儚き運命の罪と罰
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第二章「クルセイド編」
第二十二話「一夜明け」
エレギオ・ツァーライトは口をぽけーっと開けていた。
凄まじい治療を受けた彼は正常な判断能力を失っていた。故に痴呆の老人のような状態になってしまっている。哀愁を漂わせる光景だ。ジャックがその肩を何回か叩いているが返事は無い。ただの屍のようだ。
「……なんかアイツ口から白い何かが出てないか?」
遠目にエレギオを見ながらエドワードは顎鬚をこすっていた。確かによーく見るとエレギオのぽけーっと開いた口から何かが出てきてるように見えなくも無い。やがてでてきたそれはヘリウムガスを入れられた風船のように高く浮かんで――――
「ってやっべぇ!?」
「何か口の中に戻さないと不味い気がする!」
モールとスプーキーが虫取りの網を持って部屋中を駆け回った。
あの火事から一夜明けて、ツァーライト一味は落ち着きを取り戻していた。リオンとフェイトの二人も無事に救出できてエレギオもかなり広範囲をローストされたが火傷と言う意味では思ったよりも少なく命に関わるものではなかったと言う。エドワードの治療もあってリオンとフェイトの容態が悪化する事ももう無いだろう。勿論医者としてエドワードは見守っているが変化は無い。寧ろ今はエレギオの方が心配なほどだ。
「え? 火傷は少なかったんじゃないかって? 世の中には知らない方が良い事も有るんだよ……」
とエドワードは片目で遠くを見ながらタバコの煙で輪を作った。
……もう片方の目で鼻歌を歌う紅髪の少女を見ながら。
「♪~」
彼女、アズリア・セルフィーユは今現在とってもご機嫌である。一体何故なのだろう? それこそエドワードの言うとおり知らない方が良い事、なのだろう。
「エドワードさん♪」
「お、おお。どうしたんだよアズリア」
「今日こそは紹介してくれるんですよね、『その二人』を」
一瞬彼女の顔をみてすこしばかり自分の頬が引きつるのを感じたエドワードだったが直ぐに彼女が何を言いたいのか把握して頷く。
「そうだな。そろそろリオンの方は麻酔も切れるし。連れてくる」
「お願いしますね」
「ああ」
--------
虫の騒ぐような音が聞こえた。
ざわざわ、と。やがてそれはどんどん大きくなる。本能的に意識が覚醒に向かっているのだと知る。
硬く閉ざされていた目蓋の扉が開く。
そして見えたのは――
「よぉ、久しぶりだなぁ。リオン・マグナス君よぉ」
リオンは反射的に飛び起きて腰に手を伸ばす。そこには何時もある剣の柄はない。彼は手術衣に着換えさせられていた。あの王国客員剣士の衣装共々シャルティエも当然別の場所においてあると言う事に思い当たって歯噛みした。そんなリオンを蒼鷹は血の様な目を細めて嘲笑う。
「……何のようだ」
「おおー怖いねぇ。そんな睨まないでくれよぉ」
前回の件もあってリオンはこの蒼鷹に良い感情は全く持っていない。もしシャルティエが手に届くところにあったらきっと蒼鷹の事を鶏肉にするべく動いていたであろう。前回は足、今回は剣がそれには足りなかった。
そんな内心を見透かしたように蒼鷹はその紅い眼をギラつかせる。
「あぁんなオモチャで俺を殺ろうって?
考えがアメェンだよ。根本的に」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「だーかーら、そんな睨むなよぉ。良いお顔が台無しだぜぇ?」
改めてふざけた奴だ、とリオンは思う。状況を使って推測したのか、それとも意図的にそう言う状況の時にリオンの目の前に現れたのかは、或いは単純にリオンの心を読む力があるのかはわからない。わからない、が。
それでも異常な存在だと言うのはわかる。
「うーん? そのお顔、もしかして前に嘘吐いた奴のことは信じないとでも思ってんのぉ?
ははっ都合の良い考えだなぁそいつぁ」
「事実だろう」
「おーやおや。あの時無様に叫んで這いずり回ってた奴の台詞たぁ思えねえなあ」
やたらと大きな音を立てて翼を広げる。大きい。普通の鷹よりも遥かに。その下品な声と禍々しさがなければ神獣と呼ばれる類の存在と言えるほどに。怒りを堪え冷静にリオンは観察しているその間にも下品な笑い声は響く。
「しっかしまあオマエもアレだな」
「何……?」
「惚けんなよ、内心ではこう思ってんじゃねえのか?
誰かの為に戦えることが贖罪になるって。勘違いも良い所だよぉ」
「………………………」
「てめぇは一生泥沼のなかだよぉ。そこでしか生きられねえ、ただの虫けらでしかねぇもんなぁ」
「…………クク」
「おーおー笑ってぇら。『そんなことはわかってる』ってか?」
「貴様に言われるまでも無く、な」
心を読まれたことは気にせずただそう言った。前はこの蒼鷹の此方を挑発するような言葉に安易に乗ってしまったからこそ醜態を晒すような事をしてしまった。だが前とやる事が同じならソレに引っかかってやる道理も無い。
「貴様に言われるまでもなく分かっているんだそんなことは」
故にリオンはもう一度言う。
「いい加減目障りだ、どっか行け。僕も貴様のような得体の知れない奴に構っている程暇じゃない」
その程度では揺らがない事を示すために。
元々リオンは沸点こそ低いが戦闘時、平常時共に冷静沈着を地で行く性格の持ち主である。状況さえ悪くなければ、激情に身を任せるような真似はしない。ただ淡々と蒼鷹に言う。顔も見たくない存在に消えろ、と。
初めて蒼鷹の表情に嘲り以外が浮かんだ。
「クソつまんねぇな。オマエ」
言葉通り本当につまらなそうに吐き捨てる。明らかにその眼には落胆の色があった。
「貴様を楽しませてやる趣味もない」
「そおかよ」
前に一度取り乱した時には状況もソレに拍車をかけていた。フェイトが死んでしまったかも知れないと言う言葉とそれを確かめられな状況。エレギオの人柄への不安も加わってリオンはあっさりと術中に嵌ってしまっていた。だが二度、同じ手にかかるような愚か者ではないしましてや今回はフェイトは確かに救えている。自分一人の力ではないにせよ確かに彼女の温もりが戻るのはリオンは自分の手で感じていた。
すると蒼鷹は舌打ち(嘴でどうやっているのかは不明だが)する。
「クソすまんねぇの……」
「…………………………」
悪意に満ちた声はそれだけで狂気的に聞こえる。リオンは狂気に満ちた存在を知ってはいたし直接戦ったこともある。だが……いやだからこそそんな声がこの世で一番嫌いだった。蒼鷹がこれで興味を失いどこかへその鳥として有り得ないほど大きな翼で飛んで行ってくれたらリオンとしては万々歳である。
だが蒼鷹はそれでも帰ろうとはしない。寧ろその眼の輝きをさらに増しているようにさえ思う。
「仕方ねぇ、奥の手を使うか」
突然、リオンは言いようも無い悪寒に包まれた。例えようも無い、気持ち悪い悪寒。
蒼鷹はゆっくりと翼を広げ――――
「!?」
突如として眼前に迫った手を反射的に掴んで地面に叩き付けた。客員剣士時代に相当仕込まれていたとはいえ剣が専門で有ると言うのにやけにあっさり技が入った事に若干不思議に思いつつそのまま腕を捻り組み伏せる。あの蒼鷹によって作られた存在だ、当然ロクな奴ではあるまい。そう思っていたのだが。
「うがぁぁあああ!! 寝ぼけんな!!」
おや? なぜかとっても聞きなれた声がするよ?
恐る恐る顔を見る。
そこには苦悶の表情を浮かべた銀髪もじゃもじゃで年齢が30前後の医者が居た。
「え、お、お前」
「速く技解けよ! 俺の黄金の右手が大変なことにあばばばばばば!!!!」
完全に決まった一本背負いだったという。
--------
「たくよぉ。起きたときに手が目の前にあったら一本背負いですかあ? トクシュコーサクインかよイテテテ」
「起こそうとするならもっと別な方向で起こそうとは思わなかったのか? 何で頭を揺らそうと思ったんだ」
「うるせ、独自の方法だ。うなされてたから一発で起こしてやろうと思ったのにお前って奴は人の善意を……」
とかなんだとか言いながらリオンとエドワードは二人並んで洗面台の前で顔を洗ったり歯を磨いたりしていた。仲の良い父子……には残念ながら見えない。余りにも似てない。
戦闘要員ではないが結構鍛えているため身体能力が並の人間より高かったエドワードは辛うじて背負い投げ自体は受身を取って衝撃を和らげていたがリオンはそこに容赦なく体重をかけて腕を取って組み伏せたのである。背中と腕には言い様もない痛みが走っていた。
「お前あんな体術も使えたのな」
「人並みには、な」
他愛もない話をしつつエドワードとリオンは二人並んで居住スペース、分かりやすく言うとリビングルームに向かって行った。ちなみにリオンはあの王国客員剣士の衣装から黒い『お前の世界は俺が壊した』と言う台詞と幸薄そうで2000万ガルドもの借金を抱えてそうでトマトを使った料理が上手そうな青年の顔が書かれたTシャツを着ている。ただエレギオからのお下がり(本人はそうと知らない)なのでリオンには少し……いや結構大きかった。
「そう言えばフェイトは?」
服のぶかぶかさが少し気になるようで眉をひそめつつリオンはそうエドワードに言った。対してエドワードは一瞬だけ顔を曇らせた。
「まだ目覚めねえな……。麻酔もお前より断然強いのを使ったし。お昼頃になるだろ」
「そうか……」
「なぁに。手術は間違いなく成功してる。大丈夫だ、直ぐに目を覚ます」
だから心配するな、そう言ってエドワードはリオンの肩を軽く叩いた。
リオンは思わず立ち止まる。あの年頃の男からあんな風に接されるのは考えてみれば初めてかもしれない。勿論仲間だった者達を除けば、の話だが。その事にリオンは妙なくすぐったさを感じた。
もっとも。
「な、何で僕がわざわざアイツの心配なんか……!」
口先と内心が一致しないのもまた、リオン・マグナスと言う少年なのだが。
--------
らいふぼとるをつかった。
えれぎおはふっかつした!
「ふぁばふぅ……」
「いや……何語だよ?」
漸くタマシイ的な何かを虫取り網担いだ二人の活躍によってお口に戻さされたエレギオは再起動した。ただしバグまみれだが。現に付き合いの長いジャックでも今のエレギオの言葉は解読できない。
「おーい。お前大丈夫か?」
「ふぁい。ふぁいふょうふふゃふゃふぁいふぉ」
「あーあー。駄目だこりゃ」
とは言え再起動は再起動。
対次元世界最高金額賞金首専用最終兵器はその使命に基づき動き出す。
「エレギオさん、孤児院行きますよ」
……もはやイジメの領域に達していると言えるが。ダンボールを梱包する糸で殆ど一瞬でぐるぐる巻きにしてエレギオは連行されていく。流石に持ち上げるような腕力は小柄な少女、アズリアには無い様で引きずって連行しているのだがかえって痛々しい。階段などの段差を通るたびに低い呻き声を挙げている。アレは痛いだろう。ジャックは友人の冥福を祈って十字を切った。
だが天は何処までも皮肉屋だ。
「……は?」
いつの間にかジャックまでも梱包されている。本当に何時、どのタイミングだったか全く判別できない。刹那、神速、神業、絶技、そんな言葉を幾千並べても語れないような技。全くもって理解できない。
「え、おいおい。チョット待ってくれ。コレはどう言う事だ」
何とか解こうとする、だがその糸はエドワードの手術並の正確さで体の間接と言う間接を封じ込めている。幾らもがいてもビクともしない。そして次の瞬間には対次元世界最高金額賞金首専用最終兵器はドンッ! と言う効果音が付きそうなほど堂々とした仁王立ちを繰り広げていた。
「あ、アズリアさん? コレはどう言う事なのでしょうか?
わたくしめにもわかるように説明をして頂きたいのですが?」
本能が警鐘を鳴らす。いつもとは口調が明らかに変化しているのもそれが理由だろう。全身から流れ出る冷や汗も無関係ではあるまい。
「……………………」
「あ、あのー無言は止めていただけたら……ほ、ほら。人間話し合いが大事だと思うんですよ!」
「……………………」
「も、もしもーし……?」
「…………貴方達は自分がどれ位の間孤児院を空けてたと思ってるんですか?」
「あー、それには。そう!! フカーイ訳が有ってですね」
「言い訳は聞きたく無いです」
「え、チョット!? ストップ! その体勢で引っ張らないで!
アンタは対エレギオであって俺は含まれてないだろう!? え!?
これって俺人生最大クラスのピンチじゃね!? おーい!!!!!!
誰かぁ助けてくれええええええええええええええええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエええええええええぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
他人だけに降りかかっていた不幸が突然自分に降りかかる。
その結果がこう言う事なのだ。ジャックの願い空しく階段のたびに怪しげなドゴッ! バキッ! と言う音をたてながら対次元世界最高金額賞金首専用最終兵器は驀進する。
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