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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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八十六 元祖・猪鹿蝶

空に浮かぶ漆黒の球体。
【地縛天星】に封じ込めたはずの存在が獣から人の姿へと形作ってゆく。

その様を目の当たりにしたペイン天道は無表情の裏で感服した。

「大した奴だ…まさか【地縛天星】まで…」


九尾の力がどれほどのものか確認しておきたかった。
だが、九尾化から自力で元に戻ってゆくのを見る限り、既に制することができるというのか。

九尾化が解けて、人の姿で金髪をなびかせる波風ナルを見上げていたペイン天道は、直後、動きを止める。
本体である長門が咳き込んだからだ。

術が乱れ、【地縛天星】が空中分解してゆく。
空から墜ちる漆黒の球体に乗っていたナルは異変に逸早く気づくと、慌てて地上へ降り立った。

天から降り注ぐ星の名残りが岩となって、荒地を岩場へ変えてゆく。
墜落した星の影響で砂煙が立ち上る中、体力を持ち直した長門はペイン天道の眼を通して、対象を捜した。

瓦解した星の一部だった岩の上。
砂煙の向こうに佇む人影を見つけ、【輪廻眼】を細める。


(…仙人モードに入ったか…)

己の師である自来也と同じ、目尻に引かれた紅の色を認めて、ペイン天道は改めて戦闘態勢に入る。





一方、ナルは九尾化して我を忘れた自分を悔いていた。
彼女が正気に戻れたのは、ひとえに己の深層世界で父親と名乗った四代目火影のおかげ。


今までナルはひとりだった。
今でこそ幼馴染・友達・仲間に恵まれたが、幼少期は家族という存在に憧れていた。
だがそれはナルにとっては遠い存在で。
だからこそ自分にも両親がいたという当たり前の現実なんて考えたこともなかった。
しかもそれが里の英雄であり、憧れの火影だったなんて。


到底信じられないが、良くも悪くも素直でまっすぐな彼女はすぐに四代目火影の話を信じた。
もっとも、子どもの頃、大変な目にあった恨みを晴らすべく、勢い余って一発殴ったのはちょっとばかり申し訳なかったが。

だがその渾身の一撃を「…軽いな」とあっさり言ってのけた父親に対しては、不服半分、流石火影だと感嘆半分である。
誰かと比較するような物言いでもあったが、四代目火影はそれから、ナルの九尾の封印を組み直してくれた。

そうして一瞬、なにかを言いたげに視線を彷徨わせたが、結局、彼は何も言わずに。
ただ一言、大事な娘の瞳をまっすぐに見据えて、告げてくれたその言葉が。

ナルにとってはなによりも、嬉しかった。



「…オレのこと、信じてるって…」


ぐっと拳を握り締める。後悔も反省も後回しだ。


「…オレのこと、信じてるって言ってくれた…」


幼少の頃からずっと憧れていた。
火影になって里の皆を見返してやる、とその一心で頑張ってきた。

その憧れの火影が自分の実の父親で。
そうしてその火影が信じると言ってくれた。
だから──。



「オレを信じてる父ちゃんの為にも…」

目の前の敵を睨み据える。
ペイン天道の瞳の向こう側にいる本体を見据えながら、波風ナルは仙人モードで構えた。










「そろそろ決着をつけよう…」


近づいてくるペイン天道。
木ノ葉の里で彼に一度捕まった時に提示された問題が、ナルの脳裏に過る。

忍びの世界は憎しみに支配されている。
平和をつくるなら憎しみとどう向き合うか。


「おまえを倒して本体のもとへ行く…!」

ナルの言葉に虚を突かれたかのようにペイン天道は一瞬、歩みを止めた。


「ほう…本体に気づいたか。だが答えを持たぬお前如きが…今さら何を語っても何も変わらん…」

取りつく島もないペイン天道に、やはり道は譲ってくれないか、とナルは双眸を閉ざす。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、ペイン天道は冷やかに一蹴した。

「──諦めろ」


けれどその一言を耳にした途端、目尻に紅を引いた双眸が開眼する。
その眼力の強さに、一瞬、ペイン天道は気圧された。


「オレが諦めるのを───」

四代目火影から結局、兄のことを何も伝えられぬまま。
けれど父のたった一言で勇気を貰ったナルはペイン天道との最後の決着をつけるべく、戦闘に再び身を投じた。


「───諦めろってばよっ!」



答えを見つける為に。
そしてペイン天道を操る本体と直接話をする為に。


































眼が醒めると、目の前に泣きそうな美少女がいた。
否、白がいた。


女性と見間違うほど美しく成長した青年が泣きそうな表情で懸命に自分の名を呼んでいる。
朦朧とする頭で、女性と見間違えたなどと言ったら怒られてしまうな、とそんなことを呑気に考えた。

「ナ…ト…ナル…ト…ナルトくん…ッ!!」


途切れ途切れにしか聞こえなかった音声がようやく形になる。ようやっとまともに反応し始めた聴覚に、ナルトは浅い息を整えながら、口を開いた。


「……おはよう…」
「……ッ、ナルトくん…っ」

呑気な挨拶で応えたナルトに、ほっと胸を撫で下ろした白の悲壮感漂う顔が途端に崩れる。
泣き笑いのような表情で抱きついた白は、直後、「くる…し」というナルトの呟きに弾かれるように飛び退いた。

慌てて謝罪する白を宥めながら、ナルトは己の腹を見下ろす。
白の氷遁の術だろう。
氷漬けにされることで出血を食い止められている腹部が見えて、ナルトは苦笑した。



「…てめえ、急に自分の腹をかっ捌くのやめろ」

腕組みをしながら、傍らの柱に背を向けていた再不斬が呆れ顔で苦言を呈する。
「白を心配させるんじゃねぇ」とナルトの頭を軽く叩いた再不斬に、白が悲鳴染みた声で「再不斬さん…っ」と逆に叱った。


「ナルトくんは重傷なんですよ…!まだ傷口が…」
「へいへい。おいナルト。早く白を黙らせろ」

再不斬に促され、ナルトはようやく顔につけていた死神のお面を取っ払うと、己の腹に手を翳す。
しゅうしゅう…と医療忍術で切り裂いた腹の傷口を治療すると同時に、凍っていた箇所が溶けてゆく。
治癒するにつれ溶けた氷が熱を伴い、蒸気を立ち上らせた。

やがて白の氷遁の術が解けると共に、ナルトの腹部の傷口もすっかり消えて無くなる。
止血してくれていた白に礼を述べるナルトを見ながら、再不斬は呆れ顔を浮かべた。


「おまえ、いきなり自らの腹をかっ捌くとか正気の沙汰じゃねェぞ」
「そうだな。狂ってしまえば楽だったろうな」


なんでもないように平然と苦笑するナルトの心からの言葉に、「…そういう意味じゃねェよ」と再不斬は肩を竦めた。

「だいたい、おまえ、しばらく木ノ葉の里に近づかないんじゃなかったのか」



以前、ナルトはあの場所に近づきすぎたことで身体に不調をきたした。
五代目火影である綱手に前以て『暁』がくると忠告した際、南賀ノ川の下流に建っている、あの神社に。
普段人を頼らないナルトが再不斬に助けを求めたことからも、かなり切迫した状態だった。
だから、迎えに来た再不斬がナルトの顔色を見て、しばらくは木ノ葉に近寄らずに既に話を通しておいた新生“暁”メンバーに一任するよう判断したのだ。


にもかかわらず、またしても木ノ葉の里に程近いこの場所で無茶をするナルトに、再不斬が文句のひとつでも言いたくなるのは仕方のないことであった。



「第一、ペイン六道とやらは人柱…」
「…………」

ギロリ、とナルトに視線で黙らされて、再不斬は口を噤む。
ナルトの嫌いな『人柱力』という呼び方をつい言いそうになった彼はお手上げといった風情で両手をあげた。


「ま、そいつらが鎮圧したんだろ。おまえの出る幕はもう無いと思っていたんだがな」
「……そうしたいのは山々だったんだけどね」

気を取り直して言葉を続ける再不斬の言い分はわかる。
だがナルトは望まぬ再会をしなければならなかった。



波風ナルの九尾化が進んだ時にだけ彼女の意識下に現れる存在──四代目火影。
彼が封印する九尾の片割れを手に入れる為に。

だが肝心の九尾の陰チャクラは、自らを【屍鬼封尽】で死神の腹のうちに封じた四代目火影の中だ。
故に死神の腹を裂き、【屍鬼封尽】の封印を解く必要があった。

だからこそ木ノ葉の里のはずれにあるうずまき一族の納面堂に来たのだ。
死神の面を見つけ、そのままペインと戦闘中の波風ナルの姿を捜す。

ペイン天道が【地縛天星】の術を使うことをナルトは読んでいた。
九尾捕獲の為の技であるコレは強力ではあるが、かなり目立つ。

空中に浮かぶ漆黒の球体を、里のはずれにあるこの納面堂からもすぐに見つけることができた。
更に、対象を捕らえる術ならその対象の位置を把握するのも容易い。
遠く離れた場所でも狙いは定まりやすかった。
本来は山中一族にしか扱えぬ秘伝忍術と、そしてこの片目の“写輪眼”を以って。


こうしてナルトは、ナルの深層世界へ自分の意識を飛ばすことができたのだ。

もっともその間は己の身は無防備になる。
だから再不斬と白を呼びだして、自分が四代目火影と対面している間、近辺を監視してもらっていた。

何故なら、うずまき一族のこの納面堂の場所を、あの大蛇丸ならば知っているかもしれないからだ。
あの情報通である彼を今この時だけはこの御堂に近づけさせるわけにはいかなかった。
だからこそアマルを責任もって木ノ葉の里へ保護するよう命じておきながら、自来也共々、里へ近づけないよう幾重にも足止めを仕掛けておいたのである。



【屍鬼封尽】の封印解除。
その方法をあの大蛇丸なら知り得る可能性があるからだ。
この術は死神を己に憑依させ、自が人柱になる必要がある。
つまりどう足掻いても解除する人間は死ぬしかない。
大蛇丸のように脱皮するか、或いは──。



「……いくらナルトくんが医療忍術に長けているとは言え、無意識下で傷を速攻で治すだなんて無茶すぎます…っ」


みるみるうちに切り裂いた腹が治ってゆくのを見ながらも、心配そうに白はナルトの身体を診る。

波風ナルの深層世界では平然と死神の腹を探って九尾の陰チャクラを手に入れていたが、現実ではきちんとした手順を踏んで【屍鬼封尽】の封印を解除し、四代目火影から陰チャクラを引き摺り出したナルトは、今一度、白に謝罪した。

「出血を食い止めてくれて感謝するよ、白」


既に完治しているナルトの身体を診て、ようやく肩の力を抜いた白がそれでも心配そうな視線を向けてくる。
その視線を受けて苦笑したナルトは再不斬と白を交互に見遣った。


「すこし、疲れた。しばらく休むから外の監視をまた、お願いできるかな?」
「…っ、はいっ!もちろんです」


嬉しそうにすぐさま返事した白に引っ張られた再不斬は、なにか言いたげだったが、ナルトにひらひらと手を振られると、観念して溜息をついた。

納面堂の外へ連れられ、白と共に監視についた再不斬は、肩越しに御堂の扉の隙間を振り返る。
外した死神の面を片手に、片膝立てて座り込むナルトが双眸を閉ざしている姿が垣間見えた。




「ナルトくん、少しでも眠れたら良いんですが…」

ナルトに休息をとってもらえるのが嬉しいのか、先ほどとは打って変わって機嫌が良い白とは対照的に、再不斬は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「…アイツが満足に眠れた姿なんざ今まで見たことがねェよ」



かつて一尾の人柱力は、我が身に封印された一尾の脅威から、眠れることができず、目の下に濃い隈があった。
今は随分マシになったと風の噂で聞くが、ナルトは違う。

子どもの頃の我愛羅の比ではない。幻術で常に隠しているだけで身体はとうに限界を迎えている。
辛うじて瀬戸際で正気の糸にしがみついているだけの哀れな子どもだ。

それでもボロボロの身体を駆使して生き永らえているのはひとえに、“夢”を叶える為だ。
再不斬にとっては賭けでもあるソレは、人にとっては当たり前の、ささやかな、なんでもない夢。



「…ナルトくんは僕の神様ですから。こうして休息をつくる機会があるなら僕はなんだってします」

不機嫌そうに押し黙っている再不斬の隣で、暇を持て余した白がなんでもないように告げる。
冗談のようだが本心からの言葉に、再不斬はつい口を挟んだ。

「その呼び方、アイツの前ではやめとけよ」


相棒のよしみで、ナルトを神様と呼ぶ白に一言、指摘する。
ナルトと一番古い付き合いの再不斬は、どうせ眠っておらずこの会話も聞かれていると重々承知で、忠告してやった。



「アイツは『神サマ』とやらが大嫌いだからな」





























──みつけた。


チャクラの逆探知。
ペイン天道を倒し、彼が受信していた黒の杭を使って本体の居場所を特定した波風ナルは、休む暇もなく、木から木へと飛び移っていた。


「──ナルっ」

やがて後方の木々から自分を呼ぶ声がして、振り返る。
奈良シカク・山中いのいち・秋道チョウザの三人が、呼び止めたナルの無事な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

「…おっちゃん達…」


シカマルの父であるシカク、いのの父であるいのいち、そしてチョウジの父であるチョウザ。
幼馴染の父親が勢揃いしているのを見て、ナルは疲労が滲んだ笑顔を微かに浮かべた。

「無事だったんだってばね…よかった…」


酷く疲れた顔をしているのに、先に自分達三人の無事を喜ぶナルに、一瞬、いのいちは言葉に詰まったが、すぐに気を取り直して詰問した。


「おまえがここにいるってことは、六人目のペインに勝ったってことか!?」

しかしいのいちの問いを、ナルは無言で返した。
何かあった様子のナルを見て、シカクは眉を顰める。



ペインが木ノ葉の里を襲撃して里は壊滅状態だが、その危機的状況をどうにか打破しようと、知恵を絞りあった結果、彼らもまた、ペイン本体が別の場所にいることを突き止めたのだ。
今はその場所目掛けて、ペイン探索隊として動ける者だけが向かっていた矢先に、ナルと出くわしたのである。


「…とにかくオレってばこれからペインの本体のところへ行く…」
「ペイン本体の居場所を知ってるのか…!?」

驚くチョウザに、ナルはなんでもないように「仙人モードで見つけた」と頷いた。


「だけど皆は来ないでくれ…オレひとりで行きたいんだってばよ」

ナルの言葉に困惑する山中いのいちと秋道チョウザの隣で、シカクだけは無言を貫いていた。
やがて、口を開く。


「すまんな、ナル」


直後、ナルの動きが止まる。
微塵も自由に動かせなくなった見覚えのある術に、ナルの眼が驚きで見開いた。



「忍びである前に、俺は父親だったようでな…」

ペイン天道と戦い、倒れたシカマルの姿が脳裏にくっきりと残っている。
医療忍者が治療しているらしいが、とても治せる状態じゃないとシカクは息子と同じ聡明な頭脳で理解したくなくとも理解していた。


「息子を殺した相手を許せるほど忍びになりきれてないんだよ」

シカマルが息を吹き返したとは知らないシカクは、ナルの足元の影を自身の影で繋ぎ止める。
ナルの動きを止めたその術は、彼女もよく知る術。

シカマルが【影真似の術】と呼んでいる、奈良一族秘伝の【影縛りの術】。


「ひとりで行かせるわけにはいかねぇ…どうしても行くってんなら、」

奈良一族の当主であり、シカマルの父親である奈良シカクは、単身、敵の居場所へ向かおうとする無謀な子どもの影を我が身の影で縫い付けた。


「俺らを倒してからにしてもらおうか」









シカマルの父である奈良シカク・いのの父である山中いのいち・チョウジの父である秋道チョウザ。
突如として立ちはだかる元祖・猪鹿蝶を前に、波風ナルは途方に暮れたかのように立ち尽くした。 
 

 
後書き
前回の答え合わせ。


そして四代目火影はやっぱり兄のことを妹には言えませんでした…三代目火影の命にかかわると言われたらねどうしてもね…
(ナルトがそうするよう仕向けたんですが)

次回もどうぞよろしくお願いいたします! 
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