提督はBarにいる。
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惚れた腫れたの話
「提督、大本営からお手紙が……」
「シー……Be quietよ、よどっち。darlingはおねむデス」
見れば、執務机の椅子に腰掛け、腕組みをしたままコックリコックリと船を漕いでいる。
「ここの所特に忙しかったですからね。大規模作戦に、本土からの書類の絨毯爆撃に……」
「大体、darlingは普段から忙しすぎマース。もう少し自分の身体を労って欲しいのデスが……」
そう言って悲しそうに提督の顔を見つめる金剛さん。確かに、他の鎮守府の提督に比べてもウチの提督はかなりのハードワークだ。通常の執務は勿論、運営資金調達の為の護衛依頼等の交渉や、艦娘達への訓練、ブルネイ地方の纏め役としての仕事に加え、艦娘達を労う為のBarの経営と。文字に起こしただけでも目の回りそうな忙しさだ。合間を見て休憩は取るようにしているが、そこを見計らってやって来る嫁艦のメンテナンス(意味深)をするために休憩は休憩の意味を為していない。言ってみれば、睡眠時間として確保している6時間以外はほぼ働き詰めと言っても過言ではない。
「だからこそ、ワタシ達で出来る仕事はワタシ達でこなしてしまうのデス」
ふんす、と提督の机の上の書類の山を自分の机に移動させる金剛さん。普段のおちゃらけた雰囲気など微塵も感じさせない、夫を支える貞淑な妻といった空気を発しながら無言でペンを走らせる。
「微力ながら、お手伝いします」
私もやりますか、と提督の机の上の書類を一山抱える。これでも私も、提督のお嫁さんですからね。……カッコカリですけど。
カリカリとペンを走らせる音だけが響く室内。提督は相変わらず夢の中だし、金剛さんとも言葉を交わさない。仲が悪い訳じゃなく、お互い声を掛け合わなくても何をして欲しいか解る程度には一緒に仕事をしているからだ。静寂に包まれた執務室、その静寂は唐突に破られそうになった。
「提督ぅ、航空隊の訓練終わったよ~!」
「お茶しよお茶!もうすぐ15時だし!」
「「しぃーっ!」」
思わず金剛さんとハモってしまった。やって来たのは我が鎮守府の誇る腹ぺこコンビ、ニ航戦の蒼龍さんと飛龍さん。普段あまり海域攻略には出ない代わりに、鎮守府周辺の対空監視と航空隊の訓練を担当している。その訓練の厳しさは加賀さんや赤城さんも認める所で、航空機妖精さん達からは提督よりも恐れられている鬼教官だったりする。
「ありゃ?提督寝てるんだぁ」
「最近忙しかったもんねぇ。ふふっ、寝顔か~わいっ♪」
ニ航戦の二人は遠慮なく提督に近寄って、まじまじと提督の寝顔を観察している。飛龍さんなど提督の寝顔が可愛いとほっぺをツンツンしている。可愛い?そのしかめっ面のどこに可愛い要素があるのだろう?
「え、なんかブルドッグとかパグみたいで可愛くない?」
あ、ブサかわ系の可愛さか。それなら何となく解る。
「ふぅ、私達も休憩しますか。ティータイムにしましょう」
金剛さんもペンを置き、休憩にしようと立ち上がる。給湯室に向かうその背中を、何か手伝おうと追いかける。
「あ~、やっぱり金剛さんの淹れる紅茶って美味しいよね」
「間宮さんのも美味しいけど、一味違うんだよね」
「ふふっ、褒めたって何にも出ませんヨ~?」
なんて言ってるけど、口の端がぴくぴくしてる。嬉しいけどチョロいと思われるのが嫌なのか、平静を保とうとするんだこの人は。
「提督、いるー?」
「遠征の報告を……」
「お、ガッサに由良ちゃん!おいでおいで!」
「一緒にお茶しよ、ね?」
やって来たのは衣笠さんに由良さん。遠征の報告に来たらしく、その手には報告書らしき書類が握られている。
「え、でも……」
「ご迷惑じゃないですか?」
「No problemデース!ティータイムは大人数の方が楽しいネー!」
「まぁ、遠征の処理くらいなら私達でも可能ですし。提督はあの通りですしね」
私が指差した提督は、まだ腕組みをしたまま眠りこけている。全くもって起きる気配がない。
「じゃあ……お言葉に甘えちゃおっかな?」
「そうですね」
という事で、急遽6人でのお茶会が始まった。
「「ふぅ……」」
金剛さんの淹れた紅茶を飲んで、ひといき。衣笠さんも由良さんもはふぅ、と息を吐き出す。多少疲れが溜まっていたのだろう、表情も心なしか和らいだような気がする。
「あ、ひょういえばひゃあ」
「せめて口の中のクッキー飲み込んでから喋りなよ蒼龍ぅ。お行儀悪いよ?」
「んぐ……ゴメンゴメン。ここにいるメンバーって、全員お嫁さんだよね、提督の」
一瞬、執務室の中にピリッとした空気が流れた。確かに言われてみれば、全員左手の薬指に指輪をしている。唯一、金剛さんの薬指の指輪だけはデザインが違うが。皆ケッコンカッコカリを果たした所謂『嫁艦』が集まっている。
「確かに、そうですね」
「こんな機会も中々無いしさぁ、ちょっち聞いてみたいんだよねぇ」
「なにを?」
「ズバリ、提督のどこに惚れたのか!」
ぶふっ、と数人が紅茶を吹き出した。無理もない、突然自分の男のどこが好きかの暴露大会をしようというのだから。しかも、その相手が6人全員同じ男と言うんだから業が深いというか何というか……。
「面白そうデスね」
「こ、金剛さん!?」
「もしかしたらdarlingの新しい魅力が見つかるかも知れまセン。試しにやってみましょう!」
まさかの正妻からGOサインが出てしまった。他の娘達も乗り気だ、はぁ……やるしかないか。
「じゃあまずは金剛さんから」
「ファっ!?私からデスか!」
「そりゃそうでしょ、唯一の本当のお嫁さんなんだし」
「だねぇ、提督の方は一目惚れだって聞いた事があるけどさ。思い出してみれば金剛さんが提督のここが好き!って聞いた事無いんだよね」
「確かに!」
「ふぅ……じゃあ話しますけど、ワタシはdarlingの全てが好きですから。優しい所も、厳しい所も、少しdirtyな所も、全てが揃ってないとdarlingじゃありません。だから、全てが好きなんデス」
「う~ん、予想通り過ぎる答え」
「あ、じゃあさぁ。提督が好きになったキッカケとかは?」
「キッカケ……デスか?う~ん、darlingに出会った時から胸にLOVEが込み上げて溢れて来て、もうメロメロでしたかねぇ」
もう20年以上前の話ですから、と照れ臭そうに笑う金剛さん。
「でもさぁ、それってそうなるように『造られた』だけなんじゃないの?」
衣笠さんが手厳しい発言をぶつける。確かに、金剛さんも私達も『第2世代型』と呼ばれる艦娘は正確には“人間”ではない。妖精さんが志願者を改造して生まれた第1世代型の艦娘を、肉体ごとコピーして造り出された所謂クローンのような存在。だから他の鎮守府にも同じ姿の艦娘がいるし、性格なども似たり寄ったりだ。その中で、妖精さんが『提督を好きになる』様に手を加えていないと誰が断言できるだろうか?
「ン~……そう言われれば、そうかも知れませんネ」
しかし金剛さんはその可能性をアッサリと認めた。
「確かに、提督を好きになるようにしたら艦娘の運用的にも都合が良いでしょうからね。ですがそれはあくまでも『キッカケ』、後から嫌な奴だと解れば一目惚れだとしてもその恋は冷めるでしょう?」
そう言って愛しそうに左手の薬指を眺める金剛さん。
「キッカケはどうあれ、私の心は私の物。そこに作り物か本物かなんて関係ない。提督に出会って、提督の為に戦って、提督も私の想いに応えてくれて……彼は誰より愛しい私のdarlingになりました。だから、私をこう造った意図がどうであれ、私は心よりお礼を言いたいと思いますよ?『私をこう造ってくれてありがとう』と」
「ま、眩しい……!」
「後光が見える……気がする!」
「これが正妻の貫禄っ……!」
いや、それよりも普段のエセ外人みたいな片言どこ行った?とかツッコまないんですかね。
後書き
(・ワ・)「いや~、それほどでも~」
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