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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
戦争の陰翳
  隠密作戦 その2

 
前書き
 戦闘シーンを書いていたら、思ったより時間がかかりました。 

 
 穂積たちは、長い渡り廊下を通って、離れに避難していた。 
屋敷の主人である九條を護衛しながら、移動している最中である。
 九条は、不意に立ち止まった。
心配した護衛は、九條に声をかけた。
「いかがなされましたか」
「よい」
 庭の植え込みの方を向くと、暗闇に声をかけた。
「隠れていないで、出てまいれ。
遠慮はいらぬ」
 護衛たちの目は、一斉に庭の方に向いた。
「臆したか。
姿は隠しても、素破(すっぱ)の匂いは、すぐわかる」 
 草むらの中から、長い鍔の中折れ帽を被った男が立ち上がった。
一斉に護衛たちは腰にある刀やピストルに手をかける。
「フハハハハ」
 不意に、季節外れであるトレンチコートを着た男は笑みを浮かべた。
手には、消音器付きのMAC10短機関銃。
「貴様!正気か」
「この九條家の屋敷に、一人で乗り込む馬鹿がどこにいる」
 渡り廊下の上より男の方にピストルを向け、一斉に射撃を開始する。
いくつもの銃口から、赤い線が闇夜を切り裂く。
 鎧衣は、MAC10を引き金を引く。
連射しながら、横に向かって飛んだ。
 射線上から体を右方向に向かって体を移動しながら、何かを投げつけた。
ちょうどその時、護衛の多くはピストルの届く距離に接近しようとして階段を下りる最中だった。
 MK3手投げ弾が、階段の所に飛び込む。
閃光が広がり、爆音が響くと同時に、周囲にいるものの鼓膜を痛めつける。
 護衛の多くは、九條に覆いかぶさるようにして動かなかった。
一瞬の出来事のため、何が起きたか、理解できなかったようだ。
 鎧衣は、続けてM26手榴弾を彼らの方に投げ込む。
手投げ弾は壁に当たると、跳ね返って九條たちの真後ろに落ちる。
 息をのむ瞬間、爆発が生じる。
 その場にいた護衛の3人ほどが、爆風で吹き飛ばされた。
細かいワイヤーが飛び散り、周囲で立っていた人物の体を切り裂く。
「だ、旦那様!」
 手榴弾の破片は、九條の太ももを傷つけていた。
「心配ない、かすり傷だ」
 一方の穂積は、急襲に対して信じられない様子だった。
がくがくと震えながら一人ごちる。
「なんだよ……ま、まさか……」
 これが現実に起こったとは信じられない。
おぞましい悪夢を見ているかのようだった。
 穂積は、手りゅう弾の破片で頬にかすり傷を負っていた。
痛みにすさまじい生汗を滲ませつつ、後悔した。
 ああ、俺は何のために、国を売り、ここまで逃げてきたのか。 
穂積は、胸をかきむしりたい思いだった。
 ソ連人のアターエフは、GRUの工作員と共に一目散に逃げ去っていた。 
警備兵の多くは、事態に混乱し、抵抗の意志をみせなかった。

「旦那様、ここは一旦引き下がりましょう」
 護衛の言葉より先に、穂積は逃げていた。
だが、九條は護衛の提案を断った。
「先に行け」 
 階段に近づくと十数人の男たちが、血まみれになって重なっていた。
鎧衣が顔を向けると、探し求めていたソ連人の姿はない。
 鎧衣が周囲を伺っていると、間もなく彩峰大尉が来た。
顔には疲労の色が見られたことから、何人か斬ってきたのだろう。
「どうした」
「ソ連人の姿が見えない」
「グズグズしていれば、逃げられる。
急ごう」
 鎧衣は、素早くMAC10の弾倉を交換する。
彩峰も、愛用するブローニング・ハイパワーの弾倉に弾を込めた。

「待て、小童ども!」
 九條は、朱塗りの柄のついた長巻きを持っていた。
ちょうど屋敷の奥に通じる渡り廊下の入り口で、通せんぼをする形で立っていた。
「私を斬ってからではないと、先には通さんぞ」
 長巻きとは、室町時代以降に発展した長柄の刀剣である。
3尺の日本刀に、3尺の柄を付けた武器で、主に騎乗する武士が使った。
 似たような形状の薙刀と違って、先反()りが浅く、柄が短かった。
その為、間合いが短く、振り回すよりも勢いをつけて切る方が向いていた。
 長巻きを持った九條が、いきなり斬りかかって来る。
暗がりに空を切る音がして、鎧衣と彩峰は引き下がった。
 問題は九條の身分だった。
五摂家当主で、スパイ事件の首謀者の一人であるから、簡単には傷つけられない。
 彩峰は素早くピストルをしまうと、右手に軍刀を構えた。
九條は、長巻きを煌かせながら、間合いを詰める。
「えぃ!」 
 次の瞬間、九條の持つ長巻きが白い流れとなって、襲い掛かってきた。
同時に、彩峰の軍刀も唸りを上げて、相手に向かった。
 長さがすべてを制する。
長巻きが彩峰の軍刀に当たり、弾き飛ばされた。

 九條は再び長巻きを振り上げようとして、上段の構えを取った。
その刹那、甲高い声が響き渡った。
「彩峰!」
 やや後方から黒い影が押っ取り刀でやって来た。 
無紋の白の着物に、黒の袴姿の御剣であった。
「待て」
 立ち止まって打刀を、腰に(かんぬき)差しにする。
まもなく、鎧衣と彩峰の方を向く。
「わしが、後は引き受けよう」
 鎧衣と彩峰は、一瞬にして御剣の意図を理解した。
彼等は足早に、その場を後にした。
 
「どうしてお前が……」
 御剣は九条に問いかけた。
問いかけながら、腰の刀を抜くタイミングを計っていた。
「何故だ……
日本を裏切れば、どうなるか解っているはず」
 御剣の持つ打刀は、標準的な刃渡りだったので、70センチほどしかなかった。
一方の九條の長巻きは120センチ以上の刃渡りだった。
 柄も含めれば、240センチを超える長巻きとの間合いは、難しかった。
下手に飛び込めば、長巻きによって、切り殺される恐れがあったからだ。
「私はソ連人と同じ夢を追いかけていたのだよ」  
「夢?」
「そう……夢!
夢に殉じなければ、巨大な権力には立ち向かえない」 
 御剣は、腰にさした刀を素早く抜き出す。
九條は、だんだんと間合いを詰めてきた。
 一瞬の出来事だった。
長巻きが振り下ろされるよりも早く、剣を握った御剣が懐に飛び込む。
 賭けだった。
70センチの刃渡りのある打刀は、九條の肺腑をえぐった。
 まもなく九條の動作が止まった。
脾腹に刺さった刀は、生命活動に必要な内臓をことごとく傷つけていた。
 御剣は、九條を助け起こす。
 九條は御剣の腕の中で、意識を失ないかけていた。
一目見ただけで、助からないことが分かるほどの出血量だった。
「御剣、心残りはな……」
 九條は、一瞬意識を取り戻した
血で激しくせき込みながら続けた。
「末の息子の……立派な姿を見れんことだ……」 
 御剣は遺体を横たえると、血に染まった長巻きを九條の手から奪った。
計画を実現させるまで、彼は死ねなかった。



 アターエフは、GRUの工作員と共に、裏庭にあるヘリポートに来ていた。
そこにはソ連製のKa-25艦載ヘリが、メインローターを回して待ち構えている。
「少佐!ここの安全は確保されております。
さあ駆逐艦へ、あちらで同志大佐がお待ちです」 
 GRU工作員たちは、カーゴドアからヘリに乗り込んだ。
まもなくヘリは、大津にある九條亭を後にした。
「同志少佐、災難でしたね」
 GRU工作員の一人が、離陸したヘリの機内でわめいた。 
「まさか木原に襲われるとはな……」
「待機していた部隊の半分がやられました」
「木原は例の作戦は知るまい」
 アターエフは、部下に訊ねた。
「敵の注意を我らに向けておきましたからね。
今頃は、篁もさぞ泡を喰っていることでしょうよ」
「フハハハハ。
木原の奴も、気付いたときにはすべてが終わっているという訳か。
こいつは傑作だ」
 アターエフは相好を崩し、部下から渡されたウイスキーを飲む。
「あの黄色猿め、ソ連を散々コケにしおって。
ざまあみろだ、どんな面をしてるのか、楽しみだわい」
 アターエフは窓から機外を見る。
ヘリは不思議な事に、日本海側ではなく、福井市内に向かっていた。
 ソ連の艦艇から段々と離れていくことに気が付いたアターエフは、慌てた。
「どこへ向かう!」
 ヘリは強引に、福井城跡の公園に着陸した。
福井城跡の本丸部分には、福井県庁、県会議事堂、県警察本部などが設置されている。
その他の大部分は、公園としても整備されている。
「何をしている、ヘリを飛ばせ!」
 アターエフは、トカレフ拳銃をもって叫んだ。
ソ連赤軍の深緑の軍服を着た男が振り返る。
「お前たちにふさわしい場所に届けただけだ」
「誰だ、貴様。ソ連人ではないな」
 件のソ連兵は、ヘルメットを外し、深緑の制服を脱ぎ捨てた。
出てきたのは、薄いカーキ色の日本軍の夏用制服を着た人物だった
「ソ連に恨みを持つ科学者さ」
 男たちは、マサキの登場に度肝を抜かれた。
数名の者が、自動拳銃をマサキに向ける。
 その刹那、飛行帽を被り、革のブルゾンを着た副操縦士も振り返り、MAC10を乱射した。
突然の銃撃に、アターエフたちは伏せる。
 ヘリパイロットの正体は、変装した彩峰と鎧衣だった。
彩峰は元々衛士になる前は陸軍のヘリパイロット出身だったので、なんとかソ連製のヘリを動かせたのだ。
 マサキは口元に凄味を浮かべ、GRU工作員たちを見やった。
「どうした、貴様ら!まるで幽霊でも見たような顔をしおって……
木原マサキは、この通り、ぴんぴんしておるぞ、フハハハハ」
 ロシア人たちは、何か思うところがあったのか。
応対に出た警備の警官に、アターエフたち一行は観念し、あっさり武装解除されてしまった。  
 

 
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