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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Saga34三界の戦宴~Crisis~

†††Sideルシリオン†††

私が目を覚ましてから1年ほどが経過した。
意識上では全くと言っていいほど時間は進んでいないのだが、ガーデンベルグから受けた致命傷から護るためにフェンリルが施してくれた時間凍結封印の中で眠っている間、私は“界律の守護神テスタメント”なる存在となっていた。
“界律”という存在は既知だったが、その守護神という存在は知らなかった。“界律”に属する力は神や天使という教えしか知らなかったからだ。そんな知らぬ力だった“テスタメント”となっていた時間はおよそ2万年。気が遠くなるとかいうレベルを超越した年月だ。が、アースガルドで経過した時間はおよそ7千年。“テスタメント”の在る“界律”の頂点である“神意の玉座”は過去・現在・未来、あらゆる世界と繋がっているから起きる差だったようだ。

(はやて達と共に過ごした記憶しか残っていないから、マリア、恩人であるお前のことが判らないのが辛いよ)

“テスタメント”時代の記憶は“神意の玉座”によって消されたのだが、私のことをずっとサポートしてくれていたらしいマリアという“テスタメント”のおかげで、私ははやて達と過ごした記憶を取り戻すことが出来た。思い出せたのは、はやてと恋をした世界と、その記憶から補完されて思い出せたフェイトと恋をした世界の2つ。ただ、マリアと出会った記憶は取り戻せなかった。

(だから礼の1つも出来ない。また会いたいものだが・・・。彼女の出身世界も年代も判らない。無理な願いなんだろうな)

ともかく、私は“堕天使戦争”に勝利し、人間としての人生を取り戻すことが出来たのだ。残る人生を全うすることだけを考えよう。と、朝の身支度の1つである洗顔によって濡れた顔をタオルで拭い取り、女顔の所為で威厳が足りないと考えて伸ばした口ひげと顎ひげの乱れを整える。

「お父様。お目覚めでしょうか?」

「ああ、もちろん。鍵は開いているから入ってくれ」

「失礼します。おはようございます、お父様。朝食をお持ちしました」

「おはよう、プリム。すまないな、給仕のような真似をさせて」

私室のドアをノックされ、そう声が掛けられた。入室の許可を出すと、“戦天使(ヴァルキリー)”の1体で、第七世代ランドグリーズの隊長を任せているプリメーラが、朝食の載ったワゴンを押して入ってきた。そしてあの子がリビングの中央に在る楕円テーブルに食器を並べていくのを見届ける。

「いえ。好きでやらしてもらっていますので。むしろこの仕事の取り合いが私たちヴァルキリー内で起きています」

「そうなのか? その割にはこの1年、ほとんどがお前が私の給仕、いや秘書のようなものだったが?」

「お父様。じゃんけんは運ではないのです」

そう言って軍服にエプロンという恰好をしたプリムは胸を張った。なるほど、じゃんけんで当番を決めているわけか。プリムの演算能力や身体のスペックは高いからな、何かしらの確勝法を持っているのだろう。

「そ、そうか。少しは加減もしてやってくれ」

「・・・判りました」

私と長く一緒に居られることに幸せを感じてくれているプリムを始めとした“ヴァルキリー”は、シエル達の遺体を霊廟に安置した翌日、無事に再起動と相成った。フェンリルは軍拡ということで“ヴァルキリー”の再起動に不安を抱いていたが、いま現在、上位次元世界はとある危機に陥っており、そのおかげで“ヴァルキリー”は1つの世界が有するには過剰戦力だと危険視されるばかりか、再起動を全力で望まれた。さらに言えば追加の“ヴァルキリー”開発すら提案されるほどだった。

(まぁ相手が相手だ。私が同盟世界の政治家なら、ヴァルキリーの戦力は有用と考えるだろうな)

プリムに見守られながら食事を続け、そして食後の紅茶を頂いていると、廊下とリビングを隔てるドアがノックされた。するとプリムは小さく「チッ」と舌打ち。チラリと見ると、あの子はスッと顔を逸らした。

「どうぞ」

「失礼します。おはようございます、お父様」

「失礼しまーす! おはよー! お父様!」

元気よく室内に入って来たのは双子の“ヴァルキリー”で、身長155㎝以下の通称少年組に属する姉リオ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア、妹ミオ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア。その2人に「おはよう。何の用かな?」と挨拶を返し、ここにやって来た理由を聞く。

「本日の秘書官を担当することになったんだ!」

「いつもいつもプリムが秘書も給仕もやるから、あたし達はずっと不満だったんです」

「はあ。そういうわけで、残念ながら私の給仕仕事は午前中だけとなりました。少しばかり調子に乗り過ぎたようです」

昼食や夕食はまた別の“ヴァルキリー”が給仕をしてくれるそうだ。今後しばらくは給仕も秘書も出来ないと嘆息しながら、プリムは食器を片付けて部屋を後にした。プリムを見送ったリオとミオから本日の私のスケジュールを聞く。

「お父様。午前はヴァルキリーと一緒にアグレッサーとして魔術部隊と演習です」

「午後は14時から予定16時までアースガルド軍総督として、三界大戦について同盟世界の各界防軍長との会議だよ」

「判った。アグレッサーにはどのヴァルキリーが選出される?」

「凶狩の紫炎ティーナ、凶狩の蒼水ナーティア率いるヒルド隊になります」

「演習を行うのはアースガルド魔術軍の901から903の空戦部隊、計30名だよ」

私が封印されている間に神秘は蘇り、魔術師が再び生まれることが多くなった上位次元世界。再誕戦争時には数の少なかった空戦の出来る魔術師も増えたが、しかしやはり当時の魔術師に比べれば空戦術師も陸戦術師もはるかに弱い。現代の魔術師を鍛え、今現在人類が相手にしている脅威との戦争で、被害を少しでも抑える。それが私の総督としての仕事だ。

(政治家にはなりたくないからという理由で軍人への復帰だったが、まさかいきなりトップに就かされるとはな。まぁ戦いしか能がない私には天職とも言えるから文句はないが)

リオとミオからスケジュールを聞き、早速仕事に出かけようとしたその時、室内の至る所に空間モニター(私が魔法技術を基に魔術式を開発し、同盟世界に広めた)が展開され、EMERGENCYのメッセージと共に警報を鳴らした。さらに別のモニターが展開され、『マスター!』と切羽詰まった声で私を呼んだ「フェンリル!」が表示された。

『アールヴヘイムとユングガルドよりマス――ルシリオン総督とヴァルキリーの出撃要請があったの! ヘイズヘイムとギンヌンガガブの2つの世界にて両勢力の下級から中級戦力の出現を確認! ヘイズヘイムではおよそ150対150、ギンヌンガガブではおよそ300対300! 下級戦力は魔術師でも相手になるけど、中級となってくるとマスターやヴァルキリー級が必要になる!』

「判った! リコ、エリス、リナ」

『『『はい。お父様!』』』

私が通信を繋げたのは“ユグドラシル”の最下層ノルニルの泉に設置している“ノルニルシステム”。モニターが3つと展開され、女性3人の姿が表示された。
“ヴァルキリー”システムを管制する戦天使統括システムの管制プログラム、長女のアプリコット。再誕戦争時はヨツンヘイム連合に与する世界を監視させ、現在は同盟世界の看守を任せる世界看守システムの管制プログラム、次女のエリスリナ。アースガルドとビフレスト、ビフレストと他世界を繋ぐ転移門を創り出す、時空間支配システムの管制プログラム、三女のリナリアの3人だ。

「エリス。ヘイズヘイムとギンヌンガガブとの映像を」

『はい。ただいま』

新しく展開されたモニターに人類の脅威となっている2つの勢力が映し出される。およそ600の暴力が衝突し合い、互いを殲滅しようとしている。それだけなら放っておいても問題ないのだが、その2つの勢力は人類に対しても敵対心を抱き、攻撃対象にしていることだ。ユングガルト政府の監視を受けているギンヌンガガブは無人世界だが、ヘイズヘイムはアールヴヘイムの姉妹世界、つまり有人世界だ。被害を出すわけにはいかない。

「まったく。召喚者無しで表層世界(にんげんかい)に来てほしくないな、魔族には」

「それを言ったら天属もですよ。勝手に魔族との戦争を始めて、魔族に戦いを挑みながらついでみたく人間にも戦争を仕掛けてきたんですし」

「魔族も魔族でケンカを売ってきたんだよね。嫌になるよ」

そう。人類は今、天属――天使と魔族の戦争に巻き込まれ、しかも両方から敵対されている。私が目覚める30年ほど前から始まったらしく、天界・魔界・人間界を巻き込んだこの戦乱のことを、当時の各界政府は三界大戦と称した。

「リコ」

『はい。フェンリルと相談した結果、ギンヌンガガブにはアルヴィト、ラーズグリーズの2隊を、お父様の供としてランドグリーズ隊を出撃させます。異論はありますか?』

「いや無い。ただ、どちらにも空戦部隊をいくつか投入させろ。実戦でさらに経験値を積ませたい」

『了解です。即座に出撃可能なのは演習の準備に入っている901、902、903空戦隊ですので、招集を掛けます』

「リナ。ヘイズヘイムの方は一刻を争う。すぐに出撃するから、ヴァルハラ中央中庭に転移門を用意しておいてくれ」

『うん、判った!』

“ノルニル”姉妹との通信を切り、戦闘モードになっているリオとミオに「行くぞ」と声をかけ、共に中央中庭を目指して駆け出す。U字階段室の吹き抜けを一気に降り、正面扉を蹴破る勢いで開く。宮殿を囲う城壁の正門と正面扉の間に広がる中央中庭。そこにクルックス率いるアルヴィト、氷月率いるラーズグリーズ、プリム率いるランドグリーズ隊と、空戦の出来る魔術師30人が整列しており、リオとミオがランドグリーズの隊列に加わった。

「総督。ランドグリーズ!」

「アルヴィト!」

「ラーズグリーズ!」

「901!」

「902!」

「903!」

「「「「「「いつでも出撃できます!」」」」」」

各隊の隊長の言葉に頷き、空戦隊で最も練度の高い901をギンヌンガガブへ投入し、902と903は私のサポートと万が一の避難誘導を担当してもらうことを伝え、リナリアに各世界へと通じる転移門を空に展開してもらう。飛翔術式を発動したままの転移の方が、転移直後のトラブルにも対応しやすい。
各隊長が部下に飛翔術式の発動を命じ、各人がふわりと体を浮かせて高度5mほどで再整列。私も瞬神の飛翔コード・ヘルモーズを発動。

『宮殿から見て右側がヘイズヘイム往き、左側がギンヌンガガブ往きになるから注意してね』

リナリアの言葉に頷き返し、私は「出撃!」と号令を掛け、それぞれの転移門に飛び込んだ。視界が真っ白に染まり、その白い空間を通る。視線の先に見えてきた門状の穴を通り過ぎればそこはもうヘイズヘイム。5㎞程度しか離れていない場所に在る城塞都市、その周囲に拡がる平原の上空に私たちは転移した。目下では天使と魔族が殺し合いをしているの肉眼で視認。

(また、命の奪い合いの世界に戻ってきたな・・・)

胸の内で何度目かになるか判らない愚痴を零した。この1年で殺し合いは数十回と行ってきた。天使を殺し、魔族を滅し続けてきた。はやて達の居る次元世界でも管理局の暗部として暗殺仕事をしてきたが、ここまでの命の奪い合いは再誕戦争以来だ。

「902、903は私と共に空襲を行い、ランドグリーズ隊は流れ弾が都市に向かわないように防壁を担え」

アースガルドの魔術師には人造兵装の神器を配布してある。再誕戦争時の物だったり、この1年で私が作成した神器だったりと、天属・魔族の中級中位ならギリギリ通用するような物だが。そこにブーストを掛けてやれば、安全に対抗できることはこれまでの戦闘で確認している。

女神の保護(コード・フリーン)!」

上級の自己強化術式、力神の化身コード・マグニのバリエーションのフリーンを発動。自分以外の友軍にマグニを付加するというものだ。魔力や身体のみならず、対象の神秘も増大させることが出来るため、魔術師であれば絶大な効果を与える。しかし“魔力炉(システム)”を有していない人間には一切効果が無い。私のフリーンを受けた30名の部下たちが、銃器型神器を一斉に構える。

交戦(エンゲージ)!」

――銃軍嬉遊曲(ガンパレード・ディヴィルティメント)――

一斉に銃口より放たれる魔力砲や魔力弾。それらが地を駆けて激突している両勢力に次々と着弾していく。私たちの参戦にようやく気付いた連中は私たちを見上げ、それぞれの攻撃で反撃してきた。

「散開! 我が手に携えしは確かなる幻想!」

――軍神の戦禍(コード・チュール)――

創世結界“神々の宝庫ブレイザブリク”に保管されている神器群を展開、そして「ジャッジメント!」の号令の下に射出して、迫る攻撃を真っ向から迎撃していく。ガーデンベルグとの闘いで大多数を失ってしまったが、同盟世界の協力のおかげでそこそこ数を取り戻すことが出来た。
そこからは空戦の出来る天使や魔族と三つ巴の戦闘だ。時に天使と利用して魔族を討ち、魔族を盾にして天使もろとも殺す。“ヴァルキリー”からの支援もあって、本来は人間では勝てないとされている中級天使も、魔族を利用したことで快勝で終わった。が、しかしテレビゲームよろしく、雑魚戦の後にはボス戦が待っているものだ。

「総督! 鐘の音です! これはまさか・・・!」

902空戦隊長が焦りに染まる声でそう言った。日本の寺にある鐘のような重い音ではなく、教会など西洋の鐘のような高い音が3回ほど鳴り、空がカッと視界が潰されるほどの光量で光った。光が収まったのが判り、目を開けてみれば天属の新手が空を泳いでいた。

「ハロムエル・・・!」

全長数㎞はあろう体を有する純白の龍が6体。天属上級三隊智天使所属、神の夢の名を持つハロムエル。1つの頭部につき24の目を持つ双頭、体の両側面には青年の頭像が無数に並び、その目を光らせている。波打つ背びれの上には天使の輪ヘイロウが虹色に輝き、頭部付近に生える脚には“グングニル”や“グラム”の同種を思わせる神器、クリスタル状の剣身を持つ剣を持っている。

「総督! あちらからは氷山竜(シガオンケラハ)が出現します!」

氷の狂気という意味の名前を有する魔族魔獣属竜種の一種、漆黒の体と骸骨や氷の尖塔を体表面から生やした巨大な翼竜シガオンケラハが5頭と現れた。30m以上の体長を持ち、人類に対し特に敵意を持つ魔界中層の魔族だ。しかもその実力は竜種ということで下層や最下層の魔族に近い。面倒な連中が来てくれたものだ。

「902、903は即時離脱! 今のお前たちでは敵わない! ランドグリーズは空戦隊の離脱をサポートしつつ都市の防衛! プリムとソアラは私をサポートだ!」

「「了解です!」」「「了解!」」

ランドグリーズの隊長である雷撃系最強のプリムと、副隊長の騎兵ソアラを残し、他の“ヴァルキリー”と空戦隊は離脱させる。シガオンケラハであればギリギリにはなるが勝てる。しかしハロムエルは別だ。全盛期だった再誕戦争時の私ですら1対1でようやく拮抗できるような上位存在だ。それが8体など馬鹿げた冗談だ。

(シガオンケラハを利用しつつハロムエルの数を減らす。これしか私たちが生き残る術はな――)

そこまで考えたところで、それは起きた。鐘の音がまた響き、さらに新手が来たのかと絶望しそうになったが、空が燃え上がり、炎が魔法陣のような幾何学模様に変化したのを見て、「来てくれたか」と安堵した。

「プリム、ソアラ。援軍だ。巻き込まれる前に下がるぞ」

「「了解です!」」

その模様より降り注ぐ炎の雨がハロムエル6体に直撃すると、アレらは聞くに堪えない悲鳴を上げて墜落し始める。その光景を離れたところで見守っていると、「旦那様」と真後ろからそう声を掛けられた。

「「「っ!?」」」

全く気配が無かったためビクッとした私は勢いよく振り向き、同様に驚きつつも構えを取っているプリムとソアラが、私に声を掛けた女性を取り囲む。それを私は手を挙げることで制止し、私は「貴女も来てくれるとは思わなかったよ」と苦笑いを浮かべた。

「他人行儀は止してください旦那様」

「以前も話した通り、私はテスタメント時代の記憶が無く、貴女の主である魔界最下層支配権の6位ルリメリア、7位リルメリアの姉妹のことも忘れている。当然、貴女のこともだ、ヘネット」

水着姿の魔族魔人属人魚種マイムザラッハ一族であるヘネットに、以前伝えたことをもう一度伝える。“テスタメント”時代、私はどうやら魔界に行ったらしい。何故その時にアースガルドに寄れなかったのか覚えがないが、魔界で私は姉妹と出会い、幻想一属を支配できる“フォン・シュゼルヴァロード”のファミリーネームを貰い、さらに求婚されたとのこと。意味が解らん。とにかく、姉妹が支配する二大国家に住まう魔族から“旦那様”と呼ばれることになった。すごいな、私・・・。

「シガオンケラハはわたくしが相手をしますので、旦那様方は見学なさっていてください」

「頼む」

ヘネットは最下層に存在する海中国家シュゼルヴァケティアの国防軍所属の魔人で、その実力は全盛期の私と同程度だが、有する神秘は圧倒的に彼女が上だ。私では倒し切れない天属や魔族ですらも余裕で倒せるだろう。シガオンケラハがヘネットに気付くと、体から生える氷塔から冷気を放出させつつ口を大きく開き、咆哮と共に吹雪の砲撃を発射。

「大人しく魔界へ帰りなさい、愚か者」

対するヘネットは右手を軽く振るい、地面からとんでもない量の水を噴出させて津波とした。氷と水であれば、水が一方的に凍らされて終わり・・・とはならなかった。凍結されても圧倒的な水量と水圧によってシガオンケラハの砲撃をねじ伏せる。水は奴らを押し流し、最後はドーム状の檻と化した。奴らは水の檻から脱出できず次々と溺れていき、最後は溺死体のようにぐったりしたことでヘネットは水の檻を解除。地面に横たわるシガオンケラハはピクリとも動かなくなっていた。

「ハロムエルもシガオンケラハも、これで終わりだな」

ハロムエルに攻撃を加えた炎。その術者が私たちの元へと降下してきた。トゥニカとトガを身に纏い、太陽の仮面を付けてた男性。私は彼に「ありがとうございます、エツヴァエル」と頭を下げた。彼は小さく頷き、地面でのたうち回るハロムエルを見下ろした。エツヴァエルは天属上級三隊熾天使に属する天使だ。実に頼もしい。
彼もそうだが魔族のヘネットがなぜ同族である天使や魔族と戦うのか。それにはもちろん理由がある。両勢力内で内乱が起きているのだ。始まりは天界で起きた内乱。天使を束ねる者、神が反逆者によって斃されたのだ。反逆者は不干渉となって久しい魔界の制圧、魔族の掃討を掲げ、さらに人類の完全支配を目論んだ。もちろん神の仇を討たんとする勢力と衝突するのは必然だった。

(魔族も魔族で、抗戦ついでに人類の魂を自分たちの燃料(えさ)にしようと企んでいた勢力が活発化。魔界の勢力を真っ二つに割った)

そんな最悪な状況下で表層世界の人類が滅びていない理由がこれ、天属・魔族内に味方がいる、だ。エツヴァエルやヘネットも暗黙の三界不干渉賛同派で、人類の味方をしてくれている。

「ご迷惑をお掛けしましたね旦那様。全魔獣属の長であるウリベルト様の方からシガオンケラハ一族の長に罰を下していただくよう、リルメリア様にお伝えしておきます」

『我からも謝罪を、人の王。反逆者が迷惑を掛けた』

「いえ。・・・やはりトドメは・・・?」

のたうち回るたびに地面を大きく揺らすハロムエル6頭は、ヘイズヘイムの民にとっては迷惑極まりない。それを判っているエツヴァエルは『罰として苦しませているが、すぐに刺そう』と、ハロムエルの周囲に無数の火球を発生させた。出来るだけ大地にダメージを与えないように伝えようとした時・・・

「あら?」『む?』

「転移門・・・!」

ハロムエルと、しぶとく生きていたシガオンケラハは、この場から逃亡するべく地面に転移門を開き、ずぶずぶと入り込んで行き始めた。エツヴァエルが手を振って火球を発射し、6体中5体の頭を貫いて絶命させたが1体は逃した。

「往生際の悪い!」

ヘネットも新たに生成した巨大な水剣を創り出して一斉に射出するが、4頭が壁となるように動いて最後の1頭の転移を手助けした。ハロムエル1体とシガオンケラハ1頭の逃亡を許したが、その他の天使や魔族を打ち取れたことから今回の戦闘は勝利と言えるだろう。

「旦那様。わたくしは逃走したシガオンケラハの討伐に向かいますので、ここで失礼いたします」

『我も、反逆者を許すわけにはいかぬ』

「では、私たちはここヘイズヘイムの政府に、今回の戦闘の報告をしに行きま――」

そこまで言いかけたところに私の前にモニターが側に展開され、焦りに染まる看守システム管制のエリスが『お父様! 大変!です』と私を呼んだ。

「何があった?」

『ヘイズヘイムからの転移反応を追ってみたのですが、天使・魔族ともに下位次元世界に移動したことが判りました! 転移先はどうやら有人世界のようです!』

「は・・・?」

下位次元世界は、はやて達が住まうミッドガルドという世界のある次元だ。“テスタメント”ですら一定周期で開く境界門を通らなければ、アースガルドの在る上位次元世界と行き来できないという隔絶された場所だ。

「(往きたい。現在の下位次元世界がはやて達の生きている時代なのかは判らないが、それでももう一度だけでいいから、あの次元世界と繋がりたい・・・!)エリス! 転移門は開けるか!?」

『上位次元世界と下位次元世界の境界が曖昧になっている今なら、私の能力でも十分に可能です!』

「すぐに頼む! ランドグリーズと902、903は待機。ヘイズヘイム政府から連絡があれば応対を頼む!」

「了解です。お気を付けて!」

境界に綻びが出来ている理由は解らないが、移動できるのは確実のようだ。エリスの返答に私の心臓は早鐘を打ち、ゴクッと生唾を呑む。そしてすぐにエリスに転移門を開いてもらい、自ら開いた転移門を潜るエツヴァエルとヘネットと共に下位次元世界へと飛ぶ。境界間を通り抜け、下位次元世界の有人世界に無事に到着したのだが・・・。

「っく!(体の中から神秘が抜けるような感覚・・・! 制限された・・・!?)」

「これは驚きましたね。神秘が強制的に制限されました」

『これが下位次元世界・・・。神秘があまりに薄く、体の構築がしづらい』

ほぼ同時に転移を終えたヘネットとエツヴァエルも、下位次元世界のある種の洗礼を受けた。輪郭がぼやけるエツヴァエルや、呼吸が浅く速くなるヘネット。ハロムエルとシガオンケラハも神秘を制限されているのを期待しつつ、周辺を確認。

「・・・ここは・・・まさか!」

「ルシルくぅぅーーーーーん!!!!」

「っ!!」

見知った建物を視認したところで、私の名前を呼ぶ声。見ずとも判る声の主。覚醒、記憶を取り戻してからおよそ1年。たった1年逢わなかっただけだが、永遠に逢えないと諦めていた私からすればこの再会はあまりにも・・・嬉しくて、涙が溢れてしまう。声のした方へと体を向け、この目でしっかりと彼女の姿を捉える。

「はやてぇぇぇーーーーー!!」

思わず私ははやての元へと急降下し、私を迎え入れようと両腕を拡げて待ってくれている彼女の胸に飛び込んだ。
 
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