その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)
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第16話 初めての失敗と…
「ジャックフロスト、【マハブフ】!」
「アイアイサーだホ! フゥ〜!!」
夜遅くの学校のプールに、突如として冷たい突風が吹き荒れる。
風は微細な氷をはらんでおり、その進む方向、プールからにょきりと蛇のように生えて出た水を徐々に凍らせていった。
水の蛇は凍りつつある体をまるで意思があるかのように伸ばし、くねらせ、どうにか逃れようとするが、プール全体が凍りついてしまった事で動きを停める。
「雪だるまさんありがと! リリカルマジカル、ジュエルシード…封印!」
『Sealing』
そこに、タイミングを測っていたなのはが魔法を放った。桜色の光がプール全体を包み込むほどに輝き、ジュエルシードに封印を施していく。
それが収まった後には蛇のような異形の水は無く、プールは静かに水を湛え、ゆらゆらと電灯の光を照らし返していた。
「お疲れ様でした。5つ目のジュエルシード、回収完了です」
「にゃあぁ〜、疲れたの」
「(フラッ、フラッ)」
そう今までの成果を教えてくれたユーノの声を、なのはは目をこすりながら心底疲れたように、純吾は頭を大きくカクッカクッと揺らして、意識を夢の世界へ片足を突っ込みながら聞いていた。
彼らは夜、それも深夜にほど近い時間にジュエルシードの封印を行っていた。それはこの時間になってから反応が見つかったためであるが、小学生であるなのはや年齢が逆行した純吾は、本来なら寝ていなければならない時間である。
だから彼らにいつも以上に疲労がたまってしまい、どうしても眠気が出てしまう事は仕方のない事だろう。
「ま、明日が日曜日だって事が唯一の救いね。学校なんて気にしなくてゆっくり眠れるし」
肩をすくめながらリリーが言う。彼女は今回出番が無かったし、そもそも悪魔である彼女はこの時間からが活動時間である。眠気や疲れは全くない。
「……と、言・う・わ・け・でっ! 早く家に帰って、一緒に寝ましょうね〜ジュンゴ〜♪」
にへら〜、と先程までのけだるげな雰囲気を崩して、リリーは笑いながら純吾の頭を抱き寄せ、彼が寝ぼけている事を利用してそう提案する。
「……ん〜、お客さん? らっしゃーせ〜……」
寝ぼけたまま返ってくる答えは、彼女が予想し、期待した通りのものだった。
「えっ、えっ? やっぱりジュンゴもそう思う? 私もジュンゴだったらいつでもウェルカムよ♪」
ふらふら、イチャイチャ。
そんなやり取りを前にして、なのははさっきよりもどっと疲れたような感じた。
「ほんっと、今日は疲れた気がするの……」
そうしてため息と共に呟いた言葉は、静かな水面を湛えたプールを渡っていったのだった。
その日曜日は、士郎が監督を務めるサッカーチームの試合の日だった。
いつもと同じように朝早くから起きて、河原のグラウンドに集まっていたなのは達だが、昨日の疲れがやはり残っているのか、2名ほど眠たそうに瞼をこすりながら試合を観戦していた。
「ねぇ、純吾君。本当に大丈夫?」
「ん〜。ジュンゴ、今日も……元、気」
こっくりこっくり。
船を漕ぎながら、すずかの心配そうな問に答える。それを聞いて、眉をひそめて目の前の試合から純吾の方へ眼を向けた。
家を出る時から眠たそうにしていた純吾。
すずかもリリムも昨日の事情を知っているため休むようにと言ってはみたのだが、「シローとモモコ。約束、した…」と一生懸命に眠気に抗いながら今日の約束を守ろうとしていた純吾を見て、何も言えなくなってしまったのである。
『ぐしぐしジュンゴいただきましたーー! こすり過ぎて若干涙目なのがかわいぃーーー!!』なんてどこぞの悪魔が満月でもないのに興奮して叫んでいた事は全くの余談である。
「ほらほら、すずかも純吾も! 眠たいって言うんならしっかり声出して応援しなさいよ! 何かに一生懸命になったら眠気も無くなってくるわよ」
そうアリサが言って、すぐに目の前の試合に目を向け声援を送る。
疲れているのは分かっているが、それなら何かをして気を紛らわせた方が眠気が覚めるし、約束したというのなら一生懸命になったほうがいいだろう。
少し強引だが、それはアリサなりに気を使っての行動だ。
「…そうだね、うんっ! 純吾君も、せっかく起きてるなら目いっぱい応援しようよ!」
そう言ってすずかも「頑張れー!」と声をあげる。
純吾もなのはも結局はこれに従って、それぞれ目の前の試合に声援を送り始めるのだった。
「(あ、キーパーの人…)」
すずかがそれに気がついたのは試合の後、翠屋で昼食をとり終わり、なのは、アリサと世間話をしている時だった。
キーパーの少年がスポーツバッグから取り出した青く輝く石。よく見えなかったが、あれはユーノから聞いたジュエルシードと言うものではないだろうか?
「(え、えっと…なのはちゃんや純吾君は……)」
慌てて友人二人の方へ向き直る。
なのははぐでんと机に突っ伏して眠たそうにうとうととしている。アリサはと言うとなのはがかまってくれないことからユーノの頬を引っ張ったりしてキャイキャイとはしゃいで、すずかの様子にも、ましてやキーパーの少年にも気を向けていないようだ。
そして純吾はというと、まだ残っている翠屋JFCのメンバーの元へ料理を運んでいる。
どうやら桃子との約束とはこの事らしく、試作をした料理を振る舞っているようだ。
その際に、純吾と一緒に行動しているリリーへ少年たちが熱い視線を送っているのは仕方のない事だろう。
どちらにせよ、とてもこちらが話しかけられる状態ではなかった。
と、そう考えているとキーパーの少年と、マネージャーの少女がいなくなっていた。どうやら他のメンバーより先に帰ってしまったようだ。
「(もしかして……。こ、告白するために先に帰ったのかなぁ)」
試合終了直後の仲が良さそうな雰囲気、そしてあの綺麗な石を真剣に見つめる少年の姿を思い出す。
試合に勝てたらあの子に告白しよう、なんて考えていたのかもしれないが、そう考えるのならば彼が綺麗な石の一つや二つ持っていても何も不自然な事はないだろう。
ふと、すずかは視線で純吾を追いながら、そんな事を考えている事に気がついた。
視線の先で、料理を配り終えた彼がリリーに抱きつかれ、ぐわんぐわんとまるで小さい子供にするようにして頭を撫でまわされて好きな様にされている。
それを見ていると、胸のあたりにもやもやが出てきて、何だがとても面白くない気分になってしまう。
「(って、何考えてるんだろ私……)」
顔がかぁっ、と赤くなったのが分かる。別に彼が誰といようが、それは彼の勝手だし、何よりリリーは彼の一番の理解者だ。
そんな彼女と純吾が一緒の所を見て不機嫌になるなんて、まるで自分が嫉妬をしているみたいで……
「(と、とにかく! キーパーの人もいなくなったんだし! この事はもう終わりっ!!)」
そう自分の中で無理やりに結論を下し、すずかは彼女の事を不思議そうな顔をしてみている友人二人に慌てて弁解を始めるのだった。
それは突然、文字通り辺りを揺るがす轟音と、巨大な光柱と共に現れた。
サッカーチームの面々も帰り、純吾も試作した料理の仕出しと後片付けが終わってなのは達と合流し、一つのテーブルでくつろいでいた時である。
ミジミジビシィ……!!
と無理やり何かが殻を押し上げ、壊しながら突き上げてくるような音が突然辺りに響き渡ったのである。
「な、何なのこの音っ!」
テーブルに突っ伏して、正に寝耳に水だったなのはが慌てて飛び起きた。その際、地震のせいですてん! と椅子から転がり落ちてしまったが、誰もそれを笑う余裕は無い。
「わ、分からないわよ! でも店の外から聞こえてきてるわ」
アリサも轟音と揺れに若干パニックになりながらもそう断言する。
誰もが突然の地震に驚いている中、純吾だけが素早く行動を起こした。アリサの言葉が聞こえた途端、さっきまでなのはと同じようにだらけていた彼は、弾かれたような勢いで外に飛び出していったのだ。
「あっ、待って純吾君!」
いつにない素早い行動に驚きながらもすずかが後を追う。彼の後から店を出て、真っ先に目に飛び込んできたのは
市街の中心にほど近い場所から生えてくる巨大な樹が、街を浸食している光景だった。
「えっ……」
あまりにも非日常的な光景に呆然とする。
後から続いたアリサも、なのはも同じように唖然とした表情をしたり、手で口を押さえて必死に驚きを抑えようとしているようだ。
しかしそんな中、純吾だけが驚く事もせずおもむろに携帯を取り出し、マカラを召喚した。
「マカラ、あれを見渡せる所に行って」
そう短くマカラに告げ飛び乗る。
「了解シタ、サマナー」
「あっ、純吾君まってほしいの!」
なのはの制止も聞かず、純吾を乗せたマカラが出発した。いつもならなのは達の言葉を無視するなんてありえない事だが、彼の視線はあの大樹にしか向けられていなかった。
「ほらなのちゃん、急いでジュンゴ追いかけるわよ!」
純吾の常にない行動に動揺していたなのはにリリーが急かすように告げる。彼女の先程までのおちゃらけた雰囲気はとっくになりを潜めていた。
今は心配するような、焦っているかのような目をジュンゴが飛び去った方向へ向けている。
「わ、分かったの。ユーノ君!」
なのはの肩にユーノが飛び乗る。純吾を追う準備は整った。
「じゃあアサリンにすずちゃん。ちょっとあれどうにかしてくるから、大人しくここで待ってて頂戴ね」
そう言い残して、翼を広げたリリーはなのはを抱え、小さい旋風を起こしながら飛び去って行った。
純吾がいるビルは、大樹から若干離れた所に建っていた。
そこはある程度街を展望できる場所だが、今そこから見える街並みは、見渡す限り植物に覆われている。
それもただ植物が氾濫しているのではなく、根やツタが道路を突き破ってビルに突き刺さり、また持ち上げられ、押しのけられたそれらが更に傷跡を増していくような、街のあちらこちらに甚大な被害を及ぼしながら刻一刻と成長を続けていたのだ。
「こんなに広がっていたなんて……」
「恐らくですが、人がジュエルシードを発動させてしまったんです。人の強い思いによって発動した場合、ジュエルシードは一番強い力を発揮するから……」
地上から見たときよりも酷い状態だった事に俯き暗い顔をするなのは。また彼女に説明するユーノの声も自然この光景を目の当たりにして暗いものとなる。
今までは大した被害を街に出さずにジュエルシードを封印する事が出来ていた。親友からの声援に家族の理解、そして純吾と仲魔のサポートを得ながら、最近は若干疲れはしていたが封印作業は順調そのものだったといえるだろう。
だからこそ、なのはたちはジュエルシードの危険性を、自らも命の危機にあったというのに忘れていたのかもしれない。
そしてこれがその代償、自分たちが慢心してしまったために起こした事態と考えてしまっていた。
「こんなこと、あっちゃいけない……!」
と、なのは達が後悔に沈んでいると、いきなりギリ、と音が奥歯を噛みしめる音が聞こえてきた。慌てて考えを中断して声の方を向く。
なのは達の視線の先にいた純吾は、激しい怒りと憎悪の混ざり合った、今までにないほどの敵意をこめた瞳をもって目の前に広がる大樹を睨みつけていた。
いつもの眠たげな細い目は明確な敵意によって鋭くなり、爪が手のひらに食い込まんばかりに拳を握りしめ、親の仇か不倶戴天の敵を見るかのように大樹へ刺すような視線を送っている。
その純吾の様子に自分たちの後悔も忘れて、なのはもユーノも息をのんだ。
彼は彼女たちの知っている限りいつも朴訥として、のほほんとこちらの気分も穏やかになれるような空気を纏っていた。
争う事が嫌いとも言っていた。そして、それでも自分たちを守ってくれると言ってくれたときは本当に嬉しく思ってしまった事を覚えているし、今日も眠たい中料理を振る舞ってくれ、自分たちが食べる様をのほほんと嬉しそうな雰囲気で見守ってくれていた。
そんな彼が、いつもぼんやりとしていて、自分たちにとても優しいはずだった彼が、あそこまで敵意をむき出しにしている。
その豹変ぶりに驚いている所に、いきなり視線を向けて来るなんて事をされたら、なのはがその目が怖くなって少し引いてしまったのは仕方ないだろう。
「なのは……、絶対にあれは止める。止めないと、いけない」
――だから、お願い。と
けれども先程までの感情とは全く違った理由から震える瞳で、悲しみに震える拳を握りながらそう彼女に頼んでくる彼を見て、なのはは少しでも彼を怖がったことを後悔した。
この状態をどうにかしようとして、けれども自分ではどうにもできないことに対する怒り。自分ではどうにもできず、なのはに頼むことしかできないことに対する悲しみ。
彼は目の前の樹だけでなく、自分へもその溢れんばかりの激情を向けていたのだ。
そんな彼を目の前にして、どうしてただ後悔に浸っている事が出来るだろうか?
「……待ってて純吾君! 絶対に元を見つけて封印して見せるの!」
『Area search』
なのはの声と共に、レイジングハートが新しい魔法陣を展開し、何十という光を街のあちこちに飛ばしていった。
「これは広域探査魔法……。すごい、独自に魔法を展開できるなんて」
「今それは置いといて! 純吾君」
魔法の制御に集中しながらも、純吾の方を向く。
「初めて使う魔法だから、時間がどうしてもかかっちゃうの。だから、純吾君はこれ以上街に被害がでないようにしてほしいの!」
それにコクリと頷き、純吾は彼の仲魔へと呼びかける。
「……リリー」
「ここにいるわ。どうするの、ジュンゴ」
「ん…。植物の成長を停めるには、寒くするのが一番」
「けどジュンゴ、今は春だけどそんなに寒くないわよ? それに、仲魔を使うにしても街全体をカバーできるほど強力な魔法なんて使えないわ」
「……1人じゃ駄目なら、2人でやってみる」
携帯を取り出し、【悪魔召喚アプリ】を起動。
彼の「召喚」という声に応じて、純吾達の目の前に
「ヒーホー、またまた登場だホ!」
2つの角を持つ青い帽子に、青いギザギザした首巻、そして青い靴をはいた愛嬌たっぷりな顔の雪の妖精、ジャックフロストと
「ヒー! ホー! ヒホヒホ! ヒーホー! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン、ホー!!」
王冠を載せた見事なカールを持つ髪に、緋色のマント、手には王笏を持った巨大なジャックフロストたちの王様、キングフロストが現れた。
「フロスト系の悪魔を2体……。なるほど、少し不安だけど、“あれ”が出来るかもしれないってわけね?」
リリーのハッと驚いたかのような視線を受けながら、純吾は呼びだした仲魔に尋ねる。
「ん…。ジャックフロスト、キングフロスト。できそう?」
「ヒホ〜……。ホントはじゃあくと一緒だけど、やってみるホ。 ジャック、いけそうホ?」
「ヒホホ〜。ちょっと不安だけど、おーさまとジュンゴにお願いされたからには頑張ってみるホ!」
キングフロストは少し考えた後にジャックフロストに視線をやり、それに少し不安がりながらも、ジャックフロストは全力を尽くすと答える、
自分の無茶なお願いに答えようとしてくれる、そんな仲魔の返答に嬉しさから純吾は少し表情を和らげた。
「ありがとう。それと、お願い。……ジュンゴは今、こうするしかできないから」
しかしすぐに先程のような様々な感情をない交ぜにした悲しげな顔をして、ペコリ、と頭を下げた。
「……分かったホ。ジュンゴを悲しませる奴なんか、絶対にとっちめてやるホ!!」
純吾の気持ちをくみ取ったか、ジャックフロストは自身を奮い立たせるように腕をぐるぐると回して、活を入れる。
そして両手を天に祈るように伸ばし、またキングフロストは王笏を掲げて、樹木への反撃開始を高らかに宣言するのであった。
「「【おおさまとおいら】!」」
ヒュュュューー………………ン
ドォォォォォン!!!
何かとても大きな物が、とても高い所から落ちてきたかのような爆音。
探索魔法に集中していたなのはも、その音に思わずあたりを見回してしまった。
そして上空から地上に落ちてくる無数の物体を見て、ポカンとあけた口から、思わず声が漏れてしまう。
「お、おっきな雪だるまさん……?」
降ってきたのは、ジャックフロストをこれでもかと大きくした雪だるまだった。
それが街全体を覆わんとする樹の、街を壊さんと今もなお根や枝を伸ばし続ける場所に、的確に上空から叩きつけられていった。
遠くから見ているなのはでも大きいと思ってしまうほど巨大な雪だるま。
それが無数に無慈悲に容赦なく、街にこれ以上の被害を出させまいと降ってくる様は圧巻を通り越してもはや呆然とするしかないような光景だ。
「けど、樹が伸びるのが今は止まっているの」
しかしなのはが言うとおり、雪だるまに抑えつけられた所にあった根はそれ以上動いて街を浸食する気配はない。
目線を、横で天に手を伸ばしている悪魔に向ける。
キングフロストの方はともかく、ジャックフロストの方はおぼつかない足どりで、それでも必死になって力を送り続けている。
早くジュエルシードの場所を特定しなければ、彼らがもたない。
「この時間を、絶対にむだにしちゃいけない……」
更に意識を集中させるなのは。
そうして探索魔法を行使し続け、ふいに彼女は大きく目を見開いた。
大樹の中心、太い幹の中にキーパーの少年と、マネージャーの女の子の姿を見つける事が出来たのだ。
「見つけた! 待ってて、すぐ封印するから」
「ここからじゃ無理だよ、近くにいかなきゃ!」
勢い込むなのはにユーノが注意を促す。今までの封印魔法を考えたら、その判断は妥当な判断だったが
「そんな暇ないの! レイジングハート、お願い!!」
『Sealing mode. Set up』
一秒でも時間の惜しいなのはは必死に願う。
それに答えるかのように、レイジングハートは新しい姿へと形を変え、先端にほど近い部分に光の翼を形成した。
「行って、捕まえて!!」
声と共に桜色の光線が伸びジュエルシードと、なのはをつなぐ。
「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアルナンバー10……封印!!」
そして掛け声とともに放たれた光は一本の幹に突き刺さり
『Sealing』
レイジングハートの音声と共に、大樹を形成する核となったジュエルシードを封印したのだった。
「いろんな人に、迷惑かけちゃったね……」
そうぽつりとなのはが呟いたのは、ジュエルシードを封印した後の事である。既に封印した樹木は見当たらないが、それがもたらした街の惨状は残る。
時刻が夕暮れに差し掛かっている事もあり、翳り始めたボロボロの街並みはそのまま彼女の心を映しているかのようだった。
「そんなことないよ! なのはは、ちゃんとやってくれてるじゃないか!!」
ユーノが必死に答える。
彼女はつい先日まで全くの魔法の事を知らない一般人だった。そんな彼女が自分に協力してくれ、さらに今まで5個ものジュエルシードの封印に成功している。
そんな彼女に、自分がしてきたことだけは後悔してほしくはなかったのだ。
「でも、私最近どこかジュエルシードの封印を甘く見ていた気がするの。今までこんな事は無かったし、順調に封印する事もできていたから」
けれども続く言葉にユーノは返す事が出来なかった。それは、自分も感じていた事だから……
そうやって暗い顔をして俯いたなのはの頭に、ぽん、と手がおかれた。
「純吾君?」
「なのは。なのははすごいよ。えらい、えらい」
突然自分の頭に誰が手が置かれた事になのはは驚いた。
がその後すぐ、ぐわんぐわんと、「えらい」という言葉と共に若干乱暴気味に頭を撫でられ始めたことで、何か考えごとをする余裕が吹っ飛んでいった。
「にゃぁぁ…、頭がくらくらするから止めて〜」
頭を揺さぶられつつも、なのはは抗議をした。それを聞いて純吾は撫でるのを止めるが、どうしてやめないといけないんだろう? と、不思議そうな顔をなのはに向ける。
「……? 親方褒めるときは、こうしてたから。……じゃあ、こう?」
きゅっ。
「にゃ!!」
頭を撫でて褒めるのがお気に召さないと考えたのか、今度はリリーが純吾にするように頭を抱き寄せ、手を後頭部にやってぽんぽん、と赤ちゃんをあやすように優しくたたく。
いきなりの純吾の行動に顔を真っ赤にし、離れようともがくなのは。しかし、純吾はそんななのはに語って聞かせる様に声をかけるのだった。
「なのはは本当に、えらいよ。よし、よし」
「……ううん、違う。私はえらくなんかない。私がもっとちゃんとしてたら、もっともっといっぱい頑張ってたら、こんな事は起こらないはずだったの」
「ん〜ん。なのはは頑張ってる。いつもいつも、一生懸命」
ぽん、ぽん。
「でもっ! 頑張っても今日みたいな事があったら意味がないの!」
「ジュンゴは、なのはやユーノの使う魔法の事は分からない。けど、料理と同じ、初めてすることの難しさは、良く分かる。」
ぽん、ぽん。
「なのはは魔法を最近知ったばっかり。けど、いっぱいジュエルシード? 封印した」
なのはの頭を包んでいた手を離す。
純吾は「あっ…」と若干寂しげな声を出すなのはの顔を、いつもの眠たげに見える目を微笑むように細めて見つめた。
「だから、自信を持って。なのは、頑張ってる。ちゃんと成果もでてる、それはジュンゴも、ユーノも、すずかもアリサも見てる、知ってる」
大樹と対峙していた時とは違う、いつものような朴訥な雰囲気の純吾。
そんな純吾の顔を見て、となのははどこか安心した様子で呟く。
「……そっか、私、ちゃんとやれてるんだね」
「ん…。なのは、ちゃんとやれてる」
「そっか、そっか……」
何度もうんうんと頷き、なのはは何事かを考える。やがて顔をあげ、純吾とユーノに向かって、ふにゃっと笑いながら話しかける。
「ねぇ、ユーノ君、純吾君。みんなが、頑張ってるって言ってくれたおかげで、心の中の整理が出来たよ。だから、ありがとう」
そこで「けどね」と一呼吸置き
「けどね、今までの私はやっぱりどこか甘えていたと思うの。ユーノ君の事をすごいって思って、そして手伝いたいって始めたジュエルシードの封印。けれどもそれは私の中では手伝いでしかなかった」
すぅっ、と深呼吸。
「だけども、これからは私がやりたいと思ったから、この街を守りたい、自分に出来る事を精一杯やりたいからジュエルシードの封印をしたいと思うの」
そこで不安そうな顔になり、少し逡巡をする。けれども、すぐにキッと顔をあげ
「だから…、だから、これからもなのはの事手伝ってくれないかな?」
瞳に強い意志を宿しながら、そう純吾達にお願いをした。
「勿論だよなのは! 僕からお願いした事なのに、手伝わないわけないじゃないか!」
あらん限りの声で答えるユーノ。
「ん…。街を守りたいのは、ジュンゴも一緒。なのは、こんごともよろしく」
そういつも通り、口下手で少しぶっきらぼうな言い方だが、たくさんの誠意を持って答える純吾。
そんな彼らの答えを聞き、誇らしげに答える顔を見て、なのはは分厚い雲の隙間から光が漏れだすように段々と不安な表情をやめ
「うんっ! これからもよろしくね!」
輝かんばかりの笑みで答えるのだった。
一方その頃、その様子を近くで見ている仲魔と言えば
「あの泥棒猫……。ジュンゴに頭を撫でてもらっただけだけでなく、更には頭を抱いてもらうですって? 優しくあやしてもらうですって?
あまつさえ、『こんごともよろしく』をジュンゴの側から言わせるですって……
キィィーーー! 妬ましい、妬ましいわ!? 私だってジュンゴにそんなことしてもらった事ないのにぃ〜〜〜〜!?!?!?!?」
何やら奇声を上げ始め、怒り心頭とばかりに髪をかきむしるリリーと
「ヒホ〜、滅多にしない事して疲れてるのにそんなキーキー声隣であげないでほしいホ」
「そうだホ……、おいらただでさえ自分の限界超えて力を使ったのに、こんなんじゃいっこーに休めれないホ」
そんなリリーの見苦しい嫉妬にあきれ顔のキングフロストと、ぐったりとしたジャックフロストの姿があったとか無かったとか。
その夜
「やっぱり、あの時見たのがジュエルシードだったのかな……」
すずかは夜になりひっそりと静まり返った廊下を歩く。考えるのは今日突然現れた巨大な大樹と、自分の見たジュエルシードのような宝石について。
あの樹が消えた後、なのはたちが戻ってきて聞いた話によれば、今回の騒動の原因はあのキーパーの少年だった、との事。
ならば自分の見ていたものはやはりジュエルシードだったのか……。何度も考えたが、やはりそう結論せざるを得ず暗い顔になってしまう。
「それに……」
帰ってきた後、なのはと純吾の距離が縮まっていたような気がする。
いや、元々仲が悪い、と言う事は無かったのだが、何か今まで以上の、全幅の信頼を純吾に寄せているような感じがした。
そう言えば、初めてジュエルシード探索をした時からアリサの事も名前で呼び始めていたか。
様々な考えが頭の中に千々に乱れては浮かび、そして消えていく。
そんなもやもやとした感情を抱きながら歩いていると、ふとどこからかすすり泣くような声がすずかの耳に飛び込んできた。
「こっちって、純吾君の部屋だよね……」
声の聞える方向へ若干足を早めて進み、声が聞こえてくる扉の前に立つ。
思った通り、そこは純吾の部屋の扉だった。
音をたてない様に扉を少し開け、中を見る。
純吾は、ベッドの上で崩れ落ちる様にして座って、顔をリリーの体にうずめ、声が漏れない様にして泣いていた。
リリーも常とは違い、無言のまま慈母のような雰囲気を纏って純吾を支え、背中に手を当てて赤子をなだめるように優しくゆっくりとした手つきでたたいている。
その光景をすずかは、初めどうしてそうなっているのか理解できなかったが、すぐに理由が頭の中に閃く。
彼は大樹によって壊れた街並みを見て、自分が元いた世界を思い出してしまったのだ。
すずかは彼から伝え聞くしかなかったが、純吾の世界はある日突然世界の終りが訪れたという。
崩壊した自分の故郷、生死すら分からない多くの友人知人。そして、そんな地獄を共に生き延びた仲間の安否。
今まで立て続けに色々な事があったため思い出す暇もなかったそれらの事が、あの光景を見て思い出してしまったのだとすずかは彼の考えを推し量る。
けれどもそれを悟らせまいと悲しみを上回る怒りで自分をごまかし、自分が泣きだしたいのを偽ってなのはを慰め、そうやって彼が仲間と、友人と認めた人たちを悲しませまいとしたために、今の今までずっと我慢をしていたのだろう。
――自分たちは、彼に頼ってばかりで、何かを返す事が出来るのだろうか?
すずかは扉を閉め、呆然とその場に立ち尽くす事しか出来ないのであった。
後書き
〜仲魔・スキル紹介〜
◆仲魔紹介
【妖精】ジャックフロスト(Lv21)
力:9 魔:12 体:10 速:6
氷結吸収、火炎弱点
イングランドに伝わる雪の妖精。
愛嬌のある顔をしており性格も無邪気だが、人を笑いながら凍らせるという恐ろしい一面も。
【魔王】キングフロスト(Lv26)
力:14 魔:11 体:10 速:7
氷結吸収、魔力無効、電撃・疾風耐性、火炎弱点
巨大な雪だるまの体を持つ、ジャックフロストの王様。
無数のジャックフロストを従えるその力は絶大なものだが、性格はジャックフロストと変わらず無邪気なものである。
◆スキル紹介
【マハブフ】
敵全体に対して氷属性のダメージ。FREEZEを付与する事も
【おおさまとおいら】
本当はペルソナ3のミックスレイドという特殊な技。じゃあくフロストとキングフロストを同時召喚する事により、敵全体に氷属性によるダメージと、中確率で氷結状態にする。
拙作では設定の関係上(じゃあくフロストのLvは80!)、フロスト系悪魔の合体技として登場した。
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