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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
戦争の陰翳
  隠密作戦 その3

 
前書き
 ESP発現体を出すことにしました。 

 
 誘拐されたハイネマンは、大津にある別邸ではなく、敦賀にあるソ連領事館にいた。
引っ越し業者のトラックに偽装した車で、滋賀から福井に伸びる国道161号線を移動して、連れ去らわれたのだった。
 
 ハイネマンは目隠しと手錠をされたまま、薄暗い地下室に連れてこられた。
部屋に入るなり、目隠しと手錠を外され、床に放り出される。
 周囲を見渡すと、白い壁しかない部屋の真ん中に、銀髪の美女が立っていた。
 ギリシア彫刻を思い起こさせる様な整った顔に、ポニーテールでまとめられた長い銀髪。
透き通るような雪肌から浮かぶ、瑠璃の様に深みのある青い目。
 東欧系のスラブ人にしては、胸の発育もよく、くびれた腰も扇情的だった。
すらりとした長い脚も、ハイネマンでは無ければ、目を奪われたであろう。
 トルコ人の踊り子が身に着けているようなベリーダンスの衣装も、ハイネマンを困惑させた。
女はハイネマンの目の前で、いきなり腰にあるカフカス風の短剣を取り、鞘事、彼の目の前に差し出した。
「な、何をする」
 驚くハイネマンを後目に、短剣を鞘から抜き出すと、妖しい踊りと共に剣を振り始めた。
ハイネマンは、恐怖のあまり、切っ先を必死に追いかけた。
「あなたはグラナンの技術者、フランク・ハイネマンですね」
 女のアメリカ英語の発音は、CNNのニュースキャスターよりうまかった。
「はい」
 ハイネマンは、女の振るう剣の煌きに心を奪われていた。
つまり催眠術にかかっていたのだ。
「いいですか。
あなたは人類の平和のために、ソ連へF‐14の最新技術の全てを提供するのです」
 ハイネマンはうつろな目をして、女に答えた。
「はい」
 女の正体は、赤軍参謀総長の秘書の一人で、GRU工作員である、ソフィア・ペロフスカヤ。
ロシア皇帝アレクサンドル2世暗殺を首謀した、人民主義者(ナロードニキ)の女暗殺者の名前を用いるESP発現体だった。
 彼女は、ESP発現体に一般的な超感覚的知覚(エスパー)による精神感応(テレパシー)や、予知視能力(プレディクション)を持っていなかった。
その代わりに優れた透視能力(リーディング)観念動力(サイコキネシス)、精神操作を行う事ができる数少ない超能力者だった。
F‐14のデータを得るために、GRUが直々に福井に潜入させていたのだ。

 敦賀に、ソ連領事館があることに疑問を持つ読者も多いであろう。
ここで簡単に作者から、説明を許されたい。
 かつてソ連領事館は、東京、大阪の他に、敦賀、横浜、小樽に存在した。
帝政時代のロシア領事館を引き継ぐ形で、敦賀のソ連領事館は、大正14年に開館した。
場所は福井県敦賀市本町2丁目で、今は日本原子力発電株式会社 敦賀事業本部の建物が立っている。
 なぜ敦賀が選ばれたのか。
敦賀港は、日本海貿易の一大拠点で、古代から国際都市であった。
 先史時代より海運が盛んで、朝鮮半島や支那大陸の玄関口でもあった。
江戸時代には北前船(きたまえぶね)の発着点となり、畿内(関西方面)と蝦夷地(北海道方面)の交易になくてはならない交通の要衝であった。
 近代以降は、鉄道網が整備され、鉄道と船での物資輸送の拠点として栄えた。
1899年以降は、国から開港場(国際港)の指定を受け、ウラジオストックからの直通便が来るようになった。
 そして、人道の港と称される歴史もあった。
1920年代のソ連革命の際のポーランド孤児の上陸地点や、1940年のリトアニアにいたユダヤ人難民の中継地の一つなどである。
日本政府が関わったポーランド孤児の問題や、杉原千畝の命のビザの話は雑多になるので後日改めて話したい。

 さて、ソ連が何故、総領事館をここに置いたか。 
 敦賀が、ウラジオストックやナホトカからほど近いという事情があったからだ。
大量の工作機材や人員を船で速やかに送り込むことができるためであった。
我々の世界では、昭和19年に対ソ情勢悪化を理由に閉鎖された。
 冷戦中、ソ連は日本海側に総領事館の建設を望んでいた。
 ソ連崩壊後の1991年に、新潟へ総領事館を置いている。
設置理由は、ロシア人の個人輸入業者や湾港労働者が新潟港に出入りする為だった。
多くのロシア人湾港労働者に紛れて、対日有害活動をしている拠点と今日では考えられている。

 史実より再び、異界に目を転じてみよう。
 領事館の地下にあるガラス張りの電算室を、外から覗く者たちがいた。
ソ連戦術機技術者のスホーニーと、GRU工作員の男だった。

「それにしても驚いたな。
天才戦術機設計技師として知られていたフランク・ハイネマン博士……
しかも、こんな形でお目にかかれるとは」
「蛇の道は蛇。
スホーイ博士だって国内では権威じゃないですか」
 ハイネマンは一心不乱に図面データを電算機上に書いていた。
当時は三次元CAD・CATIAは存在したが、フランスの航空機メーカー・ダッソーの秘密特許だった。
 1977年に実用化するも、市販される1981年まで一般には流通しなかった。
それゆえ、1960年代に出来たSketchpadでの製図が一般的だった。
「私は熟練の設計技師にしかすぎん。
彼の独創性とアイデアには遠く及ばない……」
 ソ連では、青焼きの図面が一般的だった。
電子計算機の普及が遅れていたこともあるが、最新機器はロシア人の考えにはそぐわない面もあった。
 過酷な環境で暮らすことを余儀なくされたロシア人は、用心深い性格だった。
最新の精密機器の故障は、氷点下20度を下回る環境では死に直結する。
そういう考えの元、開発から15年から20年以上たち問題点が洗い出された技術しか信用しなかったのだ。
「現に3人では1か月はかかろうという設計を1日で完成させようとしている。
凄すぎる」

 ソ連のコンピューター開発は、開発者を管理するKGBの極秘体制が祟って、致命的な遅れが生じていた。
技術的処理をソ連の文献からよりも、西側の科学雑誌から盗作するほうが簡単だという傾向が支配的になっていた。
 この傾向は、ソ連のみならず、衛星国の東独、ルーマニアでも一般的で、大々的なスパイ作戦が実施された。
中ソ対立にあった中共も同様で、早い段階からIBMや関連する企業の中に大規模なスパイ団を抱えていた。
 それは次第に戦術機開発の面にも影響していた。
戦術機は、最新鋭の電算機技術が使われているからである。
 GRU、あるいはソ連にとって、今回の作戦は起死回生の方策の一つであった。
2度目の月面攻略作戦を成功させるには、ESP専用機であるBETA精神探索マシーンが必要であると考えていた。
 敵の思考を知ることが出来れば、彼らを超能力者を使って、催眠術で操作できる。
万策尽きかけようとしていたソ連は、その様なオカルト的な考えに走っていたのだ。
 自慢の核飽和攻撃も、自走砲やロケットによる砲撃も、細かい粒子の舞う月面では効果を発揮しなかったからだ。
補給線も地球から遠い月面では厳しく、特攻隊を送るメリットも少なかったからだ。
故にハイネマンを誘拐して、F‐14のデータを入手し、新型機を作ることとしたのだ。



 マサキたちが福井に向かっている頃、篁亭の周辺で動きがあった。
屋敷を見通せる場所に、黒い目出し帽に黒い服を着た十数名の男たちが集まっていた。

「あの屋敷を見てみな」
 そういって隊長格の男は、双眼鏡を部下に差し出す。
「今回の仕事は、ある女を誘拐して、その女の持っている秘密を盗み出すことだ。
その女は、あの屋敷の主人の妻をしている」
 男の一人が隊長に聞いた。
「その女を誘拐することが、そんなに大変なのか」
 隊長の男は、顔を歪めて答えた。
「その女は、ミラ・ブリッジスといってな、F‐14の開発に携わっていた女だ。
米海軍関連の仕事をしてきた女だが、どういう風の吹き回しか、ゼオライマーの木原に近づいた」
「ゼオライマー?」
 隊長は、大げさに肩をすくめてみせる。
「そうよ、あの憎むべき日本野郎(ヤポーシキ)の超マシンの強化に乗り出した。
それをみすみす逃すことはない。
それにミラ・ブリッジスの技術が木原に渡るとなると、同志議長がお困りだ。
世界平和の邪魔になる……」
 ようやく事態の重大性に気付いた部下たちは、腕を組んで考え始めた。
「それをこっちに取り上げようというのだが……おや?」

 篁亭の前に止まった車に、二人の人物が乗り込むのが見えた。
1人は腰まである長い金髪の若い女で、もう一人は小袖を頭からかぶっていた。
 近代までの貴人女性は、家族以外の人間に顔を晒すことを嫌う慣習があった。
その為、虫の垂れ衣が付いた市女笠や、被衣(かずき)と呼ばれる小袖を頭からかぶる習慣があった。
 我々の世界では、明治以降急速に廃れたが、武家社会が残るこの異界では生きた習慣だった。

「こいつは面白いことになったぞ。
ドイツ野郎(ニメーツキ)のベルンハルトの妹がいる」
 隊長が笑いながら指示を出す。
「こうなったら、ベルンハルト諸共、ミラ・ブリッジスを誘拐しろ……」
 全員が手に持ったVz 61短機関銃のボルトを引く。
「諒解!」 
 

 
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