帝国兵となってしまった。
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寝るだけでついたような有り難みのないイスパニア首都マドリッドーリの脱出を終えて、イルドアの麗しの街につく。ちゃんと電信を送っていただけあって、文句はなかったようだが人だかりができていた。なぜだ?
水上機をしっかりとアプローチをして停止させるとストロボを焚かれて写真を撮られる。
近くにいた記者に問いかける。
「何だこの騒ぎは。教えてくれないか?」
要約すると彼らはネタ切れのところにダキアで有名になった憲兵のあだ名される俺が来ると聞いてネタがないから記事にするために寄ってきたということらしい。一瞬、ダキアのことがもう伝わっているのかと思ったがそうではないらしく、帝国に帰るために列車に乗らないといけないと伝えたが、最後に馬に跨った写真だけ撮らさせてくれとすがりつかれて写真を撮る羽目にはなり、それが終わると蜘蛛の子を散らすようにみんないなくなった。現金な連中だ。
フランソワの首都ぐらいにきれいな街並みであり、ラムネ色にも見える海が彩る景色は圧巻であるなどと思うのは置いといて、タクシーを拾って、駅に入るとそう言えば何も食べてなかったのを思い出して腹が減った。
汽車自体がおくれてるらしくまだまだ待ち時間は長い。美食の国に来ているから列車が来るまでは問題なかろうと駅内のイルドア人が発音にこだわるカフェではなくカッフェに入った。そこで軽食を頼むと出てきたのはレバーペーストなどのトラメッツィーニとチーズとサラミを挟んだサンドに付け合せにポテトチップスと岩塩が振ってあり、レモン果汁の爽やかな匂いもする。
しっかりと食事にワインが付き、更にデザートにチーズとブラッドオレンジの素材のままの一皿が出てきたがまだ満たされない。カプレーゼやマルゲリータを頼もうとするが店員から「しらない。」この一点張りでそうかないんだなと思ったがないなら作ればいいよな。材料を指示して作らせるのを決めると久しぶりの料理に心が躍る。これでも高校はファミレス、大学は昼間はピザ屋で夜はバーも兼ねるという謎の店で働いていたから身についたものはある。
妹が金使いすぎて飯が食べれなくなったときに食べるものを作るためによく一緒に買い物も行ってたよな。あいつ無茶苦茶だったが今生きてるんだろうか?米すら炊けないし、大丈夫かな?まぁ、なんとかするだろう。俺だってなんとかしてるしな。
そしてカプレーゼとマルゲリータを作らせるとちょうど汽車が来たからホームへ向かう。マルゲリータだけを紙包んで持っていく。特定の材料や概念を伝えれば大抵の人はこうなのだなと勝手に作ってくれる。馬鹿じゃないからみんなやってくれるのだ。やはり、多くの場合、人は素晴らしいよなと思いながら、新聞を手にすると未だに新聞はイスパニア事変を書いておらず、華やかなイスパニア軍の観艦式と式典に揃った軍人たちを写真に乗せているが帽子的に陸軍だ。
観艦式に大量の陸軍がいるのを見るに、観艦式を理由にフランコもどきがいるとするならば陸軍を集めて、各個撃破されないように集結させたと見て間違いはない。
カルターニアなどはそれをある程度知っていたから義勇軍や新兵を集めていたのだろう。どちらにしても海底ケーブルは反乱軍やカタルーニアが握っているのだから中央政府の不利は揺るがない。
それに海峡をこの軍事行動で抑えたのは反乱軍だ。海軍にも仲間がいるのならば反乱軍が海軍を制圧したと言っても過言ではない。
作ったマルゲリータが冷めきらない内に食べきると寝る。よく食べてよく眠るのが一番だ。
「ピッタリだな。」
これをやると大体が最寄り駅で目を覚ます。起き上がると帝都を進む。辻タクシーを捕まえて中央参謀本部ではなく皇帝の住まう宮殿に向かう。文官の全権大使であるエルトマンからの書簡は軍よりも宮殿なのだ。それに軍に報告しないことでこれ以上余計な出世もしなくて済むに違いない。俺は出世より、敗者になって忘れられたいのだ。英雄なんてガラじゃないし、分の悪い賭けは好きじゃないのさ。
「止まれ!臭いな何だお前‥‥あなたはバークマン将軍の!だとしても許可はもらっているのでしょうか!」
衛兵に止められるが彼らは近衛兵なのでバークマンの部下に当たる。だから、俺を見るなりビビっている。ならいけるな。
「私は書簡を預かってきた!通してもらおう!」
そういう俺に顔を見合わせてから覚悟を決めた様子でこちらに向き直る兵士を見て、これは断る気だなとわかり、相手より早く発言をする。
「君たちが断ろうとも私はイスパニア駐在の全権大使の命令で来ている!君たちが断ろうとしてるのは全権大使に対する干犯行為であり、私は軍の命令で全権大使に従うことになっているのだから、君らがやってることは統帥権への干犯にもなる!更に、全権大使に逆らうのならば陛下の人事に対するこれは陛下に対する大逆だ!今なら、不問にするから避けなさい。もっと大義を、大局をみたまえ!君は兵士だろう?」
そう言うと通り抜けようとし手前に進んだが衛兵たちは何もしなかった。勢いで適当なことを言ってるだけなのに大丈夫か?この国。
中庭を見るとおそらく皇帝陛下と見られる男性とバークマンだと思われる男性がお茶会をしている。これは古狸の悪巧みなお茶会ではないのか?と思ったがバークマンは皇帝陛下の副官として2回出征に出て、信頼をされたことにより近衛軍になったらしいので単なる世間話なのかもしれない。自ら走って歩み出る。
「フリードリヒ・デニーキン・フォン・ジシュカ少佐であります。無礼を承知でお目通りを致します。お二方。に伝令があります。」
いきなり出てきた俺に護衛が叩き出そうとするがそれを止めたのはバークマンでもなく、皇帝陛下であろうその人であった。
「何者かは知らぬが何のようだ。この世界に冠たる帝国の皇帝陛下と知っての狼藉ならば聞くことぐらいはしてやろう。」
鷹揚さと寛大さを見せつけるような動作になるほどと思った。
こちらも恭しくエルトマンからの書簡を献上する。皇帝陛下はそれをバークマンに渡した。
「なんとこれは‥‥陛下!」
バークマンはそれを読み上げようとしてやめて、皇帝陛下に渡した。なんて書いてあるのかは知らないがエルトマンのことだ。当たり障りのないことを書いたに違いない。
「なんと!破廉恥な!バークマン、これは大変だぞ。伝えるために来たのだ。ジシュカだったか、バークマンから報告は聞いている。」
バークマンが皇帝陛下の意志を汲み取ったのか手紙の中身を見せてくれた。まさにそれは‥‥。
鬼気迫る描写に人々の意志などを書いた短時間で書いたとは思えないほどの文章で文才をヒシヒシと感じさせている。あのおっさん、外交官辞めて作家や詩人になったほうがいいんじゃないのか?正しく共産主義と多様な反乱軍に囲まれた男性を描ききってる名文だった。
可哀想にそう、悲痛な文章に彼らは信じ切ってしまったのだ。色んな国の貴族は伏魔殿と言うが帝国貴族は合理的なのが多く、純粋に騎士英雄譚のロマンに酔いしれてしまうのも多いのだろう。であるならば仕方がないことだ。合理的なロマンチスト程に怖いものはない。
「バークマン。帝国民救済にまた、お前の軍は動かせるか?」
皇帝陛下の言葉はこの国では重いのだがバークマンは「無理です。」と言った。
皇帝は目を鋭くするがすぐに理由を察したようで黙った。ダキアのときとは違い、イスパニアと帝国の間にはフランソワ共和国という農業国が産む軍事力を持った列強がいる。そして、軍事通行権はくれないだろうから、ドードーバード海峡を通り進軍と補給をするしかないが、そうなると連合王国や共和国は邪魔をするだろう。
共和国は分からないが連合王国は大陸が混乱するのを見ると興奮する生き物で、なおかつそれを愛とか言い切るボンドルドより度し難い生き物なのだ。全身が紅茶で出来てヤード・ポンド法を使う奴らは違う。世界に包囲されても世界が連合王国から孤立したとか言い出すのだ。あそこまで行けば連合王国なりの強がりなのだがそれを押し通すのが彼らの存在なのだ。
「陛下‥‥。申し訳ありません。しかし、私には思いつきませんが若い才がここにおります。そして、今一番イスパニアに詳しいのです。彼に発言を許しましょう。なぁ、ジシュカ少佐。いや、全権大使の手紙によると中佐かな?」
ふざけんなよバークマン、どうすればいいかなんか知らんよ。そもそも、内戦を手伝おうが共和国の後背地に同盟国なんかできないはずだぞ。地理的に連合王国はそれを許さないだろう。
それが起きれば帝国は覇権国家になるからな。しかし、何かを言わなくてはならない。
「僭越ながら私が思うに帝国ではなければ良いのではありませんか?」
誰だって、そう思ってることを言ってみる。当たり障りのないことだ。
「ほう、続けてみよ。」
皇帝が食いついたが当たり前のことをいっただけだぞ。そんなことを言われても。うん?帝国じゃなければいい?
「例えば、例えばなのですが現在庇護下に入っていると言って過言ではないダキアが、そう自主的にイスパニアの混乱を治めに行くとすれば形式上は問題ないはずです。よく、連合王国が使う手ですが、我々帝国は一切感知していないという形で。それにダキアの思惑として、この一年で近代化させた軍の演習として外征を選んだとか言っておけばキャロル公の評判ではありえるかと存じ上げます。」
実質的な従属国のダキアがそれを許すわけがないから俺の知恵の勝ちだな。これで、なにも帝国は出来ないはずだ。
「バークマン、この案は良い事の様に感じるがどう思うか忌憚のない意見を述べよ。」
待てよ、バークマンに聞くな!そいつならいいかねん。
「陛下、私も今同じことを考えていたところです。ダキア軍が遠い友邦の国民を救うために出征した。このような話は民も好きです。当然、私も好みです。まるで騎士物語だ。それに両国の友好にもつながるでしょう。献身的な救済、帝国民の好きな言葉です。中世の騎士にも連なる美談でしょう。」
いや、まて、その流れだと俺がそれに行くことにならないか?なんかおかしいよなそれ。皇帝も乗り気なようで騎士物語のあたりから目を輝かせていた。おかしいよこの国。議会はどうした!議会は。
「また、僭越ながら。ダキアを帝国議会は止めれませんが帝国軍人は止められますこちらはどうするのでしょうか?イスパニアに対する遠征を議会が認めるとは思いません。」
それを聞いたところでバークマンはニヤリと笑った。嫌な予感しかしないぞ!
「ダキアが近代化の為に帝国軍人を雇い入れたことにすればいい。それこそ、連合王国がよくやってるやり口だ。ジシュカ中佐わかっているだろう?それに出向するときは階級が高くなるものだ。エルトマンと共に帝国が臣民を守るやり方を話し合ったのではないかね?」
知らないんで、なんで行くこと確定みたく言うんですか?頼みの綱の皇帝陛下はというと「なんと!深い考えがあったものなのだな。」などと関心をしている様子で止めはしない。どこで間違ったんだ?
「いえ、そんなことは。」
俺が答えようとすると皇帝が俺の発言を手で止めた。
「その謙遜は行き過ぎだ。戯れにもならん。」
バークマン!お前のせいでなんか皇帝陛下が勘違いされてるぞ!ふざけんなよな、なんで俺は知ってるみたいな顔をするんだ皇帝陛下は!印象操作がすぎるぞバークマン。
その後はあまり記憶がないが、俺の宝珠で記録していた反乱軍の警官隊に対する暴行や政府軍の検閲と称する略奪や荒れ果てた教会や真っ直ぐな田畑など、双方のおぞましい姿を帝国は大々的に宣伝するという事になったがやるのは双方に各国が乗ってから公開するらしい。特に貴族と思われる夫婦から政府軍が金品を剥ぎ取る姿は帝国の上層部に衝撃とロマノフスキーに対するルーシーに重なったらしくとてつもない憎悪を口にする軍人もいた。
かくして、俺はダキア送りからのイスパニア送りとなる。ふざけんなよ流刑地じゃないんだよ。なんで俺ばっかり前線に行く羽目に‥‥。
悩みながら出立をする前に、中央参謀本部でレルゲンに出会った。レルゲンは俺を見ると驚いたようで、次に近寄ってきて「健闘を祈る中佐殿。」と言ってきて去っていた。
いきなりなんだよもう、いきなりが山程になりすぎてもはや必然的である。存在Xがいけないんだろうな!
だが、過ぎたことは仕方がないことだ。悲しいがダキアに向かう鉄道に思いを馳せるしかなかった。
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