Fate/WizarDragonknight
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スワンプマン
「何なのあれ!? 何がどうなってるの!?」
美樹さやか。
幼馴染の少女が、自分の手を引きながら叫ぶ。
春休み。彼女と二人でただの散歩に来たつもりだったのに、まさかこんな怪物に狙われることになるとは思わなかった。
まどかは息を切らしながら、追いかけてくる怪物、ゴングリーを見返した。
木々など存在しないかのように迫って来る怪物は、どんどん距離を詰めていく。
「ど、どうしようさやかちゃん! そ、そうだ! ハルトさんに連絡……!」
「まどか! 前!」
だが、さやかの叫びは手遅れだった。
ゴングリーの放たれた触手が、まどかの手からスマホを叩き落とす。さらに、そのまままどかへ接近してきた。
その巨体からは想像できない速度で、どんどんまどかたちに近づいてくる。
その時、まどかはゴングリーとさやかを交互に見比べる。心なしか、さやかの目がいつもよりも青く輝いているようにも見えた。
そして、ゴングリーの触手。振り回すだけではなく、直進で放ってきたそれは、地面を伝ってまどかの足を掴む。
「えっ!?」
それは、まどかの体を引きづり、そのまま吊るし上げた。さやかの手が離され、まどかの体が完全にゴングリーのものとなる。
「まどか!」
振り回されながら、悲鳴を上げるさやかの姿を見下ろす。
振り子のように揺れ動く視界。
一巡目は、うろたえるさやか。
二巡目は、何かを決意したさやか。
そして三巡目。
鋭い剣、レイピアを握ったさやか。
「え……!? えっ!?」
いつの間に、どこからどうやってそんなものを。
その疑問がまどかの中に去来するよりも前に、さやかがレイピアを突き出す。
すると、水の弾がレイピアの動きに沿って放たれた。無数の水の弾は、ゴングリー本体とその触手を弾き飛ばし、動きを大きく鈍らせた。
触手は大きく弾かれ、まどかの拘束を離す。空中に放り投げられたまどかの体を抱き留め、そのまま着地した。
「まどか、平気!?」
「う、うん……さやかちゃん。今のは一体何?」
そう言っている間にも、さやかの手に握られるレイピアの周囲には、水滴が漂っている。
不思議な力に目を丸くするまどかだが、さやかは目を泳がせていた。
「それは……それよりも逃げるよ!」
さやかに再び手を引かれながら、まどかは走っていく。
だが、足場が悪い森を逃げ場に選んだのは、遮蔽物が多いから。だが、ゴングリーに通用しない時点で、もう森で逃げるのは悪手でしかない。
急いで開けた場所に行こうとさやかが先導してくれるが、とても逃げ切れるとは思えない。
だんだん追いついてきたゴングリー。
そして、その巨体が、まどかたちを押しつぶそうとするその時。
突如、森に響き渡る発砲音。
ゴングリーの頭を弾き飛ばす銃弾。バランスを崩して横転した巨体からは、無数の土煙が舞い上がり、まどかとさやかを飲み込んだ。
そして、土煙が収まったとき。
起き上がったゴングリーとまどかたちの間に、黒い姿の少女の姿があった。
「ほむらちゃん……」
髪を靡かせる少女。
暁美ほむら。まどかのクラスメイトにして、見滝原での戦いに参加している魔法少女であった。
「転校生!?」
「……美樹さやか……」
長い髪の合間から、ほむらの冷たい目がさやかを見返す。
彼女は目を細めて、さやかが握るレイピアを見下ろしていたが、やがて鼻を鳴らした。
「まどかを連れて、去りなさい」
「あんたはどうするの? ってか、なんでこんな絶妙なタイミングで出てきたの!? 狙ってたでしょ! 絶対まどかをストーキングしてそれっぽいタイミングを狙ってたでしょ! って危ない!」
さやかが、レイピアを投影した。
水でできた細い刃は、そのままほむらの目前を通過。
ゴングリーの触手、その一本を木に磔にした。
「……美樹さやか。貴女、一体……?」
「色々聞きたいのはこっちも何だけど」
さやかはほむらと向かい合う。
ほむらはさやかの右腕を見下ろし、彼女が握る水のレイピアを睨んだ。そして、彼女はやがてさやかの右手の甲にも注目しているように見える。
「貴女……まさかと思うけど、キュゥべえと……」
「キュゥべえ……ああ、あの白い怪しい奴ね」
キュゥべえという名前に、さやかは即座に対応した。
ほむらと同様、まどかは驚く。
キュゥべえ。かつて、まどかをほむらと同じ魔法少女に誘惑した白い妖精であり、ハルトを聖杯戦争に引きこんだ元凶でもある。
だが、さやかは首を振った。
「いやいや。あんな胡散臭さ満々の奴の話なんか聞くわけないじゃん」
「……確か、上条恭介は亡くなってたわよね?」
「……それがどうかした?」
ほむらは訝し気な表情をした。
「そんな願いがあるのに……本当にキュゥべえの誘惑に乗らなかったの?」
「ふ、二人とも前!」
その事態に気付いたのは、まどかだけ。
もう目と鼻の先に迫ってきていたゴングリーその大き目な質量が、三人を押しつぶそうとしてきたのだ。
「ちっ!」
ほむらは悲鳴を上げることなく、どこからか手榴弾を取り出した。投影された深緑色の兵器は、ゴングリーの体にぶつかるとともに爆発。その巨体を遠ざけた。
「すご……! あんた、そんな物騒なもんどこから調達してるわけ?」
だがほむらはさやかの声には応えず、ポケットに手を入れる。
やがて彼女は、ポケットの中から黒い宝石を取り出した。
「何あれ?」
ほむらはさやかの疑問に答えず、両手を宝石に沿える。その正体を、まどかは知っていた。
そして、
すると、彼女の宝石から、紫の光が溢れ出した。
それは瞬時にほむらの私服を包み、その内容を変質させていく。
白と紫を基調とした、静かな暗く、際立った姿に。
「そ、それってもしかして……魔法少女……!?」
さやかが、自らその単語を口にした。
すると、まどかとほむらが同時に彼女の顔を見る。
「さやかちゃん……魔法少女のこと、知ってるの?」
「知ってるって……」
魔法少女。
無数の少女たちが夢見る響きのそれ。だが、現実に存在する魔法少女は、まどかが知る限り限りなく不吉なものだった。
聖杯戦争の監督役である妖精、キュゥべえ。それが、見込みがある少女の願いと引き換えに託す使命だった。
ほむらが魔法少女に変身した直後、ゴングリーが再び迫る。
だが、ほむらは軽々しい動きで上空へジャンプ。そのままゴングリーの頭上へ移動した。新たにほむらが武装したマシンガンが火を噴き、ゴングリーに銃弾の雨を降らせる。
悲鳴を上げたゴングリー。
さらに、さやかも動く。レイピアをさらに左手にも握り、交差させる。水しぶきが舞い、それが鋭い弓矢となり、ゴングリーの体に突き刺さっていく。
「やるじゃん、転校生!」
さらに、怯んだ隙に、さやかが接近戦を挑んでいく。二本のレイピアで、踊るように回転。水滴一つ一つが意思を持つかのように動き、ゴングリーの体に火花を散らしていく。
さらに、追撃。
木々を飛び交うほむらが、ゴングリーの背後に飛び降りる。さらに、両手に備える銃口から金属の銃弾が放たれた。
だが。
ゴングリーの死角が動く。後頭部が口のように開き、その中から飛んできた触手には、流石のほむらも対応できない。
「ぐっ……!」
首を絞め上げられ、ほむらは呻き声を上げる。
「転校生!」
ほむらに気を取られている内に、ゴングリーが触手を発射する。
さやかを殴り飛ばした触手は、さらにほむらの体を締め上げていく。
「ぐっ……」
「ほむらちゃん!」
「……仕方ないか」
さやかはレイピアを構え、呟いた。
なにを、とまどかが問いただす時間はない。
「美樹……さやか……?」
その動きには、流石のほむらも目を丸くする。
水を放ったさやかは、レイピアを振り下ろした。
そして。
さやかの顔に、青い影が浮かび上がる。
それはすぐさまさやかの全身へ走り、その体を変化させていく。
まどかが見慣れた私服は、水を思わせる美しく、初めて見る青いドレスへ。その背中に纏われる海の色をしたマントとともに、その顔は三つの目を持つ怪物へ変貌していく。
やがて、深淵の海底より現れたかのように思える人魚のファントム、マーメイド。さやかがいた位置には、そんな人外の怪物が立っていた。指揮棒のデザインが盛り込まれたレイピアを振るい、怪物の触手がまどかに触れないように刺していく。
「あれは……人魚の魔女……? 違う……でも、似てる……」
ほむらの呟きは、まどかには聞こえなかった。
人魚のファントム、マーメイド。彼女はマントを翻し、ゴングリーへ接近する。
さきほどのさやかの動きとは比べ物にならないほど素早い動き。そこから繰り出されるレイピアの連続突きに、ゴングリーの動きも大きく鈍らされている。
連続突きに、やがてほむらを拘束する触手が解かれる。地に落ちたほむらは、そのまま尻餅をついた。
「うっし!」
上空でガッツポーズを取るマーメイド。
だが、激昂したゴングリーは、マーメイドに完全に狙いを変更した。
二本の触手を放ち、マーメイドの腹を貫く。
「がはっ……!?」
悲鳴を上げるマーメイド。
さやかと同一の声の悲鳴に、まどかは顔が真っ青になるが、それを掻き消すように、マーメイドの姿が消えていく。
「嘘……」
「やはり幻影の能力はあるのね……」
まどかとほむらのそれぞれの声。
そして、ゴングリーの足元の地面の中から、マーメイドの姿が飛び出てきた。
鋭い刃でゴングリーの胴体を切り裂きながら上昇。そのマーメイドの姿、その下半身は魚のそれと同じ形をしており、天に浮かぶその姿は、文字通り人魚のように見えた。
「うおりゃああああああああああっ!」
親友と何一つ変わらない息巻いた声で、マーメイドはレイピアを振り下ろした。
鋭い突撃により、ゴングリーは大きく後退した。
マーメイドはそのまま、レイピアを掲げる。すると、夕焼けの森に、雨が始まった。
一日中晴だったはずの空を水空が支配していく。雨粒の一つ一つが針となり、強烈な勢いでゴングリーに突き刺さっていく。
全身に大きな針穴を開けたゴングリーは、フラフラになりながらもまどかを___アカネが命じたターゲットを睨んでいた。
だが。
「転校生!」
マーメイドから発せられる、さやかの声。
それに頷いたほむらは、応じた。
マーメイドが雨を降らせている間に、ほむらが仕掛けた罠。
それは、周囲の木々の合間に、ワイヤーを張り巡らせることだった。
「これで……終わりよ!」
ほむらが腕を引く。
彼女の手に巻かれたワイヤーがトリガーとなり、ゴングリーの周囲の木々を蜘蛛の巣のように交差される罠が起動した。
一瞬でゴングリーに絡みつくワイヤー。そして、そのワイヤーには無数の手榴弾が括りつけられていた。
「……ふん」
ほむらが手のワイヤーを離す。
すると、ゴングリーの体に絡みつくワイヤーが一斉に解ける。すると、ゴングリーに接触した衝撃で、無数の手榴弾が同時に爆発。
連発していく爆発。人類が作り上げた凶器により、巨体を誇るゴングリーの肉体は、雨粒を弾き飛ばす勢いで、粉々となって消えていった。
「へえ……」
マーメイドは、静かに手を叩いた。
「お疲れ様、転校生」
「……」
マーメイドの言葉に、ほむらは答えない。
ただ静かに、マーメイドに銃口を向けた。
「貴女は誰? 本当に美樹さやかなの?」
「……本当に美樹さやかなの、か……」
マーメイドは肩を窄めた。その姿が、水を切ったように裂かれていき、もとのさやかの姿に戻った。
「ま、一応モノホンの美樹さやかのつもりだけど……でもまあ、そんなこと本人以外に分かるわけないよね」
「ふん」
「仮にあたしが美樹さやかでないとして。外見も記憶も感情も、全部美樹さやかと同じ。これって、はたして本物のわたしと言えないのかな?」
「スワンプマンの理論は止めなさい」
ほむらは吐き捨てた。
「怪物なら、殺すわ」
「待ってほむらちゃん!」
殺意を見せるほむらを、まどかは横からなだめる。
彼女が銃を下ろすのを確認してから、まどかはマーメイドの前にも立った。
「ほ、ほら! 二人とも、仲良く! 仲良く、しよう?」
まどかの震える声。
だが、ほむらは改めて左手の盾に手を突っ込み、さやかも再びレイピアを引き絞る。
「どきなさい、まどか」
「そこ、危ないよ!」
ほむらとさやか。
それぞれの得物を互いに向け、しばらく黙る。
ピリピリとした空気が夕方の森を支配する。
やがて、その沈黙を破ったのは、茂が揺れる音だった。
「何!?」
驚いてまどか、ほむら、さやかの三人は同時に顔を向ける。
揺れる茂。ただの小動物だろうが、思わず固まってしまった三人。
やがて茂から出てきたのは、
黄色とオレンジ色が入り混じったような、軟体生物。もぞもぞと動き出したその体には、硬そうな甲羅が背負われていた。黒いつぶらな瞳。小さすぎて口が見えないのだろうか。
だが、そのアンバランスさが。
「か、可愛い……」
まどかが思わず目をキラキラさせながら言った。
さやかが「これ可愛いか?」と驚いているが、可愛いものは可愛い。
まどかはそう思い、謎生物を抱き上げようとする。
その時、
「っ! 危ない!」
「へ?」
油断した。
目の前の謎生物より放たれた触手が、まどかに突き刺さろうとしていたのだ。
ほむらに突き飛ばさなければ危なかった。
謎生物___それが聖杯戦争の参加者であることなど、同じく参加者であるほむらが知る由もない___が、その肉体を大きく震わせる。
地べたを這う動きをしていた謎生物が、静かに浮かび上がっていく。背負った甲羅が背中となり、その足となる無数の触手が広がっていく。
可愛らしい顔はそのまま。
だが、無数の触手が夕焼けの中、鎌首をもたげる。
「これは……!?」
その正体は分からない。
確かなことはただ一つ。
その怪物___サーヴァント、ムーンキャンサー___が、明確な殺意を持って、まどかたちを攻撃してきたことだった。
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