戦国異伝
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第六十四話 焼きものその六
「わかっておるな」
「無論です。出陣は何時でもいけます」
そのことも言う信長だった。
「殿のお言葉があれば」
「うむ。では返事が来次第じゃ」
信長はそれを待っていた。それこそ文が来ればその時点でだった。
兵を都に向けて一気にだった。将軍を助けようというのだった。
そのことを話してだった。信長はその時を今かと待っていたのだった。
だが都ではだ。将軍である足利義輝、当の彼がだ。こう僅かに残った幕臣達に告げていた。
「では弟達はじゃな」
「はい、何とかそれぞれ安全な場所に落ち延びて頂きました」
「そのことが上手にいきました」
「後は公方様だけです」
こう周囲に言ってだった。彼等は義輝にも言うのだった。
「どうか都より落ち延び下さい」
「織田殿が文を寄越して下さっております」
ここで言ったのは明智だった。他の幕臣達もそうだが彼も切実な顔をしている。その顔で義輝に対してだ。訴えるのだった。最早言葉を越えていた。
「いざという時は頼って欲しいと」
「織田。あの尾張のうつけか」
「はい、以前ここにも来られた」
「尾張だけでなく伊勢志摩、美濃まで手に入れたそうじゃな」
「その兵は最早は五万を超え」
明智は義輝にさらに述べていく。
「そしてそのうえで石高は二百二十万石です」
「左様か。大きくなったな」
「最早天下でも屈指の勢力です」
それが信長だった。今の彼だった。
「ですからその織田殿を頼られて」
「あの者に都に来いというのじゃな」
「今なら間に合います」
明智の訴え、切実なそれが余計に強くなっていた。
「ですから」
「それも手か。しかしじゃ」
「しかしとは」
「見よ」
ここで義輝は言った。腕を組み切実な声で。
そのうえでだ。右手に顔をやった。そこは障子が開けられ庭、そして空が見えている。その青い空には日輪がある。しかしその日輪にだった。
今残っている者達の中でだ。とりわけ明智と細川の二人の切れ者達にだ。義輝は問うたのである。
「あの日輪を見てどう思うか?」
「むっ、あれは」
「まさか」
日輪の筈だった。しかしそこに黒いものが加わりだ。それが次第に日輪を覆うとしていた。それを見て二人は共にだ。こう言ったのである。
「あれは日食」
「何と不吉な」
「わしも今までは織田の申し出を受けるつもりだった」
彼にしろだ。そうだったのだ。
「しかしそれでもじゃ」
「はい、それでもですね」
「これは」
「あの日食は不吉の証じゃ」
また言う義輝だった。
「それも天下に恐ろしい禍を為すものじゃ」
「では上様はあれを御覧になられ」
「そうしてなのですか」
「どうやらわしは間も無く死ぬ」
その日食に義輝は己の命運も見ていた。そしてだ。
その他に見るものについてもだ。彼は言うのだった。顔は正面に戻していた。
「して天下はより恐ろしい者達が出るじゃろう」
「日食。闇ですか」
明智が言った。
「それが天下を覆いますか」
「狙っておるであろう。何者かはわからぬがな」
「松永でしょうか」
彼の名を挙げたのは細川だった。
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