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蒼き夢の果てに

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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
  第6話  召喚事故

 
前書き
 第6話を更新します。
 

 
「あんな方法で契約を交わすなら、先に言って置いてくれても良いだろうに」

 俺と同じように、ファースト・コンタクトが、いきなりファースト・キスに成った青いパーカーとジーンズ姿の少年が、何か不満げにぶつくさと言っていますが……。

「そんな事を言うても、最初に言って有ったとしても、あまり意味はないと思うけど。
 それに、才人は未だマシなんやで。最初から俺が通訳したんやから」

 一応、そう答えて置く俺なのですが……。

 実は、契約方法がくちづけだと伝えなかったのは、俺も教えられて無かったからコイツも同じ目に合わせて、どう言う反応をするか見たかっただけなのですが。
 かなり悪趣味だったと、今では少し反省はしていますよ。本当に少しだけ、ですけどね。

 それで、その結果に関しては……。

「心構えが違うよ。初めから判っていたのなら、あんな醜態は晒さなかったのに」

 俺の予想以上に面白い反応を示してくれました。才人くんはね。
 それに、その程度の事は良いじゃないですか。一応、滅多に出会う事のない美少女が相手でしたからね。
 何時までも、過ぎ去った過去について悔やんでいても始まらないでしょうが。

 それで、結局、才人とルイズの契約は、俺の時には出来なかった契約時の細かな取り決めが出来て、一応、才人はルイズの使い魔だけど扱いは学院生徒に準ずる。と言う結果に成りました。
 それに、コルベール先生の語るトコロによると、人間の使い魔と言うのは本当に前代未聞の存在らしいですから、これからも細々とした取り決めを作って行かなくちゃならないのですけどね。

 ……但し、厳密な意味で言うのなら、俺は人間とは少し違う種族に分類される存在なのですが。

「あんた、本当に、何も出来ないの?」

 才人との使い魔契約からコッチ、かなりご機嫌斜めのピンク色の才人のご主人様が本日、何度目のなるのか判らない質問を繰り返した。

 それに、彼女の気持ちは理解出来ます。糠喜びだったけど、優秀な使い魔を召喚出来たと一度は思ったはずですから。
 確かに、この落差は大きいと思います。

 尚、彼女はなんとトリステイン王国の公爵家の姫君らしいです。但し、三女様ですけどね。

 ……って言うか、そもそも、そのトリステイン王国がどんな国なのか、未だ俺自身がまったく分かっていないのですが。

「だから俺は、普通の高校二年生の男子生徒で有って、式神とも、魔法とも無縁の生活を送って来たんだよ」

 いい加減、うんざりしたような口調でそう答える才人。
 当然、コチラの方の気持ちも良く判ります。何度も、何度も同じ事を聞かれていたら、嫌にも成って来ますよ。
 その点から考えると、少なくとも、ルイズに対して怒り出さない才人は、未だ自制心が働いている状態だと言う事でしょうね。

 故郷から無理矢理拉致されて来て、知り合いのいない異郷に独りぼっちの状態。この状態で、その元凶のルイズに対して、この理性的な態度を取って居られるのは、素直に凄いと評価すべき事だと思いますから。

「はぁ、不幸だわ」

 あからさまに落胆した雰囲気のルイズ。……って、おいおい。本人を前にしてのその態度は少し問題があるでしょうが。
 確かに、期待した分、落胆が大きいのも判りますけど。
 それでも、本当に不幸なのは、そちらの少年の方で有って、貴女の方じゃないと俺は思うのですが……。

 これは流石に、双方にフォローを入れて置くべきですか。

「ですが、ヴァリエール嬢。人間を召喚する事自体が珍しい事のようですし、他に人間ほど優秀な使い魔を召喚した生徒は、我が主人のタバサしかいないのですから、貴女の召喚士としての才能は十分に示したと思いますが」

 一応、そう言って双方の取り成しを行って置く俺。
 但し、何故に俺がそんな事をせにゃならないのか判らないのですが、それでも、最初から色々と関わって仕舞いましたし、この程度の事はやっても罰は当たらないとも思いますしね。

 アフター・ケアと言う感じになるのかな。

 それに、人間を使い魔にする事が出来るのならば、これほど優秀な使い魔はいないと思います。おそらく、使い魔(ファミリア)とは呼ばずに、サーヴァントと呼ぶのが正しい呼び方となるとは思いますが。

 もっとも、人間の場合ならば、同じような仕事をこなす人間を、それなりの給金を出す事によって雇う事も出来るのですが……。
 まして、才人は十七歳の少年とは言え、ひ弱な現代日本人。これでは、護衛の役もまともにこなせるのか、かなり疑問が残るのですが……。

 ……って、俺まで否定的な気分に支配されてどうしますか。
 それに、それでしたら、もう一度、確認の為に聞いてみますかね。

「才人。もう一度聞いて置くけど、ホンマに何にも出来ないのか?
 例えば、武道で段位を持っているとか、射撃で国体に出たとか、実は、超能力少年としてテレビに出た事が有るとか。そう言う属性は持って無かったかいな」

 そう思い、ルイズに変わって俺が再び同じ質問を行う。

 もっとも、最後の部分に関しては冗談なんですけど。
 それに、本当に超能力が有るような連中は、テレビに出るようなマヌケな事はしませんから。
 何故ならば、俺の能力だって、一種の超能力ですからね。

 自らを晒し者にする必要はないでしょう。特に、本当に妙な能力を持って仕舞った人間の場合、異端の存在として、圧倒的多数の人間から排除される事を強く恐れていますから。
 少なくとも、俺はそうでした。

 人とは、異端を探し出し、そして排除する生き物ですから。
 仲間を作る、と言う美辞麗句で飾り付けながらね。

「ここで、空手の通信教育を三日間だけやっていた、と答えたらギャグにはなるんだろうけど、残念ながらまったくない」

 未だ、冗談を言うぐらいには心に余裕がある才人がそう答えた。
 尚、今年の使い魔召喚の儀は、妙に時間が掛かっているらしく、もう夕暮れ時に成りつつあるのですが、未だ終わりには到着してはいません。

 確かに、人間を召喚して仕舞うと言うイレギュラーな事態が二例も起こったのですから、それも仕方がないとは思うのですが。

「やれやれ。そうしたら、しゃあないか」

 俺は、そう言ってからひとつため息。そして、桃の実の詰まった籠と一緒に置いてあった無銘の刀を才人に差し出す。

 それに、これは、俺が持っていても意味の無い代物ですし、日本人の才人に取って、最初の武器としても相応しい武器かな、とも思いましたから。
 日本刀なら、西洋の剣に比べても軽いし素早く攻撃が出来ます。更に切れ味に関しても保証済みの武器でも有ります。
 但し、チャンバラ映画ではないですから、刀で相手の攻撃をイチイチ受けていたら簡単に刃こぼれを起こしますし、折れて仕舞う代物でも有るのですが。

「これは?」

 才人が不思議そうな表情、及び雰囲気で、俺の差し出した無銘の刀を受け取る。

「無銘やけど、本身の日本刀やな」

 俺は、至極当然の答えを返す。……って言うか、このタイミングで日本刀を渡されて、その意味が判らないなんて言う事は……。

「本身って、真剣って事?」

 俺の言葉に驚いた才人が、渡された黒拵えの日本刀を一度取り落しかけ、慌てて握り直した後に、自らの両手の中に有る武士の魂と、そして、目の前に居る俺の顔の間に視線を彷徨わせる。
 ……って、おいおい。矢張りこれは、この刀を渡した意味を少し説明する必要が有りと言う事ですか。

「えっとな、才人。このままやったら、オマエさんは使い魔と言うよりも使用人と言う立場に成りかねないんや。
 例えば、ヴァリエール嬢の身の回りの世話をする専用の使用人にな」

 いや、使用人と言うよりは、従僕と呼ぶ方が格好は良いですか。もっとも、言い方を多少変えたところで、結局、やらされる仕事は同じなのですが。
 俺が、才人に対してそう告げながら、視線の方ではルイズを見つめた。

 そして、俺の視線に気付いたのか、彼女はこの台詞に対してさも当然のように首肯く。
 確かに、彼女のその仕草自体は可愛いのかも知れませんね。何と言うか、未だ貴婦人と言うには一歩か二歩足りない美少女が、大人のマネをして鷹揚に首肯いているように見えなくもないですから。
 もっとも、そんな事は才人に取っては何の慰めにもならないのですが。

 何故ならば……。

「当然でしょう。使い魔の能力も持っていないし、戦闘能力も持っていないのなら、使用人としてわたしの身の回りの世話をして貰うしか仕事がないじゃないの」

 流石は公爵家の姫君。少し、ドコロかかなりの上から目線の台詞。
 もっとも、今のルイズから発せられる雰囲気は、少しの欺瞞が含まれているような気もするのですが。
 何と言うか、貴族の姫君を演じている、と言う雰囲気が彼女から発せられているのですよ。おそらく、何の能力も持って居ない使い魔を召喚して仕舞ったと、周りから思われる事が我慢出来ないのと、もうひとつは……。
 異世界から、才人を召喚して仕舞った自責の念……だとは思いますが。

 しかし、このルイズの台詞も、有る程度仕方がないとも思います。働かざる者食うべからず。と言う言葉も有りますから。
 それに、無芸大食の使い魔を公爵家の姫君が召喚したでは、流石に彼女の矜持が許さない事も当然でしょう。ですから、少しぐらいは厳しく当たる事が有っても、これは仕方がない事だとは思いますけどね。
 彼女の、この世界での立場を考えるのならば。

 ……って、ヒモは漢の浪漫などと言っている俺の台詞とは、真っ向から対立する言葉ですね。働かざる者、と言う言葉については。

 もっとも、俺自身がタバサのヒモに成る可能性は、本当のトコロはゼロですから、こう言う台詞が出て来るのですが。
 確かに、かなり裕福な家に生まれた女の子のトコロに厄介に成るのなら、俺の良心も大して痛まないけど、そんな事は早々ないと思いますから。

 例えば、公爵家の姫君に召喚された、とか言うのならばね。

「そんな。俺だって、来たくてこんな所に来た訳じゃないのに」

 そう答える才人。確かに、才人の主張も判ります。何故ならば、

「確かに、才人は、召喚円を、異界への一方通行のゲートとは知らずに潜ったから、その責任は薄い。
 せやけど、同時に自分の意志で潜って仕舞ったと言う責任は有る。
 彼女、ヴァリエール嬢の召喚魔法は、それまでに何度も行使されたけど、すべて使い魔が現れる事は無かったからな」

 才人に対しては、少し厳しい目の台詞を口にする俺。まして、俺の場合は完全に出会いがしらの衝突事故ですが、才人の場合は、自ら判断する余裕が有ったらしい。
 それならば、それまで、目の前に召喚円が開いた存在達のように警戒して、簡単に潜るようなマネをしないと言う選択肢は有ったはずです。

 それに、どうも才人自身が、ルイズの呼びかけに対して、無意識の内に答えた可能性も高そうな雰囲気ですからね。彼が召喚された時の状況の説明を聞く限りでは。
 もっとも、今、彼が置かれている状況から鑑みて、自らを召喚して仕舞った少女の立場を斟酌してやれ、と言う事はかなり酷な台詞では有るとも思いますが。

 彼は、拉致被害者ですから。

「せやから、その刀を自在に操る存在になって、自分を、ヴァリエール嬢に認めさせる必要が有るやろう?」

 しかし、才人は自ら納得して、ルイズの使い魔と成った。始まりは拉致ですが、この契約は正当な物だと俺は思います。
 故に、俺は、この世界に於ける平賀才人と言う人間の存在の証を立てろ、と言っていると言う事ですね。
 当然、それは、俺にも同じことが言えるのですが……。

 もっとも、俺の存在の証はここに来てから数時間程度ですけど、十分に立っていると思いますが。
 一応、最初に色々と実演して見せていますから。

「それに、貴婦人の身の回りの世話をする使用人よりは、彼女の身を守る騎士の方が断然、格好が良いやないか。
 いや、日本刀を持っているから、さぶらうもの。つまり、侍やな」

 この世界の騎士階級は魔法が使える事が必須らしいから自称する事も出来ませんが、侍ならば問題は有りません。
 それに、もしかすると、今回の使い魔召喚&契約によって、才人自身が何らかの能力に目覚める可能性だって存在しています。

 その根拠としては、才人とヴァリエール嬢の間には、薄らとですけど、霊道が開いているのは間違いないように見えていますから。
 まして、彼の左手の甲には、またもやコルベール先生の見た事のない、ナイフか何かによって刻まれたかのような直線で表現されるルーン文字が浮かんでいますからね。

 まぁ、このふたり。ルイズと才人に関しては、このぐらいで良いでしょう。今は、少し反発みたいな物が有るように感じますけど、使い魔と主人は霊道で繋がっています。霊道の質にも因りますが、その内に、阿吽の呼吸と言う物が出来上がって来ると思いますから。


 さてと、そうしたら……。

 未だ、何か言い合っているルイズと才人のやり取りを右から左に聞き流しながら、一度、伸びをしてから、周囲に目を向けてみる。

 辺りは少し夕闇に沈みかけた時間帯、と言う感じですか。
 所謂、黄昏時と言う時間帯かな。
 一応、俺達以外の場所は、学院の生徒達がライトと言う魔法を行使して灯りを作っています。

 但し、俺達の周りに関しては、サラマンダーの能力を借りて俺が付近に明かりを点していますが。
 更に、季節的には桃の花が咲く季節。とてもではないですけど、黄昏時にお外に居て寒くない訳がないのですが……。
 もっとも、その点に関しても、俺のサラマンダーがいるので問題は有りません。少なくとも、俺の周辺に関してはね。サラマンダーとは炎を操る精霊。明かりや、暖を取るための炎を操る事など朝飯前ですから。

「ようやく、後二人で終わりね」

 召喚作業を見つめる訳でもなく、ただ、少しぼぉっと視線だけを正面に固定して居た俺に対して、相変わらず、俺の傍……タバサを間に挟んだ右側に居たキュルケがそう話し掛けて来た。
 ただ、彼女の方からすると、俺の傍に居る訳では無く、俺の右側に居るタバサの傍に居ると言う事なのでしょうけどね。
 ちなみに、才人が俺の左側に居るのは、同胞が傍にいた方が心強いと思った才人の意志だと思いますけど、その才人にくっ付いて、何故かルイズも近くに来ています。

 まぁ、あの召喚の儀の時の状況から考えると、このルイズと言う名前の少女は、この学院内では半ば孤立していた可能性も有りますから、この配置も不思議では有りませんか。
 何故ならば、あの場……度重なる召喚失敗の時に、誰一人として、彼女を擁護してくれる相手が居ませんでしたから。

 何故か、公爵家の姫君を……。

 イカン。少し、陰の方向に思考が向かうな。そう思い、気分を陽の方向に向かわせる為、知的好奇心の対象。具体的には、現在、使い魔召喚作業が行われている現場へと興味の対象を向ける。
 其処には、本日の使い魔召喚の儀の取りを務める人物が、コルベール先生に促されて、魔法学院の生徒たちの視線の交わる点に向かう途中の姿が存在していた。

 成るほどね。本日最後の使い魔召喚を行う生徒は、ルイズに対して、ヤケにチョッカイを掛けていた男子生徒のピエールくんとか言う、見鬼の才も持たない魔法使いのタマゴですか。

 あっと。そう言えば、未だ聞いていない事が有ったな。何回か耳にして、その度に疑問に思って居たのですが、聞くチャンスが無かった事が。

「えっとな、確か、土のラインとか言っていたけど、それはどう言う意味なんや、タバサ」

 どうも、俺が知っている魔法……ルーン魔法と、ここの魔法は若干違うみたいな雰囲気なので、そう聞いて見るのですが。

「彼は、土系統の魔法を二乗で使用可能。魔法のクラスとは、ドット、ライン、トライアングル、スクエアに分けられる。
 つまり、彼が土のラインと言う事は、土に更に土を掛ける事によって、土のライン・メイジとなる」

 ライン。つまり、線と言う事か。もっとも、これは英語のような気がするのですが。ここの言語は英語に近い言語なのかな。
 え~と。それで、二乗と言う事は、最初五の威力の魔法を放っていた人間がラインになると二十五に威力が跳ね上がると言う事なのでしょうかね。これは確かに、一気に能力が上がりますね。

 ……ん? しかし、それでは炎系統の魔法はどうなるのでしょうか。

「成るほど。そうしたら、炎系統の魔法の場合はどう言う計算式に成るんや?
 行使可能な温度が二乗になるのなら、単純計算でも、最初はろうそくの温度だった物が、ラインに成ると百万度の炎……ここまで行くと炎では無くなるけど。に成るのか、
 効果範囲が広がる。つまり、行使出来る熱量総計が変わって来るのか。
 例えば、500ミリリットルのペットボトル入りの10°Cの水を沸騰させるには、45キロカロリーの熱量が必要なんやけど、その二乗の熱量を使用可能に成ると言う事は、一気に2025キロカロリーの熱量を行使可能と言う事なのか判らない。
 まして、冷気系に到っては、逆に熱量を奪うと言う計算式で行くのだろうけど……」

 いや、これは流石に有り得ないか。所詮は魔法ですから、純然たる科学で考える事自体意味がないような気もしますね。しかし、それでも、二乗って言う部分について、どんな根拠が有って二乗と言う計算式が出て来るのでしょうか。
 意外に興味深い話ですな。

 タバサが真っ直ぐに俺の顔を見つめる。そして、

「わたしには貴方の言っている言葉の意味が理解出来ない。
 でも、言おうとしている事は理解出来る。
 わたし達の魔法のクラスとは、本人が自覚する物で有り、周りから見てもその効果範囲や威力などからそう判断出来る物と成っている事を指す」

 魔法の説明に成ってから、かなり饒舌と成っているタバサが、ちゃんと俺の疑問に対する答え与えてくれた。

 成るほど。二乗となっているが、科学的な計算式がある訳などではなく、漠然とした感覚でレベル1の時よりも威力が上がったから二乗と表現しているだけですか。
 確かに魔法ですから、曖昧な表現になるのは仕方有りませんが、外……異世界からやって来た俺には、理解するのに、かなりの時間を要する魔法のようですね。

「つまり、ゲームなどの表現方法で言うのなら、レベル2と言う事か。それに、元が1に何回1を掛けても1以上にはならないから、そもそも、その二乗と言う表現方法自体に問題が有るような気がするな」

 それとも、レベル1以外に、レベル0の魔法の威力が存在するのでしょうか?
 それならば、基本の威力がレベル1以下となるので、1レベルの魔法の基本威力が1と表現される事はなくなる。最低でも2以上に成りますから。

 いや。もしかすると、俺とタバサが話している言語の翻訳機能にずれが生じていて、俺が知っている単語に置き換えられる際に、誤訳を行っている可能性も否定出来ないか。
 某僧正さんが言うように、矢張り誤訳は問題が有るか。特に、俺とタバサのやり取りは異文化コミュニケーションに当たります。些細な誤訳が、大きな行き違いに発展しかねない。

 しかし、色々と興味深い魔法ですね。この世界の魔法と言う物は。

 胸の前で腕を組み、異文化交流の難しさに改めて確認する俺。そんな俺を、少し深く成りつつ有る夜の闇と、炎の精霊(サラマンダー)の作り出す、熱を伴わない明かりが微妙な陰影を形作った。

 ふと気付くと、タバサが未だじっと俺の方を見つめている。彼女の発して居る雰囲気は……。

 咄嗟に、感知のレベルを上げて、彼女の発して居る雰囲気を掴もうとする俺。
 ……ふむ。何かタバサの方からの用事でも有る、と言う雰囲気ですね、これは。

「あの、何か、聞きたい事でも有るんかいな?」

 自然な感じ……と言うには、少し遠い、妙に意識している事が直ぐに判る雰囲気で、そう問い掛ける俺。

 どうも、じっと見つめられると落ち着かなく成ります。特に、相手がかなりレベルの高い美少女だと尚更。
 まして、視線と言うのは魔力を帯びる事も有りますから。気を読む俺に取っては、視線と言うのは結構、気に成る物なのですよ。

「貴方の魔法をわたしにも教えて欲しい」

 タバサが初めて、俺に対して命令のような台詞を口にした。
 但し、命令口調と言うよりは、これは依頼。使い魔に対する態度と言うよりは、少し相手の気持ちを考えた行為。

 俺と式神との関係に近い感じですか。

 それに、そのタバサの依頼も首肯けます。
 確かに、俺が先ほど見せた魔法(仙術)は見た目的にも派手で、その上、色々な使い道が有りそうな魔法でしたからね。
 興味が湧いても不思議では有りません。

「俺の魔法。タオと言うのは、少し特殊な魔法に成る。
 まぁ、俺に教えられるかどうか判らないけど、タバサになら教えても構わないで」

 但し、タオは加護が重要な項目となります。俺の住んで居た世界のルーン魔術と、この世界の魔法とがイコールで繋げられるのなら、もしかすると難しいかも知れません。
 ……そう。ルーン魔術も北欧系の神族に端を発する魔法で有る以上、アース神族の加護無くして発動する事はない魔法のはずです。

 ただ、タオの場合、俺の魔法を封じたカード。つまり、呪符と言う物が有ります。これは、作成時に霊力を籠めていますから、仙族の加護が無くとも、俺の魔法を発動させる事は出来るはずです。
 もっとも、そのルーン魔法も、ルーン文字を刻んだ石やカードに因って発動させる方法が主だったと記憶しているのですが……。

 いや、細かい仕様の差は、次元の壁を越えている以上、仕方がない事ですか。
 それに、元々彼女には、式神との契約を試してみようと思っていますしね。

 確かに使い魔は一人に一体のみ、と言う決まりが有るのかも知れませんが、式神契約はまた別かも知れません。
 言葉遊びみたいな物なのですけど、魔法の世界では、これも重要な要素と成ります。運が良ければ、タバサにも俺と言う使い魔以外に、式神を付けてやれる可能性は有りますから。

「ほら、お二人さん。ようやく、最後の一人よ」

 俺とタバサが交わして居た会話が一段落したのを見計らったように、本当にうんざりとした表情でキュルケがそう言って来た。
 確かに、自分の使い魔を召喚する順番が終わったら、後は何もする事がないから、このキュルケの気分も首肯けるのですが。
 まして、この時間を利用して使い魔との親睦を図ると言っても、俺とタバサの間でどんな親睦を図って良いのか判りませんから。

 いや、別に、ファースト・コンタクトがファースト・キスになった相手ですから、妙に意識している訳ではないですよ。
 多分……。

 尚、何時の間にか、現場ではルイズを揶揄していたピエールくんの召喚作業が始まっていました。
 周りを半円状に取り囲むように掲げられる魔法の灯を受け、その中心に立つ闇色のマントを纏いし魔法使いの少年。確かに彼の呪文を唱える様子に、ある程度の雰囲気と言うモノは感じます。
 この雰囲気と言うのは、魔法を行使する際には重要な要素と成りますからね。



 独特の音楽を奏でるように呪文を唱えるピエール。

 しかし、この呪文から感じる雰囲気が、何故か暗く、昏く、冥い。
 ……これは、少しマズイ可能性も。

「アガレス、俺に強化を。ハルファス、タバサを中心にして結界を施してくれ」

 土は五行では中庸に属するはずなのですが、今、ピエールから感じているのは明らかに陰の気。
 更に、現在は時間帯がマズイ。陽気溢れる春の日中から、陰の気の支配する夜へと移行する黄昏時。

 そして、彼の召喚呪文が終わり、彼の目の前に、今までの他の生徒の例から考えると空中に浮かぶ鏡のような召喚ゲートが開くかと思われた瞬間……。

 ピエールからねっとりとした何かが溢れだす。
 それは、物質化するほどの狂気。その狂気が、呪文を紡ぎ終わったピエールの肌に纏わりつくかのように彼の身体を取り囲む……。

 刹那、ピエールが爆ぜた。
 そうとしか表現出来ない現象の後、彼の居たはずの場所に……。

「サラマンダー、俺の援護を!」

 俺が動き出すよりも早く動き出す異形の生命体。

 紫の身体を蠢かせ、ソイツは巨体に似合わない速度で動き出す。
 そして、呆然と様子を見ていた女生徒の一人が、その巨体に押しかかられた。

 悲鳴すら上げる事なく押し潰される女生徒。

「蜘蛛?」

 女生徒を押し潰したのは蜘蛛。大きさは大体五メートルほどと言うトコロか。イボだらけになって膨らんだ身体と、剛毛を生やした長い脚。
 夜の蜘蛛。コイツは厄介な相手の可能性が高い。

 最早、恐慌状態に陥った中で我先に巨大なクモから逃げ出す生徒達。
 その生徒達に向かって放たれる白い網……いや、巨大な蜘蛛が放つ糸。

 しかし次の瞬間、その糸が空中で燃え尽きて仕舞う。
 そう、サラマンダーの炎が、空中で全ての糸を燃やし尽くして仕舞ったのだ。

 間に合うのか?
 そう思いながら、懐に手を突っ込み、数枚のカードを掴み出して、口訣を唱えながら宙にばら撒く。

 次の瞬間、現れる俺の分身達。
 剪紙鬼兵(センシキヘイ)。確かに大した能力を持っている訳ではないが、囮ぐらいの役には立つ。

 呼び出した十体の俺の分身たち。

 最初の一体が潰された瞬間に、左腕から血が流れ出す。
 返やりの風による被害だが、現実に存在する人が死ぬよりはマシ。

 次の一体が糸に絡め取られた時に、右足から血を吹き出す。
 しかし、もう数歩の距離。

 突如、俺の右手に現れる一振りの刀。
 しかし、その刹那。

 俺の耳に響く、何者かの叫び。

 泣き、叫び、喚きながら消費される何者かの生命!
 ええい、この精霊達の悲鳴は一体何事が起きていると言うんですか!

 刹那、巨大蜘蛛に降り注ぐ火球と氷柱。
 しかし、そんな攻撃ではヤツの表皮に傷を付けるドコロか、精霊の護りすらも抜く事は出来ない。

 一瞬の隙。しかし、こんな戦闘中の隙は、例え一瞬のそれに過ぎなくとも、致命的な隙と成る。
 刹那、それまで全く別の方向を向いていたはずの蜘蛛が、俺の方へ向けて跳躍を行った。

 ちっ、蜘蛛の視界を甘く見過ぎていた。八つの瞳は伊達ではないと言う事か。
 瞬間、誰かが俺の名前を呼ぶ。同時に誰かの叫び声が聞こえたような気がする。
 しかし、眼前に迫った死の顎が全てを無駄な物へと変えて……。

 しかし!
 そう、しかし。何者かが俺を後方から突き飛ばし、そのままの勢いで地を滑る事により辛くも死の顎から逃れる俺。

「才人?」

 俺と共に大地を滑って行ったのは、無銘の刀を抜き放った平賀才人と名乗った少年で有った。

「刀を抜いた瞬間に、身体が軽くなった気がしたんだよ。試しに動いてみたら、忍が急に棒立ちに成っていたから」

 身体が軽くなる。……肉体強化か。
 確かに、才人自身が精霊を従えている雰囲気はない。と言う事は、肉体を強化して、高速移動やおそらく防御力の強化、攻撃力のアップなどを図る類の能力を発現したのでしょう。

 急に目標を失った蜘蛛だが、慌てる雰囲気もなく後方に向けて糸を放つ。
 俺と、才人が逃れた方向に向かって。これは、つまり、
 ヤツは間違いなく、俺達の事を危険な敵と認識していると言う事。

【何か判らないけど、サラマンダー、ウィンディーネ。この場の精霊を全て支配して、俺以外の魔法の発動を封じてくれ】

 しかし、立ち直った俺にそんなモンが通じる訳はない。更に、俺とそう変わらぬスピードで才人もその糸を回避する。但し、高速で移動する度に、彼……才人に刻まれた使い魔のルーンが強い輝きを発しているのですが。
 これは、才人自身が何らかの能力に目覚めたと言うよりは、使い魔契約によって、何らかの能力を付加されたと言うべき状態の可能性が高いな。

 まぁ、良い。今は才人の能力に関しては後回し。
 それよりも前に、先ほどの精霊の悲鳴が何に起因するのか判らないが、策を打って置く必要は有りますから。

 刹那、空気が変わった。サラマンダーとウィンディーネに、この場の精霊がすべて支配されたのが、雰囲気から察せられる。
 良し。これで大丈夫。そうしたら、次は……。

「才人。囮とトドメを刺す役とどっちが良い?」

 巨大な蜘蛛が飛び上がる瞬間を見透かしたかのように、剣圧を放つ俺。
 俺の放った剣圧は物理的な距離では減殺されるようなモンではない。それは一種の仙術。空間を歪ませる事によって、相手に直接攻撃出来るようにする技。

 空中で姿勢を崩した巨大蜘蛛が仰向けに成って落下。
 しかし、その程度の攻撃では、ほとんど被害を与える事など出来ないのか、まったく意に介した様子もなく、直ぐに置き上がって俺達を追う。
 そして次の瞬間、三体目の剪紙鬼兵が蜘蛛の巨体に押し潰された。

 瞬間、額から少しの血が噴き出す。これは、血が目に入ると少々ウザいが、まぁ、それでも剪紙鬼兵を戦場で使用する以上、これは仕方がない。

「どちらの方が簡単?」

 俺の隣を走りながら、そう聞いて来る才人。
 そんな事、決まっている。

「トドメ役。但し、ヤツにマトモに被害を与えようと思ったら、ヤツの精霊の護りを貫く必要が有る」

 放たれた糸を右に回避しながら、そう答える俺。
 ヤツが纏っている精霊の多くは大地の精霊。攻撃に対する護りとしては無類の強さを発揮する。

「囮がヤツの気を引いている隙に、ヤツの腹の下に潜り込み、堅い殻を纏った前面部ではなく柔らかい腹の部分を貫く。
 精霊の護りを無効化した後にな」

 急反転をした瞬間、俺達の目の前を蜘蛛のキチン質に覆われた前肢が空を切った。
 その刹那、囮の剪紙鬼兵がまた一体消滅。

 俺は二枚の呪符を差し出しながら続ける。流石に大した傷では無いが、決定機を一度逃したのが、少々厄介となった。多分、俺だけではヤツにトドメを刺すのは無理……とは言わないけど、難しい。

「一枚目の呪符は、大地の精霊の護りを貫くのに必要な呪符。
 口訣は、木行を以て土行を克す、割れよ。や。
 もう一枚は、ヤツの腹に刀を刺した後に使う。
 口訣は、木行を以て雷光を呼ぶ、招雷。や」

 本来なら、剪紙鬼兵を囮にして俺が為す心算だったのですが、ここは才人に手伝って貰うのが良策でしょう。
 もっとも、初めての実戦が、土蜘蛛ならぬ、レンのクモの相手をする事に成ると言うのも、かなりレアな経験と成ると思うのですが……。

「その口訣と言うのは、どうしても唱える必要があるのか?」

 俺と動きをほぼ同調させながら上体を下げ、横薙ぎに振るわれる糸の一撃を躱す才人。
 その糸を一瞬の後に、ウィンディーネの冷気が凍りつかせて無力化して仕舞った。

「有った方が術の威力が上がる」

 突き刺した刀を使って腹の中に直接雷を召喚するのですから、これで倒せないはずはないでしょう。
 まして、木克土。土行に属する蜘蛛の魔物に木行に属する雷は効く。

 才人が呪符を受け取った瞬間に作戦が始まる。
 刹那、俺達を目がけて放たれる糸、糸、糸。

 大きく夜空に描かれる幾何学模様。
 この大きさでは、普通に回避するのは不可能。こんな奥の手を用意していたのか、この蜘蛛は。
 しかし、次の瞬間、燃え上がる夜空の幾何学模様。濃い蒼に染まる空に、赤い炎が瞬間的に広がり、そして直ぐに燃え尽きて仕舞った。

 蜘蛛の糸で、俺を無効化する事は式神達の魔法による援護が有る以上、ほぼ不可能。

 ひたすら走り抜ける俺と才人。但し、今は先ほどまでは違う。
 明確な目的を持った移動。時に止まり、反転し、そして跳ぶ。

 その移動の最中に一枚の呪符を取り出し、高速詠唱で口訣を唱え、導引を結ぶ。
 そして、

「才人。俺に何が起きてもヤツを倒してくれよ!」

 背後にそう声を掛け、巨大蜘蛛の攻撃範囲内に侵入する。
 この時、再び自分の方から蜘蛛の攻撃範囲内に入った瞬間であった。

 再び、そして、今度は正面から攻撃範囲に侵入して来た俺に対して大きなスイングで右の前肢を振るう。
 しかし、この右前肢は囮。本命は左。

 大振りの右を難なく躱した後、素早く左下よりすくい上げるように繰り出して来た左前肢を、俺の右手内に突如現れた一振りの日本刀で刃先を滑らせるようにして頭上に逸らせる。
 その刹那、俺の背後から右側を滑りこむように蜘蛛の腹の下の潜り込む才人。その際に、それまで以上に使い魔のルーンが強い輝きを発している事が判る。

 その瞬間、俺の眼前に迫っていた蜘蛛の牙が俺を完全に捉える!
 その感情を読ませる事のない蜘蛛の瞳が、……一瞬、嗤ったように思えた。

 しかし、次の瞬間。完全に捉えたはずの蜘蛛の牙が折れ、何故か、蜘蛛の方から苦悶の叫びが上げられる。

 そう。俺が施して置いた神妙鏡符が効果を発揮して、蜘蛛の攻撃をそのまま自らに返したのだ。
 その瞬間、巨大蜘蛛から精霊の護りが消滅する。そして、

「木行を以て雷を呼ぶ、招雷!」

 そして、俺と、才人の唱和が戦場を駆け抜けて行った。

 
 

 
後書き
 この第6話は、ゼロの使い魔原作からは大きく外れています。
 これから後も大分、離れて行く事と成ります。

 これは、シルフィードの代わりに主人公が使い魔として召喚された世界故に起きている事態です。
 表向き。分かり易い例で言うのなら。実際はもう少し複雑なのですが。
 それに、主人公は原作知識を持っていないので、無理に歴史の流れを、知っている原作小説の通りに戻そうとしない事も、その事態に拍車を掛けるのですが。

 それでは、次回タイトルは『鎮魂』です。

 追記。
 この『蒼き夢の果てに』は、ゼロ魔原作が持って居る矛盾点や御都合主義的な点などは、可能な限り排除して行く心算です。
 ただ、それ故に、原作主人公サイドに有利に転がり続けているサイコロも修正する結果と成っている事はご容赦下さい。

 この物語の敵と成るのは、その有利な方向にサイコロを転がし続ける存在。つまり、因果律を操る神です。
 
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