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幻の月は空に輝く

作者:国見炯
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日向宅訪問・1





 うちはも広かった。
 が、日向も負けず劣らずで広かった。というか、うちも工房があるから何とも言えないけど、あの道場の広さはなんだ?
 通り過ぎる時、横目でチラリと確認していったけど、うちの工房どころの話しじゃない広さ。そこで何人もの日向一族の人が訓練をしたりするんだろうけど、今はそれ程頻度良く使われている感じはしない。
 ヒザシさんの一件からかな。なんて思わず思ってしまったけど、それを口に出すような真似はしなかった。
 無口キャラにしておいて良かったと心底思う。
 長い廊下を子供の足で歩くのはそれなりに大変だけど、常日頃鍛えているおかげで苦にはならなかった。というか、名家は歩くのが基本か?
 うちはも広かったけど、何でこんな風に固まるんだろう。固まった所で混乱を起こされたら、その間に誘拐事件だって発生するだろうし。
 そう思うと、名門といえども防御は弱いのか、里の中にいるからと安心しきっているのかは微妙な所だけど、防犯面については強固ではなさそうな印象を受ける。
 特に写輪眼や白眼なんてものは、他の忍が欲しがってる血継限界だろうに。
 日本じゃ他人の目を取ってその場で移植して、元通りに見えるようになる、なんて事は無理だけど、この世界じゃソレが当たり前のように通用するしなぁ…。
 そんな風に考えると、今更ながらものすごく怖い世界に来てしまったんだと、一瞬だけど恐怖で身が竦みそうになる。


 あの時の私は、助からなかった。

 手術しても、何をしても再び、命の火が灯る事はなかった。

 けれどこの世界だと、復活もあるし、自分の命を他人に分け与える術だって開発されてる。まだ出てこないけど。

 複雑だ。
 心底複雑過ぎる。


「ラン?」

「あ…あぁ」

 どうやらいつの間にか俯いていたらしく、ネジが心配そうな眼差しを向けてきてくれてた。噛んだのは不自然だけど、私はなんでもないとばかりの表情を浮かべ、綺麗に咲いている花へと視線を向ける。

「後でスケッチをしたい」

 誤魔化す為もあったけど、本当に綺麗だったからそう言えば、探るようなネジの視線がほんの少しだけ柔らかくなった。部屋に置いてあるスケッチや、工房に置いてあるあの量を見れば、私が目に付いたものを全てスケッチする癖がついているのはわかるんだろう。
 こんな関係にまったく慣れていないのが丸分かりな程、後でな、なんて照れくさそうに言ってくれた。
 そこで視線を逸らして前を見る辺り、まだまだ子供だなぁ、なんてほんわかしてくる。
 気分を入れ替え、私は改めて日向家の建物をジックリと観察していく。最近、成長するにつれてこうやって考え込む時間も多くなったけど、今ここで考える必要はない。
 この話しは、後でジックリと考えよう。勿論、一人の時に部屋でスケッチを睨めっこしながらね。

 少しだけ居心地の悪い沈黙。

 けれど、すぐさまそれを全てなぎ払うような冷たい空気が瞬時に場を支配した。

 ランセイとして会うのは初めてだけど、知識としては知っている人物――日向ヒアシ。恐らくネジにとっては最大の鬼門の人だ。
 さっきまでは心配そうな表情を浮かべていたネジだったけど、今は冷めた色を瞳に宿しながらヒアシを睨みつけるようにしている。
 ここに来るなら会う可能性があったのに、何故か私は会うという事をまったく考えず、ただ友達の家に遊びに行くような暢気な気分でここに来ていた。
 ネジとヒアシの和解は、ネジが中忍試験でナルトに負けた後の話し。これから何年も先の事で、今じゃない。
 そうなると、ネジはずっとこの冷えた感情を抱えていくのかと、別の意味で私は言葉に詰まらせ、二人を見ていた。
 正直、本当に居心地が悪い空気が流れてる。
 他人を排除し、決して間には入れさせない空気を放っているくせに、きっかけという救いを求めているかのような微妙な空間。真実を知っているからこそそう思うのだろうか。
 迷う所だけど、私が息を吸う事も忘れて場の空気に指先一つ動かせずに居たら、何故かネジが私の手首を掴み引っ張るように歩き出した。
 ヒアシの隣りを通り過ぎる時に見た、驚いたような表情。
 
 異物を見る、とかじゃなくて、ただ、純粋に驚いているような眼差し。

 ……あれ?

 ネジに引き摺られながらも、ヒアシを不思議そうに見ていた私の耳に、ネジの盛大過ぎる溜息が届いた。

「…すまない。ヒアシ様を……本家の人間を見ると……いつも、俺はこうなる」

 どうやら、私が居るという事を忘れて場の空気を凍らせた事を気にしてるらしい。

「いや。ネジの知らない一面を見れた、という事で別にいい」

 子供らしからぬ一面、だけどね。
 そんな事を真顔で言った私に、一瞬ネジは真っ白な瞳を瞬き、次の瞬間には顔を真っ赤にしながら口を半開きにし、何でか私の方に指を突きつけたまま震えだした。面白い反応をするなぁ、なんて変わらない表情で見てたら、やっぱり震えたままネジは私に突きつけた指を力なく下に下ろしていく。
 どうやら、色々と葛藤があったらしい。ネジの中で。

「相変わらず恥ずかしいヤツだな」

 消え去りそうな程小さな声で言われたんだけど、意味が分からずに首を傾げてしまう。きっと、今の私の周りにははてなマークが乱舞していると思うんだけどね。

「いや、いい。深く考えなくていい。ラン、こっち…」

 あの瞬間の凍えた空気が払拭されたと同時に、ヒアシが戸惑った表情のままこちらに近付いてきた。
 その事によって再び、あの時の空気が舞い戻る。
 
「(態々追いかけてきた? 何でだろ…)」

 間違いなくヒアシはネジと…私を見てる。
 私の場合容姿だけで言えば珍しい所なんて何一つないんだけど、穴が開くんじゃないだろうかと思えるぐらい見られているのは気のせいじゃ…ないよね?
 見られているから見返していた私の視線を遮るように、ネジがヒアシと私の間に立ち塞がる。ネジの背から立ち上るのは怒気だ。
 けれどさっきまでのような凍えるような冷え冷えとした空気じゃなくて、今度のは熱気が立ち込めそうな程の空気。視界にいれたくもない、じゃなくて、再び視界に入ってきた事に対してあのネジが怒ってる。

 ヒアシに見られた時に感じた不思議な感覚。

 あれ?と首を傾げた、あの、驚いたような眼差し。

 ドッと、滝のような汗が背中から滲み出て流れ出した。見える部分に汗をかかなかったのは偶然、というよりは根性かもしれない。
 ナルトと戦い、ネジが負ける事によって得たきっかけ。
 今ならば聞いてもらえると思ったというネジの変化。

 そのきっかけを、ネジの変化に感じ取ったのかどうなのか。

 まだ早いんじゃないかと、内心戦々恐々としながらヒアシを見ていたら、意味ありげに顔を歪ませた後息を吐き出し、ネジに背を向けたのだ。

「――ッ!」

 それによってネジの怒りは更に煽られ、力を込めて握られた手の平からは血が滴り落ちていく。確かに、まだ真実を話すのは早いって思ったけど…それでも……。



 話す気がないなら、こういう意味ありげな態度をとってネジを煽るな。
 
 いい年をした大人が!!



 生前の私と同じぐらいのヒアシ。ヒアシサイドでものを考えれば、早く話してネジに分かってほしいとは思うよ。
 けれど、常に分家と本家のいざこざを見てきたネジが、何の前触れもなく父親を失ったんだよ。無責任な事をネジに言う大人もいただろうと思うしさ。
 そんな悪意ある言葉から子供であるネジを直接守れなかった――拒絶もしただろうけど…それでもヒアシの態度は、ネジの友人としては腹ががつものだった。多分、真実を知っているからそう思うのかもしれない。
 知らなければ、名家の問題だからこそ関わり合いにはならなかっただろう。けど、真実を知っていて、それをヒアシが話せないという事実を知っている私が、今こうしてネジの友人をしているのはこんな状態を放置する為じゃないはずだ。
 寧ろ私が我慢出来そうに無い!

 ネジの拳に無理やり布を握らせ、デコピン一発を食らわしながらも立ち去ったヒアシを駆け足で追いかける。
 駆け足、というよりは瞬身だったけどね。
 ヒュンっと風をきりながら現れた私に、ヒアシはどうした?と、名家らしい威厳のある表情を浮かべ声をかけてきた。
 さっきまでの動揺なんて一切感じさせない表情と声。
 確かに名家の当主として木の葉のタヌキたちとやりあっているだけの事はある、変わり身の早さだとは思うよ。
 でも……でもさっ。


「アンタが話せないのは、否定されるのが怖いからだろ。
 まだネジに話すのは早いって思っているからだろ。
 けどな、アンタが話さずにいる間、ネジはずっとずっと苦しい勘違いしたままなんだぞっっ!!」


 胸倉を掴み上げるような勢いで、私はヒアシに詰め寄った。大人と子供身長の関係で、掴んだのは胸倉じゃなくてお腹の辺りだったけどね。



 原作は、なるべくなら維持しておこう。

 イレギュラーの私がいるから、下手に手を出したらどうなるか分からない。


 あぁ、うん。
 そんな事を思った時期も、あったよね。


 
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