Fate/WizarDragonknight
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役立たず
「清香っ!」
美炎のその声に、ハルトは振り向いた。
病室。
かつてハルトと可奈美が幾度か足を運んだ場所とは異なる、小さな病院。
その病室に息を切らして現れたのは、美炎だった。
「清香っ! 大丈夫!? ケガして運ばれたって聞いたけど……!」
美炎は、ハルト、そして可奈美を通過し、清香へ駆け寄った。
そして、美炎とともに病室にやって来た知り合い。
「……響ちゃん?」
幾度となく、ともに聖杯戦争を生き抜いてきたランサーのサーヴァント。彼女はハルトと可奈美の存在を認識し、「ハルトさんに、可奈美ちゃん?」と目を丸くした。
「どうして響ちゃんが美炎ちゃんと一緒に?」
「さっきちょうど、美炎ちゃんと一緒にソロと戦ってたんだ。そのあと可奈美ちゃんから連絡があったんだけど……」
響は、入口から清香を心配そうに見つめている。
「……その子、大丈夫?」
「ああ。でも、通報したのが……」
ハルトは、病室の壁を睨む。
ベッドに沿った壁際。ハルトの真後ろにいたのは、緑のストールと、黒い帽子が特徴の青年が、ずっとにやにやしてハルトたちを見つめていた。
「まさか、お前だったなんてな」
「刀使みたいだったからね。また君に会えるんじゃないかって思ったんだよ。フフッ」
清香の怪我を通報した人物、ソラは口元で手を握った。
「まあ、こんな日本刀を持ってる女子学生なんて、早々お目にかかれないと思うけど」
彼は、手に持った刀身の短い刀を振り回しながら言った。
可奈美の千鳥のような銘柄は、ハルトには当てられないが、それはやはり清香のものなのだろう。ソラはそれを清香のベッド近くの机に捨て置き、「ね? ハルト君」と首を傾げた。
「俺はお前に会いたくなんかなかったよ」
「へえ……ひどいなあ?」
ソラはそう言いながら、美炎に駆け寄る。
「君が美炎ちゃんだね?」
「あ、清香を助けてくれてありがとう。えっと……」
「僕のことは、ソラって呼んでね」
ソラはそう言って、次に可奈美へ顔を近づけた。
「久しぶり。可奈美ちゃん、だったよね?」
「グレムリンの……ファントム……!」
「覚えててくれたんだ! でも、僕のことはソラって呼んで欲しいな」
ソラは嬉しそうに可奈美の肩を揺らした。
可奈美は驚いて、そんな彼を突き飛ばす。
「あらら……フラれちゃった」
ソラは肩をすぼめた。
そんな時、響はソラの腕を突いた。
「ねえ。あの人、誰?」
「……ファントム」
「ファントム!?」
その答えに、響は唖然とした。
彼女は、ハルトとソラ、そして彼に絡まれ続ける可奈美を見比べた。
「それじゃあ……ほら! やっぱり、ファントムだって共存できるんだよ!」
「その話、まだ諦めてなかったの……?」
それは、初めて響のシンフォギアを目撃した戦いを思い出す。
最初、強力な能力を持つファントムと戦い、その中で、響はファントムと共存できる道を探っていたのだ。
「だって、手を繋げるファントムだっているってことだよ! これ、すごいことだよ!」
「……」
後になっていくにつれて、響の声が大きくなっていく。
だが、その状態は、可奈美のうんざりしたような声によって途切れた。
「だから、やめてってば!」
その可奈美の声。
可奈美には珍しい尖った声に、ハルトは少し驚く。
「……あっ」
完全な拒絶に、可奈美はばつの悪い顔を浮かべた。
だが、ソラは薄気味悪い笑顔を絶やすこともない。
そして。
「う……」
「清香? 清香!」
ベッドの手すりを軋ませる美炎。
彼女は、薄っすらと目を開ける清香を覗き込んでいた。彼女は、しばらく焦点の合わない目を右から左へと動かした。
「ここは……?」
「病院だよ。倒れたって聞いて。何があったの? コヒメは?」
「ほのちゃん……衛藤さん……」
清香は体を起こす。
彼女が着用していた平城学館と呼ばれる学校の制服は近くのロッカーに収納され、今は水色の病院服を着ている。頭に付けていたカチューシャは近くの机に置かれ、髪をまとめていない清香は少し長髪のようにも見えた。
清香はしばらく美炎を見つめていると、頭を落とした。
「ごめん……ほのちゃん……ごめんなさい……!」
「どうしたの? 何で謝ってるの? コヒメは……どこに行ったの?」
だが、清香はそれに答えない。
清香は、美炎の両腕を掴み、その胸に顔を埋めた。
「き、清香!?」
「ごめん……コヒメちゃん、攫われちゃった……」
「え」
その言葉に、美炎は大きく目を見開いた。
「攫われたって……」
その単語の意味を忘れたかのように、美炎は口を丸めた。
「攫われたってどういうこと?」
「ごめん……! ごめんね……」
嗚咽が止まらない清香。
「落ち着いて、清香! 何? 何があったの?」
「攫われちゃったの……青い、仮面の人が……コヒメちゃんを狙って……」
青い仮面。
その単語だけで、ハルトと可奈美、そして響は顔を見合わせた。
「青い仮面って……!」
「もしかして……ッ!」
「間違いない……!」
トレギア。
それだけで、ハルトはつい先日の地下での戦いを思い出した。
グレムリン、そしてさやか。ウィザードに加えて二体のファントムを相手にしても、決して引けを取らない強敵。
「アイツが……今度は何を企んでいる……!?」
ハルトは歯を食いしばり、その事実に冷や汗をかいた。
「ハルトさん? もしかして、誘拐犯が誰か知ってるの? 可奈美も!?」
美炎はハルトと可奈美へ問い詰める。
「青い仮面は、きっとトレギアだ。俺たちが……聖杯戦争の中で敵対している最悪の敵……!」
「最悪の……?」
その言葉に、どんどん美炎の顔が青ざめていく。
最悪、と言ってしまったことを後悔しながら、ハルトは可奈美と目を合わせる。
可奈美は頷いて、ハルトに先を促した。
「願いを叶えることよりも、他の参加者を苦しめることを優先するような奴だ……でも、何のために……?」
「その人って、フェイカーの、サーヴァント?」
「え?」
美炎から出てきたクラスの単語に、一瞬ハルトは動きを止める。
「確かにトレギアは、フェイカーのサーヴァントだけど……何で?」
その時。
一瞬、美炎の目が赤く染まった。
変化した声色で、美炎はそれを口にする。
「八岐大蛇……」
「美炎ちゃん?」
だがそれは、瞬きとともに元に戻る。
「美炎ちゃん!」
「可奈美ちゃん!」
脱兎のごとく病室を飛び出す美炎と、その後を追っていく可奈美。
追いかけようとする響をあっという間に引き離し、二人は病院から出ていった。
「ハルトさん、これ、どういうこと? わたしだけ、全く話が見えてないんだけど? それに、美炎ちゃん一瞬だけ人格が変わったように……!?」
「俺に聞かれても答えられないよ」
詰め寄ってくる響を、ハルトはなだめる。
「穏やかじゃないね」
その時、ソラが口を挟んだ。
「青い仮面って、あれだよね? この前見滝原ドームで大暴れしてた」
「何でお前がそれを知ってる……?」
ハルトの顔が、一気に険しくなる。
「僕が見滝原に来たの、大体それくらいの時期だったからね。影から見てたけど、中々面白い見世物だったよ」
「……グレムリン!」
ハルトは、怒声とともにウィザーソードガンで斬りかかる。
同時にソラも、いつの間にか手にしていた剣でそれを防ぐ。
静寂が似合う病院に響くその音は、不自然なまでに病室を支配した。
「へえ、君結構好戦的だね。それとも、これは僕だけ?」
「お前、いい加減に……!」
「やめてッ!」
だが、ハルトとソラの間に、響の声が刺した。
「ここ病院だよ! 怪我人増やすところじゃないよ!」
「……ふん」
その言葉に、ハルトは手の力を落とす。
響はそれを見て、肩を撫で下ろした。
「トレギアが、その……コヒメちゃん? って子を攫ったんだよね」
「そうなるかな……」
だが、顎を手に当てるハルトは、顔をしかめた。
「でも、理由が分からないんだよね……コヒメちゃんは確かに珍しい喋れる荒魂だけど、それ以上の利用価値なんてあるのかな」
「そうだよね。そもそも、トレギアの目的は、その八岐大蛇の復活でしょ?」
「だよね」
「そもそもの条件としては、なんか、ノロってものが必要らしいのに」
「だよね……」
「あと、ソロは何て言ってたっけ? えっと……何とか石を壊すのが目的のはずなのに、なんで誘拐なんか……?」
「そうだよね……ん?」
その時、ハルトは響が口にした言葉に首を傾げた。
「ごめん響ちゃん、今何て言った?」
「何とか石を壊すのが、トレギアの目的のはずだけど」
「それも気になるけどそれの前」
「ソロから聞いた」
「それも是非とも共有したい情報だけどもっと前」
「ノロが必要?」
「もうその辺になると、細かい裏事情なんで君が知ってるのって話になるけど、その前。八岐大蛇って言った?」
「あ、うん。言いました」
八岐大蛇。
日本神話に登場する、巨大な怪物。
ハルトも一般常識としては知っているその名前が、なぜ今出てくるのか。
「いきなり馴染みのない単語が出てきたのは、何で?」
「そういえば、あの子……美炎ちゃん、だっけ? あの子も口走ってたよね」
ソラも響へ催促している。
振り向けば、清香も静かに響の言葉に耳を傾けていた。
「ああ……」
響は大きく頷いた。
「ソロから聞いたんだけど、今トレギア、その八岐大蛇を復活させようとしてるみたいだよ」
「正直そこから色々説明が必要だと思うんだけど……」
「ええっと……だから……」
そうして、響は、つい先ほど美炎とともにソロと戦ったことをハルトとソラへ伝えた。
ムー大陸と戦った古代の大荒魂、八岐大蛇。
そして、それを封印する八つの要石が、すでに六つ破壊されていること。
そして、大荒魂である以上、その肉体を構成する物質であるノロが必要であること。
「なるほどね……ソロがコヒメちゃんを狙ったのはそういうことか」
ハルトは頷いた。
「? どういうこと?」
「……移動しながら説明する。響ちゃん、ソロがどこにいるか、は分からないよね……仕方ない。探すしかないか」
その言葉とともに、病室から飛び出そうとするハルト。
だが、その足は、壁に寄りかかる存在によって止まる。
「……ソラ……」
「ん? 何?」
ソラ。
ファントムの人間態である彼は、肩をくすめた。
「行かないの? 早く行きなよ」
「お前は?」
「僕は、別にその怪物とか興味ないしね」
「ハルトさん」
響も、ハルトを急かす。
だが、ハルトはむしろ、ずんずんとソラのもとへ歩み寄った。
「お前も来い」
「どうして? 別に、行く義理もないじゃん」
「俺がお前を清香ちゃんがいる場所に残すと思う?」
ハルトは低い声で、ルビーの指輪を見せつけた。すでに腰には銀のベルトを備えており、いつでもウィザードに変身できると見せつけていた。
「……全く、信用ないね」
「あのことを、忘れたとは言わせない」
その言葉に、ソラは「へえ?」と鼻息を漏らす。
「ああ、あれ? よく覚えてるね、そんな昔のこと。君自身には関係ないのに……それとも、事件一つ一つに執着するのも、贖罪のつもり?」
「……」
「まあいいや」
ソラはハルトを突き飛ばす。
「今回の事件、僕は手を引くよ。怪物だなんて、とんでもないから。それじゃあハルト君、またね」
手を振ったソラは、玄関ではなく、病室の窓を開ける。
迷いなくそこからジャンプしたソラは、見滝原の屋根伝いにどこかへ飛び去って行った。
「ハルトさん。行こう」
そう言って先に出ていった響に続いて、ハルトと響も外へ出る。
だが、ドアのところで足を止め、こちらを見送る清香へ振り向いた。
「清香ちゃん、気にしないで」
「……?」
「コヒメちゃんは、俺が……俺たちが取り戻すから」
「松菜さん……」
清香はハルトの言葉に、シーツをぎゅっと握った。
「わたし……結局……」
「どうしたの?」
「結局私は、役立たずのままです……」
ハルトの質問に、清香は顔をそむけた。窓側を向く彼女は、果たして外の景色を見ているのだろうか。
「わたしは、今でも、戦うことが怖い……そのせいで、コヒメちゃんも守れなかった……結局私、何の役にも……」
「そんなことないよ」
清香の言葉を、ハルトは遮った。
「トレギアには負けたけど、少なくとも清香ちゃんがいたから、俺たちはコヒメちゃんのことを知ることが出来た。もし清香ちゃんがいなかったら、俺たちがコヒメちゃんの身に起こったことに気付くことだって遅れていた。大体、トレギアはメチャメチャ強い。それなのに、そんなにボロボロになるまでコヒメちゃんを守ってくれたんでしょ? だから、絶対に役立たずなんかじゃないよ」
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