Fate/WizarDragonknight
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荒魂
ラビットハウス節分フェア。
一時間で終了。
「企画倒れだったね」
「当たり前だよあんな企画!」
夕方の見滝原を、ハルトと可奈美は歩いていた。
青山さんが原稿を進めている間、ハルトたちはいそいそと豆の片付けをしていた。可奈美は途中「千鳥持ってきていい?」と冗談なのか本気なのか分からないことを言い出していたが、ゲンコツで制裁した。
結果、一回豆まきをすると片付けに一時間以上かかることが判明し、フェアは青山さんだけで終了することになってしまった。
その後、チノからもらったリストの買い足しをすることになったのだ。
「でも、ハルトさんだって楽しんでたじゃん」
「いつもの大道芸のノリで、ついはしゃいでしまった……反省してる」
「本当?」
可奈美がハルトの顔を覗き込んで微笑む。
「ハルトさんも、またやりたいよね?」
「やりたくない。今回のあれはちょっと理不尽さを感じる」
「ええ?」
可奈美が口を尖らせた。
「ハルトさんの芸人気質、久しぶりに見た気がするけどなあ?」
「いつも大道芸とか君の前で見せてるでしょ?」
普段、休みの時は色々な街角で曲芸を行っているハルト。大体練習の時には、可奈美やココア、チノが最初の観客になる。
「いやあ、ああいう練習の場ではなくてさ、ハルトさんが本気でやっているところ。ほら、最近トレギアのせいで、あんまりああいうことできなかったじゃない?」
トレギア。その名を彼女が口にした途端、ハルトの顔が沈んだ。
聖杯戦争。
この、見滝原で行われる、万能の願望器である聖杯を巡って行われる戦いの儀式。
ハルト、可奈美をはじめとしたマスターと呼ばれる者たちが、最後の一人になるまで戦うものである。
ハルトと可奈美は、参加してはいるものの、戦いを止めるために奮闘しており、トレギアとは、その中で出会った最悪の敵だった。
ハルトたちとある程度の交流を持った、双子の妹へコンプレックスを抱く少女に付け入り、その命、魔力を全て利用しようとしていた。
そして、そんな戦闘が激化していくと、ハルトにも気分転換となる曲芸の時間も減っていった。
「ハルトさん、とっても楽しそうだったよ。あんなハルトさん、クリスマス以来……ううん、初めて会った時以来だったかも」
「そう? ……そうかも……」
ハルトは思い直しながら呟いた。
これまでの聖杯戦争は、心に余裕などなかった。
見滝原に来た十月。ハルトの力を奪おうとする中学生が現れた。
翌月十一月。聖杯戦争の余波は見滝原全域に及び、大勢の一般人が怪物になった。
年末である十二月。超古代文明、ムー大陸が復活、全世界を滅亡一歩前まで追い込んだ。
そして先月一月。トレギアというサーヴァントによって、見滝原の象徴ともいえる観光名所、見滝原ドームが破壊された。
「そうだよ。なんか、楽しんでいるハルトさんを見て、私もちょっと嬉しかったし」
「……そう」
ハルトは足を止めた。
「ハルトさん?」
「俺……楽しんでいたんだ」
「? そう見えたけど……?」
可奈美が首を傾げた。
「違うの?」
「いや、その……自分では意外と分からないものだなあって」
ハルトは頬をかいた。
「そっか……俺、楽しんでいたんだ……楽しんで……いいのかな……」
「ハルトさん? どうしたの?」
「あ、いや。何でもないよ……」
ハルトはほほ笑んで流そうとする。
疑問符を浮かべる可奈美の脇を通って先に行こうとするが、その足が止まった。
「何か鳴ってない?」
ハルトの言葉に、可奈美は青ざめた。
「うそ!? これって……!?」
可奈美はそう言って、ポケットから何かを取り出した。
小さな丸い、年季の入った道具。
方位磁石のようにも見えるが、その円筒の中心にあるのは、針ではなくマグマのような液体。それが、まさに磁力に引き寄せられているかのように、特定の方角へその身を押し付けている。
「何それ?」
可奈美と一緒に見滝原で過ごしてからそれなりの時間が経過しているが、こんなアイテムは見たことがない。
そして。
そのアイテムの本来の持ち主が、可奈美ではないことなど、知る由もない。
だが、そんな道具を見下ろした可奈美の顔には、紛れもない緊張の表情が浮かんでいる。
「ハルトさん、ゴメン! 私、行かなきゃ!」
「行かなきゃって……可奈美ちゃん!?」
だが、ハルトが止める間もなく、可奈美は背負っているギターケースからピンクの棒を取り出した。
そのままギターケースをハルトへ投げ渡し「うわっ!」、可奈美はしゃがむ。ハルトが割り込むよりも先に、強化された可奈美の脚力が、彼女の跳躍力を高める。
あっという間に、可奈美の姿は町の彼方へ見えなくなってしまった。
「可奈美ちゃん……どうしたんだろう……?」
ハルトはそう言いながら、腰から銀でできた指輪を取り出す。
慣れた所作でそれを腰のバックルへ重ねる。
すると。
『コネクト プリーズ』
ベルトから、摩訶不思議な音声が流れた。
それに伴い、ハルトの傍に大きな魔法陣が現れる。
炎のように赤いその魔法陣に可奈美のギターケースを放り込み、逆に中へ手を突っ込む。すると、中からハルトのバイク、マシンウィンガーが引っ張り出されてきた。
「急がないと、見失うな……!」
ハルトはそう言いながら、アクセルを入れた。
だが、すでに可奈美の姿は、遠くのビル群の屋上になっていた。
可奈美に追いついたところが丁度、彼女の目的地だったようだ。
そこは、普通の商店街。既に人々は避難し、ほとんど人影はない。
「あれは……!?」
そんな道路でマシンウィンガーから降りたハルトは、可奈美の隣に並び、彼女が目指してきたものを見て愕然とする。
それは、巨大なムカデの怪物。
まるで龍のように長い胴体だが、その左右に無数の節足が連なっているから、ムカデで間違いないだろう。だが、その口は脊椎動物のように上下に分かれており、その体内から同じくマグマのような体液があふれ出ている。
「可奈美ちゃん!」
「下がっててハルトさん!」
可奈美はそう言いながら、手に持った棒のカバーを抜く。
すると、それが日本刀の鞘だったことを証明する。彼女の手には、日本刀、千鳥が姿を現した。
「あれは、荒魂! 私達刀使が戦ってる相手だよ!」
「ああ、そういえば旅しているときも何回か見かけたことあったっけ……?」
そう言っている内に、可奈美が千鳥を構える。同時に、彼女の体が白い光に覆われていった。
「ハルトさん! 行くよ!」
可奈美は、そういうが速いが、荒魂と言及したムカデ型の化け物へ向かっていった。
彼女の姿は即座に白い閃光となり、荒魂へ斬りかかっていく。
だが、いくら可奈美が速くとも、その巨体相手にはダメージが少ない。
それどころか、荒魂の方も、だんだん可奈美のスピードに対応していく。やがて、荒魂の節足が可奈美の動きを捉え、打ち合いに持ち込まれていった。
「ああ!」
ハルトも右手に指してある指輪をバックルに掲げた。
『ドライバーオン プリーズ』
すると、その独特な発光と音声により、バックルを中心に銀のベルトが現れた。その左右の端についているつまみを上下に動かすと、バックルの手を模した部分もまた、向きを変える。
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
すると、ベルトが起動。発光とともに独特なリズミカル音声が流れだし、それに構わずハルトは、腰のホルスターから指輪を取り出した。
赤い、ルビーの指輪。
備え付けられているカバーを下ろすことで、それはあたかも面のような形になる。
ハルトはそのまま、告げた。
「変身」
その言葉とともに、ルビーの指輪がベルトに重なる。バックルの手と重ねたかと思うと、ハルトはすぐにその手を左に伸ばす。
『フレイム プリーズ』
すると、伸びた先、その指先より、ルビーの指輪が赤い光を作り上げる。
光は炎を纏った魔法陣となり、ゆっくりとハルトの体を通過していく。
『ヒーヒー ヒーヒーヒー』
すると、通過したところから、ハルトの姿が変わっていった。
どこにでもいる、フリーターの青年、松菜ハルトから。
黒いローブの上に、赤いルビーの宝石を散りばめている姿へ。顔はルビーの仮面となり、人間の姿とは言えない。
この姿こそ、指輪の魔法使い、ウィザード。
ウィザードは、さらに慣れた動きで別の指輪を右手に使う。再びベルトを動かすと、また別の魔法詠唱が始まった。
『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』
その音声に合わせ、ウィザードは指輪を再びベルトに重ねた。
『コネクト プリーズ』
すると、ウィザードの手元に小さな魔法陣が現れる。手を突っ込むと、中からベルトと同じく銀の武器が現れる。
「可奈美ちゃん! 避けて!」
銃口の上に刃が収納されている銃。ベルトと同じく銀で作られているそれを、ウィザードはクルクルと回転させながら発砲した。
「!」
ウィザードの号令に、可奈美は一度大きくジャンプ。
可奈美が斜線上からいなくなったと同時に、ウィザードの銀の銃弾が荒魂へ被弾。その全身を大きく震わした。
「今だ!」
動きが阻まれ、大きく後退するムカデ型の化け物。その隙を逃さず、ウィザードは銃___ウィザーソードガンを操作し、剣に変形させる。
同時に、上空から落ちてくる可奈美もまた、その白く染まった体の光を赤く染めていく。
『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』
ウィザーソードガンに付けられている、手の形のオブジェ。親指部分を開くと、四本の指も同じく開いた。すると、ウィザーソードガンよりその場の雰囲気に合わない詠唱が流れ出す。
さらに、そこへ左手のルビーの指輪を当てる。ちょうど、握手の形になるように。
すると、その銀の刃へ、紅蓮の炎が宿る。
『フレイム スラッシュストライク』
魔法の炎剣を振り回し、ウィザードは身構えた。
そして。
『ヒーヒーヒーヒー』
「迅位斬!」
二つの深紅の斬撃が、荒魂の巨体を切り裂く。
一度静止した荒魂。やがて、斬られたことを思い出したかのように、切断面から崩れていった。
ズシンと重い音を立てる荒魂。その姿は、やがて徐々に黒澄み、液体のように溶けていった。
「えっと……」
ウィザードは変身を解除しながら、赤黒いその破片を見下ろす。
「これどうする? このまま放置したら不味そうな奴だけど……」
「ちょっと待ってて。所管の管理局に……ああ、私が連絡したらまずいかなあ?」
可奈美はスマホを操作しながら項垂れた。
「どうしたの?」
「ほら、私今見滝原を離れられないから……ハルトさん、悪いけど刀剣類管理局に連絡してくれないかな?」
「とうけ……どこ?」
「刀剣類管理局。私が連絡すると、多分連れ戻されちゃうから……」
「? なんか、話が全然読めないけど……まあいいや」
ハルトはそう言いながら、スマホに検索をかける。あっという間に出てきた役所に、ハルトは電話しようとすると……。
「面白い」
突如投げかけられた勇ましい声に、動きを止めた。
見れば、ガタイがいい男が歩いてきているところだった。
二月の寒さがまだ抜けない。ハルトと可奈美も、上着は手放せないのに、彼に至ってはタンクトップだけだった。
「面白い化け物がいるな!」
彼は、ハルトと可奈美の視線にも構わず、ずんずんと進んでいく。
ハルトの肩を突き飛ばし「えちょっと!」、可奈美の腕を弾き「うわっ! え!? 何で!?」、彼は荒魂へ手を伸ばす。
「アンタ、何してるんだ? それは危ないものじゃ……」
「五月蠅い!」
男がノータイムでハルトへ裏拳を放つ。頬を殴られたハルトは、そのまま転がる。
「痛っ! 何するんだ!?」
声を尖らせたハルトは、男性の豹変に言葉を失う。
顔に現れた、無数の紋様。不気味さを醸し出すそれが何なのか、ハルトはイヤと言うほど知っている。
「ファントム!」
「えっ!?」
可奈美の驚愕の声が終わるより先に、男性がにやりと笑む。
「ほう……俺たちを知っているのか」
その体は、どんどん変異していく。やがて、海老のような顔を持つ、紅の体を持つ怪物へ変化していった。
ゲートと呼ばれる人が絶望した時、その中より産み落とされる怪物、ファントム。その、筋肉の中では最強と呼ばれる部類の怪人、バハムート。
「ファントム! 写シ!」
その姿を見たと同時に、可奈美が千鳥を抜き、斬りかかる。
だが、バハムートはそれを左手だけで掴んで受け止めた。
「そんなっ!?」
「残念だったな……はっ!」
さらに、可奈美を襲うハッケイ。それにより、可奈美の体は大きく吹き飛ばされ、地を転がった。
「可奈美ちゃん!」
「大丈夫……! それより!」
可奈美はバハムートを指差す。
見て見れば、バハムートの体に、荒魂の体を構成していた液体が流れていく。
やがてその姿に、マグマらしき模様が追加されていく。
それはまさに。
「荒魂……いや、ファントムでしょ……?」
「これはすごい! まさか、ここまでの力が手に入るとは……!」
ファントムと荒魂。二つの災厄が融合した姿だった。
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