Fate/stay night -the last fencer-
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序章
プロローグ
PrologueⅠ
前書き
読者の皆様方、初めまして。この度Fateの二次創作を書くに至った者です。
にじファン閉鎖に伴い、以前から更新停滞してしまっていた本作を移転掲載させて頂くことにしました。
本作の作品傾向としては大きな流れ自体は原作準拠ですが、オリ主の存在によって大なり小なりの事象変化が起こります。
それはキャラクター、ストーリーともに言えることで、原作とは所々違ったものになることと思います。
細部の設定変更や独自解釈など、意図的に設定を変えたりしている部分もありますので、その点についてはご了承ください。
展開や設定等のオリジナル部分について、原作設定との大きな乖離や無視できない矛盾がありましたら、是非ご指摘をお願い致します。
時刻は午前六時半。季節は冬の真っ只中。
誰も彼もがまだ家の中で、毛布に包まっている時間帯。
朝の喧噪さえ始まっていない時間に、俺は家を出る。
見た目そこまで立派とは言えない──むしろ大家には悪いがボロアパートの──二階の一室。
その開閉だけで軋みを上げる扉を、遠慮なしに開ける。
「ひゃ~寒ぃッ。いくら冬だからっつっても、今日は一段と寒いな」
穂群原の学生服に身を包み、通学用鞄を右に抱えてアパートの階段を下りる。
この時間ではご近所様は、まだ朝餉の時間ですらないだろう。
人の気配も疎らで朝食を作っている音もしなければ匂いもない。
8割は眠っていて、1割は早朝出勤、残り1割がようやくお目覚めといったところ。
「毎日朝練に出向いてる時点で、俺って結構真面目だよな」
何故こんな早朝に起き出してまで学園へ向かうのか。
それは先の言葉通り、部活の早朝練習があるためだ。
自他共に認める無頼漢を地で行く奔放な性格だが、日課になってしまっているのだから仕方ない。
「さぁて、今日は何人が出て来てくれるのやら」
一応俺は剣道部に所属し、現在の主将・副主将ですら歯が立たないほどの腕前である。
先輩である三年生の元主将ですら、試合で相対してはおよそ負けることはない。
全国大会にでも出れば表彰台にも上れるのではないか、とも言われているが、自分にも事情があり大会参加だけは辞退していた。
正確に言うならば、早朝練習には出るが、放課後の部活動には週一程度でしか参加していない。
午後にはアルバイトをしており、それは学費や生活費の為に自分とっては外せない用事である。
さすがに中学までは雇ってくれるところがないこともあって、曾祖父の財産を削って生活していた。
というより、曾祖父の財産を使えばアルバイトをする必要もないのだが、それは俺自身の考えから却下だ。
俺に遺してくれたモノを消費しながら生きると言うことは、親の脛を齧っているのと変わらない。
やむを得ないときもあるだろうが、日常生活で掛かる費用は最低限自分で面倒を見なくては、自立した生活をしているとは言えないだろう。
「くあぁ…………あ゛ー、眠ぃ」
多少は無理をしてでも、収入が多くなるようにスケジュールを組んでいる。
一般的な家庭に属する人間と比べれば、近年稀に見る苦学生であるだろう。
普段は一般的な人間に見せているので、そんな私事な事実を知る者は存在しないのだが。
「学校が近いのは利点だけど……あのアパートに備え付けのベッド、寝心地悪ぃったらないぜ。そろそろ自前での購入も検討しようか…………」
軋む身体を捻り、軽いストレッチをしながら通学する。
まぁ色々と無理をしても身体は丈夫な方なので、ほとんど怪我をしたことも病気になったこともない。
とまあそんな感じで、黒守黎慈は表向き普通の学生である。
「………………」
穂群原学園剣道場。
大きくはないが狭いわけでもなく、今の部員数なら程よく使える良い部室だ。
そしてその道場の真ん中で、仁王立ちしている俺の姿があった。
「今日は0人……新記録だな。昨日は来てたのに、今日はもう主将すらも来なくなったか」
本来は常に道場に顔を出し、部員を教え導かなければならない主将様までもが、今日に至っては影も形もない。
当然である。
なぜか毎朝やってくる男はあまり手加減というものをしない。
後輩相手ではイジメ、同輩相手では足元に及ばず、先輩相手でも歯が立たない。
必然的に試合相手になるのは一番の実力者である主将となり、主将が潰れれば他の人間が叩かれていく。
結果一人残らず食い尽くされ、本人は涼しい顔でやられた側だけが疲労困憊。
そんなものが毎朝続いたのではたまったものではないし、学生生活にも影響が出てしまう。
部員たちが俺を避けて早朝練習をボイコットするのも仕方のないことではあった。
僅かな可能性として部員全員が家庭の事情により、早朝練習をやむなく休んだということも考えられる。
まあ、そんな可能性は皆無だろう。
「面白くねぇなぁ…………そうだな、弓道場の方に行ってみよう」
弓道部には、鋼鉄の女丈夫と名高き美綴綾子がいるはずだ。
俺と同じく毎日朝練に出向き、ちょくちょく顔を合わせることもある。
少なくともここで来るはずもない剣道部員を待っているよりは、そちらに赴いた方がいくらか面白いだろう。
朝練に励む他の学生を見ながら歩き、弓道場前に着いた。
着いたはいいのだが、今日は珍しく美綴は誰かと雑談しているようだ。
彼女の声が外にまで漏れ聞こえてくる。
「あはははは! やったー、重さで三キロ上回ったー!」
突如、何か拳を叩き付けるような音が響き渡った。
下手をすれば、叩きつけられた物は深刻なダメージを負ったのではないだろうか。
「……って、体重で勝っても嬉しくないってのよこのタヌキ!」
何やら騒がしい。
それに彼女が素の態度で誰かと接しているのは珍しい。
余程仲のいい部員が居るのか、親友でも来ているのか。
彼女らの憩いを邪魔するのも気が引けるが、こちらも暇な身だ。あわよくば、自分もその雑談に入れてはもらえまいか。
コンコンと、戸をノックする。
さすがに自らの所属でない部活動場所に入るに当たって、土足でズカズカと上がり込むような真似は出来ない。
「お客みたいよ、綾子」
「そうらしいね。どなたー?」
返事を聞き、返事をする。
「どぉもー。剣道部の黒守ですー」
何の気なしに、気さくに声をかけながら戸を開く。
こんなやり取りで弓道場に来ることも珍しくないため、返事をしながら素で扉を開けてしまった。
(いや待て。今、不吉な不吉な遠坂凛の声が聞こえなかったかね?)
自己に問いかける逡巡も今となっては遅し、すでに戸は開いてしまった。
そこにはやはり、この弓道場を預かる主将、美綴綾子と────
「………………」
学園で知らぬ者なきアイドル、遠坂凛が居た。
さて、これは予想外だ。
余人からすれば些細なことかもしれないが、俺にとって美綴一人だけがいる弓道場と、他に人がいる弓道場では心構えの仕方が違う。
さらに言うならば、そこに居た遠坂凛は黒守黎慈にとって鬼門ともいえる少女。
苦手な人物であるとか、嫌いな人物であるとか、そういった話ではない。
直接口に出すことはできないが、俺にとっては過度の接触が危ぶまれる相手なのである。
「何立ち呆けてるのさ。わざわざ来たんなら入りなよ、クロ」
「え……あ、おう」
美綴に招かれるままに足を踏み入れる。
ちなみにクロというのは、一部の人間が使う俺の愛称だったりする。
部活の同部員だったり、中学からの同級生だったり、特に親しい友人だったり。
猫か何かの名前みたいだが、親愛を持ってそう呼ぶのなら俺自身に訂正する気はなかった。
そしてこちらの戸惑いも余所に、凛は茶を啜っている。
俺の忌避の意識は別段彼女のせいというわけではないため、向こうがこちらを意識することはない。
彼女がではなく、こちらが勝手に避けるようにしているだけというか。
備えてある机に対面するように二人は座っていたので、自分も間に入るように座る。
「で、どうしたの。アンタがこっちに来るなんて」
「剣道場は誰も来る気配なかったんで、こっちなら美綴いやがるかなー、とか思って来てみた」
「そう。で、私はここにいやがったけど、何か用事でもあるの?」
「何か楽しそうにお喋りしてるっぽかったんで、暇な俺も混ぜてもらえれば僥倖ですーみたいな?」
「……待て。クロ、あんたさっきの話聞いてたの?」
「どの話?」
「いやほら、だからさ……」
「ああ、美綴が遠坂よりも三キロほどデブいって…………」
瞬間、突風と共に眼前数センチの場所に美綴の拳があった。
座った状態からそこまでの速さで拳を繰り出せるのはお見事。
だが如何せん、寸止めでなかったならその一撃で俺の鼻は折れている。
さすがにそれはご勘弁願いたい。
「口には気をつけな、クロ……次は命がないよ?」
「はい、すみません!」
あまりの迫力にチビりそうである。
なまじ美人なだけに、怒った顔をされると普段の何倍も怖い。
…………いや、普段から怖いなんて思ってるわけじゃないよ?
拳が離れた後、美綴の拳から目線を離した俺は、ゆるりと凛の方を見つめる。
互いに座っている状態ながら、足先から頭の天辺までを視線が往復すること二回。
「うーん……」
「何かしら、黒守君?」
「いや、三キロ違いっつっても、それは単に胸の差なんじゃ────」
瞬間、周囲の気温が下がったのは気のせいではない。
いくら風も冷たくなってきたこの季節といえど、こんな急激に寒くなるようなことはないはずだ。
そう……学園のアイドルであるはずの、遠坂凛さんが放つ殺気による錯覚だった。
今すぐに泣いて逃げ出したい。
「黒守クン、ナニカ仰ッイマシテ?」
「い、いえ、何でもありません! 遠坂さんの美しさに比べればどんな宝石の輝きも霞むことでしょう。今日もお美しくあらせられますです、はい!」
「そう? ありがと」
くっそっ、わかっているのに口を突いて出てしまう本音。
弁解する様は腰が低いなどという言葉だけでは表現しきれない。絶対服従の奴隷といえども、ここまで卑屈にはならないだろう。
寧ろ自分でせっせと墓穴を掘っているのだから、始末に負えない。
しかも掘った穴に自分から飛び込んで、後は穴を埋め戻すだけという状況なのだからもはや手遅れだ。
さすがはさすが、学園内で男女問わずの逆らってはいけないリスト、トップ3に入る二名である。
この二人に対してここまで愚かな発言が出来てしまう人間は、学園内で数えても片手で足りるだろう…………俺を含めて。
「ところで、何の話をしてたんだ?」
「あなたには関係のないことです。もしかしたら万分の一以下の確率で、あなたにも関係あるかもしれませんけど」
「えぇー、それはないっしょ」
「??」
全く意味が分からない。
万分の一以下で関係していると言われても、それはすでに関係ないと言われているようなものだ。
俗に三十二万分の一以下の確率は、ゼロと見なしていいと言われている。
解りやすく言うと、飛行機が墜落する確率がそれである。ゼロとみなしていいと言っている割には、現実には稀によく墜落事故も起きているが。
稀によく。ここ大事。
ちなみに一年以内に全人類が滅んでしまうほどの隕石が降ってくる確率は、0.0002%とか百万分の二とか言われています。
百万分の二の確率……つまり約分して五十万分の一というわけである。
三十二万分の一以下の可能性の事象が現実で起きている以上、飛行機やヘリが32回以上墜落したら限りなく高い確率で隕石も落ちてくるということだ。
いやぁ、まったく恐ろしい話だぜ。
実際には学者やその時代の時々によって確率は変わっているのでなんとも言えないのだが。
しかしそう考えると、必ずしも無関係というわけでもないのか。
訳の解らん理屈で考え込み始めている俺を尻目に、凛が立ち上がった。
「まぁ気にしなくてもいい話ってこと。さて、そろそろ弓道部の部員さんたちも来るでしょうし、私はおいとまさせてもらおうかな」
「何、見て行かないの、射?」
「見ても分からないもの。遠くから眺める分にはいいけどね。不心得者が道場にいるわけにはいかないでしょ」
「別に見学ならそこまで気にすることでもないだろ。逆に男子部員は普段より一層気が入るんじゃねぇの、イイとこ見せようとして。理解できんけど」
「あら、失礼ね」
先ほどの剣呑な空気とは違って、今回は互いへの牽制程度だ。
俺との問答をしながら遠坂が席を立つのと、道場に部員がやってくるのは同時だった。
「おはようございます、主将」
「ああ、おはよう間桐。今朝は一人?」
「……はい。力になれず、申し訳ありません」
「ああ、いいっていいって。本人がやらないって言うんなら、無理をさせても仕方がないさ」
入ってきたのは間桐桜。
一年生の間ではそれなりに有名だ。それは遠坂凛と同じベクトルで。
しかしまた凛と同じく、男っ気がない。
いや。彼女の場合はご執心の男子が一人いるという話を、聞いているし知っている。
くそぅ、あの果報者め。今度問い詰めてやるべきか。
「それじゃ、失礼するわ。また後でね、美綴さん」
「ああ。またね、遠坂」
「……お疲れ様です、遠坂先輩」
「──────ありがと。桜もしっかりね」
それだけ告げて、彼女は出て行った。
間桐は無表情に、されど複雑な空気でその姿を見送っていた。
「……間桐って、遠坂と仲良かったのか?」
「え、何でですか?」
「いや、アイツが苗字じゃなく名前で呼ぶ相手って、結構限られてるからな。俺が全部を知ってるってわけでもないから、一概にはそう言えねぇんだけど」
少なくともかなり親しい相手、特別な相手でもなければ、彼女は名前で呼ぶことはしないはずだ。
魔術師であるが故に一般の人間とはあまり親交を深めないため、彼女に友人はそう多くないように思う。
彼女がそういう気質なのもあるだろうし、意図的に深く他人と付き合うことを避けているのだろう。
あるいは魔術師繋がりということで、間桐とは特別な親交があるのかもしれないが、そうだとしても少し不思議ではある。
もしくは彼女たち二人の魔力の波長が似ていることも、関係あるのだろうか────と。
「そんなことはないですよ。私と遠坂先輩じゃ、何もかも違いすぎるし……」
「……んー、間桐はもう少し自分に自信を持った方がいいな。中身は空でも構わないから、私実は凄いんです! みたいな振る舞いをしておいたほうがいい」
「…………このあいだ、美綴先輩にも同じようなこと言われました」
「へ?」
「あー、ダメダメ。この子、何でかすっごい弱気なんだもん。それよりクロ、あんたも衛宮に言ってやってくれない? 弓道部に戻って来ぉいって」
「無茶振りすんなよ。通い妻の間桐が話しても無理なんだろ? そんなら俺が言ったところで効果ねえよ」
「か、かかか、通い妻だなんて、そんな…………」
────衛宮士郎。
以前弓道部に所属していた男子生徒で、間桐が毎朝通っている家の主。
射の腕前は一級品。あの武芸百般の美綴をして、弓においては敵わないと云わしめた豪傑な男子。
普段は生徒会長の柳洞一成と行動を共にしていることが多く、いつも誰かに頼まれごとをされているような奴だ。
彼とは同学年であり、バイトで共になったこともあるので面識がある。
というより、先程心中で果報者と言った相手こそが、衛宮士郎その人。
個人的な事情により衛宮は弓道部を退部したのだが、美綴は未だに衛宮の部活復帰を諦めていない。
自分からもアプローチをかけているみたいだが、間桐に対しても言い含めるように伝えてあるのだろう。
その毎朝通い妻となっている間桐を以てしても説き伏せられないのだから、特別深い交友もない俺なんかでは土台無理だった。
「アンタも、剣道に飽きたらこっち来なよ。別に未練があるわけでもないでしょ?」
「そりゃあ……有るか無いかで言えばねぇよ? けど、こっちしんどそうだからなぁ」
自分は元々、オールマイティ型の人間である。
穂群原学園の同級生からは、一部分において美綴の男版との評価もあるくらいの。逆もまた然り。
なので剣道でも柔道でも弓道でも、ある程度は並々こなせるのだ。
しかし一番の得手は剣術、二番手に棒術であり、そこからそれ以外の武術が入る。
部活動自体は内申書のためが一番の理由なので、俺としては別にどの部活に所属していても良かったのだが…………
「あたしのシゴキ程度じゃ根も上げないくせに、よく言うよ」
「いや、そういう意味じゃなくてだな…………」
その理由も口に出して言うことでもないので誤魔化したかったのだが、バッドタイミングなことにその原因の一つが来てしまった。
弓道場の戸を壊さんばかりに勢いよく開け、間桐慎二がズカズカと入ってくる。
名前からもわかるとおり、間桐桜の兄である。
一応あんなんでも副主将なんて肩書きを持っているので、部外者である自分は何も言えない。
そして弓道場に入ってきた慎二は、やたら機嫌が悪いようだ。
「くそ、遠坂のヤツ……!!」
「何かメチャご立腹みたいだぞ、美綴」
「あー、今出て行った遠坂と鉢合わせて、こっぴどくやられたんでしょ」
「なるほど……(ということは、矛先はこっちにくると考えてOK?)」
「ええ……(面倒なとばっちりは、こっちにくると考えてOK)」
俺と美綴のアイコンタクトは完璧だった。
兄の様子に委縮してしまっている間桐は、ギュッと手を握りしめたまま動かない。
何故か兄に対して完全服従の彼女のその姿勢は、見ていて可哀相になるくらいである。
妹の間桐桜、弓道部主将の美綴、そして俺へと順に視線を移す慎二。
俺を見た瞬間、元から悪かった目つきがさらに細められた。不快に思っている感情がその目を通して見えるくらいに。
「あ? 何で黒守がここにいるんだよ。部外者は邪魔だから、さっさと出て行ってくれない?」
「言われずとも出て行くさ。遠坂に振られた誰かさんのせいで、空気も悪くなったし」
「っ……おまえ……! 誰が遠坂に振られただって!? あんな女、こっちから願い下げだよ!!」
「うわぁ。全校男子生徒を敵に回すかのようなその発言、さすがは慎二君ですねー。性格はどうか知らんが、見た目だけなら結構お前の好みじゃねぇの?」
元々派手好きの面食いである慎二である。見た目だけという条件付けも間違ってはいない。
外見も内面も優等生のお嬢様だと思っている全校男子生徒は、その殆どが基本的に遠坂凛に対して憧れを抱いている。
「ふん、僕は自分を安売りしないんでね。性格も伴ったパーフェクトな女の子にしか興味ないのさ」
「ハ、中身よりもまず見た目からの奴がよく言うぜ。まさに見た目だけで中身がない慎二君の言いそうな言葉だわ」
「ぷっ」
あまりの発言に美綴が吹き出す。
だが今の言葉は誰がどう聞いても、売り言葉に買い言葉だ。
だからこそ──────
「黒守……僕に喧嘩売ってるのか?」
プライドの高い慎二が、激昂するのは目に見えていた。
傍目にはすぐにでも喧嘩勃発となりそうな空気だったが、ここで殴り合いになるようなことはない。
なぜなら………………
「別にどっちでもいいけど……?」
「っ…………」
こちらの敵意を込めた視線に耐え切れず、慎二は思わず目を逸らす。
一昔前、何が原因でそうなったかは記憶にないが、慎二とは凄絶な喧嘩をしたことがある。
先に手を出してきたのは慎二だったのは覚えているが、俺はそれを悉く返り討ちにした。
それ以降、慎二は自分から喧嘩を売ってくるような真似はなくなった。
少なくとも自分一人では勝てないことを知っているため、不用意に絡んではこない。
「お前のそのプライドの高さは嫌いじゃない。自分に誇りがあるってことだからな。中身が伴えば、もう少しマシになると思うんだが…………」
「……おまえにそんなことを言われる筋合いはない。用がないなら、さっさと消えろよ」
トゲトゲしい雰囲気を少しばかり和らげ、慎二はすれ違うようにこちらを一瞥して、道場の奥へと歩いて行った。
今はあんな感じだが、中学時代はまだ性格も柔らかく、それなりに交友関係も築いていた。
ある時期から豹変したように人が変わってしまい、彼の周囲を取り巻く人間関係もガラリと変わった。
思えば喧嘩をしたのもその頃だったか…………
確か知り合いの女の子を誘っているところに出くわして、一人の女の子に対して数人掛かりで囲み、あまりに無理強いをしていたから割り込んだのだ。
何とか場を収めようと説得を試みたが功を奏さず、内の一人が殴りかかってきたのを切っ掛けに全員が俺に襲い掛かってきた。
後ろに女の子を庇って思うように回避が出来ず、やむを得ず手を出さざるを得なくなった。
恐らくは俺への攻撃行動には積極的でなかっただろう慎二をも、俺は敵として暴力の対象にしてしまったのだ──────
過去へ馳せる回想も一瞬。
俺は道場の入口へと向かう。
「じゃ、美綴。俺もおいとまするわ」
「ああ。気が向いたならまたおいで」
この後で不機嫌な慎二が桜に八つ当たりすることも考えられたが、今は美綴も一緒にいるので大丈夫だろう。
弓道場を出る寸前に目配せで美綴に挨拶を交わした後、俺は自分の教室へと向かった。
昼休みの屋上。この場所には誰もいない。
春夏秋には生徒がいることもあるが、冷たい風に晒される真冬には人っ子一人いないのがこの場所の常だ。
いつもここで一人昼食を摂るのが、最近のマイブーム。
たまには教室や学食でクラスメイトと、生徒会室で柳桐や衛宮と絡んでいることもあるが、基本的には一人で過ごしている。
学園にあってはそれなりに交友関係もあるが、俺は気質的に集団の中にいることが苦手なため、一人になりたがる傾向にあった。
4、5人までならば許容範囲だが、それを超えると煩わしさが勝ってしまうのだ。
而して、今日は何故か先客がいたりした。
「あら、奇遇ですね」
「……どうやら、今日は縁があるみたいだな、凛」
二人しかいない故に、俺の彼女への呼び方も姓名から名前に変わる。
彼女との付き合いは長い。
この町に住むことになったときに、魔術師として……土地のオーナーとしての彼女と相対した時からの付き合いだ。
俺が元々住んでいた場所は既に霊脈が枯渇していたため、移住を余儀なくされていた。
過去にこの町を選んだ理由は、候補の中で最も移住条件が簡潔な場所を選んでのこと。
魔術師として居住地に霊脈が存在する場所を選ぶのは当然だが、そうした土地は代々歴史ある魔術師の家系が管理している。
居住するには法外な対価を要求されることもあり、たとえ相手よりも優れた能力者であっても、魔術師としてそれに逆らうことは暗黙の掟に反する。
場合によっては土地争いをする場合もあるが、基本的には対価を支払い平和的に解決する。
当時は年端もいかない少女だった遠坂凛。
その彼女が霊脈の根ざす土地の管理者であるというのは、同年齢の俺からしてかなり驚嘆すべき事実だった。
実際は後見人らしい男が手続きなどを行っていたが、それとは関係なく同じ年齢である彼女の魔術師としての在り方に、尊敬の念を覚えたことは記憶に残っている。
屋上の風の当たらない角に座って、彼女はサンドイッチなんかを頬張っていた。
手元には紅茶を完備しているあたり、本格的にここで昼休みを過ごす算段なのだろう。
猫を被った態度も健在で、その不自然に完璧すぎる笑顔が逆に背筋を寒くさせる。
「おまえみたいな優等生は、弁当派だと思ってたが」
「いつもはそうですよ。けれど、今日は寝坊してしまったもので」
「は? あんな朝早くに弓道場に居たのに?」
「あ……コホン。今日は、ご飯を炊き忘れてしまいまして」
「ククっ……ま、そういうことにしとこう」
恐らく今日はそういう言い訳で、クラスメイトからの誘いをかわしてきたのだろう。
咄嗟に俺にも同じ対応をしてしまったが、今朝は弓道場にて一緒だったことを忘れていたのだ。
こんなうっかりな一面もあったりするのかと、少し愉快な面持ちになってしまう。
「お隣よろしいですか、遠坂さん? 生憎と、寒風を凌げるポイントはそこしかないものでして」
「ええ、不必要に近寄らないのでしたら」
「そこはご安心ください。お互いにパーソナルスペースもあるでしょうし」
「難しい言葉を知っているのね」
先に居た凛を追い出すことも出来ないので、若干距離を開けつつ隣に座る。
パーソナルスペースというのは個人の快・不快を決める対人距離、云わば縄張り空間のことだ。
心理的な私的空間の事を指すため、自身を中心にいつも確保しておきたい物理的距離を意味する。
分かりやすい例で言うと、人が電車で席に座るとき、通勤ラッシュでもないかぎり密接して座ることは無い。
それぞれに余裕があるときは、隣り合う人間とは若干の距離を開けて座るはずだ。そしてその距離感をパーソナルスペースという。
「雑学好きでね。それに凛みたいな学年トップクラスには及ばずとも、成績も良い方だぜ?そうじゃないと奨学金を取れないからなんだが」
「そうなんですか。興味がないから知りませんでした」
「いやー。ほんっとストレートに物を言うお嬢だねー」
ここまで直球な発言をする人間はそうはいない。
だが学園での凛の姿は猫被りだと知っているので気にしない。
しばらくは黙々と昼食をとっていたが、俺は最近気になっていたことを彼女に聞いてみることにした。
魔術師でありこの土地の管理者である凛なら、何か知っているかもしれないと思ったからだ。
「なぁ凛、最近町の空気が不穏な感じしないか?」
「え? さぁ、私には分かりませんけど」
いつまで猫被りの態度を続けるのかと一瞬思ったが、まぁ気にしないことにしよう。
「こうさ、場所によってはピリピリしてるっていうか。俺的な表現で申し訳ないんだが、試合とか喧嘩の直前みたいな緊張感っていうか」
「…………喧嘩などとは無縁なのでよくわかりませんが、そんな風には感じませんね」
いつも毅然としている彼女にしては、返事に間があった。
凛は現在町を包んでいる不穏な空気に関して、何か知っているのだろう。
クラスメイトに何気なく話題を振ってみても手応えはなかったあたり、魔術師側に関係することなのかもしれない。
曲がりなりにも魔術師ではあるので、その辺りには敏感だ。
ここの土地を狙って、外の魔術師でも襲来したのだろうか。
「それにしても、何故そんなことを?」
「ん? 単純にそう感じるっていうのと、最近このペンダントが曇ってきてるからな」
制服の内からゴソゴソと、宝石が填め込まれたペンダントを取り出す。
いつも首からかけているが、普段は見えないように制服の下に隠している。
派手なアクセサリーは校則違反なのだが、俺にとってこれはお守りであり、両親や曾祖父の形見でもある。
よっぽどのことがない限り、肌身離さず持っていたいものなのだ。
「これ、結構イイお守りでな。何か不吉なことがある時は、煌きが曇り出すんだよ」
「へぇ…………っ!?」
「ぅえッ!?」
急にペンダントに手を伸ばし、人様の首ごと引っ張り上げる凛さま。
そのアイドルにあるまじき蛮行。見たいのならそう言えば貸しもするのに、こうも突然では反応できない。
そして今なお絞められ続ける俺の首は、ギリギリと悲鳴を上げております。
「ちょ、これどこで手に入れたの!?」
「こ、これは、曾爺さんの形見で…………財産以外に俺に残してくれた、唯一の物だ。だからあんまり、手荒には扱わないでもらえるか?」
「え、あ、ご、ごめん!?」
「っ……ふう。何だよ、宝石に興味あるのか? けど、そこまで必死になることじゃないだろ」
それっぽく聞き返してはいるが、何故彼女がこんなにも過激に反応したのかは分かる。
このペンダントは魔術師にとってみれば、かなりの上等品だ。
常に帯びている魔力、積み重ねてきた歴史、内包する概念。
どれをとっても超一級の聖遺物。
これを触媒にすればかなり大がかりな魔術行使も可能だし、儀礼呪法などを行う際の媒体にもなる。
「いや、興味があるっていうのはそうだけど…………それ、かなりの値打ちモノよ。値段も歴史も……ね。黎慈はそのペンダントの由来って知ってるの?」
「曾爺さんは金持ちだったから、値段はそうだろうけど……由来は確か、ダーナ神族の人々が太陽神への供物として、自分たちの命を少しずつ注いで作り上げた聖なる光のアミュレット、みたいな感じだったと思うぜ」
ダーナとはケルト神話関連の、ダーナ神話に登場する神の一族のことだ。
ダーナ族は魔術と詩に優れた一族であり、先住民であるフィル・ボルグ族を破ったが、マイリジアン族……アイルランドの祖先にあたる者らとの戦いには敗れてしまった。
そして海の彼方に逃れ、“常若の国”の地下に“妖精の国”を作って、目に見えぬ国土に住む、目に見えない種族となった。
このあたりが、ダーナ神族についての簡単な知識だ。
ダーナ神話に関連して出てくる神や王、武器の類も結構多い。
有名どころでは戦神ルーに海神マナナーン、ダーナ神王である銀の腕のヌアザ、フォモールの王にして邪眼のバロール。
武器に関しては、クラウ・ソナスやブリューナク、フラガラック、タスラムなどが著名である。
恐らくダーナ神話そのものに詳しくない者でも、何かで聞いたことのある単語も多いのはないだろうか。
「ふぅん…………」
「う……」
しかしマズイ。
まさかここまでの反応をされるとは思わなかった。
やはり魔術師である彼女にこれを見せるのは、不用心だっただろうか。
僅かに警戒気味になってしまうものの、特に騒ぐでもなく彼女はアミュレットを見つめいていた。
「いいわね、黎慈は。そういえばアンタの家って、結構な遺産が残ってるって言ってたもんね」
「いや、まぁな……それを自慢するつもりも、浪費しようとも思わねぇけど」
ペンダントを引っ張り上げたあたりから、凛は素の態度になっている。
猫被りという建前を維持できないほど、このペンダントは彼女にとっても凄まじいモノに見えるのか。
「………………」
「つーか、何か困りごとか? 金以外のことなら相談に乗るぞ?」
このペンダントは本当に大切な物だが、もし貸し与えることで彼女のそれが解決するのならば、一日貸す程度ならば吝かではない。
しかし彼女は、俺の厚意を受ける気はないようだ。
「いいわよ、別に。そんなにホイホイと貸しを作るわけにもいかないわ。それにこれは、選ばれた私自身が解決しなきゃいけないことだもの」
「? それならいいんだが……」
「貴方もね。他の魔術師に簡単に協力するようなことは控えなさい。十中八九、ロクなことにはならないんだから」
俺だって魔術師なんてものは、原則として信用しないことにしている。
たとえどれだけ善人である者でも、自分にとって好ましい人格者であってもだ。
自らも魔術師でありながら、勝手な話ではある。
今の俺は人間としての生活と魔術師としての在り方を両立させて、自分なりに生きていきたいと思っている。
一人の人間として、独りの魔術師として全てを与えてくれた曾祖父さんには申し訳ないが、今の俺はそんな中途半端な存在だった。
魔術師としては他者を信用しない。
そう言いながらも、凛に対しては昔からの付き合いと個人的な感情から信用してしまっているのだ。
そんな奴、中途半端以外の何物でもないだろう。
「いいんじゃねえの、一人くらい例外がいても。俺はお前を気に入ってるし、人としても魔術師としても信用してるしな」
「…………そう。構わないけれど、私は貴方とは違うわ。ええ、その時が来たなら存分に利用してあげる」
一瞬だけ目を見開いて俺を見た後、先程までの空気を一変させ、いつもの態度に戻る凛。
俺の言葉の何が琴線に触れたのかは分からないが、どうやら彼女には何かしらの意味を含んだようだ。
最後の一欠けらのサンドイッチを飲み下し、彼女は俺を残して屋上を跡にする。
「魔術師……か…………」
かくいう俺は久しぶりに自分自身が魔術師であると意識したせいか、気分が高揚していた。
恐らく──────彼女を出て行った扉を見つめる俺の顔は、無意識のうちに笑みに変わっていただろう。
後書き
二次創作の執筆経験は少々ありますが、まだまだ若輩の域を出ない未熟者です。
誤字、脱字や改行ミス等の不手際が御座いましたら、ご一報くだされば幸いです。
もちろん、ご意見ご感想のほうも心待ちにしております。
現在は既に書き終えている分をいくつか纏めて投稿していくスタイルなので、途中までは安定した更新になるかと思いますが、最新話あたりになりますとかなり遅い更新になってしまうかと思います。
更新速度も遅く不定期となり、安定して皆様にお話をご提供できないこともままあるかと思います。目標としては、2週間に一度の更新は目指したいと考えております。
多くの読者の方に楽しんでもらえるよう精進する所存ですので、更新されているのを見かけて、もしもお時間が許すのであれば、暇潰しにでも皆さまに読んで楽しんで頂けたらと思います。
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