人徳?いいえモフ徳です。
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七十三匹目
リベレーソの城壁の外側に練兵場はある。
郊外の森へ行くときとは別の門から外へ出て、しばらく歩くと練兵場に到着した。
練兵場では多くの兵士が訓練に励んでいる。
だいたいの人は剣や槍での訓練や走り込みをしているが、中にはクリスタル付きの杖で格闘訓練をしている人もいる。
たぶん前者は第一と第二の歩兵で後者は第三と第四の魔導師なのだろう。
見ていると数名がこちらに来た。
お父様の前で跪く。
「いつも通りで構わんぞクソガキ諸君」
答えたのはアトラさんだった。
「お久し振りです。アトラ副長」
立ち上がりそう言った女性はいかにも魔女ですと言わんばかりの格好だ。
黒いとんがり帽子、起伏の乏しいスラリとした長身に覆う黒いローブ、先端に水晶玉らしき物をつけた木製の杖。
そして尖った耳。
お父様以外のエルフを初めて見た。
外見年齢はお父様より少し上。
人間で言えば二十歳くらいに見える。
「紹介します、シラヌイ様。彼女はトゥルペ」
トゥルペ?チューリップのことだよな?
「第四師団の副長兼エースにしてこっちのクソガキの真似をしてエイルヴァイオンを出奔してきた馬鹿2号です」
「うきゅ?きゅあー?」
「ん。まぁそうだなぁ僕の親戚といえば親戚かなぁ。トゥルペも昔は侯爵家の令嬢だったわけだし」
とお父様が言っている合間にアトラさんが僕をトゥルペさんに差し出した。
トゥルペさんは隣の獣人に杖を渡して僕を受け取る。
「おや、アトラ副長。このかわいいモフモフはどなたです?」
「元老長様のお孫さんですよ」
「ほうほう。ということはブーミ君のお子さんですね」
ブーミ。ブーミ・ライトニング・マクリリン・エイルヴァイオン。
それがお父様の真名だ。
「グローリア?その名前で呼ぶなって言ったよね?」
「はーやだやだ。なにその洒落た名前。栄光とかどうだっていいんですよ。私は花さえ愛でれればそれでいいんですから」
あー…トゥルペさんもエイルヴァイオンでの名前を捨てて出奔したのか。
「トゥルペの得意魔法は植物操作。蔦やヤドリギを使った攻撃と遅滞、木をつかった防御など隙のない戦術を用います」
「このリベレーソ周辺であれば私の防御を抜ける軍勢など有りはしませんよ」
なるほど。彼女が第三でなく第四にいるのはそういうわけか。
城塞都市リベレーソの中ではなく外で敵”軍”を相手取るのに長けた魔法を使うわけだ。
彼女の魔法は石畳の城塞都市内部では効果を発揮しない。
ドヤりながら僕をモフモフしているトゥルペさん。
「ところでどうして今日はアトラ副長とシラヌイ君が?」
「ん?軍内に伝手があったほうが今後役立つを思ってね。アトラはおまけだよ」
「貴方達がまともに案内できるとは思えないので、私も同行することにしました」
いい加減挨拶したくなったので少しジタバタする。
「きゅー、きゅー」
「おや?降りたいんですか?」
「きゅぅ」
頷くとトゥルペさんは僕をおろしてくれた。
彼女とその後ろに跪いて控えている人に向き合い、お座りして会釈する。
あ、どうも。と会釈してくれる人とハテナを浮かべている人がいる。
獣化を解く。
「お初にお目にかかります。シラヌイ・フォン・シュリッセルです」
と言うと、トゥルペさんがしゃがんで、視線を合わせてくれた。
「ちっこくて可愛いです。小さい頃のブーミ君より可愛いです」
そのあと、トゥルペさんに手を引かれ、訓練を見学する事になった。
僕の周りにはトゥルペさん、トゥルペさんの部下と思われる女性二人。
僕の方に万が一にも魔法が飛んでこないよう守ってくれるらしい。
第三、第四の魔法隊は基本的に一緒に訓練をし、新兵は合同訓練の後に配属が決まるそうだ。
お父様とアトラさんは今新兵の訓練を見ている。
それ以外は、組手……というか武器術の訓練かな?
杖や木剣などでしばきあっている。
ただ魔法は使ってないようだ。
「ああ、気になりますか?」
「え? あ、はい」
「魔法が使えようと、魔力が切れれば動けないし、接敵されれば詠唱している時間なんてありません」
「ふーん。そういうもんなのかぁ」
近づかれたときのためかぁ。
僕らは基本的にクーちゃんに敵を近づけないのがコンセプトなんだよなぁ。
でも万一に備えてその方向も必要かなぁ。
「シラヌイ君もどうです?」
「僕は近づかれないようにするのに特化してるからね。武器術はお父様に基礎を教わっただけだよ」
しかもその剣術もあまり使わないし。
どっちかと言うと、氷で作った鉤爪とかの方が取り回しが良くて多用している。
森に狩りに行くときは基本的に魔法で仕留め、近づかれたら氷をまとわせた拳で穿く形だ。
「魔法剣ですか?」
「うん。本当に基礎の型とか振り方だけ。
僕がまだ小さいから、本格的なのを教えても変な癖がついちゃうんだって」
「気の長い話ですね。あなたが成長し切るまであと100年はかかりますよ?」
「え?そんなに?」
「もしかしたら100年じゃきかないかもしれません。
貴方の母方の血はエルフをも超える精霊種にも等しいそうですから」
御婆様、つまり白面金毛九尾の狐。
僕らが居た科学世紀におけるアジア圏で知らぬものは居ないとまで言われる瑞獣、神獣。
その御本人。元ネタ。
それがお祖母様なのだという。
伝承が定かであれば、お祖母様は数十世紀は生きているだろう。
まぁ日本でやらかしたあと頭を冷やすため力の大半を殺生石に自らを封じて外界を眺めていたとの事らしいが。
「気が長いなぁ」
「ま、ゆっくり大人になればいいと思いますよ?
貴方の家族も、姫様も、長命種ですしね」
しばらく訓練の様子を見ていると。
「シラヌイ」
何故か若干ピキッた雰囲気のお父様が来た。
珍しい。
本当に珍しい。
というか始めてみた。
お父様が怒りを感じている場面。
「お父…様?」
「こら。シラヌイ君を怖がらせちゃダメでしょうブーミ君」
トゥルペさんが注意すると、お父様はすまないと言って顔を両手で覆った。
少し目元を揉むようにして、両手を離す。
「シラヌイ」
「はい」
「無言無呪具で魔法は撃てるな?」
一応使えるけど、複雑なのは魔導書とか指輪がないといけない。
「...たぶん?」
「射程距離は?」
どのくらいだろう?
ただまぁ、届かせるだけなら、そうだなぁ。
「とりあえず半里以上は」
「使える属性は?」
「基本4属性と、発展をいくつか。魔導書とかの補助具ありならけっこう安定して」
「よろしい!」
お父様は満足気にしながら、先程まで指導していた一団を指さした。
「すこしあのお調子者達をぶちのめs」
とそこでアトラさんがトゥルペさんのワンドをもぎ取ってお父様の脳天をぶっ叩いた。
「まったくこの親バカが」
アトラさんが頭を抑えて蹲るお父様を糸でぐるぐる巻きにした。
逆さ吊りで、あしの先の糸をアトラさんに持たれている。
アトラさんが一歩歩くたびにぷらーんぷらーんと揺れるお父様を追って、一団へ向かう。
「おとうさま何したの?」
簀巻きにされ、逆さ吊りにされたお父様に問いかける。
「いや…その…」
「どうせシラヌイ様のほうが強いとか言ったのでしょう。
あれらは上澄みとはいえ、種族適正的にシラヌイ様やクソガキに魔法で敵うはずがありません。
そしてそのための武器術です」
アトラさんが視線をこっちに向ける。
「シラヌイ様」
「はい」
「あなたには魔法の才能がある。ですがそれにあぐらをかいていては足元を掬われます。」
「肝に銘じておきます」
するとすこし表情を和らげて言った。
「よろしい。ではあのお調子者を懲らしめるのを手伝ってください」
「言ってることが違う⁉」
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