チートだと思ったら・・・・・・
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八話
「やはり罠をはるなら本山の入り口が妥当かな。目的達成の瞬間は気が緩むものだしね」
「罠とか好かんわ。西洋魔術師ぐらい俺が倒したるのに……」
あまり広くないホテルの一室、そこで行われる作戦会議。参加者は二人の少年と一人の少女。本来進行を務める筈の女は、なぜかここにいなかった。
「う~ん、ウチはセンパイと戦えればそれでええんですけど~。できそうですか~」
「千草さんは敵を親書配達組と近衛木乃香護衛組の二手に分けるつもりみたいだからね。まず間違いなく神鳴流剣士は近衛木乃香の護衛に回るだろうから、そっちに回ればいいんじゃないかな?」
「そうですか~、それならええんです~」
満足、と言った顔で少女は引き下がり作戦会議にはもう興味を失ってしまったようだ。うっとりとした顔で刀の手入れを初めてしまった。
(何故千草さんはこの子を雇ったんだろう?)
ふと進行を務める少年は疑問を抱いたが、”この作戦”の内容から彼女ぐらいしか雇うことが出来なかったのかもしれない。戦闘力は文句無しである、と少年は自分を納得させた。
「んで、俺は西洋魔術師の相手をすればええんやな?」
「そうなるね」
「けっ、西洋魔術師それも子供が相手。なんややる気でんわ」
やる気がないことを強調するかのように開いた手でニット帽をいじり始める学ランを着た少年。進行役の少年は別段それを注意するようなことはなかったが、それでも、一つ注意しておくことにした。
「あまりなめないほうがいいかもしれないよ。不確定情報だけど、彼は”ネギ・スプリングフィールド”らしいからね」
「はぁ? 誰やそれ」
「千の呪文の男、英雄”ナギ・スプリングフィールド”の息子さ」
「へぇ……」
西洋魔術師の英雄。どうやら彼もその名を知っているらしい。裏では有名過ぎるため当然と言えば当然だが。
「英雄の息子、ね。そらぁ大層出来るんやろうなぁ」
何時の間にやらニット帽を握りしめ、少年は顔に笑みを浮かべていた。それを見てこの分なら問題ないのでは、と進行役の少年は判断した。
「来ましたか。こちらは丁度終わった所です。内容を報告しましょう」
「頼むわ。あ~、それにしてもあの式は高性能過ぎて困るわ。数時間に一度力を送り込んだらなアカンからな。しかもその力の量も結構なもんときとる」
「…………」
「まぁ、過ぎた事やし気にせんでええ。ただ、少しぐらい愚痴言わんとやってられんだけや。で、報告聞こか」
「はい」
少年は先の会議の内容を話し始めた。
――とある一室
「どうも~朝ごはんです~」
「…………」
「む~、朝の挨拶は大切ですえ~」
「…………」
少女が話しかけるのは床に横たわる一つの影。影は身じろぎはするものの、喋ろうとする気配はない。
「ああ、猿轡されてるんでしたね~。すっかり忘れてました~。え~っと、このお札さんを張って」
えい、と言う可愛らしい言葉を発しながら少女は影に一枚のお札を張った。捕えた西洋魔術師用の札で、精霊への語りかけ……詰まるところの”呪文詠唱”を封じるための札だ。また、この札はその中でも特別性で、体外への魔力放出……身体強化等も封じる事が出来る。
「じゃあ、猿轡外しますえ~」
後ろの結びを解き、一気に口に噛ませた布を取り去る。これで問題なく言葉を発せる様になったはずだが、影は一向に喋ろうとはしなかった。
「む~、まぁええですけど~。ほら、あ~ん」
影は手足を縛られているため、食事は此方が食べさせるしかない。普段は式である猿がしているのだが、今回は暇過ぎた少女が買ってでたのだ。
「…………」
影は無言で口を開け、スプーンで差し出された食事を口に含む。普通なら警戒しそうなものの、影は淀みなく食事を進めていく。これは直ぐに分かったことだが、影は食事に薬が含まれているかどうか分かるらしい。無味無臭のものでも、だ。そのため、薬を使って情報を聞き出すことは早々に諦めたのだ。
「それにしても不思議な人ですな~。薬には簡単に気付くし、術で頭覗こうにもできひんて千草はんがいうてたし~」
「…………」
影は喋らない。術で頭が覗けなかった、と言うのは影にも驚愕だったが、小さな情報でも渡さないためには黙るしかないのだ。幸い、拷問の様なことはされていない。それが影にとっては救いだった。
「センパイよりは劣りますけど、貴方と打ち合うのも楽しかったですし~。ここで捕まえとくには勿体無いんですけど~。依頼主には逆らえないですし、またの機会があったらよろしくお長いします~」
「…………」
影は喋らない。ただ、その鋭き双眸で睨みつけるのみ。
「その眼、ええですな~。ウチ惚れてしまいそうやわ~。でも、今はセンパイの方が優先です~。ご飯も終わりましたし、それでわ~」
「…………」
影は部屋を出る少女を見送る。その目は、敵に捕えられていると言う状況にも関わらず、決して諦めてはいなかった。
――修学旅行三日目、状況は大きく動こうとしていた。
「何!? 西の本山が!? それに西の長もやられたじゃと!」
夜もふけ、月がきれいに輝く時間。麻帆良学園の学園長室では近衛学園長の声が響き渡っていた。その声からは焦りが感じられる。
「助っ人……しかしタカミチは海外じゃし……」
それに、一線を退いているとはいえ西の長は歴戦の兵。それを打倒した相手となると生半可な実力のものでは足手まといにしかならない。どうしたものか、そう考えている学園長にこの部屋にいる”もう一人”の声がかけられた。
「ジジィ、いつまで待たせるつもりだ?」
「ふぉ? これは……分かった。すぐに援軍を送る準備をしよう。それまで何とか持ちこたえてくれ」
学園長京都はへ援軍を送るべく、目の前の相手に取引を持ちかけた。
一方、本山の風呂場には二人の少女がいた。一人は明るいオレンジの髪を二つに縛り、手に大きなハリセンを構えた少女、神楽坂明日菜。もう一人は黒いロングヘアーの少女、近衛木乃香。二人は突如起こった異常に無事である仲間、ネギ・スプリングフィールドと桜咲刹那と合流すべくここにやってきたのだ。だが、まだ二人の姿はない。
「はぁはぁ……」
「はぁはぁ」
ここまで休まずに全力で走ってきたこともあるが、この異常事態に気を張っているため二人の息は荒い。誰もいない風呂場に二人の呼吸音だけが響く。
「!?」
一閃。背後に何か嫌な気配を感じた明日菜が振り向きざまにハリセンを振りぬいた。その行動が功をなし、背後から歩み寄っていた少年の顔をはたき飛ばしていた。
「すごいね。まるで訓練された戦士の様な反応だ。けど……」
だが、明日菜はやはり魔法を知ってまだ間もない少女でしかない。少年のすばやい行動に今度は反応できず、魔法の詠唱を許してしまう。巻き起こる石化の煙。それをまともに受けた明日菜は全身を石へと変える……はずだった。
「キャアアッ!? 何よコレーッ!?」
「!?」
近衛は急変した場に、明日菜は服だけが石化し裸にされたことにそれぞれ驚いていたが、この場で一番驚いていたのは明日菜をそんな状態にした少年であった。
(僕の石化を抵抗……いや、無効化した? だといたら彼女はまさか……いや、今はとりあえず置いておこう)
気になる事ではあったが、当初の目的を果たすべく式を呼び出し近衛を捕獲させる。明日菜がさせまいと声を張り上げるが羞恥から身を抱きしめ動くことのできない明日菜には止める術はない。
「行って」
少年は式に指示を出し、この場から離れさせようとするがさすがにそれを黙って見ているわけはないらしく、片腕で胸を隠しているものの明日菜が立ちあがり今にも飛び立たんとする式へと向かう。
「水妖陣」
だが、それを少年が見逃すわけもなく。水で形成された無数の手によって体を拘束される。丁度いいと思ったのか、少年は先ほどの無効化について聞くが、それを明日菜に答えられるはずはなかった。
「じゃあ、死ぬまで笑っててもらうね」
「ちょっと待って待ってー!?」
戦力の無効化を図るべく、明日菜は長時間にわたるくすぐりを受けることとなった。
「明日菜さん!」
ネギ達が風呂場に辿り着くと、風呂場の真ん中で体を小さく痙攣させながら倒れる明日菜の姿があった。
(遅かったか!?)
駆け寄り様子を見るものの、外傷は無い様だ。何が起こったのかを問うが分かったのは近衛木乃香が攫われたということ。そして、明日菜をこの様な状態にした相手がまだ近くにいるかもしれないということ。
「!?」
明日菜の話を聞き終わるやいなや、桜咲は背後に現れた気配に気付いた。すばやく背後へ抜き手を放つがそれは容易く相手の左手に弾かれ、強烈な右の一撃をくらってしまう。
「あ゛……かはっ……」
床と壁とで二回程バウンドした桜咲は肺から空気を吐き出し膝を折る。それを見ているしかできなかったネギは震える体を怒りで押さえつけ、気丈にも少年を睨みつける。
「このかさんをどこにやったんですか……」
声の震えを意識せざるを得ない。だがネギは明日菜、桜咲、近衛の教師として、友達として、この少年を……
「許さないぞ!」
「それで、どうするんだい?」
だが、そんなネギの言葉も少年には何の意味もなさない。今のネギは、少年にとっては路傍の石とさして変わらないのだから。
「待て!」
高等魔術である転移魔法。逃走に使われたそれだが、ネギはそれだけで魔法使いとしての実力の差を感じずにはいられない。だが、だからと言って近衛を放っておくなどと言う選択がネギにあるはずがない。
「明日菜さんはここで待っていてください。このかさんは僕が必ず取り戻します」
決意に満ちた瞳。今、英雄の子が仲間を助けるべく勝ち目の薄い戦いにのぞむ。
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