邪教、引き継ぎます
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第三章
20.最後の巨人族
「この祠はキミたちの会議室でも相談所でもないんだけど?」
魔術師フォル、謎の青年タクト、バーサーカーの少女シェーラの三名をテーブルに座らせたロンダルキアの祠の少女・ミグアは、ため息まじりにそう言った。
「すみません。私は人間の軍事のことがよくわからなくて。私とタクトさんを除くと、ロンダルキアにいる人間はミグアさんだけです。ご迷惑なのは重々承知ではありますが、ミグアさんはそのような分野にも詳しそうでしたので」
「こいつの相談に乗ってあげてくれ。オレもアークデーモンのオッサンも人間のことはよくわからないからな」
「そうそう。今相談に乗ってくれたらもれなく信者服と仮面を一組差し上げるよ」
「要らないから」
フォルとタクトは、白い少女の「どっちがどっちなのかわかりづらい」という指摘により、仮面を外していた。表情や姿勢は両者対照的で、フォルは恐縮した顔で姿勢を正して座っており、タクトは片肘をテーブルの上に載せながら面白そうな顔をしている。
ふだん行動を共にしている老アークデーモン・ヒースについては、祠の小さな扉を通ることができないため、今回は同行しないことになっている。
「予想される今後の人間側の出方と、それに対する準備、か」
少女が大きなマフラーを直し、フォルの相談内容を復唱した。
「はい。ローレシアとサマルトリアの軍が明日にも大挙してここに押し寄せてくるのではないかと、心配なのです」
「……」
「あれ、私何かおかしなこと言ってます?」
「キミらが順調に行けばいずれはあると思うけど、すぐはないね」
「そうなんですか?」
「戦争って、とにかくお金かかる。ローレシアとサマルトリアから兵士をここまで連れてくるだけでも、途方もない食料・お金・物資が必要。下手すれば国が傾く。キミはもうただのお茶くみじゃないんだから、そういうのも少しずつ勉強していったほうがいい」
「あ、はい。頑張ります」
ジトっとした目を受け、フォルは露出しているサラサラの黒髪を掻く。
「ロンダルキアに来るなら、少人数での暗殺隊だろうね。キミさえ殺してしまえば、って当然考えるだろうから。それが失敗したら大出費を覚悟で大軍を動かしてくるんじゃない」
「へー。暗殺対策を早急にやって、同時に大軍対策の構想を練っておかないといけないのか。さらに兵法のお勉強もやって、いかずちの杖を使いこなすための修行もやって、悪魔神官の遺した研究資料も読み込んでいくってか。大変だなあ、フォル君」
「体を鍛えることも忘れるなよ。ひ弱すぎだとオレもオッサンも困るからな」
「うわあ、暗殺される前に過労で死んじゃいそうだね」
「……そうならないようにするのがキミら部下の仕事でしょ」
腕を組んでいるが、短髪の青年タクトは特に思案をめぐらせているようには見えない。面白そうな笑みを浮かべたままである。
ちなみに、「よくこんな胡散臭いのを仲間にしたね」というのが、ミグアによるタクト評だった。
「ミグアさん、だったね? なんか君、頭良さそうな感じだし、いい案が色々思いつくんじゃないの。しかもなんとなくフォル君のことを心配してる雰囲気も感じるし。仲間になって手伝ってあげたりするのはどう?」
タクト本人は知る由もないわけだが、奇しくもそれは老アークデーモン・ヒースが以前に少女にした提案の内容とほぼ同じであった。
今度は少女の目がタクトに向けられる。
「うわー、ゴミを見るような目だ」
大げさに体をすくめる短髪の青年。
白い少女は特に追い打ちはせず、お茶を飲み終わって空になった器を持ち、スッと席を立った。
「教えてあげる。この地に現れし勇者を助けること――そんな神託を受けていたのがこの祠。だから神父とわたしの二人は、これからハーゴン討伐に向かうというロトの子孫三人組の世話をした」
少女はフォルを見る。
この祠の役割の話をきちんとフォルにするのは初めてであった。
「その意味では、ハーゴンの後を継ぐと決意した今のキミにとって、この祠は敵対的な存在になったという見方もできる。何か勘違いしているなら、今のうちに意識を直しておいたほうがいい」
「しかし大灯台にいらっしゃった剣士さんもそうでしたが、ハーゴン様やシドー様が亡くなられた時点で、神託は役割を終えているのでは」
「そうかもしれない。けど、新しい神託が下る可能性もないわけじゃないでしょ」
「新たな神託がないことを願いますが、あったとしてもあなたはいつまでも私の命の恩人です」
少女のマフラーから白い息が漏れる。
「ま、とりあえず強力な護衛を増やすのと、誰かがロンダルキアに侵入してきたら神殿まですぐに連絡できるようにする体制を整えたらどう? あとは将来的に大軍に攻められたら地の利を生かして相手の補給線を狙う方針になると思うから、神殿で籠城できるように塁と堀を造っておくといいかもしれない。他にもできることはたくさんありそうだから、そっちで適当に考えて」
扉の外まで送ってくれた少女に対し、フォルは深々と頭を下げた。
タクトとバーサーカーの少女も軽く片手をあげて謝意を示し、タクトが連れてきて外でお留守番だったキラーマシン一体も剣を持ったほうの腕を少し挙げてあいさつのような動きをした。
「お邪魔しました。ありがとうございました」
そう言って、フォルが頭を戻したときだった。
――ドスン、ドスン。
異様な足音が聞こえてきた。
フォルの背後、帰り道の方向からだった。
「ん? なんだろう」
タクトはまだ聞いたことがない音のようだが、フォルとシェーラには聞き覚えのある音。そしてやや懐かしいものでもあった。
どんどん音は大きくなる。
今日は景色がよいため、すぐにその音の主が見えた。
「ギガンテスさん……」
その大きさは、まるで大木のようであった。
現れたのは青緑色をした一つ目の巨人、ギガンテス。
ハーゴンの神殿崩壊後、フォルは巨人族を一度も目撃したことはない。すでに絶滅済みである可能性も覚悟していた。
フォルは駆け寄り、手は大きすぎて握れないため指を握った。
「ご無事だったのですね! またお会いできてうれしく思います」
「きづいたら、だれもいなくなった。しんでんにいったら、きえていた。みんなをさがしにいった。いなかった。きづいたら、まよってた。やっともどってきたら、しんでんができていた。しんでんにいった。そうしたらここにいけといわれた」
「そうだったのですか。あの、他のギガンテスさんや、サイクロプスさんたちは……」
「たぶん、みんな、しんだ。いきているの、おれだけ」
「そう、ですか……。すみません、あのとき私たちがもう少し善戦できていれば」
「なくな。でも、ないてくれて、ありがとう」
ボロボロこぼれてきてしまった涙を、フォルはローブの袖でぬぐった。
「ごめんなさい。一番泣きたいのはあなたですよね。一緒に神殿に行きましょう、いや、帰りましょう」
「おれ、はこぶ。みんなのっていけ」
「え? うわっ」
巨大な棍棒と道具袋を置いたギガンテスが、大きな手でフォルの体を掬った。
右肩の上にフォルを乗せると、続いてシェーラを左肩に乗せ、左手の上にタクトを乗せた。
タクトが、ギガンテスの腕のきれいな青緑色の皮膚に顔を近づける。
「ねえフォル君、なんかいい匂いしない? ギガンテスって」
「あ、たしかに。父親に連れて行ってもらったサマルトリアの森に近い匂いがします」
「うんうん。これは樹の匂いだ。いいなあ」
「ハーゴンにいわれて、まいにち、からだふいて、くすりぬっている」
ハーゴン――その名前が出てきて、フォルの顔はパーッと明るくなった。
「ミグアさん! 聞きました? ハーゴン様の教えが今も生きているようです」
「なんかいい話にしたそうだけど、別にたいしたことないでしょ、それ」
そしてタクトの好奇心がとまらない。
「しっかしギガンテスって筋肉すっごいよなー。胸を触ってみてもいい?」
「いいぞ」
「うおー、すごいな。大きすぎて両手でも揉みきれないや。ああ、そうだ。ちんこも見ていい? 超デカそう」
「いいぞ」
「おー! 一度見てみたかったんだよねー」
「おいタクト。お前何やってんだよ……」
バーサーカーの少女が左肩の上から突っ込むいっぽう、フォルは少し思うところがあったようである。
「ギガンテスさん、お名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
「おれ、リアカーン」
「リアカーンさん。すみませんが、いったん私を降ろしてもらってよいでしょうか?」
「ああ。いいぞ」
雪の上に降りたフォルは、ギガンテス・リアカーンに対し、近くで見ている白い少女を手で示した。
「あの、あちらに立ってらっしゃるミグアさんを、今少しだけ肩に乗せていただくことはできますか?」
「いいぞ」
「ちょっと待って。なんでわたしが乗る話になってんの」
「え、でも、まだギガンテスさんに乗ったことはないですよね?」
「あるわけない」
「ならぜひ乗せてもらいませんか?」
「いや、いいって」
「そんなことおっしゃらず。なかなかこういう機会もないと思いますので」
「だからさ。『いいえ』って答えてもその後が変わらないなら聞く意味ないって」
腕を無理やり引っ張られて連れてこられた少女ミグアが、右肩の上に乗せられた。
「どうです?」
「……悪くない」
少女は景色を眺めながら、「強力な護衛としても、ね」と付け加えた。
◇
にぎやかなフォル一行が完全に見えなくなると、ミグアは祠に戻ろうとしたがすぐ立ち止まり、近くの大きな岩に話しかけた。
「いるんでしょ。出てきたら」
すると、岩陰から年老いたアークデーモンが姿を現した。
「さすが、鋭いのお。気配を消すのは割と得意なのじゃが」
「アンタさあ、暇なの?」
「暇じゃよ。で、どうじゃ。今のところの感想は」
「感想って、なんの」
「あやつの、じゃ」
少女は一度ロンダルキアの青空を見上げてから、答えた。
「がんばってるんじゃないの。要所でツキもある。周りにも恵まれてる」
「そうか。そろそろおぬしもその周りに加わらないといかんのお」
「出た……ま、言うのは自由か。無視するけどね。さようなら」
少女はマフラーを直し、祠に戻っていった。
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