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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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八十五 息子と娘

 
前書き
ナルトが四代目火影に対し、むちゃくちゃ厳しいし冷たいです。
ご注意ください!



 

 
忌まわしき檻。我が身を封じる牢獄。
憎悪を撒き散らしていた九尾はその光景を目の当たりにして、一瞬、怒りを忘れた。


宿主の深層世界すら揺れ動かすほどの振動。その凄まじい衝撃を腹に受けた四代目火影が崩れ落ちる。
苦悶の表情で倒れ伏せた憎き対象を冷ややかに見下ろすナルトの顔を、九尾は柱の合間から垣間見た。


「立てよ、この程度で済むわけがないだろう」

問答無用で四代目火影の腹を殴ったナルトの冷たい眼差しに、あの九尾でさえゾクゾクとした寒気を覚える。
気圧されてしまう。


足元に広がる灼熱の地獄の如き真っ赤な水面に佇むナルトと四代目火影。
そっくりな相貌でありながら、片や怒りを抑え込むあまり表情を失くした息子と。
片や突然の息子からの仕打ちに戸惑いを隠せずに腰をついて彼を見上げる父親を。
九尾は呆然とした面持ちで眺めた。


「…すまない。とりあえず今はこれで、溜飲を下げてくれないか──九喇嘛」

父親に対する態度とは打って変わって、多少やわらかな声音で話しかけられ、九尾はハッ、と我に返る。
今しがたナルトが殴ったその一撃だけで四代目火影への恨みが消えるわけもないが、目の前の展開にさしもの九尾もついていけず、驚愕で怒りが引っ込んでしまう。
思わず頷くと「ありがとう」と九尾に対しては穏やかだったその眼差しが、四代目火影を前にすると一変した。

「…本気でやったらこんなものじゃすまないぞ。さっさと立てよクソ親父」



実際、ナルトは手加減していた。
本気で殴ったのであれば、ナルの封印式に組み込まれた四代目火影のチャクラの一部など、塵も残さず掻き消えている。

彼にはまだ、ナルの九尾の封印を組み直す仕事がある。ここで消えてもらうわけにはいかない。


この深層世界の宿主であるナル自身は意識を刈り取られている。
宿主であるにもかかわらず気絶させられている彼女を庇うようにして、四代目火影を睨んでいたナルトは、おもむろに口を開いた。


「……アンタには時間がないから単刀直入に訊く」

ナルの封印式に組み込んだ一部のチャクラでは、己がこの場に滞在できる時間は残り少ない。
僅かの時間しか留まれない事実を看破している息子に内心舌を巻きながら、四代目火影──波風ミナトはようやっと立ち上がった。


ギラギラ、と己を見据えるその眼光の鋭さに尻込みする。
それでも父親として臆せずに対峙したミナトへ、ナルトは吼えた。


「……何故、…ッ、」


ずっと心の奥で燻ぶっていたソレを、血反吐を吐くかのようにぶちまける。











「何故、母さんを俺の中に封じた…!?」



その叫びは今現在、九尾化して我を忘れた波風ナルの慟哭よりも深く、重い嘆きだった。



「答えろ────四代目火影!!」





















泣き腫らした顔のアマルが、自来也と大蛇丸へ戻ってくる。
痛々しかったが、どうやらナルトの説得に応じたらしい。

ふたりで何を話していたのか定かではないが、大蛇丸の近くにおずおずと寄ってきた彼女を見るに、どうやら納得した様子だった。

ナルトの指示に従い、大蛇丸と共に木ノ葉の里へ向かう意志を感じ取り、自来也が目配せする。
ナルトには『木ノ葉崩し』での借りがある為、大蛇丸も渋々頷いた。


アマルが戻ってきてからすぐに、三忍ふたりは異変に気づく。ナルトが術を解いたからだ。
真実の光景を目の当たりにして、彼らは戸惑った。


地形が変わっている。
木々が薙ぎ倒され、地面は掘り返され、明らかに何かの戦闘の余波を受けたかのような惨状が周りに広がっていた。
更には遠目に口寄せ蛙の巨体が転がっているではないか。


見覚えのありすぎる蛙に、自来也の顔が険しくなっていく。
巨大蛙の横転に、地形が変わっている大地、何かから逃げるように飛び立つ鳥達。
いずれも、発生源は木ノ葉の里からだ。



自来也も大蛇丸も一度対峙したからわかる。
自来也は修行中に。
そして大蛇丸は天地橋で対立した際に。


九尾のチャクラ。その膨大さに圧倒される。
これほどのチャクラが漏れているということは封印は解かれたのか。
ナルは九尾化してしまっているのか。


疑問は尽きないが、なにより、何故、これほどの異変に気づけなかったのか。
仮にも三忍である自分達が、と内心己自身を叱咤するふたりには事実、何の罪もない。


あるとしたら、ナルトが原因だ。


ナルトとアマルとの会話は数分にも満たないと、自来也と大蛇丸は思っている。
いや、思い込まされていた。

実際はナルトの結界の術で時間も周囲の風景も認識阻害されており、木ノ葉の里の異変に勘づかれないようにされていたのだ。故に、彼らが異変に気づけたのはナルトが既にこの場から立ち去った後のこと。

ナルトの思惑通りに足止めされていた大蛇丸と自来也は先を急ぐ。
それさえもナルトの掌で踊らされているとも知らず。













「…ッ、大蛇丸!?」
「自来也様!?生きてらっしゃったんですか!」


木ノ葉の里へ向かう自来也・大蛇丸・アマル。
彼らと同じく木ノ葉の里の異変に気づいて急ぎ里へ帰還しようとしていた忍び達が鉢合わせする。

里外の任務にあたっていたガイ率いるネジ・テンテン・リー。
そして波風ナルの封印術が破かれて、解放された九尾の尾の数が手のひらに現れたことに焦ったヤマト。
いずれも急いで木ノ葉の里へ向かっていた面々は里に辿り着く前に、偶然にも遭遇した。


自来也はいい。むしろ喜ばしいことだ。
死んだと思っていた三忍のひとりが帰ってきたのだから。

だが問題は大蛇丸だ。


里の抜け忍で大罪人である彼の登場に、ガイ班の四人は戸惑い困惑する。
一方、同じく動揺したヤマトだが、彼はすぐさま戦闘態勢に入った。

九尾が解放されただけでも厄介なのに大蛇丸まで乱入すれば火に油を注ぐよりも酷い結果になるのは明らか。
なんとしても此処で食い止めれば。


木ノ葉の里を目前にして、この場は混沌を極めた。

大蛇丸と敵対する彼らをどう説得すべきか、と自来也は頭を悩ませる。
三竦み状態となってしまったこの場をどう脱するべきか悩む彼は、こうなるように仕組んだ黒幕を知らない。


その正体が先ほど邂逅したナルトだということを。



ナルトは自らが自来也と大蛇丸の足止め役になっただけではない。
ヤマトと里外の任務にあたっていたガイ班の存在がすぐ傍にあることに気づいた彼は、彼らをも利用したのである。

ガイ率いるネジ・テンテン・リーが木ノ葉の里へ向かうルート。
封印術が解かれたことに気づいたヤマトが木ノ葉の里へ駆けつけるルート。
そして認識阻害の術を解いたことで里の異変に気づいた自来也・大蛇丸・アマルが通るであろうルート。

その三点が交わるルートを考え、鉢合わせするように仕向けたのだ。
更に、自来也と大蛇丸が里へ辿り着く直前に再び足止めされるように。

この場が三つ巴になったのは偶然ではない。
必然だ。


ただすぐ傍にいたからというだけで、三忍が木ノ葉の里へ向かうのを阻止する為に、何も知らない忍びを使う。
同じ木ノ葉の忍び同士でお互いに時間稼ぎをしてもらう。

波風ナルを英雄に仕立て上げる為だけに裏工作を仕込んでおいた張本人は、この三つ巴の場にはいない。



もう一つの目的を果たす為に、望まぬ再会を果たしていた。
そう──亡き実の父親との対面を。




























「答えろ────四代目火影」


少しばかり落ち着きを取り戻し、冷静さを装う。
それでも同じ問いを再度投げかける息子から眼を離さずに、ミナトは暫く黙っていた。
やがて瞳を閉じ、代わりに口を開く。


「母親が息子へ伝えられるモノには、父親である俺は太刀打ちできない…だから、」
「ならば猶更、ナルに封じればよかったんだ!いや、そもそも…」

一瞬、チラリと牢獄内の九尾へ気遣わしげな視線を投げてから、ナルトは激昂する。


「この呼び名は使いたくないが…何故、ナルを人柱力にした!?何故、俺にしなかったんだ!?」
「…それは、」

口籠った四代目火影に畳みかけるように、ナルトは糾弾する。


「俺なんかよりも、母さんのチャクラはナルに封じるべきだった…!そうすれば…ッ、」

そこから先の言葉を、ナルトは口に出さなかった。いや、出せなかった。
代わりに、実の亡き父親を冷然と睨み据える。


取り付く島もない様子の我が子を見て、暫し呆然としていたミナトは戸惑いつつも言葉を選ぶ。
しかしながら良い言葉が思い浮かばず、話題を変えてしまった。

だがそれは、九尾の怒りの火に油を注いだだけだった。


「…さっきから口にしている“くらま”というのは九尾の名かい?」
『貴様如きが軽々しくその名を呼ぶな…ッ』

グルルルルと唸り声と共に再び憎悪を撒き散らす九尾を背景に、ナルトは逆に落ち着きを取り戻す。
大きく息を吐いて冷静になろうと努めたが、やはり依然として刺々しい物言いだった。


「……アンタは九喇嘛の恨みも憎しみも何もわかっていない。それなのに化け物扱いするその神経が気に食わない」

牢獄内で四代目火影への憎悪を募らせ、呪詛を吐いていた九尾が、ナルトの一言で押し黙る。
瞠目し、ナルトへ視線を投げる九尾をチラリと横目で見遣ってから、ミナトは伏し目がちに苦笑した。


「…そうか…子どものお前に辛い思いばかりさせてしまったオレが…今更、父親面して謝るのも違うかな…」
「…その謝罪は、ナルにそっくりそのまま伝えろ」


この会話を聞かれたくないばかりにナルを気絶させた張本人は、溢れ出る感情を抑え込み、極めて落ち着いた姿勢で父親に向き合った。本題に入る。

「アンタへの恨み言は数えきれないほどある…だがナルの為に力を尽くすというなら…俺への謝罪は無くていい」


わかっているのだ。ナルトとてわかっているのだ。
これはただの自分のエゴ。八つ当たりであることを。

それでも責めずにはいられない。


波風ナルを人柱力にした罪。母であるクシナのチャクラをナルではなくナルトに封じた罪。
そして────。



「九喇嘛。すまないが預からせてもらう」

牢獄にて親子の一方的な口論を怪訝な顔で黙って眺めていた九尾は、突然了承を求めてきたナルトに戸惑う。
同じく動揺しているミナトを前に、ナルトは先ほど四代目火影の腹を問答無用で殴った己の拳を見下ろした。


アレは、私怨で意味もなく殴ったのではない。
無論、恨みもあったが、それよりも父親の腹に施されているソレに用があった。

波風ナルの封印式に細工してある四代目火影のチャクラは、九尾化の八本目の尾まで封印が解放されなければ接触できない。だから不本意ながらナルの九尾化を黙認した。
四代目火影のチャクラの一部がナルの意識に現れるその僅かな隙を、ナルトは狙った。


それこそが今回のナルトの目的。
故に、望まぬ再会を果たしてまで、接触したのだ。



亡くなった四代目火影が命懸けで己に施した【屍鬼封尽】。
その術で道連れにした九喇嘛の片割れ。



九尾の半身を貰い受ける、その為に。


「────陰チャクラを頂く」











「……どうしてそれを、」


呆然。
九尾の半分のチャクラと共に心中した己の死因を何故か知っている我が子に動揺を隠せない。

「ナルト…おまえは、」

そこで言葉を切って、ミナトは視線を泳がせる。
そうして二番目のナルトの詰問の答えを改めて口にした。


「ナルに九尾のチャクラを半分残して封印したのは、この力を使いこなすと信じていたからだ…オレの娘なら、と」
「…ならば何故、残りの半分を俺に封じなかった?陰チャクラは俺に封じれば良かっただろう」
「……………」



ミナトは九尾の霊体を二分した。
九尾の心である陰チャクラと、魂である陽チャクラと。
そして魂である陽チャクラをナルに封じ、切り取った九尾の心である陰チャクラは己の身に封印した。


邪悪な感情・考え・性格などとは基本的に“心”に宿るものである。
だからミナトは、我が子が九尾の悪しき心に染められるのを怖れた。
故に、陽チャクラを産まれたばかりのナルのへそに封じ、残りの悪しき心である陰チャクラは自らが道連れにしたのだ。


へその尾を切ったばかりの赤子であるナルよりも先に産まれた兄のほうにはタイムラグがあった。
だから九尾をナルに、残り少ないクシナのチャクラを兄に封じた。

父親としての親心のつもりだった。
陰チャクラを封じなかったことも。母親のチャクラを息子の中に残したことも。
だがそれは息子にとっては裏目に出たらしい。



「…この俺が陰チャクラの影響に染められるとでも?」

だがミナトの親心を、ナルトはせせら嗤った。


「そんなモノ、とっくに地獄を味わっているこの身には痛くも痒くもない」

そうして、四代目火影の腹を殴った時に既に手に入れた【屍鬼封尽】の術の名残を、自身の腹に封印式として施す。
何をしようとしているのか察して、ミナトは眼を見張った。


「やめろ…!第一、封印したオレの肉体はとうに朽ちている。それにたとえ【穢土転生】でもこの身は口寄せされない!九尾の陰チャクラを手に入れることなど、」
「何事にも少しの綻びがあれば、抜け道はある。それに俺は───」


既に亡くなっている人間の、それもチャクラの一部だが、けれど繋がりはある。
その術の抜け道に綻びを入れ、その僅かな隙間から封印を解除する。
そう、封じられていた九尾の陰チャクラを。

「神と名のつくモノは大嫌いでね…────【八卦封印】」


【屍鬼封尽】とは、封印した者とされた者の魂が共に死神に喰われ、喰われた魂は決して成仏することはなく、死神の腹の中で永遠に争い続けるという禁術だ。
故に浄土とは違う、死神の腹の中に魂がある為、この禁術で死んだ者を【穢土転生】で蘇らせることも不可能。

だが、その離れ業をナルトはあっさりやってのけた。
九尾の半身を己の内に封じる。
そうして息子は父親に、何でもないように言い放った。


「だから死神の腹を探るくらい、なんでもないとも」




















「────ナルト。なにがあった?」


これほどの力・技術・経験値。
あり得ない。この歳でその領域に足を踏み込んでいる我が子を、ミナトは信じられない面持ちで見つめた。


既に歴代の火影を超えていると言っても過言ではない。
だからこそ、どうやってその力を身に着けたのか。


「おまえの身になにが、」
「────時間だ」



だが父親の当然の疑問を、息子は断ち切った。
それよりも、と視線を促す。気絶している娘がそろそろ目覚めそうな兆しを感じ取り、ミナトは困惑顔でナルトを見返した。


「妹に会っていかないのかい?」
「……彼女は俺が兄だとは知らない」


まさかの事実に、今度こそ四代目火影は言葉を失った。

どうして、と尽きない疑問。
言葉に出さずとも父親の声なき問い掛けに、ナルトは当然気づいていたが、あえて無視した。だから仕方なく、ミナトは口に出して息子に問う。


「…ナルに自分のことを話していかないの?」
「その時は、三代目火影の命はないと思え」


だが四代目火影の質問に対し、ナルトは冷酷非道な答えを返す。
眼を見張るミナトを横目に、どこか達観している息子は淡々と言葉を紡いだ。


「俺に関する記憶を消したのは、三代目火影だ。自力で思い出すならともかく、他者の口添えで思い出した場合、術者の命を危険に晒す……禁術の怖ろしさはアンタがその身を以ってよく知っているだろう」

つまりそれは暗に、ミナトがナルに、ナルトが実の兄であると告げればどうなるかを脅している。

実際は他者が話しても何の問題もない。
だがナルトは嘘をついた。今はまだ話す時ではない。
それに話すのならば他者ではなく自分の口から伝えたかった。
四代目火影がいない、その時に相応しい場面で。


波風ナルの封印式に己のチャクラの一部を細工して仕込んでいた為に、ナルの中から外の状況を把握していた四代目火影は困惑した。


三代目火影はナルの意識では“木ノ葉崩し”で死んだはずだ。
だがナルトの言い分では生きている。

どういうことだ、と動揺する父親に対し、ナルトは何も言わない。仏心も出さない。
ただ、静かに告げるのみだ。


「人の記憶を操作するなんて烏滸がましいと思わないか」

その忠告は、ナルト自身にも向けられていた。








その一言を最後に、ナルトは踵を返す。
もう用はないとばかりに立ち去る息子の背中に、ミナトは手を伸ばした。
だが、足元で眼を醒ましかける娘を放っておいてはいけなかった。


それにナルトの言う通り、もう己に残されている時間はなかった。
早くナルの九尾の封印式を組み直さなければならない。











目覚めたナルの困惑顔を見て、ミナトは彼女を立ち上がらせる。
戸惑いつつも、自分を父親だと信じてくれた娘は、息子とは違って素直だった。

だからこそ、脳裏に過ぎる息子の顔を思い出しながら、ミナトは口を開く。


「ナル…落ち着いて聞いてほしい」


息子とそっくりで違う、青い蒼い双眸。
その瞳を覗き込みながら、四代目火影は意を決して言葉を紡いだ。






「君は、君には…────」 
 

 
後書き


九尾の陰チャクラに関しては捏造気味です。

また【屍鬼封尽】を解除する方法をナルトはなんでもないようにやってのけていますが、実際には割腹してすぐに医療忍術で治癒するという裏技を使っています。他にも色々条件があるけどそこはナルトなので…ご容赦を。
四代目火影の前では絶対に弱みを見せたくないので、なんでもないように振る舞ってますが…

九尾の陰チャクラを頂く~って場面で次回へ持ちこそうかと思ったけど、つい四代目火影との対談まで書き切ってしまいました。
次回もよろしくお願いします…!!

 
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