魔王の友を持つ魔王
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§23 叢雲古老恵那委員会、あとしまつ
「さて、叢雲。主ナシでどんだけやるか、見せてちょーだいなっ……!!」
瞳を爛々と輝かせ、黎斗は巨人と向かい合う。巨大生物などと戦う機会は今までほとんどなかったのだ。手を抜くにしても、少しくらい遊んだってバチはあたるまい。
目標まで一直線に駆け抜けながら張り巡らされたワイヤーが、巨人を一気に拘束する。幾重にも束ねられたそれによって彼の巨人の装甲はぎちぎちに束縛され、巨躯の兵器は停止を余儀なくされる。莫大な呪力により強化されたせいだろうか、叢雲が力を振り絞っているが脱出には至っていない。
「さて、と。縛るだけだと思ったら大間違いだよ」
呪力を更に流し込み、足をしっかり大地に踏みしめ、黎斗は勢いよく腕を引く。糸が限界まで張られ、叢雲の身体を締め付ける。そのあまりの圧力に耐え切れず、巨人の身体が膝をつく。みしり、みしりと、不吉な音を大音量で響かせて叢雲の崩壊が始まった。
「……あ。倒しちゃダメだよな。どーすんべ」
意外に早く根を上げた叢雲に、黎斗は慌てて手を緩める。ここで倒したら神獣クラスの怪物を倒した人間として注目を浴びてしまう。それは、困る。聖騎士級の人間として注目されてしまいかねないではないか。
「おいおいおい……この状態からどーやって負けろってんだよ…… こっから手加減したら違和感MAXになるだろうしバレるよなぁ、絶対。やっべぇ。調子乗りすぎた? 叢雲頑張れー」
拘束をこれ以上緩めるわけにもいかず、かといって倒すわけにもいかず。黎斗に新たに出来ることは応援のみ。護堂が早く来て倒してくれるといいのだけれど、この展開では望み薄か。かくして攻撃している相手を応援する、という奇妙な構図が出来上がった。攻撃しながらの応援なのだから叢雲にしてみればふざけるなといいたいだろう。
「詰んでるよ、コレ。ここまで弱めても拘束脱出ならず、か。はてさて、こやつ自体が元から弱ってたのか調子に乗って痛めつけすぎたか。どっちにしろまっずいな。……一か八か。こやつの生存本能に賭けてみよう」
それは、あまりにも無謀な賭け。叢雲を更に追い詰め、危機的状況を作り出すことによって火事場の馬鹿力を無理矢理発動させる。第三者が聞いたら鼻で笑いそうな作戦だ。正直黎斗もこんな立場に追い込まれなければこんな阿呆なことしなかっただろう。
「っと!!」
殺気を相手に叩きつけ、締め付ける力を更に強める。罅がとうとう芯まできたのか、叢雲の装甲がとうとう割れて、破片が次々降り注ぐ。一か所だけでなく、身体中をバランス良く破壊していく。一か所だけ集中的に破壊しても良いのだが、叢雲が再生という選択肢をとった時、他の部位をほったらかして再生したら困ったことになる。最悪待ち受けているのは黎斗が破壊し、叢雲が治すという千日手。これを延々と繰り返そうものなら叢雲を圧倒した人間として確実に注目を集める。第一叢雲がジリ貧だ。いずれ再生で神力を使い果たして倒れてしまう。そもそも叢雲が再生能力を持つのかもわからない。
「……ロンギヌス、叢雲に力、貸してやってくんない? 同じチート武器の仲間のよしみでさ」
黎斗がするバカげた提案に、相棒からの答えはない、がどことなく呆れている気配を感じる。当然だろう、何処の世界に敵の再生能力を強化して、自分を負けさせるために己の武器を差し出す者がいるというのだ。ならばやはり再生ではなく攻撃以外に道は無し、と叢雲の身体に理解させる他は無し。全体をまんべんなくかつ修復が容易ではないように破壊する。
そんなくだらないやりとりをする黎斗の願いはどうやら天に通じたらしい。突如叢雲の動きが激しくなったのだ。
「……!!」
このままでは、死ぬ。そう感じたのであろう叢雲が渾身の力で暴れ出す。暴れた衝撃は糸を経由し、当然黎斗まで伝達される。普段の彼ならこの程度なんのことはないだろう。普段なら。
「おわあぁぁー……覚えてろぉぉぉ……」
暴れる気配を察し、敢えて力を抜いた黎斗は、当然の如く飛ばされた。紆余曲折あったが作戦通りである。顔がにやけないように必死で我慢しながら、負け台詞っぽいのを叫びながら宙を舞う。これで部外者は退場し、魔王が再び場に現れる。
「計画通り……!!」
そんな呟きと共に、黎斗の頭は大地に激突し飛散した。
「あいたたた……」
もぞもぞと、地面から生えた足が動く。じたばたを数分繰り返した後、諦めたのか抵抗が止んだ。次の瞬間、地面から黎斗の上半身が姿を現した。土の中からバタフライをするかのように両手を動かしながら。上半身が埋まっていた穴など見当たらない。実はここ土色の水のプールなんですよ、と言えば信じる人は決して少なくないはずだ。
「土遁で出た方がやっぱ楽か。魔術使わないで脱出してみせる、なんてくだらん意地張るんじゃあなかったな」
そう言う彼の姿はいたって普通。泥まみれになっていなければ服が汚れているわけでもない。寧ろ大地にむき出しにされていた下半身、特にズボンが酷い有様だ。土砂が飛び散っていてなかなか汚い。とりあえず見渡してみて若干散らかっている自身の身体を焼却処分。黎斗自身は再生を果たしているのにここにこんなのが置いてあったら混乱すること請け合いだ。
「さて。護堂は上手にやってくれたかな、っと」
笑みを浮かべながら振り向いた黎斗は護堂が———猪が堀を破壊する光景を直視する
「……」
笑みが、凍った。そんな黎斗をあざ笑うかのように、猪が勝利の咆哮をあげる。巨人の破片が飛散しこっちまで降ってくるがそんなもの、黎斗の目には入らない。運悪く飛んできた破片が黎斗の腹部を貫通するが、それすらも黎斗の中では些事といえる。瞬時に再生される内臓より、修復が絶望的な目の前の惨状の方に気を取られるのはしょうがないだろう。
「ごぉおおおどぉおおおおお……!!」
怨嗟の怒鳴り声が周囲に響き渡る。もちろん発生源は黎斗一人だ。
「僕がっ、一体っ、何っ、の為にっ……!!」
ここでの破壊は黎斗が一番して欲しくなかった出来事だ。まさか、それをピンポイントでしでかしてくるとは。これでは身体を張ってまで時間を稼いだ意味が全くない。山羊なり駱駝なり牡牛なりで潰してくれればよかったのに。
「スサノオ引き摺り出して始末させるべきだった……」
後悔するが、それはもう後の祭りというほかない。術者たちへの警戒を今まで以上に気を配る必要があるだろう。しばらくマモンでの資金調達は玻璃の媛経由にしたほうが良さそうだ。術者にこれ以上この街に入り浸れたら換金先の宝石店から足がつきかねない。
「あー、最悪だ……」
力無く項垂れる黎斗。だが落ち込んでばかりはいられない。須佐之男命達と合流し情報の共有を急がねば。そう思ったのだが。
「やーっとれーとさん見つけたー。もう、間抜けな声と一緒に飛んでかないでよ」
気楽な声と共に恵那が隣へ着地した。後ろを見れば護堂達の姿も見える。恵那が先行してきている形で護堂と裕理はゆっくり向かってきているようだ。裕理に肩を借りながら歩いてくくらいなら護堂までやってこなくてよいのに、と思ってしまう。無理せず休むべきだろうに。
「マスター、派手に飛びましたね。人間ロケットになれるんじゃないですか?」
恵那の巫女服からエルが顔を出す。どうやら黎斗がエルを置いて巨人へ向かった後、恵那の袖の中に潜んでいたらしい。
「なりたくてなったわけじゃないっての」
肩を竦めて返事をする。ふと、護堂達を見やればエリカとリリアナまで加わっている。これは面倒くさいことになりそうだ。ここで時間をとられるわけにはいかないのだが。
「しょーがない、か。……もっしー、スサノオ? ごめん、全部消したよ。やられ役ズは残そうかと思ったんだけど、つい、カッとなっちゃって」
やむを得ず、電話で須佐之男命と会話する。エリカと裕理は思考自体を汚染しているから問題無いがリリアナは別だ。リリアナと正史編纂委員会に突っ込まれたら最悪朝まで帰れない。須佐之男命にそれまで無連絡は流石に拙いだろう。
「うん……うん……そっかー、よかったよかった。三人とも友人はそんなに居ないのか。あ、そうそう鏡、こっちで回収したよ。後で返すわ。他にもなんかいっぱい転がってたのもいらんから返すー」
実は黎斗、死屍累々な戦場に長時間残って死体漁りをやっていた。黎斗の独自魔術、死体放置。死後即座に消滅する神祖や精霊の死体を現世に留めておく秘法。ルーン魔術の一つ、死人の呪法が原型を留めないくらい黎斗によって魔改造された結果出来上がったこの呪術、出来あがったのはいわば偶然の産物だ。
絹の道を横断していた頃の彼には地盤が無い。襲われ続けていればいずれ武器がなくなる。糸だけではいずれ限界が来る。戦闘の気配そのものは流浪の守護で気配を遮断し回避出来るが厄介事に自ら首を突っ込むこともあるわけで。初期装備の剣ばかり使っていて壊したら洒落にならない。黎斗には武具を作れないし作れる人に師事したこともない。だから、彼は考えた。『武器を作れないなら、奪っちゃえば良いじゃない』結果として滅茶苦茶な方針に達した彼は戦うことになる相手の武器に目をつけた。
敵から武器を回収すれば何も問題は無い。だが敵はすぐに消滅してしまい、一人ならいざ知らず複数からの回収は困難を極める。ならばどうするか。消滅させなければ良い。敵を倒す度に実験を繰り返し、数十数百の試行錯誤の末完成させたこの呪法は敵を倒す直前にある呪印をした物で貫くことで消滅を防ぐ代物だ。おかげで黎斗は格こそ決して高くないものの大量の魔術武器を保有していたりする。
入手したものは影に収納。影は自分と異界を繋ぐ扉。繋がる先は倉庫だ。最初は、星幽界の森林の中に黎斗が苦労して作ったほったて小屋だった。流浪の守護による大結界を敷いている為呪力探知などによる発覚の危険性はまずないのだが、散歩の最中に誰かにバレないか、というのが黎斗の悩みのタネだった。だが、そんな状況も太陽神を屠った時、「どうせならコイツみたく空から下を見てみたいなぁ」などと思ったことにより一転する。邪気化により夜限定の飛行能力を得ていた彼は日が暮れるや否や上空に飛翔、ほったて小屋を星幽界の遥か上空へと動かした。人工衛星と同じ要領で星幽界の上空をぐるんぐるん回っているほったて小屋の完成である。あとは簡単だった。膨大な年月をかけ内装を豪華に、防衛術を強固に。今では周囲に茂る数多の植物が、少名毘古那神の加護を受け強力な守衛と化している。もっとも、場所が場所なので見つかることはないだろう。これまでも、これからも。
兎に角、黎斗は集団を始末するとき、ワイヤーにこの呪印をしておいたのだ。凄まじい量の遺体が残ってしまったためその処理をしていて恵那や護堂と幽世で合流できなかったのだからやはり自業自得ではあるが。倒した後探索している最中に死体漁りを思い出して戻ってきた彼の表情はとても情けないものだった。
「いらないよ。大体僕が漁ったのだってあの人達がお前んトコのレアモノを持ち出してた時の為なんすけど。”鏡”みたいなもんが消滅したらマズいっしょ? 有用そうなのほとんどねーぞ」
倒した奴の物は黎斗の物、といい渋る須佐之男命に黎斗は返却の意思を伝える。ただでさえ整理整頓が苦手なのにいきなり武器防具合わせて三桁近い装備を入手してしまったのだ。これを全部貰ってしまったら武具の海に埋もれてしまう。黎斗の技量では影の中に収納するにしても限界がある。しかももうすぐ限界を迎えるのだから割と事態は深刻だ。須佐之男命の館の武具保管部屋もそろそろ満杯だし。
「だいたい……へ? それどころじゃない? 護堂に……はぁ!?」
護堂にバレた。とりあえず黙っていてもらうようにお願いしたけど、ごめん。要約すればそういうことだ。
「……」
予想外の事態に沈黙した黎斗は呆然と近づいてくる護堂を見る。もう表情が見えるくらいにまで接近していた。
「れーとさんどしたの?」
恵那の呼びかけに思考が復活する。ここで呆然としているわけにはいかない。合流する前にこっちの話は終わらせなければ。須佐之男命と歓談している、と考えてくれているであろう恵那と違い、護堂達はそうは受け取らないだろう。この話が聞かれるのは不味い。
「スサノオ、貸し一つ、ね。覚悟しろよ…… 媛さんと坊さんにもそう伝えといて」
「れーとさん、顔怖いよ……」
青ざめた表情で後ずさる恵那と暗い表情で嗤う黎斗。あまりにも似合わないその笑い方。
「……どーせマスターの事です。くだらないですよ。それよりマスター、服のお腹の辺りが破れてますよ」
「おっと、そうだったそうだった」
恵那に気付かれなかったのは運が良かった。この近辺は匂いが酷くなっており、嗅覚が役立たない事が幸いしたか。自身の肉片が泥にまみれ一目で肉とわからないことも味方した。
「燃えろや燃えろー」
陽気な黎斗の声と共に付近の土を燃やしていく。念のため、この一帯すべてから肉片+αを消滅させる。
「れ、れーとさんなにやらかしてるの!?」
慌てる恵那。当然だろう、下手をすれば大火事だ。だがこちらには会心の言い訳がある。秋、という季節しか使えない究極の切り札。本当は土日に近所の児童ホームでやろうと思っていたのだが、ここでやってもまぁ、さほど問題はあるまい。
「ん? 事件解決したし焼き芋でも焼こうかと」
「……!!」
数秒後、倒れ伏す黎斗と鞘でぶんなぐるエルがそこにいた。鞘ごと相棒を強奪された恵那が目を丸くしている。口に咥えた一閃は、それはもう見事なものだった。
「黒、だね。」
「黎斗さんは神殺しだと?」
目の下に隈が出来ている甘粕が馨に問いかける。髪はボサボサ、服はしわくちゃで泥まみれ。ほつれもちらほら見えている。靴は底がすり減りすぎていることが一目でわかる。過労死直前のサラリーマンを思わせる風貌だ。古老の混乱により正史編纂委員会の上層部が機能麻痺していたせいで、今回の件の工作が難航したのだ。
「意見の相違により一部が離反。御老公直々にこれを粛清、とあるけどね」
甘粕もエルが黎斗に言った「連絡が取れなくなりました」という発言は聞いている。黎斗が幽世に転移した後エルと黎斗の通信手段も途絶えてしまったこともエルに聞いて確認している。あれは明らかに黎斗と周囲を分断しようとする動きだった。その後行われた須佐之男命による大虐殺。外国の組織なら誤魔化せるかもしれないが、流石に国内組織はこの違和感に気付く。情報が全く無ければ違和感も流していたかもしれないが、これだけ情報が集まれば看過するわけにはいかない。
「水羽さんが仮に人間だったとしても”元まつろわぬ神”と敵対して生存している時点でおそらく神殺しを成し遂げている」
黎斗との通信手段が隔絶してから古老半壊による大混乱が発生するまで相当の時間が経過している。全ての戦闘から逃走しきるのはいかな術者といえども不可能に近い。まして幽世。更に戦闘に遭遇して生き残っているのだ。神を殺していても、おかしくは無い。というか、状況的な証拠がそろい過ぎている。そもそも複数の神を相手に逃げ切る時点で人間を辞めているだろう。
「では、そのような対応を?」
カンピオーネとして扱うのか、と暗に問いかける甘粕に、馨は一人笑って返す。
「まさか。我らが魔王陛下が沈黙を望むのなら、そのように計らうのが賢明なんじゃないかな。対外的には”人間の術者”として扱わせてもらおうか。御老公の秘蔵っ子なんだろう? そのままの扱いでいこうか。どうしようも無い案件が発生した時に私達が個人的に相談すればいい。おそらく無碍にはされないだろうしね。幽世に彼は単独で移動できる。しかも平然としているのだろう? 現世の厄介事に巻き込まれるのが嫌なら幽世で隠遁したりなんなり手はある筈だ。出てきているという時点でこちらに関わってくる意思が皆無とは思えない」
草薙護堂に続き、二人目。日本人で日本在住。しかも傍にいるのは清秋院家の媛巫女のみ。魔術結社の影は無し。おそらく日本大好き。これは正史編纂委員会にとって絶好の機会だ。調子が良すぎて嘘なのではないかと疑うくらいに。だからこそ、慎重にいかなければ。下手を打って機嫌を損ねたら終わりだ。今、他組織に先んじているからとはいえその状態に驕り魔王の逆鱗に触れるわけにはいかない。それに、先輩魔王と喧嘩になったら最悪、東京が壊滅する。いや、東京だけで済めば幸いなのかもしれない。前例が無い以上最悪関東一帯が焦土になる、程度の事は考慮しておくべきか。
「馨さん、流石にそれは」
呆れたような甘粕の表情に我に返る。相手は”魔王”なのだ。今の自分は軽率すぎた。魔王二人目発覚で浮かれていたか。これではいけない。
「……そうだね、危ない危ない。とにかく、草薙さんとの関係にも注意しておいて。殴り合いの喧嘩ならまだしもお互い激怒になったらどうなるかわからない」
甘粕が頷き姿を消すのを確認して、馨は清秋院家当主に送る手紙を書き始めた。
「これでちょっとはマシになればいいけどね」
不安そうなそのセリフとは裏腹に、彼女の表情は晴れやかだった。
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