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Fate/WizarDragonknight

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新条アカネ

 エレベーターには、先客がいた。

「っ!」

 アカネの顔が引きつった。
 マンションに住んでいれば、嫌でも住民と顔を合わせる機会が訪れる。
 その中でも、今エレベーターに入っているこの中年女性は、アカネが苦手なカテゴリだった。

「あらアカネちゃん」

 口が臭い。
 不快な表情を見せたが、中年女性は全く構うことない。

「今日も寒いわね。元気?」
「え、え、え、……」

 アカネは何も答えられない。
 だが中年女性はアカネの反応を気にすることなく、アカネを手招きした。
 受け取ったアカネは身を縮こませながら、エレベーターが地上に着くのを待つ。

「寒いわよねえ。本当に。今三月なのに」
「え、ええ……」

 借りてきた猫のように、アカネは身を縮こませた。トレギアに助けを求めたいが、彼の姿はエレベーターの中には見当たらない。
 しかも、その間も中年女性の話は続く。「寒いわね」「寒いわね」と、同じ話題を何度も繰り返す彼女に、アカネは吐き気を感じてきたが、一階に辿り着くよりも前に、エレベーターの動きが止まる。
 途中の階で扉が開き、また新しい住民がその姿を現す。
 無精ひげを生やした男性。そして、その手には、リードが握られていた。
 リードの先。
 柴犬だろうか。それは、アカネの姿を見た途端吠えた。

「っ!」

 聞き慣れた犬の唸り声ではあるが、それでもやっぱり怖い。
 アカネは後ずさりしながら、顔を引きつらせる。
 すると、飼い主は「ごめんなさい」と謝罪して、犬を下がらせる。中年女性が「まあまあ」と飼い主を制し、飼い主が「お先にどうぞ」とエレベーターの下降を促した。
 彼に頷いた中年女性が、エレベーターのボタンを押し、アカネに振り替える。

「ビックリしたね」
「う、う、うん……」

 アカネは頷いた。
 そのまま、ようやく地上1階に着いた。
 中年女性は先に降り、アカネも彼女に続いてエントランスに足を踏み入れる。
 このままいけば、外に行ける。だがその前に、エントランスの主の監視があった。
 管理人。
 傾けた新聞から、その初老の男性の眼差しが、アカネを捉えた。

「うっ……」

 肩を窄めながら、アカネはそそくさと足早にエントランスを通過する。
 競馬の文字が見える新聞に目を戻した管理人を振り抜き、アカネは膝をついた。

「だから外に出るのは嫌だって言ったのに……」
「怪獣の餌を買いに行ったときはあんなに活き活きとしていたのに?」

 からかうような声が、背後から聞こえてくる。
 睨むアカネの視線の先には、白と黒に分かれた服装の男がいた。
 霧崎(きりさき)
 人間社会に潜り込む際、トレギアが扮する姿。
 冷たい笑みを絶やさないピエロの姿の彼は、アカネとの距離を保ったまま後ろに付いてきていた。

「うるさい」

 しかめっ面のアカネは、ずんずんと先へ進んでいく。

「さあ、マスターの公園外出デビューの瞬間だ。記念するべきかなあ?」
「うるさい」

 霧崎を無視しながら、アカネは歩き出した。

「あ……そうだ、トレギア。ムーンキャンサーは?」
「ほら、ここにいるよ」

 霧崎はどこからともなく、リードを取り出した。彼がその先に歩かせているのは、雨合羽(あまがっぱ)を着たムーンキャンサー。果たしてそれが犬なのか猫なのかも分かりにくいほどに覆ったその姿に、アカネも目を丸くした。

「それ、ムーンキャンサー……?」
「ああ。こうすれば騒がれないだろう?」
「そうだけど……」

 アカネはポケットから人形を取り出す。先日作った怪獣の人形をトレギアに突き出した。

「だったら、この怪獣で騒ぐ奴ら全員焼き払っちゃえばよくない?」
「おいおい、随分と凶悪な思考じゃないか」

 霧崎は顎をかいた。

「折角だ。この町本来の環境を散歩させることも重要じゃないかい?」
「そう?」
「ああ。まさか、ムーンキャンサーを動かす度に怪獣を動員するつもりじゃないだろう?」
「え」

 アカネはキョトンとした声を上げた。

「……そのつもりだったのか」

 霧崎は呆れながら、顎で促した。

「ほら、ちゃんとリードはあるんだ。しっかりやってくれ」
「分かったよ」

 アカネは口をすぼめながら、彼の手からリードを受け取った。
 だが、霧崎からリードを受け取った瞬間、ムーンキャンサーの動きが活発になる。

「あ! ま、待って!」

 何かに駆られたのか、ムーンキャンサーはどんどんアカネから遠ざかっていく。道行く人々の間を縫って、黄色の雨合羽がどんどん離れていく。
 アカネは追いかけるものの、好奇心が芽生えたペットほど追いかけるのが面倒なものはない。
 その道中、人とすれ違うたびに体が震える。吐き気がする。速く帰りたいと心が叫ぶ。
 どれだけ走っただろうか。
 やがて、アカネの体力が底を尽き、フラフラと壁に寄りかかった。

「……やっぱりやめた! こんなつらい思いして、外に出ても意味ないじゃん」

 アカネはそう言って、尻餅を着く。人の目が集まるが、アカネはそれよりも駄々をこねることを選択した。

「トレギア! あなたがムーンキャンサーを連れてきてよ!」
「おいおい、短気じゃないかマスター」
「うるさい! そもそも、楽に怪獣を沢山暴れさせてくれるっていうからアンタと手を組んだのに、何で私まで……」
「そんなこと言っていると……ほら、行っちゃうよ? ムーンキャンサーが」

 霧崎が指す、ムーンキャンサー。
 どんどん進んでいき、やがて見滝原公園の門をくぐったところで、アカネの視界からは見えなくなった。

「ほら。あの公園だ。速く行こう」

 霧崎の声に渋々了承して、アカネは見滝原公園に立ち入る。
 見滝原の住民で、この場所を訪れたことがないのは自分だけではないだろうか。
 そんなことを考えながら、アカネは見滝原公園、その象徴たる湖を眺めた。先月未明、謎の現象により湖が完全に干上がってしまった。そのミステリー性でネットが騒然になった記憶は新しいが、すでに湖も復旧していた。
 その分、今日見滝原公園は多くの人々でごった返していた。家族連れ、カップル、友人同士。
 誰も彼も、遠い世界の人物に見えてきた。

「あの……」

 その時。
 全く知らない声をかけられた。
 それは、
 桃色のツインテールの少女。年はおそらく、アカネよりも年下。中学生くらいだろう。
 弱気な印象を抱かせる少女は、静かに会釈した。

「突然ごめんなさい。なんか、すごく落ち込んでいるみたいだったから」
「……」

 アカネは何も答えられない。
 だが、そんなアカネへ、霧崎が助け船を出した。

「ああ、気にしないで。大丈夫。ねえ?」

 霧崎に顎を撫でられた。不快感を表情に表しながら、アカネは霧崎を睨んだ。
 「あ、ならいいんです。よかったあ」と、お辞儀をした少女は、アカネから遠ざかっていった。

「おいおい、マスター。しっかりしてくれよ。このままだと、折角の最強の怪獣であるムーンキャンサーが野生化してしまうじゃないか」

 霧崎はアカネの肩を叩いた。
 彼の手を振り払い、アカネはムーンキャンサー……人々が騒がないということは、人目に付かない森の方にいるのだろうか……をさがして、茂の方へ足を向けた。

「ムーン……キャンサー? ムーンキャンサー?」

 か細い声で、サーヴァントの名前を呼ぶアカネ。だが、聞こえる声量でもなければ、ましてやムーンキャンサーに届くはずもない。
 そして周辺には、笑顔が眩しい人々の姿がある。笑顔に視界を遮られながら、アカネは進んでいく。

「おいおいマスター。ちゃんと真っすぐ歩かないと危ないよ」
「誰のせいでこうなってるって……うわっ!」

 歩いていたら、足を取られた。
 茂に足を取られ、横転したのだ。下半身を上に、上半身を下に。四肢を投げ出した状態のアカネは、せせら笑う霧崎を睨んだ。

「起こして」
「え?」
「いいから起こしてよ!」
「アーッハハハハハ!」

 すると、霧崎は大爆笑。
 周囲の大勢の人々に笑われながら、アカネは立ち直る。アカネは口をきっと結びながら、逃げるように茂から森に入っていく。
 人がいない、森の中。入ってすぐ、アカネは緑と茶色とは別のものを見つけた。

「あ……」

 アカネはそれを手に取る。間違いようもない。ムーンキャンサーに与えた、黄色い雨合羽だった。

「どこ!? どこにいるの!?」

 アカネの声に、ムーンキャンサーは答えない。

「トレギア! ムーンキャンサーはどこ!?」
「さあ? どこだろうね……?」

 アカネの問いに、霧崎はにやりと口元を歪めた。

「どうやらお転婆のようだからね。全く、マスターとは大違いだ」
「……っ!」

 その言葉に、アカネは目を吊り上げた。
 雨合羽を振り上げ、そのまま霧崎に投げつける。

「おいおい……何を怒っている?」
「うるさい! もともとトレギアが言い出したんでしょ! 散歩でもすればいいって」
「おいおい……人のせいにしないでくれ。君の管理能力が成っていないからじゃないか」

 アカネがむすっとしていると、木々の合間から、さっきの桃色のツインテールの少女がアカネの目に入った。

「……そうだよ。アイツのせいじゃん。あんなに友達と幸せそうに笑っていて……!」
「ひどい言いがかりだ」

 アカネの語気が、後半に連れて強くなっていく。
 そして。

「トレギア!」
「何だい?」
「怪獣出して! さっき作った奴……はまた調整するから、その前に作ったやつ!」
「やれやれ……全く、困ったお姫様だ」

 霧崎はそう言って、発生した闇に手を突っ込む。彼が手を戻せば、昼頃までアカネが机の上で作っていた茶色の人形が握られていた。

「これかい?」
「そう! それ! アイツ、殺そうかなって……」

 血走った目で、ツインテールの少女を睨むアカネ。彼女は、青髪の友人が近くの休憩所に走っていくのを見届けて、ベンチで一人休憩を取っている。

「ムーンキャンサー見失ったのアイツのせいでしょ? それなのに一緒に探してくれないのなんて非常識だよ。でしょ? じゃあ、よろしくー」

 それまでは憂鬱そうにしていた時とは真逆に、アカネが浮かべた純粋な笑顔。それまでは言葉をしゃべることもなかったのに、怪獣を取り出した時のみ、アカネは口を流暢に動かせる。
 そして。

「まあ、構わないけどね」

 霧崎は、人形を無造作に放り投げた。即座に彼の右手から発せられた蒼い雷が人形を貫通。

「インスタンス アブリアクション」

 すると、人形が変わっていく。
 茶色一色だった胴体は、光沢が入った銀色へ。下に至るまでに大きくなっていく胴体の中心には、赤い血管のようなものが刻まれていた。
 そして、人間ならば腕に当たる部分。それは、黄色の触手となり、鞭のようにしなっていた。

「ツインテールのような体形だな。それで? あの怪獣の名前は?」
「ゴングリー! あのツインテールを殺して!」

 アカネがゴングリーと命名した怪獣は、その真紅の宝珠のような頭部を輝かせる。そして、ずんずんとツインテールへ近づいていく。

「……え!?」

 その気配に気付いて、ツインテールは逃げ出す。
 だが。

「ほらほら、逃げちゃダメだよ」

 アカネは笑顔のまま、ターゲットが逃げ惑う姿を鑑賞する。
 彼女の名前___それが、鹿目まどかという名前さえも知る由もない。
 ただ、人が見上げる大きさの怪物は、唸り声を上げていた。

「な、何……!?」

 驚いたターゲットのまどか。
 だが、もう遅い。
 その時、ゴングリーの目前に、赤い何かが割り込んできた。
 まどかにとっても、そして今この見滝原公園にいる人にとってもお馴染みのもの。
 消火器。
 それは、ゴングリーが放った触手に突き刺さる。それは、ゴングリーの視界を白い化学薬品で覆った。

「まどかっ!」

 さらに続く、別の少女の声。
 青いボブカットの少女が、ターゲットを助け起こし、そのまま連れて行った。
 障害物の多い森を選び、一目散に逃げていく。

「逃げられないよ……?」

 ゴングリーが踏み荒らした跡に続いて、アカネは静かに彼女たちに付いて行った。
 その後ろで、霧崎が立ち止まっていることに気付くことなく。
 そして。

「さあ、マスター……」

 アカネが入った森へ背を向け、背筋を曲げる。そのまま首を動かさずに、森の入り口へ語りかけた。

「災いの影……そのゆりかごになってくれよ?」
 
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