Fate/WizarDragonknight
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袋小路
「待て! 一之瀬!」
もうこのセリフをコウスケが叫ぶのは何度目だろうか。
ようやく足を止めたちづるは、息を荒げながらコウスケを睨んでいる。
幸か不幸か、彼女が逃げた先は袋小路。繁華街から少し離れた場所に位置しているので、周囲に人は比較的少ない。
「な……何で、追いかけてくるの……!」
ちづるはトートバックから眼鏡を取り出しながら毒づく。
眼鏡をかけた、ただそれだけの動作なのに、コウスケの目の前の女性は、さっきまでの息を呑む美人から、コウスケも知る大学の同級生の顔に様変わりしていた。
「ああ……その……悪かったな。デート中に」
「……フン」
明らかに印象を悪くしたなと反省しながら、コウスケは息を整える。
ちづるはコウスケを睨みながら、乱れた服装を正そうとしていた。
「いきなり何なのよ……付け回し来て」
「緊急で聞きてえことがあってだな……」
「はあ?」
彼女のその顔は、明らかに大した繋がりもない大学の同級生への疑惑に満ちていた。
「ああ……立ち話も何だし、店入るか? 奢るぜ」
「いい。さっさと要件を言いなさいよ。さっきのお客さんに謝らなくちゃいけないのよこっちは」
苛立ったちづるは急かす。
何て説明すればいいか、とコウスケが考えを巡らせていると、響がコウスケを押しのけて口を開いた。
「あのッ! お姉さんは参加者なんですか?」
「参加者? 何の?」
「響お前少しは言葉を選べ!」
ストレートな響の口を後ろから抑えながら、コウスケはちづるの様子を見る。
「参加者? ねえ多田君、何なのこの子……?」
徐々に彼女の警戒する目が、コウスケではなく響へ移っていく。
「ああ、コイツは……なんつーか、色々あって一緒にいる親戚の子だ」
「ふうん……」
響の内情には興味なく、さしも警戒だけは残したまま。
ちづるは「それで?」と、口にするが、それよりも先に響がコウスケの拘束を解く。
「ねえ、お姉さんッ! コウスケさんからは一之瀬って苗字だと聞いてたけど、本当は水原さんって言うんだねッ!」
「バカおま響! 話をややこしくするんじゃね……」
「わたし、立花響ッ! 十八歳ッ!」
「聞いてない。いいからさっさと要件言って終わらせて。参加者って何?」
「ああ、それは……」
響の口を噤みながら、コウスケがようやく本題に入れると安心したのも束の間。
突如コウスケの資格情報に入って来たその異常から、一瞬動きが留まった。
「蝶……蝶ッ!?」
「いけないッ!」
コウスケと響が同時に叫ぶ。
響がちづるの肩を掴み引き寄せるのと同時に、コウスケがダイスサーベルを手にして、蝶を切り裂く。
ちづるが、コウスケが切り裂いた羽の残骸を見上げると。
それは、小さく爆発。
だが響の体が盾となり、ちづるへは被害はなかった。
「響! 大丈夫か? 一之瀬は?」
「へいきへっちゃらッ! ちづるさんも平気だよッ!」
「何……? 今の……?」
小さいながらも爆発という異常事象に、ちづるは顔を真っ青にしている。
彼女の無事に安堵したコウスケと響は、互いに顔を見合わせた。
「ねえコウスケさん……さっきの蝶……」
「ああ。ハルトから聞いた情報通りなら……」
そして、二人の予感は的中してしまう。
狭い袋小路に、一頭、また一頭とその数が増えていく。袋小路から夕焼け空が見えなくなるほどの大群に発展した蝶の渦の中より、黒い脚線美が現れた。
「ふむ……何やら参加者の臭いがするなあ」
それは、タキシード姿の男性だった。自らのボディラインを前面に押し出した服装をしており、もし美脚でなければ見るに堪えない服装だっただろう。その顔は蝶の仮面で覆われており、より一層の外見の異質さを際立たせている。
「蝶の形をした変態仮面……」
「てことは、あの人がハルトさんが言ってた見学者ッ! 名前は確か……」
「ああ、パピヨンだ!」
聖杯戦争へ興味を持ち、様々な参加者へ接触を試みているらしい人物、パピヨン。
パピヨンは指を振る。
「ノンノン。パピ♡ヨン。もっと愛を込めて呼んでくれ」
パピヨンは指を振りながら、コウスケと響を見下ろす。
「君たちのことは聞き及んでいるよ。ビースト、そしてランサー。とくにランサーは、ムー大陸の脅威からこの見滝原を救った英雄だそうだね」
パピヨンはそのまま、共にいるちづるへも目をやる。
「ほう……君も参加者なのかい?」
パピヨンはちづるへも視線を投げる。
「君のことは初めて見たが、なるほど。では、早速、お手合わせ願おうか?」
パピヨンが告げる。すると、彼の手には紫の蝶が留まった。
「! 一之瀬逃げろ!」
コウスケが叫ぶがもう遅い。
すでに、別の蝶が、ちづるのすぐ近くへ移動していたのだ。
パピヨンはパチンと指を鳴らし。
「ニアデス・パピネス」
蝶が爆発。
人間の反応速度を超える爆発に、コウスケは吹き飛ばされる。
すでに大きく地面を抉ったその勢いは果たして生身の人間が耐えられる威力だとは思えない。
だが。
背中だけ一瞬シンフォギアを顕現させた響が盾となっていた。
響は少しだけ体が痛めつけられていたが、ちづるには外傷は見られない。
「響!」
「へいきへっちゃらッ! ちづるさん、大丈夫?」
「あ……あ……」
爆発のダメージから逃れることが出来たちづるは、ぱくぱくと口を動かしている。
先ほどの小さな爆発とは比ではない。
本当に命を奪いかねない威力に、ちづるは顔を蒼白にしていた。
「な、何が起こってるの……?」
「おや。どうした? こういう時は、令呪を使ってサーヴァントを召喚するのだろう?」
パピヨンは唇を舐めずりながら呟く。
「さあ、君がフロストノヴァのマスターなら、今すぐ彼女を呼びたまえ」
「フロス……何?」
「彼女はこの前私と巡り合ったんだ。もう話は聞いているのだろう?」
「な、何のこと……?」
「おい待てパピヨン! まだ、一之瀬がマスターだって決まったわけじゃ……」
「ん? マスターとサーヴァントが揃って追跡しているんだ。彼女が参加者だからこその行動ではないのかい?」
「オレたちがいたから参加者だって断定したのか? いくら何でもそりゃ早計すぎんだろ!」
「ちょっと待ちなさい!」
叫んだちづる。
異能の力を持つ者たちの真ん中で立ち上った彼女は、何かが壊れたかのように怒鳴り散らす。
「参加者って何よ! 何かと誤解してんじゃないの!?」
吹っ切れたちづるが、涙を浮かべながら叫んだ。
誤解。
その言葉に、コウスケと響は顔を見合わせる。
「一之瀬、ちょっと悪ィ!」
「な、何よ!?」
コウスケはちづるの抗議も聞かず、彼女の手の甲を確認する。
それぞれ軽くネイルなどで彩られた手だったが、その手の甲はいたって健康な血色が見られる。
「令呪がない……」
「それってつまり、ちづるさんはマスター……参加者じゃないってこと?」
「なんてこった……」
コウスケは頭を抑える。
ちづるはコウスケの手を振り払い、自らの手首を抑える。
「なんなの、手に何もないといけないわけ?」
「何だ、ただの誤解だったのか?」
パピヨンは額に手を当てながらやれやれと頭を振った。
「全く……参加者探しにも苦労するね……まあ、見られたからには……食うか」
パピヨンの目が、途端に捕食者のものとなる。
伸ばされた彼の手が、ちづるへ伸びる。
何を行おうとしているかは分からない。ただ、コウスケの野獣の本能が、あれが危険だと判断していた。
「変身!」
コウスケは右手を突き上げる。
腕を回転させるプロセスを省略し、即座にビーストドライバーのスロットに装填。
『セット オープン』
同時に、飛び掛かってきたパピヨンと取っ組み合い、地面を転がる。
ビーストとなり、パピヨンと同時に立ち上る。
「やるってんなら容赦しねえぞ!」
「喜んで。聖杯戦争の一環として、参加前に殺し合おうじゃないか」
パピヨンはそう言って、その背中に蝶の翼を顕現させる。
危険性を感じたビーストは、手を伸ばしながら響へ頼む。
「……響! 一之瀬を安全な所へ!」
「うんッ! ちづるさん、早く逃げようッ!」
「待って! え、多田くん、その姿は何?」
「ああ……すまん! 今日見たことは全部忘れてくれ!」
「忘れてって……ちょっと!」
だが、ちづるのそれ以上の文句を受け付ける余裕はない。
響が彼女の背中を押し出し、袋小路から外へ連れ出そうとしている。
しかし。
「逃がさないよ」
指をパチンと鳴らすパピヨン。
すると、蝶たちが袋小路の出口を塞ぐ壁となる。
「ッ!」
「俺は参加者と戦えるなら何だっていい。ランサー、君も例外ではない」
パピヨンは両手を組む。すると、細身の彼に蝶が集まっていく。
すると、その背中に蝶の羽が顕現する。
その美しさに一瞬ビーストは息を呑むが、すぐに首を振る。
「どうせ戦うんなら、参加者になってからにすればよくねえか? 第一、そんなに参加者にまでなって叶えたい願いとかあんのか?」
「さあね?」
パピヨンは答えない。
「これといった願いも無さそうな君も似たようなものだろう?」
「あー、オレの場合は、大発見してえって願いを、どうせ聖杯が早合点しちまったんだろうよ。魔力がある分、迷惑な話だぜ」
「ふうん……それはそれは」
パピヨンはにたりと笑みを浮かべる。
「さあ、始めようか!」
蝶たちはパピヨンの指令によって群れを成しながらビーストへ迫ってくる。
「蝶だったら鳥には食われるだろ!」
『ファルコ ゴー ファ ファ ファ ファルコ』
ビーストは右手に付け替えた指輪をビーストドライバーのスロットに装填。すると、オレンジの魔法陣が出現し、それへビーストは手を伸ばす。
すると、魔法陣が通過し、ビーストの右肩にはハヤブサを象るパーツとマントが取り付けられた。そのままビーストは、ダイスサーベルに仕組まれた回転機構を作動。
『5 ファルコ セイバーストライク』
出目の数だけ出現したオレンジの魔法陣。
そこから出現した五体のオレンジのハヤブサたちは、蝶を次々に捕食していく。
「まだ終わりではない!」
だが、パピヨンが繰り出す蝶はまだまだ底が知れない。
「ふむ……」
「何度やっても無駄だぜ!」
『3 ファルコ セイバーストライク』
もう一度振られるダイスサーベル。同じく飛び立つハヤブサたちが、それぞれ蝶たちを食らい尽くす。だが今度はその数は少なく、打ち漏らしが非常に多い。
「美しく……散れ」
パチンと指を鳴らすパピヨン。
その通りに、蝶たちはビーストへ接触するたびに爆発を繰り返していく。
大きく吹き飛ぶビーストは、そのまま地を転がった。
「コウスケさんッ!」
「まだ平気だ!」
ビーストは起き上がり、ハヤブサの指輪を交換する。
『ドルフィン ゴー ド ド ド ドルフィン』
回復能力を秘めたイルカの魔法。
右肩のオブジェがイルカと入れ替わり、そのマントを振るう。すると、紫の魔力がビーストの体を瞬時に治癒していく。
「ほう……お前も中々多彩な能力者ということか」
「古の魔法使いって名目だ。それなりに魔法は使えるぜ」
ビーストはそう言いながら、ダイスサーベルのダイスを回す。
そして、イルカの指輪で止まった出目は。
『2 ドルフィン セイバーストライク』
ダイスサーベルより召喚された二体のイルカが、壁の中を遊泳しながら、蝶たちを爆発していく。
トドメとばかりに、空中で浮遊するパピヨンへ、イルカたちは攻撃を行う。見事に蝶の羽を撃ち抜き、パピヨンはバランスを崩して落下していく。
「ほう……」
だが、身を翻して袋小路側に着地したパピヨンは、ビーストへ不気味な笑みを向けた。
「やるではないか」
「生憎、オレはハルトほど優しくねえからな。敵対するなら、そもそも容赦しねえ」
「へえ……」
睨み合うビーストとパピヨン。
やがて、次の動きに移ろうとするが。
「きゃあああああああああああああああああああああああっ!」
突如、その動きはちづるの悲鳴によって遮られる。
振り返れば、すでに白と黄色の武装、シンフォギアを身に纏った響がちづるを背にしながら、無数の敵と対峙している。
無数の敵。だがそれは、パピヨンが召喚した蝶ではない。
「あれは……!」
それは、首のない体。
人間らしきものから、明らかに人外の異形までバリエーション豊かだが、その全てに置いて共通するのは、その首がないということ。
「我流・撃槍衝打ッ!」
黄色いエネルギーを放つ響の拳。それは、数体のゾンビたちを瞬時に灰燼に帰す。
それによって開いた空間より、コツコツと足音が聞こえてきた。
「あら。やるじゃない」
その可愛らしい声には聞き覚えがあった。
パピヨンにダイスサーベルを向けたまま、ビーストは振り返る。
「アウラ……!」
ネクロマンサーのサーヴァント、アウラ。
昨日と同じく黒い奇妙な服装を着用した彼女は、ほとんど無表情と断言できるような顔つきでビーストを睨んでいた。
「あら。ビースト、先日ぶりね。そこの黄色いのはサーヴァントかしら?」
ガラスのように何も見ていないような目が、響を捉える。
響はちづるを庇うように手を伸ばしながらアウラへ叫んだ。
「立花響ッ! 十八歳ッ! 誕生日は九月の十三日で血液型はO型ッ! 身長はこないだの測定で160センチッ! 体重は……ッもう少し仲良くなったら教えてあげるッ! 趣味は人助けで好きなものはごはん&ごはんッ! あとは……」
「いいわよ。うるさいサーヴァントじゃない」
アウラは響の自己紹介を手で制した。
「そう言えば、こういうのが人間の行う自己紹介だったわね……なら、私もした方がよさそうじゃない?」
アウラは鼻を鳴らす。
手にした天秤を揺らしながら、彼女は告げる。
「魔王直属幹部、七崩賢が一人、断頭台のアウラ。どうぞ、これから永遠によろしく」
そして、彼女の天秤が緩やかに光を灯す。
それはだんだんと広がり、彼女の足元のアスファルトに亀裂が走っていく。やがて地の底より這い出てくるのは、やはり今しがた響が倒したものと同列のゾンビたち。
「そしてこれは、私の今の配下たち。今日からあなたも、この中の一員になってもらおうじゃない」
「……」
目を大きく見開いた響は、怯えるちづるを背中に回す。
「ほう……自らは前線には立たず、使い魔を主力に戦う参加者もいるのか……美しさはともかく、なるほど合理的だ」
パピヨンは「ふむ」と顎をしゃくりながら、指を指す。
すると、アウラの付近へ蝶が忍び寄る。それには当然アウラも目で気付いているが。
「面白い能力じゃない」
そう告げるアウラの前には、首のない肉塊が盾となり、蝶の爆発を引き受けていた。
粉々に消滅したアウラの下僕へそれ以上関心を示すことのないアウラは、背後に並ぶ首なしの者たちを一瞥する。
「元々いた世界よりは少ないけど、この世界で私が従えた僕たちよ。聖杯戦争の参加者も、大したことないのね」
アウラは鼻で笑いながら、すぐそばの遺体の体を天秤で撫でる。
「それじゃあ、あの遺体は……」
「参加者、なの……?」
響もまた、ビーストと同じく目を丸くしている。
アウラの下僕たちが、それぞれの動きで歩こうとするたびに、ちづるが悲鳴を上げている。
「何なのあれ……首のない……死体……? ゾンビ?」
「……響。一之瀬を最優先で安全なところに連れていけるか?」
「ごめん、難しいかも」
響が逃げようとする先には、すでにアウラが立ちふさがっている。袋小路側のパピヨンは、すでに蝶の翼を再展開しており、どちらに逃げようにも分が悪い。
ちづるを挟み込むように、ビーストと響は背中合わせになりながら、ビーストは思った。
今日の教授の手伝いは、ハルト一人に任せようと。
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