戦国異伝
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第八十六話 竹中の献策その十二
「よいな、そうせよ!」
「ううむ、あの御仁に斬られるよりはな」
「まだ戦い生き残る方が分があるぞ」
「ではやはりのう」
「戦うしかないのじゃな」
こう言ってだ。彼等は動揺しながらも戦の場に留まるしかなかった。しかしまた鉄砲の音が鳴り響く。間合いのせいか当たる者はおらずとも音だけで充分だった。
音を受けて怯え槍に打たれる彼等にだ。今度はだった。
森長可がだ。蒲生の軍の左手をすり抜けてそこから三好の軍勢に雪崩れ込んだのだった。
「よし、今こそ攻めるぞ!」
「はい、それでは!」
「今から!」
「うむ、これで戦を決める!」
十字槍を右手に持ち馬に跨りだ。彼は軍の先頭に立ち叫んでいた。
「三好の者達を蹴散らせ!よいな!」
「三好の者達はこれで終わりじゃ!」
「覚悟せい!」
こう叫んでだ。青い具足の兵達が長可と共に雪崩れ込む。これで三好軍の先陣は総崩れになった。
最早面頬の男が幾ら叫んでも何の効果もなかった。浪人達も百姓あがりの者達も我先に逃げていく。そうしてその勢いを見てであった。
信長は伝令を森と池田に出した。攻めよというのだ。それを受けてだ。
彼等も戦いに加わる。これで戦は決まった。
三人衆は総崩れになった自軍を見て忌々しい顔になった。しかしだ。
総崩れになっては仕方がなかった。それでだった。
「仕方ないのう」
「うむ、これではどうにもならんわ」
「これ以上の戦は無駄に死人を増やすだけじゃ」
馬上からだ。彼等は話した。そうしてだ。
退却の法螺貝を鳴らさせた。それを受けてだ。
三好家の軍勢は戦場を後にする。その後詰はだ。
面頬の男だった。彼は懸命に戦うがその采配はというと。
「ふむ。あの男の采配はじゃ」
「大したことがありませぬな」
「うむ、気迫はあるがのう」
だがそれでもだとだ。信長は前線に出てその場で竹中に話していた。
「しかしそれでもじゃ」
「はい、采配自体はどうということがありませぬ」
「大したものではない。しかしじゃ」86
だがそれでもだというのだ。
「気迫は見事じゃな」
「鬼気迫るものがあります」
「怨念すら感じる」
そこまでだ。恐ろしいものが男から感じられるというのだ。
「それはわしに対してかのう」
「殿に対してといいますと」
「あの男の顔の向きを見るのじゃ」
信長がここで竹中に言うのはこのことだった。
「わし等の方を見ておるな」
「はい、あくまで」
「して自ら刀を抜きあの采配じゃ」
それ自体は大したものでなくともだ。そこには恐ろしいものがあるというのだ。
「間違いなくわし等を怨んでおるわ」
「では誰でしょうか、あの者は」
「もしやな」
竹中、稀代の軍師でもわからない。しかしだった。
信長はある程度わかった。それはだった。
「あの者やも知れぬな」
「あの者とは」
「御主も知っておる。こう言えばわかるか」
「まさか」
竹中は愕然となった。己の読みにだ。
それでだ。こう言うのだった。
「あの方ですか」
「そうであろうな」
真面目な顔でまた言う信長だった。そうした話をしつつだ。彼はまた言った。
「ではじゃ」
「はい、ここでの戦にも勝ちましたし」
「次は城攻めじゃな。勝龍寺城に芥川山城じゃ」
狙うのはこの二つの城だった。そうした話をしてからだった。信長は前を見て言った。
「ここで本願寺が来ればわからぬな」
「あの寺の動向如何ですか」
「うむ、とりあえずはな」
そうした話をしつつだ。彼等はとりあえず合戦に勝った。だがそれで安心してはいなかった。面頬の男、そして本願寺の動きを見続けていたのだった。
第八十六話 完
2012・4・9
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