展覧会の絵
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第十八話 我が子を喰らうサトゥルヌスその七
「これってな」
「確かにね。拷問だとするとね」
「だろ?似てるだろ」
「ええ、何かね」
これが春香の言葉だった。
「似てるわね、言われてみれば」
「どっちにしろな。これはキチガイのやったことだよ」
望の考えの範疇ではだ。そうとしか思えないことだった。
「そうじゃなければ有り得ねえよ」
「悪魔とかかしら」
「かも知れないな。これはな」
「どっちにしても。私これでもうこの先生を見なくて済むのね」
過去の罪、それをだというのだ。
「忘れられないけれどそれでもね」
「俺がいるからな」
そっとだ。望は春香のその肩に手を寄せた。
そうしてだ。こう彼女に言ったのである。
「大丈夫だよ」
「そうね。じゃあ」
「行こうか。これからは警察の話だからな」
「ええ。それじゃあね」
こう話してだ。二人は一郎のものと思われるその骸の前から離れた。しかし。
雪子もその骸を見た。そして蒼白になり呟いた。
「誰が。こんなことを・・・・・・」
一郎の骸であることがわかった。それでだった。
蒼白になり見たのだ。しかもだ。
首がないのも見た。そこは奇麗に切断されている。切り口はやけにぎざぎざしている。
どうやら鋸か何かで切られたのだと思った。ただ切るのではなく随分と残忍な方法で切られていた。骸全体の惨たらしさと合わせて。
「四人や叔父様を殺った奴と同じね」
雪子は直感的にこのことを悟った。
「そして次は」
思うまでもなかった。最早。この日にすぐにだった。
雪子は学校に行くことはおろか外に出ることもしなくなった。自分の部屋に病気と言って閉じこもる様になった。自分の部屋からは灯りも消さない。
そしてそのうえでだった。
いつも手に何かを持っていた。全ては用心の為だ。
そんな状況で数日を家の中で過ごした。その間憔悴しきり目は血走ってきていた。
寝る間も灯りが必要になっていた。だが。
ある日今から寝ようとしたその時にだ。不意に灯りが消えた。そして誰かの声が聞こえてきた。
「来たよ」
「な、何よ一体!?」
突如として来た暗闇と声に。雪子は狼狽した。
「灯りが消えたってどうしたのよ」
「消したよ」
声は淡々と。暗闇の中から雪子に告げる。
「灯りを点けていたのは闇が怖いからだね」
「それがどうしたのよ」
「闇の中から誰かが来て自分を殺す」
まるで雪子のその心を狙う様な言葉だった。
「そう考えているからだね」
「わかるっていうの、まさか」
「そのまさかだよ。何故わかるか」
それが何故かもだ。声は雪子に言ってきた。
「僕が今からそれをするからね」
「あんた、まさか私を」
「その通りだよ」
闇の中でも必死に周囲を見回す雪子にだ。声はまた告げた。
「じゃあいいね。来てもらうよ」
「よ、寄らないでよ!」
手には棒を持っている。その棒を。
手当たり次第に振り回し迫り来るであろう声の主を打とうとした。だが。
それは虚しく空を切るだけだった。何も感触はない。
しかしその声の主は迫ってきていた。それは雪子にもわかった。
恐怖が次第に来ていた。そして。
その腹に鈍い痛みが走った。それと共に意識を失った。
意識を取り戻した場所はコンクリートの暗い部屋だった。その目の前には一枚の絵があった。
おぞましい絵だった。赤褐色の肌に黄色い髪の男が虚ろな顔で両手に持った何かを食べていた。
それは人間の身体だった。全裸の白い人間の身体を食べている。既に頭と肩のところを。そしてそこからさらに食べようとしている。
食人の絵だった。巨大な男が小さな人間を食べている。おぞましいその姿に相応しい背景は闇の様に黒く地獄の様だ。その絵があった。
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