Fate/WizarDragonknight
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本当に怖いこと
蓮華不動輝広。
清香が使う、比較的刀身が短い御刀。
たとえ戦いが怖い清香であっても、決して見放すことがなかった御刀である。
清香はそれで、トレギアの爪から発せられたエネルギー波を切り裂いた。
「……っ! フェイカーのサーヴァント……」
その聞き覚えのある単語に、清香は唇をきっと結んだ。
「サーヴァントってことは、聖杯戦争の参加者……!」
「へえ……知ってるんだ。聖杯戦争のことを」
トレギアは両手を腰に回した。
「ふむ……どうやら君は参加者ではなさそうだね」
トレギアは、御刀を握る清香の手を見下ろした。
清香は、その目線に、聖杯戦争参加者の手には令呪が刻まれるということを思い出す。
「別に私は殺戮をしたいわけじゃない。素直にそこの荒魂を渡してくれれば、命を奪うということはないよ?」
「嫌です! コヒメちゃんは、わたしの……わたしたちの友達です。聖杯戦争の参加者なんかに……!」
「おいおい、ひどい言い草だなあ。それにしても……」
トレギアは、再び笑い声を上げる。
「荒魂が友達かい? 人間にしては、随分と寛大な交友関係じゃないか」
「……!」
その言葉に、清香の表情が一瞬陰る。
「見せかけの友情ごっこよりも……自分の命を大事にするんだな!」
トレギアはそう言って、コヒメへ飛び掛かっていく。
「だ、ダメです! コヒメちゃん! 下がって!」
清香の御刀、が、トレギアへ走る。
迅位。通常の時間軸とは異なる速度の動きだが、トレギアはそれを簡単に見切る。顔をずらし、飛びのき。最低限の動きだけで、清香の剣筋を嘲笑う。
「ほう。どうやら、最低限の戦える力はあるようだが……そんなもので、私は倒せない」
冷徹に告げられた事実。
彼の腕から伝わる黒い雷撃が、清香へ走り出す。
清香の体に走った痛みに悲鳴を上げる。
しかも、さらにトレギアは攻め入って来る。
「ほらほら?」
嗤いながら、トレギアの手が次々と清香を襲う。
ただの手のはたき。それだけなのに、写シを通じて肉体にどんどん負担を与えていく。
「どうしたんだい? 全く当たらないじゃないか」
やがて剣を反らし、その背後からの手刀。
バランスを崩した清香への、追撃の顎蹴り。
「っ!」
「ほらほら……」
トレギアは煽るように、清香へ攻撃の手を加えていく。
「腰が引けてるじゃないか。何なら、もう逃げてもいいんだよ?」
「に、逃げません!」
清香は蓮華不動輝広でトレギアの手を防ぎながら叫ぶ。
「へえ……こんなに弱っているのにかい!」
トレギアは清香の腕を叩き落とし、その肩を突き飛ばす。バランスを崩した小柄な体に、さらにトレギアは闇の雷を放つ。
「うあっ!」
悲鳴を上げながら転がる清香。
「別に私は、君が狙いじゃないんだ。その……荒魂だ」
トレギアは指を指す。
その対象は、人間ではない荒魂。
「それに、私はサーヴァントだが、別に聖杯戦争そのものに興味はない……他の参加者を全滅させてまで願いを叶えたいわけでもないしねえ」
トレギアの目が、赤く光る。
「だから……今の目的のために、君は邪魔なんだよ……!」
トレギアの目から、光線が発射される。
それは、迎え撃とうとする清香の剣から捻じ曲がり、回り込み、その背後から連続的に爆発を起こす。
「あっ……がっ……!」
写シという霊体、その内側から爆発したような痛みに、一瞬清香の意識が飛ぶ。
膝を折り、倒れかけた体を、蓮華不動輝広で支えた。
「へえ、頑張るねえ」
トレギアはパチパチと拍手を送る。
清香は震える足で立ちながら、御刀を構えなおした。深く息を吐くと、その写シが白から緑へ変わっていく。
そして続く、剣を中心に回転させた動き。それは___。
「治癒の舞!」
淡い、緑の光。それは、たった今トレギアに付けられた傷を、あっという間に治癒していく。
だが、その技は精神までは回復してくれない。
体に残る痛みから、清香は息を絶え絶えに再び膝を折った。
「ほう……大した回復力だ」
その様子を見ていたトレギアはゆっくりと頷いた。
「でも、それじゃあもう私には勝てないよねえ? 大人しく逃げた方がいいんじゃないかなあ?」
「だ、ダメです!」
それでもまだ、トレギアへの太刀打ちには程遠い。
トレギアの目の光、爪の刃、そして闇の雷。
あらゆる彼の攻撃手段が、清香の華奢な体をあちらこちら刻んでいく。
清香の体から、白い写シが散り散りに破れていく。
「おいおい……まだやるのかい?」
トレギアは倒れた清香を踏みつける。
「うっ……!」
仰向けの清香、その顔面。じりじりと踏みつけてくるトレギアを、清香は見上げていた。
「い……や……逃げて……!」
とても勝てない。
それを確信した時、清香はコヒメへ訴えた。
だが、肝心のコヒメは、もう腰が引けているのか、へたり込んでいる。
「全く、人間は理解できないよ」
トレギアは、頭を振った。
「少しでも違う者を拒絶するくせに……よくもまあ荒魂なんて怪物を友達呼ばわりなんて」
トレギアは踏みつける足に力を込めながら言った。
写シを通じて、顔が圧迫される。
涙を浮かべながらも、清香はコヒメへ訴える。
「逃げて!」
その発破に、コヒメはようやく清香に背を向けた。
だが。
「おっと。見捨てるなんて酷いじゃないか。荒魂ちゃん」
トレギアの闇の雷。それが、あたかも鞭のようにコヒメを縛り上げていく。
「やめて! 放して!」
「ダメに決まってるだろう? 少しの間、大人しくしてもらおうか」
やがて、清香から足を外したトレギアが、コヒメへ手を伸ばす。
そのまま縛られたコヒメの首を掴み上げ、そのまま連れ帰ろうとしているようだった。
だが。
「おやおや……まだ戦うのかい?」
トレギアは嘲笑する。
彼はすでに、清香など眼中にないのだろう。
だがそれでも、清香は立ち上がる。
「はあ、はあ……」
痛めつけられた体は、もはや万全とは程遠い。だが。
「友達を守るのは、当然です!」
そう言って、清香はトレギアへ立ち向かう。
だが、片手をコヒメで埋まっているという状況ながら、トレギアは余裕を崩すことはない。
「あんまり無理はしない方がいいよ? これ以上戦うと、体に悪いんじゃないかな?」
「コヒメちゃんは、友達だから……! だから、絶対に渡さない!」
「まあ、頑張ってくれ。もっとも、君のようなザコは、もう終わりだろうけどね」
そう言って、トレギアの背後には闇が浮かび上がる。
見るだけで奥行きを感じさせるそれ。それが、転移やその類の能力を持つのだろうということは容易に想像できた。
「逃がしません!」
清香は自らを奮い立て、トレギアの頭上を飛び越える。
「これ以上の……役立たずは……もう嫌なんです!」
清香は、その声とともにその体を独楽のように回転させる。
「破邪顕正の剣!」
緑の光が幾重にも重なり、トレギアを周囲の空間、その闇ごと切り裂いていく。
トレギアが呼び出した、移動用の闇は消失。だが、腕を覆ったトレギアに、それほどのダメージはなかった。
「おや? 何だい今のは……?」
トレギアは、今清香に斬られた一か所を振り払う。
「たかが一撃じゃないか。大したこともない……」
だが。
「ぐあっ!」
とうとうトレギアが痛みを吐露した。彼はコヒメを手放し、さらに落下するコヒメを清香が抱きかかえる。
即座にトレギアから離れ、コヒメを下がらせる。
「中々やるじゃないか……まあ、まだ私には及ばないようだがねえ」
トレギアは、今の攻撃さえも鼻で笑う。
だが。
「うっ……!」
その痛みが、きっとトレギアを襲ったことだろう。
そして。
破邪顕正の剣。それは、時間差の攻撃。
トレギアを襲う、無数の斬撃。それは、コヒメを手放したトレギアを爆発させた。
「……ちぃ……!」
崩れ落ちるトレギア。
「戦うことは、今でも怖い……でも!」
清香は、告げた。背後にいるコヒメを一瞬だけ見やり、蓮華不動輝広を握る力を強める。
「友達を失うことの方が、もっと怖い!」
「ふん……!」
トレギアは、その目を赤く光らせる。
目から発射された破壊光線が清香を狙うが、清香はそれを跳びながら回避。
「怖い戦いは……ここで終わり!」
清香が持つ、最大速度。
回転しながらトレギアを斬りつける。
「ちいっ!」
トレギアは舌打ちをしながら、指輪を取り出す。
現れた怪物。
だが、それが実際の姿を見せ、荒々しい咆哮を上げるよりも先に、清香の斬撃により切り刻まれていく。
「天網恢恢の剣!」
産声とともに断末魔。
横回転が、現れたばかりの名も知らぬ怪物を破壊した。
「やあああっ!」
さらに続く、縦回転。それはそのまま、トレギアの体を引き裂いていく。
「ぐあっ!」
トレギアの悲鳴。
だが、清香は攻撃の手を緩めない。
「これで……トドメッ!」
清香の一閃。
緑を纏った刃は、トレギアの仮面を縦に引き裂いた。
吹き飛ばし、それによってコヒメがトレギアの手を離れた。
それはつまり、コヒメを取り戻せたことに他ならない。
清香がコヒメを抱き寄せ、トレギアに背を見せたと同時に、全身から火花を散らしたトレギアは、そのまま爆発していった。
「やった……」
トレギアを倒したことで、清香は息を吐く。
「きよか!」
「コヒメちゃん!」
脅威がいなくなったことで、コヒメが安心した表情を見せる。
「大丈夫? きよか」
「うん。平気だよ。……うっ」
頷いた清香だったが、全身の痛みが清香の動きを鈍らせる。
だが、自身の肩に触れるコヒメの感触から、彼女の無事を実感できた。
「それより、今の人……危ない人だったね」
清香はそう言いながら、トレギアの爆発後を見つめる。
赤い炎の揺らめきを見つめながら、清香は大きく息を吐いた。
「でも、もう、大丈夫……」
パチ。パチ。パチ。
爆炎の中から聞こえてきた拍手。
それに、清香の表情は凍り付いた。
「え」
その音に、清香は振り向く。
爆炎の中から、静かにその姿を現した蒼い仮面。
「よく頑張った頑張った」
「そ、そんな……!」
ほとんど無傷に近い彼の姿に、清香は言葉を失う。
「いやあ、最後の一撃は痛かったよ。私もあの威力はできるだけ受けたくないレベルだからね」
「そ……そんな……っ!」
「でも残念。それ程度なら、私の敵ではない」
「……!」
トレギアはすでに、両手を顔の近くに掲げている。闇が溢れる中。五つの赤い目が、発射口として清香に牙を剥いている。
「コヒメちゃん!」
あの技が来る。
それを察知した清香は、コヒメを突き飛ばす。
同時に御刀から、再度写シの力を引き出す。
が、それと同時に。
「トレラアルティガイザー」
放たれた、漆黒の雷。
それは、迷うことなく清香の体を貫いていく。
「がはッ!」
想像を絶する痛み。全身を見えないアイアンメイデンが閉じ込めたかと錯覚する衝撃が、写シの霊体を貫き、さらにはその生身までも痛みを走らせた。
これまでにない勢いで、写シが掻き消される。同時に生身となった清香は、道路へ投げ出された。
「あ……っ!」
突き飛ばされた背中が、ガードレールをひしゃげる。清香の口から血反吐が吐き出され、意識が薄れる。
「きよか!」
コヒメは悲鳴をあげながら、清香に駆け寄る。
だが、その前には闇の仮面が立ちふさがった。
「さあ? 一緒に行こうか? 荒魂ちゃん」
トレギアはコヒメの肩を掴み、無理矢理引き寄せる。すぐさま首を締め上げ、コヒメは抵抗虚しくトレギアから離れられない。
「やめて……! 放して!」
「まさか、こんなところで目的の鍵が手に入るとはね……これは、彼も驚くだろう」
「待って! コヒメちゃん……!」
清香は、コヒメへ手を伸ばす。
だが、トレギアはそんな清香など無視しながら、コヒメの首根っこを掴まえた。
「いや!」
もがくコヒメだが、トレギアには通用しない。片手で軽々と持ち上げるトレギアは、コヒメを嘲笑うように指を回す。
「安心したまえ。この見滝原にいる限り、彼女の使い道は君にもすぐ分かるさ。さあ、行こうか」
「嫌だ! 助けてきよか! みほの!」
コヒメの悲痛な悲鳴。
清香はまだ手を伸ばすものの、やがてトレギアの体は、コヒメとともに蒼い闇に包まれていく。
やがて、その闇が消失するのと時を同じくして、清香は意識を手放した。
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