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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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四十二 接触

 
前書き
あけましておめでとうございます!!(遅い)
大変遅くなって申し訳ありません!今年もよろしくお願い致します!!

 

 
黒々とした木立がどこまでも続き、崖や荒野の白が緑の海原に時折雑ざっている。風に煽られ、無数の木の葉が蒼天へ吸い込まれていった。
透き通った空に反して下界の森林の中は薄暗い。その暗澹たる様は鬱蒼と生い茂る草木だけが原因では無かった。暗く深い森はどこかざわめいている。

闇に身を置く彼らは気配すら消して、それぞれが影に潜んでいた。仲間の居場所でさえ交信していなければ正確な位置を掴めない。しかしながら先ほどから、どこからか何とも言えぬよい匂いが、密林に溶け込む彼らの鼻先を擽っていた。
花でも咲いているのだろうかと考えていた男達は、仲間の一人が知らせてきた警告に顔を険しくさせる。口早に告げられたその緊急報告は明らかに動揺していた。

「対象が動いた」

その一言が終わるや否や、彼らは速やかに行動を開始した。木から木へと縫うように走り抜ける。
「なんだと?予定より遙かに早いぞ」
「どうやら病院で療養中のはずの月光ハヤテが畑カカシに密告したらしい」
「チッ、余計な事を…」
監視中の一派は慌ただしく監視対象――畑カカシ及びうちはサスケの後を追った。監視態勢が不十分であったと、長に知られては敵わない。二人を試験会場に向かわせまいと急ぐ。
火急の事態に内心切迫していた彼らは木々の合間を漂う甘やかな香りを気にも留めなかった。


突然、ガクンと落ちる膝。頭がじんと痺れた彼らの視界をなにか白いモノが掠めてゆく。
刹那、男達――『根』に所属する彼らは一斉に気を失った。









「日向は変えられる」

頭を枕に預け、天井を見上げたまま宣言する。
ネジとの再会からすぐ木ノ葉病院への帰還を余儀なくされたヒザシは、再びベッドに身を沈めていた。父と同行したネジは念の為に別室で医師の検査を受けている。
共に病室まで連れ立ったヒアシは、ベッドの傍らの椅子に腰掛けていた。ヒザシの唐突な言葉に、彼はぴたりと身体を強張らせた。ベッドに視線を寄越す。

眼前にいる弟の額。そこには何も刻まれていない。一度仮死状態となったために呪印が発動し、額の印が消えたのだ。白眼の能力を引き変えとして。

いつ宗家に殺されるかわからぬ恐怖からは逃れたものの、その代償はあまりにも大きい。だが呪印が死んだと見做さなければ、今ここにヒザシはいないだろう。それでも白眼を封じる秘印を結んだ張本人はずっと気に病んでいた。すぐさま額から視線を逸らす。

「……日向を変える?そんな事が出来るものか」
「出来るさ。私と兄さんなら」
ヒアシは目を伏せた。膝に影を落とし、自嘲気味に口端を吊り上げる。
「だがお前は私を恨んでいるだろう…」
ぽつりと呟いた独り言が聞こえたのだろう。一度目を瞬かせたヒザシは、俯く兄を穏やかな眼差しで見据えた。
「確かに白眼は見えなくなったけれど、逆に今まで見えなかったものが見えてきたよ」
ヒアシは顔を上げた。未だ天井へ視線を向けているものだと思い込んでいたヒザシがこちらをじっと見ていた。
「宗家とか分家とか関係ない。家族が…私の兄弟が見えるよ。恨むわけない」

目が合う。
微笑んでいる弟をまじまじと見つめてから、兄は笑い返した。
「そうだな…」
窓の外で鳥が祝福の歌を捧げている。実に十年ぶりの、兄弟らしい会話だった。









「ナルちゃんっ!」
次試合の為に対戦場から追い遣られたナルは待機場へ向かおうとしていた。突然誰かに抱きつかれ、踏鞴を踏む。危うげにも受け止めたナルに、彼女は息急き切って賞讃の言葉を送った。

「お、おめでとう…っ!すごいよ、本当にすごいよ!ナルちゃん…っ」
「く、苦しいってばよ。ヒナタ」
「あ、ご、ごめんね…!だ、大丈夫?」
勢い余って思い切り抱き付いたヒナタがナルから慌てて離れる。謝るヒナタに、ナルは照れながら「見てくれたってば?」と訊ねた。
「オレってばネジに勝ったんだってばよ!」
「う、うん…っ!見たよ!…ちゃんと見たよ…っ!」
二人で手に手を取り合ってぴょんぴょん跳ねる。観戦席に繋がる階段途中で談笑するナルとヒナタの頭上に声が降ってきた。

「こ~ら。話すんなら階段上がり切ってからにしろよ。めんどくせ―」
億劫げに手をポケットに手を突っ込み、階段を下りて来るシカマル。彼を見上げたナルは、不思議そうに目をぱちぱち瞬かせた。
「あれ?シカマル、次の試合だっけ?」
「本当は次の次だったんだけどな。カンクロウって奴が棄権してシノの不戦勝」
うらやましいぜ、と肩を竦めてみせてから彼はにやりと口角を吊り上げた。
「それよか、あのネジに勝つとはすげーな。おめでとさん」
一瞬何を言われたのかわからずきょとんとする。直後「…!おうっ!」と勇ましく答えたナルはヒナタに顔を向けた。
「へへ…。約束したもんな!ヒナタにネジぶっとばすとこ見せるって」
「う、うん…。ナルちゃん、わ、私ね…ネジ兄さんともう一度、は、話し合ってみる…」
ヒナタの一大決心に、ナルは「今のアイツだったら、きっとヒナタの声が届くってばよ」と励ました。
「ヒナタの父ちゃんもハナビちゃんも、いつかヒナタの事認めてくれるってば」
「そ、そうかな…」
「そうだってばよ!」


激励するナルと、戸惑いつつも嬉しそうにするヒナタ。彼女達を微笑ましげに眺めていたシカマルが不意に顔を険しくさせた。二人の間に割り込む。
「ど、どうしたの?」
「しっ!」
うろたえるヒナタに目配せし、ナルの口を手で押さえる。もごもご言うナルの耳にも誰かの足音が入ってきた。

「ん?」
「あ、あんたは……」











不意に強風が吹き、カーテンが大きくめくれ上がった。窓を閉めに立ち上がったヒアシの背を、ヒザシの声が追い駆ける。
「そういえば……目が覚める直前、誰かに話しかけられた気がするんだ…」
薬の副作用で襲ってくる睡魔に身を任せながら、夢現に呟く。
「借りは返した、とか…なんとか…」

うつらうつらとする弟の寝惚け声に苦笑しつつ、ヒアシは窓を閉めた。外の木が大きく軋み、木の葉時雨を降らしている。散りゆく葉の軌跡を目で追うヒアシの耳に、ヒザシの掠れた声が届いた。
「それに…一瞬だけ……」

翳む意識の中で唐突に話を断ち切ったヒザシ。寝入った彼にシーツを掛け直してから、ヒアシは病室を後にした。専属の医師に弟を任せ、宗家の仕事である書類を手に廊下を歩く。
最後に告げたヒザシの話が夢か現実かをはかりかねながら。

「…一瞬だけ、金色が見えたんだ…」










足音の持ち主。
砂忍の一人、我愛羅とカンクロウの姉であるテマリは階段上から木ノ葉の忍びを見下ろした。
「お前か…。次の私の対戦相手は」
見下すような冷たい視線に、シカマルが眉を顰める。

シカマル同様、次試合に呼ばれたテマリ。バッタリ出会った双方は互いに相手を睨みつけた。戦意が込められた視線は形となり、火花を散らす。

ゆっくりと階段を下りてきたテマリから目線を離さず、ナルとヒナタを庇うようにシカマルは身構えた。
一方、同じ段まで降りてきたテマリは、ナルの姿を目に留める。同じ風を扱う者としてナルに親近感を抱いていた彼女はおもむろに笑みを浮かべた。
「さっきの試合、なかなか見事だったね」

突然の褒め言葉に、ナルがきょとんとした。やがて歓喜がじわじわと彼女の心を満たしてくる。褒められ慣れていない彼女はテマリのたった一言の賛辞に瞳を輝かせた。

「ありがとだってばよ!テマリ姉ちゃん!!」

弾けるような笑顔を目の当たりにし、テマリは目を瞬かせた。まじまじと見遣る。大袈裟過ぎるほど喜んでいる彼女の様子を不思議に思うよりも前に、テマリは寸前のナルの言葉を心の中で反復した。

「…もう一度、さっきの言葉、言ってくれないか」
「?ありがとだってばよ?」
「違う。その次だ」
「…テマリ姉ちゃん?」
小首を傾げるナルの前で、じ~ん…と感動する。きょうだいで一番上だというのに、弟達から一度たりとも『お姉ちゃん』と呼ばれた事の無いテマリはその一語を深く噛み締めた。

「もう一度」
「テマリ姉ちゃん」
「もう一度」
「テマリ姉ちゃん!!」
「……あ――…めんどくせーけど、早く対戦場向かわねえか」
止め処ない押し問答に終止符を打つ。ナルを階段上に追い遣ったシカマルを、テマリは恨めしげに睨んだ。

ヒナタに促され、階段を上がったナルが大きく口を開く。
「じゃあ、頑張ってってば!!シカマル!テマリ姉ちゃん!」
「おいこら待て」
「よし任せろ」
あろうことかシカマルの対戦相手たるテマリにも声援を送る。
ナルの応援に力強く頷いたテマリを眼の端に捉え、シカマルは(…めんどくせ―)と溜息をついた。
















監視されていたとも知らず、試験会場へ向かうカカシとサスケ。
二人の無事な姿を崖上から見届けていた彼は、すっと人差し指を眼前に掲げた。やがて森奥から甘い香りを散らばめていたソレが優雅に崖上へ舞い上がってくる。人差し指に身を寄せたそれは美しい羽根を閉じると共に、眠気を催す鱗粉を散らすのを止めた。

黒白(こくびゃく)翩翩(へんぺん) 耀従之術(ようしょうのじゅつ)

本来は百合の花弁だった白き蝶が指先にて羽根を休めている。寸前まで本選試合を観戦していた彼は眼下の森を俯瞰していた。後ろから近づく気配に双眸を閉じる。
そのまま蝋燭の火を消すかのように、彼はふっと息を蝶に吹き掛けた。途端、二枚の花弁が風に乗ってひらひらと、両者の間を駆け抜ける。

「高みの見物とは、いいご身分だな」

背後から掛けられた皮肉。こつんと地を叩く杖の音が鳴り響いた。

「貴方ほどではありませんよ」
口元に弧を描く。
崖下の森以上に深い闇を知り尽くしている声の主へ、ナルトは微笑みを返した。



「ダンゾウ殿」


先ほどナルトに眠らされた木ノ葉の暗部養成部門『根』の創設者であり、『忍の闇』の代名詞的存在。薄闇から杖をついて現れた影―――志村ダンゾウと顔を合わせる。


飄々と風が唸る崖上で、少年と老人は対峙した。
 
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