非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第134話『ミラーハウス』
突如として現れた黒フードの男による、目も眩むような虹色の閃光。その光は教室全体を覆い尽くし、そこにいた全員の視界を奪う。
そして少しの時が経って光が収まり、恐る恐る目を開いてみると、そこには──
「何だこれ……鏡?」
まぶたを開いてすぐに、その異常に気づいた。目の前に映る自分の姿。左右も、背後も、頭上も、足元も、全て自分が映っている。
──そう、壁、床、天井と、人以外の見る物全てが鏡のように景色を反射していたのだ。
どうやら先程の発光は、身体に影響を与えるものではなく、あくまで外観を変化させるものだったようだ。しかし不思議なことに、机や椅子、厨房そのものや教室の装飾などは全て忽然と消えてしまっていた。
残されたのは人々と全面鏡張りの世界のみ。窓もなくなり、外の様子はわからない。
「はっ、結月! 大丈夫?!」
「ボクは大丈夫! でもさっきの人がいない!」
「……ホントだ。逃げられた?」
攻撃ではなかったということで、晴登や他の生徒達、一番近くで光を受けた結月ですら無事である。
よって、この事態を引き起こした張本人は発光と共に姿を晦まし、謎だけを残していってしまった。
しかし、数少ないヒントの中で考えられるのは──
「スサノオの襲撃……!」
アーサーから話を聞いた直後だから、最悪の想定をしてしまう。根拠はさっきの男が雨男のような黒いフードを身につけていたから……だけではあるが、晴登はもう確信していた。(雨男にちなんで『鏡男』とでも呼ぼうか。)
もし違ったとしても、原因が魔術とわかっているのなら、魔術部が動かなくてどうする。
「皆さん、落ち着いてください!」
横目で廊下の様子を窺うと、概ね教室と同じように鏡張りになっており、パニックを起こした人達が逃げ惑っていた。
教室の中もざわついており、このままではいけないと思い、晴登は声を上げた。すると、弾かれたように全員が晴登の方を向く。注目されるのは苦手だが、魔術部部長として今できることは……。
「不測の事態が発生しました! 皆さん、教室から出ないでください! 俺が原因を調査してきます! 結月、ここは任せていい?」
「わかった!」
一息で言い切った後、晴登は教室を飛び出した。
待機することもできたが、仮にこれがスサノオの襲撃であればじっとなんてしていられない。まずは学校の様子を探ることにする。
しかし、廊下はごった返す人で大渋滞。おまけにその様子が鏡に無限反射され、前も後ろも、上下の判別すらもままならない。
「まるでミラーハウスだな」
遊園地なんかによくあるアトラクション。今の状況はそれにとても似ている。
違う点を挙げれば、入場している人が多すぎる点とミラーハウスの間取りを知っている点か。
「一旦、人気のない所に……」
廊下にいては埒が明かないので、人混みを掻い潜って廊下の隅に避難する。何とか一人で落ち着ける空間を作った。
「本当に全部鏡なんだな……」
ようやく落ち着いて周りの様子を見てみたが、どこもかしこも鏡、鏡、鏡。この辺には確か窓があったはずだが、それすらも鏡に上書きされてしまっている。
じゃあこの鏡を割れば、外がどうなっているのか見ることができたりするのだろうか。普段なら絶対にやらない不良の行いだが、今が緊急事態であることを免罪符に、ちょっとばかし失礼させてもらう。
「"鎌鼬"!」
周りが誰も見ていないことを確認し、鋭利な風の刃を窓に突き立てる。そして鏡に亀裂が──
「うわぁっ!?」
──入ることはなく、逆に風の刃が飛ぶように弾けたので、びっくりして尻餅をついてしまう。
「は、跳ね返された?」
確かめるために、今度は少し離れた場所から軽く風を放ってみるも、霧散することなく見事に晴登の元にそよ風が届く。
「これ初見だとヤバかったな……」
危うく自分の身体が真っ二つに分断されていたかもしれないという事実に震えつつ、新たな発見をした。
鏡が光を反射する性質を持つというのは言わずもがなだが、例えばこの鏡には『魔術を反射する』という性質があるかもしれない。
「だったら、物理的に……!」
"風の加護"で脚のバネを強化し、思い切り回し蹴りを繰り出してみる。すると今度は確かにひびが入った。
「よし! ……って、あれ?」
ガッツポーズをしたのも束の間、亀裂の入った箇所がみるみる元通りになっていくではないか。もう一度ひびを入れてみるが、結果は同じだった。
「再生ってずるくない?」
どうやらひび程度の損傷ならすぐ元通りになるらしい。ではそれ以上の損傷を与えればどうなるか検証したいところだが、魔術は反射されてしまう上に、人目もあるので晴登にこれ以上の手段はない。
「大人しく他の方法を探すか……」
己の不甲斐なさに肩を落としつつ、晴登は再び駆け出した。
*
人の波に呑まれながらしばらく散策してみたが、わかったことがある。それは、この不思議な現象は学校全体を覆ってしまっているかもしれないということだ。
昇降口や渡り廊下なんかも鏡の壁で封鎖されていたし、屋上に繋がる扉も塞がれていた。つまり、完全に閉じ込められているということだ。
なんてこった。息巻いて教室を出たは良いが、朗報どころか悲報しか見つからない。
どうしたものかと呆然と鏡を見つめると、同じく鏡の向こうの晴登も情けない表情をしていた。今更だが、女装のままだったことを思い出す。
「……意外と可愛い、のか?」
現実逃避ついでにせっかくだから自分の姿をよく見てみると、かなり女装のクオリティが高いことがわかる。こうして様々な角度から見せつけられたら、さすがに意識もしてしまう。くるっと回ってポーズなんか決めちゃって、ついには自分から写真を撮ってみようかと思ってしまったところで──
「あれ、部長さんじゃないですか?」
「何してんだお前……」
「うわぁ!? し、伸太郎!? それに天野さんまで!?」
聞き慣れた声と鏡に映ったその姿で誰が来たのかはすぐにわかった。行動が制限されている中で、すぐに仲間と出会えたのは幸運である。タイミングは最悪だが。
「自分に見惚れるのは勝手だが、状況わかってんのか? どう見たって緊急事態だろ」
「誤解だって! さっきまではちゃんと調べてたんだから! 伸太郎こそ、どうして天野さんと一緒に?」
「それは……」
「うちが誘ったからですよ! 午前中に部長さんが言ってたじゃないですか」
「え? あぁ、そういえば……」
刻が言っているのは、午前中の劇後に晴登達と談笑した時のことだ。その中で、晴登が刻のパートナー候補に伸太郎はどうかと提案した件があったのだが、まさかその日のうちに行動に移すとは思ってもいなかった。行動力は大地といい勝負だろう。
「それで、何かわかったのか」
「うん、魔術師が現れた。この目で見たんだ」
「何!? 詳しく聞かせろ」
伸太郎が話を戻したところで、晴登はすぐに知っていることを全て伝えた。
あの仮説を付け加えると、伸太郎はひどく狼狽する。
「……スサノオの襲撃だと!? 冗談言ってる場合じゃねぇぞ」
「俺も嘘であって欲しいよ。でも可能性はある。あとそいつ、ここの生徒だった。上靴を履いてたんだ」
「おいおいおいおい、じゃあ本当にこの学校にスサノオのスパイがいたってことか? しかも魔術師って……クソっ、どうなってやがる!」
黒いフードで上靴を履いていたからといって、それがスサノオのスパイだと決めつけるのは早計だろう。しかし、スサノオのスパイかはさておき、この学校が既に魔術師の手に落ちていることは紛れもない事実。だったら最悪の場合の見積もりをしておいた方が良い。
「伸太郎、どうしようか? 教室に結月を置いてきたから、一度合流したいんだけど」
「そうだな。力づくで解決するにも、結月の力は不可欠だ。できれば黒木先輩や辻先輩もいて欲しいが……それは高望みか。とにかく、一刻も早くその鏡男とやらを見つけないとな」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 何か決まったみたいですけど、うちはまだ状況を理解してませんよ?!」
「悪いが詳しく説明してる時間はねぇ。今からこの現象を引き起こした張本人を探しに行く。無理についてこなくてもいいが、どうする?」
話がまとまり、行動に移そうとする二人に、話に置いてけぼりだった刻が口を挟む。彼女の意見は最もだが、状況を説明するにはまず魔術とは何たるかから解説しなければならない。晴登が先送りにしていた問題がここにきて影響を及ぼすが、残念ながらここでも見送ることになりそうだ。
「い、行きますよ! こんな所で一人きりは嫌ですからね!」
状況を理解していなくても、一応は魔術部の一員だ。彼女にも同行する権利がある。
結局刻は首を縦に振り、一緒に行動することになった。
*
「何か変だぞ」
「確かに、さっきから全然人がいないね」
教室に戻る道中、違和感に気づく。
教室から出た時とは打って変わって、人の数が減っている……というか、もはやいなくなっていたのだ。文化祭で人が多くなっているはずなのに、誰もいない状況なんてありえるのか。まるで神隠しにでも遭った気分だ。
「何ですか! 急にホラーな話はやめてください!」
「別にそんなつもりは……。というか、天野さんホラー苦手なんだ」
「タネのわからないものを怖いと思うのは当然です!」
実に刻らしい理由の弱点。そういえば昨日お化け屋敷に寄った時は、ずっと優菜の袖を掴んでいたんだった。怖いもの知らずに見える彼女にもちゃんと怖いものがあって安心した。
「話を戻すが、これも鏡男の仕業だったりするのか?」
「わからないけど、たぶんそう。急いで戻ろう」
明らかに目に見える異常に胸騒ぎがする。教室に残してきた結月が心配だ。
鏡張りの階段を跳ぶように駆け上がり、距離感のわからない廊下をいくらか走って、ようやく自分達の教室にたどり着く。
「結月! 無事か!」
「ハルト!」
「良かった……」
そこには、結月はもちろん、晴登が出て行く前にいたメンバーは全員揃っていた。
「安心してる場合じゃないよ! さっきまで大変だったんだから!」
「な、何、どうしたの?」
ほっとしたのも束の間、結月の慌てようが気になる。怒っている訳ではないようだが、いつもより真剣な表情だ。
「ハルトが出て行ってからしばらくして、急に鏡の中から人がわーって出てきたんだ! それで、みんなを鏡の中に引きずり込もうとするから、慌てて撃退したんだよ」
「……ちょっと待って、何だって?」
一発で聞き取ることはできたが、理解が追いつかなくて聞き返してしまった。鏡の中から人が……って、一体何を言ってるんだ。
「だから、鏡の中から人がわーって出てきて──」
「つまり、襲撃にあったってことだろ? 敵は何人だ? どんな奴らだ?」
戸惑う晴登に対して、伸太郎は状況をすぐに飲み込んだ。そして結月に詳細を尋ねる。
「えっと、20人くらいかな? 教室のいた人数と同じ」
「……それはどういうことだ?」
「鏡から出てきたのは、ここにいるみんなと同じ姿をした人達だったんだ。匂いがないからボクには見分けが付いたけど、引き剥がすのが大変だったんだから。ボク自身がいたのもびっくりしたし」
「余計に信じられないんだけど……」
結月の言葉だから信じないという選択肢はないのだが、あまりに現実味がなくて信じるに至れない。
自分と同じ姿をした人が鏡の中から出てきて連れ去ろうとしてきただなんて、こんな非常事態でもなければ夢でも見ているんだと一蹴する方が早い。
「結月ちゃんが言っていることは本当だよ、三浦君!」
「もう凄かったんだから! ずばばばばってやっつけてて!」
「俺なんか何もできなかったよ。負けた……てか正直惚れた」
「その子には本当に助けられました」
「ちょ、ちょっとみんな、照れるよ……」
しかし、教室に残っていた人達が証人となり、結月の話を裏付ける。ここまで言われたとあっては、さすがに信じざるを得なかった。
「とりあえず、みんなを守ってくれてありがとう」
「えへへ。でもごめん、廊下にいる人達までは守れなかった」
「なるほど、だから人がいなくなってたのか」
教室にいるみんなを守ってくれた結月を褒めると、彼女はさっき以上に破顔する。
一方で、教室の外にいた人達は守れなかったことを気にしているようだが、むしろ咄嗟の事態によく対処できた方だろう。さすがである。
まさか、伸太郎と話し込んでる間にこんなことになっていようとは。全然気づかなかった。晴登達が狙われなかったのは偶然だろうか。
「さて、どう思う? 伸太郎」
「人間の複製……普通じゃありえない話だ。でも鏡の中から出てきたって言うなら、鏡に映ったものがコピーされて出てきたって見方はできる」
「"反射"に"複製"……厄介な能力だね」
「それだけじゃない。『鏡の中から出てきた』って言ったろ。奴らにとって、鏡は移動手段なのかもしれない」
鏡の中に入って移動する力。漫画で見たことある力だが、確かにそれなら鏡男やみんなが急に姿を晦ましたのも納得できる。もしかすると、今この瞬間にも鏡の中から出てくるかもしれない。
「ただ、わかんねぇな」
「何が?」
「さっきの話だと、複製体は本体を連れ去ろうとしたってことだろ? そして現に連れ去られた奴もいる。一体何の目的があるんだ?」
「誘拐とか?」
「それにしてはいなくなった人数が多すぎる。そんな馬鹿な真似はしないと思いたいが……」
仮に『大量誘拐』が目的だとすれば、もはや世紀の大事件である。いくら魔術界隈に仇なす存在とはいえ、そんな野性的な策を取るとは思えない。
しかし、他に理由が思い付かない。もしかして、敵をスサノオと仮定しているところから間違っているのだろうか。実は外国のマフィアとか……。
「何にせよ、いなくなった人達を探さないと」
「当てはあるのか?」
「鏡男に直接訊く……とか?」
「それはリスクが高い。俺もさっきまでそれが最善だと思ってたが、状況が変わった。"鏡移動"で逃げ回る上に、"反射"に加えて"複製"なんてされたら戦力でも絶対敵わない。奴と接敵するのはむしろ避けるべきだ」
「じゃあどうするの?」
「鏡男を介さずに連れ去られた人達が見つかるならそれが最善だが、戦闘が避けられないなら作戦が必要だ。そのためにも、何でもいいから情報が欲しい」
焦る晴登を伸太郎が制す。確かにこんなことをしでかしておいて、鏡男がわざわざ姿を見せるとは考えにくい。姿を見せたとして、容易に口を割るとも思えない。
「かと言って、出方を窺って色々手遅れになるのもマズい。やっぱり黒木先輩の機転と辻先輩の刀が必要か……」
最終的に鏡男と戦闘になることを見据え、伸太郎は戦力を集める方針のようだ。
昨日のアーサーみたいに味方の魔術師が偶然ここを訪れてくれれば良かったのだが、そんなうまい話はない。だが、策は授けてもらっている。
「そういえば、監視役の人がいるって」
アーサーが言うには、日城中学校の外部から監視を行ってくれる人が既にいるらしい。その人物とコンタクトを取れれば、魔術連盟に応援を要請することも可能なはずだ。
「どうにかして外と連絡が取れれば……」
「でも電話が繋がらないって誰か言ってたよ?」
「え、そうなの?」
「電波が阻害されてるのかもな。魔術で閉じ込めてるならそれくらいはできるだろ」
打開に繋がると思った策は早くもお蔵入り。こちらの不手際というよりは、相手の用意周到さに脱帽だ。完全に相手の手の中に閉じ込められている。万事休すなのか──
「──見つけた、晴登!」
「うわ、大地! どうしたの!?」
全員が考え込む中、晴登を呼ぶ大声が割って入る。声の方を見ると、こちらに向かって大地が走ってきていた。かなり慌てているようで、晴登の元にたどり着くなり、汗を拭うよりも先に晴登の肩を掴む。
「どうしよう晴登、優菜ちゃんが……鏡に吸い込まれちまった!」
「何だって……!」
──急がないと、本当に手遅れになってしまう。
後書き
まだまだ残暑が厳しい時期ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。どうも波羅月です。いや、ホントに、暑い。
おいおい、いつもより更新が早いんじゃねぇのか!?
前回の更新日を覚えている方はすぐに気づかれたかと思います。いやね、僕も成長してますからね。執筆速度だって上がって……る訳じゃないんですよね。
簡単なトリックです。元々書いていた内容の三分の一を次回に回しただけです。なので、文量が三分の二になり、執筆時間も三分の二で済んだと。いやそれでも文量が多いんだけど。
最近文字数のインフレが加速しまくってて、そのせいで更新が遅れているといっても過言ではなかったですからね。なので文字数を減らして更新を早めるという策を取っていこうと思います(今更)。とりあえず5000文字くらいで……。
っと、気づいたらもう後書きがこんなに埋まってしまいました。ストーリーについては、結局黒フードの魔術師は誰なんやとでも思って頂ければ。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回をお楽しみに! では!
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