天才少女と元プロのおじさん
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死神ヨミちゃん
9話 何か入りにくいなー
守谷欅台との練習試合。
本日のオーダーは1番.川口息吹(左)、2番.藤田菫(二)、三番.山崎珠姫(補)、4番.中村希(一)、5番.三輪正美(中)、6番.川崎稜(遊)、7番.藤原理沙(三)、8番.武田詠深(投)、9番.大村白菊(右)。芳乃の宣言通り希を4番に据え、正美が5番に入る。
大会前最後の練習試合なので初心者や一年生には経験を積ませたいという理由で、正美の代わりに怜がベンチスタートとなった。
先攻は新越谷。バッターボックスに息吹が入る。初のトップバッターということで緊張した面持ちだ。
初球は外角高めに外れボール。芳乃によりもたらされた事前情報によると、相手投手は立ち上がりが悪く、少し粘れば四球で出塁できるとの事だ。
「ボールフォア」
芳乃の要求通り、息吹はフォアボールで出塁する。菫も珠姫も粘って出塁し、無死満塁のチャンス。打席には希が入った。
希は左打席に入る前にチラリと振り返る。正美がネクストバッターズサークルにスタンバイし、その奥では芳乃がエールを送っていた。二人とも笑顔で希を見つめている。
ーー大丈夫。芳乃がうちば信じてくれとー。正美もうちん背中ば押してくれた。なら、うちには恐るーもんなんて何も無かっ。
相手投手が投じた初球。それを希はバットで振り抜いた。
ジャストミート。しかし、打球は一塁手に吸い込まれていった。
ーー······っ!?また正面。
希は顔をしかめたが、打球は一塁手のグラブを弾き、ライトへと飛んでいった。
ボテボテに外野を転がる打球をライトが処理している間に希はファーストベースを回り、二塁へ到達する。
珠姫はサードベースでストップ。新越谷は2点を先制。希は初打点を上げた。
続いて正美が打席に入る。相手がサウスポーなので、今回は右打席に立った。
ベンチからはノーサイン。正美は2球見逃し、B1ーS1で迎えた3球目をレフトライン際に弾き返す。
珠姫、希がホームインし、正美は三塁に到達した。
正美がベンチに目をやると、そこで希と芳乃が嬉しそうに笑いハイタッチをしている。
ーーうんうん。めでたしめでたしー。
最終的に新越谷は初回、打者一巡の猛攻で6点を先制した。
正美はセンターの守備に着くと、投球練習を始めた詠深を見つめる。
ーーさて、あとはうちの死神さんに初勝利を献上しないとねー。
詠深は先頭打者をレフト前ヒットで出塁を許すと、エンドランを仕掛た走者にセカンドゴロの間に二塁へ進まれ、いきなりピンチを招いた。
クリーンナップを迎えた守谷欅台に対し、新越谷の内野はファースト寄りにシフトを変えた。これはも、守谷欅台の3番4番はライト方向への強い打球が多いという芳乃の事前情報故だ。外野も僅かにバックする。
しかし、相手の3番打者が弾き返した強烈な打球は詠深の左横を抜け、飛び付いた稜のグラブの先を通過してセンターへ転がった。サードコーチャーは右腕をぐるぐる回す。
1点返されたと思ったが、センターを守る正美は前へと猛チャージをかけていた。
ーーさせるかーっ!!
守っていた位置より遥かに前でボールをグラブに収めた正美は素早くボールを握り替え、ホームへと送球する。肩は並み程度の正美でも、猛チャージしたした勢いを乗せて投げれば、矢の様なバックホームが可能。ボールは風を切り、ワンバウンドして珠姫のミットに吸い込まれた。
珠姫も流れるような動作でランナーをタッチする。タイミングはギリギリ。審判の判定は······。
「アウトッ」
正美は一瞬だけ小さくガッツポーズをとると、元の位置へ戻っていった。
4番打者の打球はセカンドベース付近を守っていた稜の正面に転がり、3アウトとなる。
新越谷ナインがベンチへ引き上げると、詠深が正美に抱き付いた。
「ありがと~正美ちゃん!」
「ヨミちゃんもナイピー」
正美の差し出したグラブに詠深もグラブを合わせるのだった。
それからは相手投手も完全に立ち直り、2回以降は0点に抑えられている。
詠深もコントロールが冴え、ゴロを量産し、ピンチを作っても最小失点で抑えていた。6回2失点でこのままいけば初勝利である。
ちなみに、正美は5回の守備から怜と交代し、ベンチへ下がっていた。
最終回の攻撃。珠姫は打席に向かう時、何やら気合いの入った表情をしていた。淡々と追い込まれてB1ーS2となり四球目。相手投手の決め球、シンカーを真っ芯で捉える。打球は右中間フェンスに直撃し、二塁打となった。
「当然。県代表の正捕手だった人だよ?」
「へー。どうりで頭一つ抜けて上手い訳だ」
正美は珠姫が全国出場経験のあることに少し驚くが、それよりもどこか納得した様子を見せる。
「そうなんだよ~。タマちゃんは当時から守備が上手でね」
芳乃は珠姫の事を語りだす。それはまるで自分の伝説を話すが如く、誇らしげだった。
そうこう話しているうちに、希は左中間へと白球を弾き返す。今度こそ完璧なタイムリーツーベースだった。
「芳乃ちゃん、恥ずかしいからもうやめて······」
ホームインして戻ってきた珠姫は困ったように言う。練習試合の為、グラウンドの外にギャラリーはいない。ベンチからの声援の合間に芳乃の声がホームベースまで届いていた。
「あはっ。人気者は辛いねー」
正美はおかしそうに笑う。
『希ちゃーん、ないばっちー』
二塁に立つ希に芳乃と詠深は声援を送った。希と芳乃は笑顔でエアハイタッチを交わす。
新越谷は待望の追加点を上げたが、そのあとが続かず、7-2で最終回を迎えた。
珠姫はマウンドへ行き、詠深と長めの打ち合わせをとっている。ようやくホームへ戻って行った珠姫はどこか気合に満ちていた。
「プレイ!」
詠深は7回も打たせて取るピッチングで淡々と2アウトを奪う。次の打者を押さえれば新越谷の初勝利。
迎えたこの回3人目のバッター。詠深と珠姫はツーシームにストレートを外角低め続け、2ストライクと追い込んだ。
「……リードが変わった」
「うん。次くるよ」
ベンチにいる二人はバッテリーの変化に気付く。
「初見であの球は打てないよねー。特に右打者は」
正美の言う通り、詠深の投じた3球目に打者はのけ反りながらのスイングとなり、3球三振となった。
「ストライクスリー!ゲームセット!」
新越谷ナインはマウンドへ集まり、喜びを分かち合う。このチームが出来てから辛い練習に耐え……しかし、練習試合では一度も勝つことが出来ずに自信を失いかけた事もあっただろう。それが、今この場で報われたのだ。
中学で一度も勝つことが出来ず、ようやく初勝利を手にした者。一度は辞める事を決意した野球に戻ってきた者。不祥事と休部を乗り越えてグラウンドに立つ者。負のジンクスを乗り越えた者。様々な思いがこの1勝に詰まっていた。新越谷にとってはただの練習試合の1勝ではない。これはとっても価値のあるモノである。
――何か入りにくいなー。
正美はみんなとの温度差を感じていた。正美の入部は最近の事だし、新越谷での練習試合も初めてである。彼女の心に火が灯るのは、まだ先の事だった。
後書き
原作8巻まで読み終わりました。
大野さん凄く良い娘ね。私的球詠キャラ好感度ランキングてトップに上り詰めました(笑)
それにしても、アニメでの描かれ方はあんまりではないでしょうか?
さて、物語のターニングポイントの構想はほぼ出来ているのですが、いつになったらそこへ辿り着くのか、先が見えません。
本作のヒロインは原作2巻の時期に入部したにも関わらず、未だ3巻に入っていないのですから······。
原作に合流したので、サクサクと進みたいものです。スキップするシーンとかも考えないと(汗)
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