天才少女と元プロのおじさん
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中村希の憂鬱
8話 スカッと三振して良いからね!
前書き
3話一気に更新しました。
今日も正美と希はティーバッティングを行っていた。
ステップは小さいものの、正美が普段バッターボックスで見せるものとは違い、そのスイングは力強い。
「正美ちゃんってバット振るとき息吐いとーと?」
「うん。その方が余計な力抜けるんだー」
篭の中のボールが空になったら交代。それを繰り返していた。
「希ちゃんのスイング、本当に綺麗だよねー」
「そげなと正美ちゃんだって」
お互いバッティングについて特に指摘する所が無かったが、練習を続けているうちに希に疲れが見えてきた。
「希ちゃん、フォームが崩れてきたよ」
篭に残った最後の一級を打ったところで、正美は終了の提案をする。
「今日はここまで。さっ、シュバッと片付けて帰ろっか」
「······うちまだ出来るよ?」
「だーめ。これ以上続けたらフォームがグチャッとしちゃうよ?」
「······分かった」
2人は片付けを済ませ、部室へと戻って行く。しかし、希は部室の前に着いたところで足を止めた。
「うち先生に相談したかことがあるけん、先に帰っとって」
「りょーかーい」
帰り支度を済ませ、学校を出る。
――まさか私が全国を目指すことになるなんてねー。
自身は野球が出来なくなるまで草野球をやるのだろうと正美は思っていた。ところが、白菊のバッティングに口を出した事を切っ掛けに野球部へ入ることとなり、希と全国へ行く約束までしたのだ。
――あ、そうだ。遅くなっちゃったからママに電話しないと。
家に電話しようと鞄を開けた正美だったが、鞄の中にスマートホンを見つける事は敵わない。部室にスマートホンを忘れたのだ。
スマートホンを取りに学校へ戻って来た正美は部室に近付くと一定のリズムで金属音がグラウンドから響いているのに気付き、首を傾げる。
様子を見にグラウンドへ行くと、先生の所へ行ったはずの希がトスマシンを使いネットへ打ち込んでいた。彼女は追い込まれたような表情をしており、先程とは打って変わりそのフォームは酷いものだった。
正美が希の元へ向かおうとすると、その前に芳乃が現れ、バッティング練習中の希の後から抱き付く。
――危ないなぁ······。でも、そんな事より······。
正美はグラウンドに入った。いつも通りニコニコしているが、その目は笑っていない。
「のーぞーみーちゃーん」
希が芳乃に気を取られている間に、正美は希に近付き、彼女の両頬を引っ張った。
「ひ、ひはひ」
「私に嘘ついて、何をしてたのかなー?」
「はっへー······」
「だってじゃないの!一人で怪我したらどうするのっ?」
「ほ、ほへふ」
普段の様子から想像もしていなかった正美の怒る姿に、希はたじろぐ。
希の謝罪の言葉を聞いた正美はその手を話した。
「それじゃあ希ちゃん?言い訳を聞こうじゃないか」
希があんな練習の仕方をするなんて、何か理由があるはずだ。そう、正美は考えている。
3人でベンチに引き上げ腰を掛けると、希は語り出す。中学最後の試合で4回のチャンスをふいにした事。ここでもまだチャンスで打てておらず、打点も上げていない事。自分がもっと頑張らないと、自分だけ塁に出てもチャンスで打てなければ意味がない。このチームで全国に行きたいから、と。
そんな希に芳乃は伝える。
「勝ちたいって気持ちは一緒だけど、誰も負けたのが希のせいだなんて思っていないんじゃない?打てなかったった人、守れなかった人。みんなが反省して、もっと頑張ろうって思ってる。希ちゃん一人が責任を感じる事じゃないよ」
前のチームもきっとそうと、芳乃は続けた。全国で会おうと見送ってくれたのだから。
「私ね、希ちゃんがホームインしてハイタッチするのが一番の楽しみなんだ。だから、全部ひとりでやろうとしないで欲しいな」
芳乃は立ち上がり、希の正面に回る。
「それに、希ちゃんから言い出したことだよ。一緒に全国行こ、みんなで」
希の手を芳乃が取ると、希は何かに気付いた様子を見せた。それは芳乃の手にできた沢山の新しいマメ。毎日のノックでできたものである。
「うん!」
嬉しそうに返事をした希は、入学してから一番の笑顔を見せた。
「いやー、青春だねー。二人ともいい雰囲気だしちゃってー。周りに百合の花が見えたよ?2人とも私の事忘れてない?」
正美はジト目で希と芳乃を見ている。
「ちゃんと覚えてるよ」
正美の言葉に芳乃は苦笑する。
「なら良いけどー……。さて、希ちゃん。私からも一つ」
正美は人差し指を立てた。
「確かにチャンスでビシッと打つのも大事だけど、自分が出塁してホームに返ってくるのって意味の無い事かな?」
正美の言葉を聞いて、希はハッとする。正美は更に言葉を続ける。
「最近入部した私が言うのもあれだけど、希ちゃんだってちゃんと点数に貢献してるんじゃないかな?」
「そっか……正美ちゃん、ありがとう」
――これで少しでも肩の荷が降りると良いんだけどな。
「そういえば、今日遅くまで何しとったと?」
希の質問に、監督と会議だと芳乃は答えた。彼女はカバンからノートを1冊取り出す。そこに書かれていたのは、次の練習試合の相手のデータだった。
「それで一つ考えたんだけど、次の試合、4番お願いできるかな?」
予想外の提案に、希は唖然とする。彼女が打っていた一番よりも、格段にに打点を求められるのが4番という打順である。
芳乃の作戦としては、相手ピッチャーは立ち上がりが悪いので、そこを突いてランナーを溜め、希のバットで帰すというものだった。
しかし、肝心の希の表情は優れない。
「大丈夫。チームで一番打ってるんだから!」
芳乃はそう言うが、希は不安そうに視線を揺らす。
「まったくー、希ちゃんは仕方がないなー」
希と芳乃の方を向いた。
「芳乃ちゃん。つきの試合、私を5番に置いてよ」
正美の言葉に二人は驚く。特に、芳乃は嬉しそうにそのツインテールを揺らす。
「良いの!?」
興奮して正美に詰め寄った。
「うん。希ちゃんが打てなくても、代わりに私がシュバッとランナーを帰すよ、だから希ちゃん」
正美は満面のにへら顔を希に向ける。
「スカッと三振して良いからね!」
最後の一言を聞いた希はムッとした顔になった。
「そげん事せんよっ」
そんな希の顔を正美は両手で包む。
「そうそう。その顔その意気ー」
正美は優しげな表情で更に続ける。
「ねえ、希ちゃん。どんな天才プロ打者でも10打席中4本もヒット打てないじゃない?フォアボールとか入れても半分にも満たない。野球って数字だけ見れば圧倒的にピッチャー有利なんだよ?だから、バントや進塁打、塁に出たならピッチャーを揺さぶったりして、みんなで1点を取りにいくんだ。だから希ちゃんも······」
もう一度、希の頬を掴んた正美はそのまま広げるように引っ張った。
「ひはひ、はさふぃしゃふひはひよぉ
希は涙目で訴える。
「うちが頑張らないとー、なんて生意気なこと言わないの」
そう言うと、正美は手を放した。
「じゃ~、早速ダメダメなスイングを直さないと~」
正美の話が終わると、芳乃は希の手を引く。
「そげんはっきり言わなくても……」
控えめに抗議する希だったが。
「いやいやー、あの力任せのスイングを希ちゃんがしてたと思うと目を覆いたくなったよ。例えるなら、もがき苦しむゴリラかなー?」
正美は希をバッサリ切り捨てたのだった。
「言い方ぁ!」
そんな正美に、希も今度は激しく抗議をする。
「あと、希ちゃんは疲れてるんだから、練習は明日ね」
さっきまで一緒に練習をしていた正美は、芳乃の提案に反対した。
「え~。ならせめてフォームチェックだけでも……」
「……まあ、それくらいなら……」
芳乃の代替案に、正美もそれならばと同意する。
芳乃と正美はもうちょっとだけグラウンドに残り、希の練習に付き合うのだった。
後書き
「言い方ぁ!」
ハチナイネタでした。天ちゃんと千代ちゃんの漫才けっこう好きです。
遂にストックが無くなりました······。
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