールの目が見開かれた。口を開いて、視線をさまよわせ、口をまた閉じて、開いて、だが言葉が見つからずに結局は口を抑えて、ただじっとハントを見つめる。

 ――今、ハントはなんと言った?

 第二の母さん?
 私を?
 そう思ってくれている?
 ハントが?

「――だからこそ嫌なんだ! 気を遣うな!? 無理だ! だって俺の母さんなんだ! 母さんなんだぞ!?」

 ハントが叫ぶ。
 狩りに行くようになってからは随分と大人びた印象を見せ付けていたはずの彼が。

「生きていてくれて、俺の世話をしてくれて、俺の心配までしてくれて! 大好きな母さんなんだ! そんな母さんがみかんばっか食ってるのをただ馬鹿みたいに笑ってみとけっていうのか!? そんなの、男がすることじゃないだろ!」

 ハントが叫ぶ。
 泣いたところなど、初めて会ったとき、あの戦争の爪跡場でしか見せたことがなかったはずの彼が。 

「綺麗な母さんよりもいつも元気な母さんが良いんだ! 死なないで笑ってくれる母さんがいいんだ!」

 ハントの実の母はもう死んでいる。
 死ねば人は笑わない。
 綺麗も不細工も関係ない。
 美容もなにもない。
 それをハントは知っているから。
 だから、きっと。
 ハントは叫ぶ。
 狩りにいくようになってからめっきり怒らなくなったはずの彼が。

「そう思うのが親子じゃないのかよ! おいしそうにご飯食べてる母さんを見たいって思ったら駄目なのかよ! 心配したら駄目なのかよ! ……母さんって思ったら……母さんって思ったら駄目なのかよ!」

 涙を流し、鼻水をたらし、自分の服をギュッと握り締め、寂しそうに、それでいて辛そうに悲しそうに。
 ハントは叫ぶ。
 自分を親と思ってくれていないのではないかと心配していた彼が。

「駄目なの、かよっお母さん!」

 嗚咽を漏らして、泣く。
 ベルメールが無言で、首を横に振りながらハントを抱きしめる。

「ありがとう、ありがとう、ハント」

 彼女もまた涙を流しながら。

「あんたは……あんたたちは私の子だ、間違いなく。心配してくれて、ありがとう」
「……いいの?」
「あぁ、体の鍛え方だって教えてあげる」
「ほんとに?」
「私のおなかを一杯にしてくれるんだろ?」
「うん……うん!」

 何度も嬉しそうに頷くハントに、ベルメールは笑う。

「さて、二人で泣いたらおなか減ったね! 寝てる二人を起こしてきて! 夕食の時間にしよう!」
「うん、行ってくる!」
「うれしいことを言ってくれるよ、ほんと」

 また泣きそうになる自分を抑えて、ベルメールは皿に食事を盛っていく。

「おなか減ったー」
「ウサギ2羽並ぶだけでこんなに豪勢になるんだ」

 ナミとノジコが待ちきれないといった様子で椅子に座る。

「よし、じゃあみんな、手を合わせて!」

 ベルメールの視線がナミ、ノジコ、ハントに配られる。
 彼らはタイミングを見計らって一斉に言う。

「いただきます!」



 
 その日、ベルメール家の食卓はいつもよりもずっと賑わっていた。

「ほーれ、今日はお酒解禁じゃー」
「え、いいの!?」
「いつもベルメールさん駄目っていうのに?」
「いやいや、駄目だってそれは!」

 ベルメールの勧めに、順にナミ、ノジコ、ハント、が反応する。

「あーん、私の酒が飲めないって言うの!?」

 楽しそうな笑い声がいつもよりもずっと大きく、そしてずっと弾んでいた。


 
 

 
後書き
なんか……第一話から全開……読んでくださる方が逆に冷めそうで不安。
どうしてこうなった、ハントよ。 
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