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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§22 染井吉野が鳴く頃に

「……あれ? 気配が、ない。……ま、まさかもう現世に戻っ、た?」

 何が悲しいって、神様と戦ってまで事態の収拾を図ろうとしたのに肝心の少女達はもう幽世に居ないのである。いったい何のためにここまできたのだろう?
古老軍団を殲滅した後、数時間彷徨っていた襲いかかる更なる悲劇に黎斗は絶望してしまう。幽世に長々いたので自業自得、と言われたらそれまでなのだけれど。

「ねーよ……ねぇ…よ……」

 意気消沈した黎斗は足取り重く現世へ向かう。特殊結界か何かのせいで幽世内の転移は使えず、だから念じても恵那達の所へ行けない、と考えていたのだがそれはどうやら誤解だったようだ。現世ということはおそらくもう事態は解決したのだろう。護堂がなんとかしてくれたか。

「護堂に感謝だなこりゃ。あとで恵那にお仕置き据えて、あースサノオに一応話しておかないと。……ってか護堂のハーレムが原因なんだろうし、感謝する必要ないじゃん」

 正当防衛とはいえ全滅させたのだから一応話は通しておかなければ。三柱とも須佐之男命とそれなりに関係深い。日本神話の神なんかほとんど血が繋がっているような気がするし、家族をぶちのめしたのだから伝えておくべきだろう。復活するにしてもいつになるかわからないし。

「あーあ、めんどくさ…… っと、一応視界修復しておくかね。せっかく修復できるんだから使うにこしたことはない。布留部(ふるべ)由良由良止(ゆらゆらと)布留部(ふるべ)

 八雷神の権能、名前はまだ決めてない。八雷神は生の女神が死の女神に変わったときに、彼女を貪っていた八匹の蛇。この蛇達がイザナミの神格を作り変えた、と解釈してしまったのだろうか? 八匹の雷を纏う蛇を召喚し相手に攻撃、というのはこの権能の力の一部でしかないらしい。
 真の力は神格の改竄。自分の所有する神格を一時的に別の神格へと書き換える。書き換えるには書き換え先の神格がどんなものかを多少把握していないと無理らしい。蛇を相手に噛み付かせることにより相手との疑似権能交換や権能貸与も可能。書き換えや交換は時間がかかるが対象に接触している蛇の数に比例して時間が短縮される。期間は一週間といったところだろうか。

「蛇嫌いなんだよね……デザインを龍に変更しよう」

 火花を散らせ這いよる八匹の蛇に鳥肌が思わず立つ。蛇に必死に念じると祈りが届いたのか、勇ましい龍に姿が変わった。自身にまとわりついた龍がスーリヤの神格を須佐之男命の神格に改竄していく。これにより、使用できなかった左目も視界が開けるようになる。破壊光線が今日一日使えないが、どうせもう使うことはないだろう。

「……ん。八匹全部使って書き換え所要時間は二分ってトコか」

 これでは実戦での活用は厳しい。数秒で変換出来ればとても便利だったのだが。そうすれば使える手札の数が飛躍的に増える。世の中其処まで甘くはなかったか。

「あーあ、これじゃ予めエルに力を貸しておくとかそんなとこか。実戦で使うにしても破滅の呪鎖(グレイプニール)破壊光線(カタストロフィー)の代償一時解除、くらいかね。それもそうとう隙がなきゃ厳しいよなぁ」

 これで自身の神格の何かを護堂(ウルスラグナ)の神格に書き換えた場合、能力は護堂と同一になるのだろうか? 能力を譲渡した場合権能は黎斗と同じなのだろうか? 現時点では謎だらけだ。いずれにしても要研究・考察である。彼を知り己を知れば、なんとやら。とりあえずエルに力を預ける案がこの権能を一番有効に使う方法になりそうだ。現時点では。……その案にしてもエルがカンピオーネの強大な力を受け止めきれるか、という重大な問題があるのだがそこはそこ。当たって砕けろ特攻精神。やってみて無理だったら一部譲渡で留めることにすれば良い。

「この能力は事前準備に使えても突然の対応とかには厳しいか」

 結局考察はそこに落ち着いた。全ての龍で自身の権能を改竄するのに二分。敵にする場合全ての龍を直撃させられるとは限らない。龍の数が多いほど時間短縮出来るのだから一匹や二匹しか命中しなかったらどう考えても二分以上かかる。大体二分ですら致命的な隙になりえるものだ。予め非戦闘系権能を改竄するくらいが関の山か。考察終了、これ以上考えてもキリがない。

「一応一段落ついたかな。さーて、スサノオへの連絡を先にするか、現世に戻るか。スサノオは直接話すべきだよなぁ、やっぱり」

 ここまで暴れたのだから念話で終わり、ではなく黎斗としては直接行きたい。だが、行くのならこの件全てが終わってからの方が良いのもまた事実。恵那の乱(仮)が終わるまではこちらに集中するべきか。

「現世に戻って護堂と遭遇も不味いよな。エルにとりあえず連絡かな」

 エルに向けて思念を飛ばす。もう妨害は消滅しているだろう。ならば通信用の呪符(怪しまれないように木の葉に擬態させてある特注品)も今なら使える筈。

「エル?」

「……あ、マスター! ごォ無事ぃでしッた……かぁあ!?」

「うんうん、無事よー。つーかそっちはどうなってるのよ?」

「つい先程っ護ぉ堂様がエ……さんと共にこちらへ戻ら……た。恵……は現在暴……です」

 エルは呪術の類が使えない。今は呪符を携帯電話のようにして黎斗と連絡をとっている。そして黎斗は念話だ。思念を直接送り付けている。もし、現地が騒がしいと———通信がおかしくなる。いや、それよりひどい。頭の中にこの状況を叩きつけられるのだ。「リリィ!!」だの「きゃああ!!」だの甲高い悲鳴が直接響くのだ。金属音やエルの声が聞こえない程度で済めばどれほど良かったか。

「ぐぉおおおおおおおお……!!?」

 頭を押さえてのた打ち回る黎斗の姿がそこにはあった。頭が割れるなんて生易しいレベルではない。頭が粉砕してしまいそうだ。

「マ……ー!? まさぁかあああああ敵ぃー襲ですかぁ!?」

 エルの声が攻撃だと言ってやりたいがそんな余力すら残らない。ごろごろのたうち回る黎斗はやむを得ず念話を切断する。

「し、死ぬかと思った……」

 こんな展開になるなんて。呪符は至急要改造である。こんなの戦闘中に使ったら命とり以外の何物でもない。まだ頭ががんがんする。どうやら海外に行ったときのように須佐之男命の助力を借りないとマトモな呪符作成は出来ないようだ。独自作成にはまだ技量不足らしい。

「情報が欲しいんだけどなぁ。通信があんなんじゃあエルはあてにできない。こりゃこっそり戻るしかない、か」

 仮に戦闘になったとしても問題ない。被害はワイヤーが多少汚れてはいるものの、その程度だ。破滅の呪鎖(グレイプニール)破壊光線(カタストロフィー)もしばらく使えないし時詠(イモータル)なども今日は使えないが、使うような事態にはならないだろう。困ったら護堂に全部押し付ければ問題ない。

「あ、いかんいかん。守護展開しないと。って、そういやもう展開してた…… ま、これで変な人にはバレないでしょう。……展開しながら戦えるようにならないとなぁ」

 流浪の守護を常時展開出来るように勘を取り戻すのが急務だ。うっかり忘れて身バレしたら笑えない。とりあえず、ディオニュソスの力でエリカと裕理は問題ない。ナポリまで行ったときに「黎斗が神殺しであると考えないように」無意識レベルで思考操作しているのだから。だが他の術者が居ないとも考えにくい。だから守護の展開は重要だ。我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)の長時間の持続は正直まだしんどいし。”邪眼”に戻すことにより負荷は格段に下がる。そんなことをしているうちに、頬を流れる血は止まっていた。

「権能使うにしてもバレない邪眼程度かな。あとは護堂に働いてもらいますか」

 護堂が聞いたらすごい速度で拒否反応を示しそうなセリフと共に、黎斗は再び現世へ飛ぶ。どうせもう解決済みなのだろう、という予想をしながら。





「……何アレ?」

 黎斗が真っ先に目にしたのは、目を疑うような光景。

「怪獣大決戦? いや、巨人決戦か。ウルトラマンはやくきてー……」

 千鳥ヶ淵近辺で暴れているのは謎の巨人。こんなとこでこんなことして、情報操作は大丈夫なのだろうか。正直、上司にこの状況の隠蔽工作を命じられたらパワハラで訴えても良いと思う。そんな有様。

「……甘粕さん過労死しなきゃいいけど。これ洒落にならんでしょ」

「マスター、ご無事で!!」

 呆然と眼前の光景に気を取られていると背後からエルが肩に乗る。この場所を見つけるとは、獣の勘恐るべし。

「……ムラクモの気配がする。木偶の坊(あれ)、化身かなんか? なるかな様じゃないだけマシか。あんなチート勝てる気がしないし。ま、それは置いといて活性化してるって何があったんだろ?」

「何寝ぼけたこと言ってるんですか。ゲームのやりすぎですよ。って、そうじゃない。マスター、援護行きますよ!!」

雑魚(あいつ)くらい、護堂で一蹴出来るだろ。寧ろ”人間”を主張している僕が行ったら邪魔な気がってえええええええええ!!?」

 ああいった相手は人間にとっては「滅茶苦茶強力な」存在だろうが黎斗達にとっては「ちょっと手ごわい」もしくは「うっとおしい」程度の存在でしかない。アテナみたいなレベルで強かったら考えるけど。そう思い護堂に丸投げしようとしたまでは良かった。だが、そこでよくよく観察してみたのが運のつき。

「なんで、恵那が、取り込まれて、いるんだよっ!?」

「だから今恵那さんが天叢雲に取り込まれてるんですよ!! そう言ったじゃないですか! 何聞いてたんですかマスター!?」

「何も聞いてないわ!!」

 醜い争いを始める主従。ギャーギャー騒ぐ一人と一匹を尻目に、事態はどんどん悪化する。とうとう内輪揉めの余裕がなくなった黎斗が数歩、後ずさった。

「……オイオイ、皇居だぜ。……マジでちょっとやめようよやめてくださいおねがいします」

 冷や汗を流し、頬を引きつかせながら黎斗が呟く。口調がおかしくなっている辺り相当参っているのがわかる。こんなところで暴れられたら罰当たりなだけでなく、今後の生活に支障が出る。ただでさえ日本の中核たる東京で事件が多発しているのにここまで壊されたら、警戒ランクが限界突破してしまう。二、三歩歩けば術者に遭遇するくらい警備人員が増員されてしまったら、黎斗の正体が些細なことでバレかねない。

「遠隔攻撃で巨人(アイツ)のみ抹消させるには……うーん。護堂の山羊は———今日はもう使ったから無理。ってかもう夜やん。いつの間に。じゃあ邪気———これだ。僕天才」

 アーリマンの邪気攻撃なら闇に紛れて攻撃できる。上手くやれば護堂達に気付かれないで無力化できるかもしれない。叢雲だったら軽く撫でる程度で十分だろう。

「恵那さん死んじゃいますよ?」

「……あ」

 そうだった。恵那が人質の如く囚われているのだった。これでは邪気攻撃など出来はしない。やったら直後に恵那が塵となりかねない。

「だぁあああああああ!! もう、やってられっか!! どうしてこうなったし!!」

「ついでに、古老の勢力が半ば崩壊したらしいことはもう数時間前に伝わってます。マスターを狙って動いていた事を知っている組織が皆無とは限りません。ここで下手にマスターが動くと、マスターへの警戒度数を引き上げることになりかねませんよ」

 私としてはマスターに恵那さんを救出して欲しいのですが一応お伝えしておきます、と言うエルに黎斗は頭を悩ませる。情報の拡散が、早すぎる。もっとも古老の中でもおそらく須佐之男命に次ぐであろう権力者達が一昼夜にして脱落したのだからしょうがないともいえるが。

「ついでにそんな状況ですので正史編纂委員会の皆様はもう阿鼻叫喚です。甘粕さんはもう見るからにゲッソリした表情で電話をかけっぱなしですし。つい先程とうとう処理に向かわれました」

「甘粕さん……」

 被害者側とは言え間接的に黎斗が彼らの仕事を増やしたも同然、そう考えると罪悪感がわいてくる。正当防衛ではなく過剰防衛だ、と言われればそれまでだ。神達はともかく雑魚軍団くらいは上手くすれば生かせたかな、と少し反省する。

「エル、事態を早期収拾させよう。護堂を無理矢理動かすしかない、か」

 自販機に百十円を投入。がこん、と音がして冷え冷えのミネラルウォーターが落ちてくる。少名毘古那神の権能で中の水を癒し効果のある温泉水に。一応予備でもう一個。

「さーて、行きますか」





 ”鳳”を発動。神速という力を手にした護堂は、巨大な刀を余裕で回避。巨人の腕代わりの刀を易々と駆け上がる。絶妙なバランス感覚が無ければ出来ないであろう芸当も今の彼には児戯に等しい。

「……お気楽そうにしてるなコイツ」

 あっという間に恵那の元へたどり着いた護堂は救出作戦を敢行。まず、引っ張ってみる。しっかり捕らえられていて動きそうに無い、失敗。次。引いて駄目なら押してみろ。押してみると隙間が少し出来た気がする。気のせいかもしれないが。もう一回、今度は引っ張ると、身体を少し解放できた。力を込めてまた引っ張る。

「頼むから持ってくれよ……!!」

 ”鳳”の制限時間は決して長いわけではない。ここで切れてしまえば恵那は助けられないわ自分は落下するわで散々なことになる。

「うし!」

 押したり引っ張ったりを繰り返すこと数度、ようやく恵那の解放に成功した護堂は彼女を抱いて一目散に大地へ疾る。心臓の痛みが少しずつ、強くなっていく。残された時間はもう無い。

「ぐっ」

「草薙さん……」

「王様と祐理? なんでここに? ってあれ?」

 祐理の元へたどり着くと同時に、時間切れ。激痛に顔を歪める護堂、心配そうに寄り添う祐理、状況をよく理解していない恵那。だが、巨人(てき)はそんな彼らを待ってくれるわけではない。

「くっ、二人とも早く逃げろ。鈍重そうな外見と移動速度とは裏腹にアイツの反応意外に機敏だぞ」

「草薙さんをおいて先には、行けません!!」

 祐理の宣言と同時に、三人の前に影が飛び出す。更なる敵か、と身構えた彼らは意外な人物にらしくない声を揃って上げた。

「黎斗さん!?」

「れーとさん!?」

「……黎、斗?」

 護堂の目に潜む困惑の僅かな感情。それに黎斗は気付かない。

「護堂、居候が迷惑掛けた。ごめん。恵那、あとで説教だからね。ったく……」

 事態についていけていない三人を無視して黎斗はペットボトルの蓋をあけ、そのまま中身を護堂にぶっかける。

「わぶ!?」

「黎斗さん!? いきなり何をなさるのですか!?」

「そうだよれーとさん!! 今はそんなふざけてる時じゃないって!」

 巫女媛二人から責められるが、黎斗はどこ吹く風でかけ続ける。行動できない護堂にそれを回避する術は無い。

「……マスター、護堂様はマスターと違う(・・・・・・・・)のですから、経口摂取にしなければ無意味ですよ? カンピオーネの方々は超絶耐性を持たれていますから」

 唯一事情を理解しているエルが黎斗に言う。案の定、黎斗はすっかり忘れていた。自分が効くのだから護堂も効くと思っていたのだ。

「……あ、そっか。悪ぃ護堂、すっかり忘れてたわ。一応予備が……っと、あったあった。ほら護堂、飲め」

「はぁお前何言って……むぐっ」

 もう一本を無理矢理飲ませる。味がマズイがそれは勘弁願おう。良薬口に苦し。少名毘古那神の権能で作った温泉だ。温泉水に味なんか関係ない。治療主体の能力ではない為これで完全な治癒、とまではいかないが”鳳”の代償を軽くする程度ならなんとかなる筈。

「さて、と。これで護堂は幾分マシだと思う。んで、僕がとりあえず挑んでみるわ」

「えぇ!? そんな、れーとさんムチャクチャだよ!! いくられーとさんが強くても、天叢雲はもっとムチャクチャなんだよ!?」

「そうですよ黎斗さん!! いくら”剣の王”と張り合えたとはいえ、ただの人間が勝てるような存在じゃありませんよ。神降ろしをした恵那さんでもわからないのに……!!」

 慌てる少女たちに内心苦笑い。心配してくれることへの感謝と、実際は余裕な事の落差に。もちろん巨人を倒す気はない。今回はあくまで足止め要員だ。ここで巨人に勝ってしまうと更に各組織から警戒されかねない。適度に善戦して、敗北。護堂にあとは丸投げだ。二人の言い分だとどうやら自分はまだ聖騎士以上とは見られていないらしい。そこは嬉しい誤算だ。それならば、自分への警戒はそれほど多くは無いだろう。
 しかしこんな気苦労をするくらいなら本当、魔王(サルバトーレ)相手に適度に負けるべきだった。なまじっか引き分けたばっかりに聖騎士に準ずる槍使いとして調査されているのだから。今、聖騎士以下に見られているならそれは普段から能力を使わないで猫を被っていた甲斐があったというものだ。彼と互角なのはまぐれだった、と各組織が納得してくれていれば最高なのだけれど。

「だいじょーぶだいじょーぶ。護堂が復活するまでの時間稼ぎだからさ。僕だって天叢雲(バケモノ)に勝とうとは考えていないよ」

 そう言って黎斗は気楽に走り出す。三人が呼び止める間もなく、あっという間に巨人へ肉薄する。直後、巨人の動きが停止した。動こうとしているのはわかるのだが、不吉な音と微弱な振動しかしていない。何が起こっているかわからないまま見ていると、巨人の装甲に罅が入り亀裂が入り始める。

「え……?」

「嘘……」

 眼前の光景を信じられず停止する周囲を余所に、恵那は一人納得する。

「あー、れーとさんお得意のワイヤーか。れーとさんって縛るの大好きだからなぁ。……恵那も何回縛られたことか」

 遠い目で語る恵那と、愕然とする護堂。

「黎斗は清秋院(オンナノコ)相手に一体何やってんだよ!?」

 護堂が叫んだ直後、人影が一つ、空を舞った。ぽーん、とでも擬音がつきそうな光景。

「おわあぁぁー……」

 マヌケな声と共に飛んでいくのは、さっきまでワイヤーで巨人と張り合っていた少年。

「「あ……」」

「れーとさん……格好悪っ……」

 呆気にとられる二人と呆れる恵那。

「あーあ。あとでれーとさん拾いに行かなきゃ…… あのままだと絶対ロクな事にならないし」

(あれが……本当に俺と同じ神殺し?)

 ため息をつく恵那と疑問を浮かべる護堂だが、叢雲がこちらへ動くのを再開させたことで束の間の休憩(インターバル)は終わりを告げる。黎斗が来たことで霧散した緊張感が戻ってくる。

「……身体が動く。黎斗のやつ、一体何を飲ませたんだ?」

 依然として身体に違和感こそあるものの、激痛はほとんど消えている。彼が何をしでかしたのかわからない。が、そんなことを詮索していられるほどの暇はない。やるべきことは巨人の撃破。謎液のおかげで体調が悪くない今なら———あのデカブツを倒せる

「背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出せ!!」

 大地を踏みしめて唱えるのは異界より強大な獣を呼び出す術。千鳥ヶ淵に、黒き猪が降臨する。

 猪による蹂躙劇が開幕する数秒前の出来事だった。この直後、一方的な虐殺劇が開幕する。 
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