カーク・ターナーの憂鬱
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第26話 隠される真実
前書き
【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728 フォルセティ会戦
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業
宇宙暦738 ファイアザード会戦
宇宙暦742 ドラゴニア会戦
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生
※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています
宇宙暦729年 帝国暦418年 10月末
同盟軍士官学校 校長室
カーク・ターナー
「ターナー候補生。君の卒業論文は確かに見るべきものが多いものだった。表現の自由・思想の自由も同盟憲章で保障された物だ。なので卒業論文として受け付けるし、評価も公正に行う。ただし、あの論文を広く公開する訳にもいかない。第三種機密指定とし、アクセス権のある人材以外の閲覧は出来ない形とする」
「済まない候補生、担当教官として、貴官の論文は見るべきものがあると個人的には判断した。評価も当然高いものになるだろう。ただ、任官後の事を考えると、あの内容を公表するのは、貴官に取っても好ましいのではないと校長は判断された。優秀な貴官なら、理解できると思うが......」
悩まし気な表情の校長と、困り切った表情の教官が俺に視線を向けている。そりゃ730年度次席卒業見込みの候補生が急にあんな論文をぶち上げたら、そうなるか。将来を嘱望された優秀な候補生が『数世紀耐えないと戦争には勝てない』なんて、言い出したんだからな。
「はっ。本来なら決定事項として伝達で済ませるべき所、ご配慮いただけた事、感謝いたします。また論文が公開された場合、校長や教官のような現実を知る方だけではなく、見たいものしか見ていない方や、悪意の下、曲解する方もおられるでしょう。ご心配はごもっともですし、任官前に、踏まえるべきことをお教えいただけた事、感謝いたします」
俺がそう応じると、二人は安心した様子だった。彼らからしたら、ここで俺が騒ぎ出す未来もあった。同盟憲章は表現の自由・思想の自由を保障している。民主制を取る上でそれは欠かせないものだし、悪辣なる独裁制国家、銀河帝国の打倒の口実のひとつにもなっている。それを否定するような事を軍組織が行えば、防衛戦争の大義を自ら汚すようなものだ。年相応の青臭い候補生なら、機密指定にされるとなれば反抗する可能性もあった。安心するのも無理はないだろう。
「うむ。候補生、話は以上だ。あくまで個人的な見解だが、同盟軍の末席に所属するものとして、あの論文の機密指定が解かれ、議論の材料になるような将来が来てほしいと、私は思っている。ご苦労だった」
校長の言葉に応じる様に敬礼をして、校長室を後にする。廊下に出ると、卒論を書くにあたって色々と議論した連中が、気もそぞろに集まっていた。校長と教官がホッとしていたのも、俺だけじゃなく、この連中も一緒に騒ぐ可能性があったからだろう。今まで切磋琢磨していた成績上位者が、一気に問題児軍団になったようなものだ。相当悩んだだろうから、久しぶりに安眠できるのかもしれなかった。
「どうだった?」
「高評価はするが、機密指定になるそうだ。お前らも、あの論文に関しては思う所があるだろうが、堪えてほしい。少し自分の立場を忘れてはしゃぎすぎたな......」
「そんなことはない。あれは知っておくべき事だ。どうする?お袋に掛け合って国防委員会を動かしても良い。バーラト原理派に借りを作りたくないなら、ウォーリックの所に動いてもらっても良いと思うが?」
代表なのか、ブルースが声をかけてくる。ウォレスに視線を向けると、同意する様に頷いた。ただなぁ、校長たちの言う組織の理屈にも一理あるんだよ。お前らと話してる間に、年甲斐もなく楽しくなってしまったが、確かにはしゃぎすぎたな。
「俺としては校長たちの誠意にむしろ感謝している。本当なら教官が握りつぶして別のテーマで論文を書かせても良かった。でもそうしなかったのは、問題になると判っていても、表現の自由・思想の自由を尊重してくれたんだ。あれが公表されれば、兵力や補給より、精神論を重視する連中がどう出るか?それを書いたのが辺境出身で、亡命者の婚約者ともなれば、大体想像がつくだろう?」
「残念な事実だが、その可能性はある」
ファンが応じ、亡命系であるフレデリックとヴィットリオも納得したように頷いた。ウォレスは肩を落とし、それを見たブルースとジョンは気まずそうだ。
「それに、あれを士官学校が公表するという事は、軍の公式見解と受け取られかねない。歳出の大半を占める国防費の事を考えれば、『数世紀我々は戦争に勝利できません』なんて言えないだろ?俺もまだまだ甘ちゃんだな。考えればすぐわかる事だ。ただ、お前らとの議論が予想以上に楽しかったからな。子供みたいにはしゃいでしまった訳だ」
俺が冗談交じりに応じ、肩をすくめると少しは落ち着いたようだ。思う所はあるだろうが、組織として言えないこともある。優秀なこいつらなら、理解できるはずだった。
「それに第三種機密指定だ。アクセス権があるのはそれなりに権限を持った連中だろう?あれを踏まえておくべき立場のお偉方の目に止まる可能性はむしろ高い。そういう意味でも校長たちは配慮してくれたのさ」
「カーク?そこまで読んでいたとかはさすがにないよな?」
「当たり前だろう?結果としては予想以上じゃないか?もうこの件はお仕舞にしようや。任官すれば下っ端に逆戻りだ。偉そうに後輩を指導できるのも今の内だけだし、卒業の後は結婚式のラッシュだろ?アデレードに結婚をせがまれるブルースの困り顔を楽しめるのも今のうちだ。任官すれば気軽に出来なくなるだろうからな」
「おい!ターナー。アデレードの事は言うな。この間なんてハイネセンで人気の式場にデートで連れて行かれそうになったんだ。俺はまだ身を固めるつもりはないぞ!」
「大丈夫か?未来の宇宙艦隊司令長官殿が戦死ではなく、アデレード嬢に背中を刺されるような事になりそうだが」
「ウォレス、お前が言うな!」
そんなやり取りを見て、俺達は笑い声をあげた。ウォレスは恋愛もうまくこなしていて、深くなりすぎないように立ち回っている様だが、ブルースのお相手のアデレードは、良くも悪くも情熱的で、都合の良い相手になるつもりはないだろう。そういう意味で、ウォレスの予言は十分に実現する可能性もあった。
「ウォレスはなんでもそつなくこなすが、とうとう予言まで始めるのか?」
「違うぞジョン。むしろ事実だ。予言なんて大げさな物じゃない」
ブルースがドキリとした表情をするとまた笑い声が上がる。まぁ、もうすぐ妻帯者になる連中からしたら、返済期限が粛々と迫っている事を認めようとしないブルースの姿は、普段の奴が出来る事もあって、ここ最近の笑い話のひとつになっている。クリスティンと婚約していた俺と、もともとカトリナ嬢と付き合っていたローザスを除けば、この面々はあのダンスパーティーを通じてお相手と知り合った。任官する以上、万が一のこともある。俺が卒業と同時に結婚することをクリスティンから聞いたカトリナ嬢が話を広め、結果としてウォレスとブルース以外は妻帯者になる。俺としては人間関係に難ありだったファンがそこまで関係を育んでいたことが嬉しかった。
「まぁ、式を早めに上げられるのは幸いかもな。それなりに昇進してみろ。お互い任務で簡単に参加でき無いだろうし、式の席次も大変だぞ?格式も求められるだろうしな。ブルース、最悪の場合は結婚式に軍の上層部を呼びつけられるように昇進するからそれまで待て!とでも言ったらどうだ?」
フレデリックが茶化すように続ける。フレデリックがあのままシロンにいたら、まぁ、その手の事に悩みながら式を挙げることになっただろう。妙な説得力があって、また笑いを誘った。クリスティンとは、18歳の時に一時的に首席になった際に、そういう関係になった。もちろん避妊はしていたが、子供が早くほしいとも言われている。変に俺に気を使うクリスティンの事だから、そういう事はまだ気にしないでほしいと頼んだ。ただ、よくよく聞くと、ウーラント卿の意向もあるようだ。
士官学校を卒業し、任官すれば万が一の事もある。本来は俺の取り分としても良いウーラント商会の株10%もクリスティン名義にしている事もあり、俺達の間に子供がいなければ、ウーラント家の為に使い潰した様にも見える。そうしない為にも子供を早く作ってほしかったらしく、クリスティンをせっついていたようだ。
もっとも、戦地に赴いた夫を、一人で待つのは苦しい事だとも考えての事だから、俺も強くは言えなかった。市立経大を卒業すればウーラント商会で働くことになるクリスティンだが、子育ても合わされば俺が戦地に行くことになっても、だいぶ気がまぎれるだろう。20歳で結婚して子持ちか。前世と比較しても今世はだいぶ生き急いだ人生になりそうだ。
「んじゃ、残り僅かとなった学生生活を可愛い後輩の為に使うとするか」
そう言いながらヴィットリオが不敵な笑顔でシャドーボクシングをしながら部活棟の方へ足を向ける。それをきっかけに、皆それぞれの部室へ足を向けた。よく言って鍛錬バカのヴィットリオに可愛がられるボクシング部の連中には、同情するが、それを言うと俺が鍛錬に付き合う羽目になる。どうせ任官すれば、上司運次第では、もっと理不尽な状況にもなるだろう。俺は彼らの無事を祈りながら、控えめに言っても張り切っているヴィットリオの背中を見送った。
卒業前に後輩の鼻っ柱を折って自信を無くされても面倒だ。俺は戦術研究部に向かいながら、今日の戦術シミュレーター戦は少し手心を加えようと思った。あくまで少しだけだがな。
後書き
たぶん稀代の投資家のあとがきでも書いてそうだけど、異世界食堂の作者さんってすごいと思う。料理ごとにキャラの顛末を話にするって、ありそうで無かったよね。もちろん料理ごとのキャラも面白く書き分けられる文才あっての話なんだろうけど。筆が止まりがちになってきて文才が欲しいノーマンでした。
※日間トップ頂いたので一章まで追加投稿しました。(20/7/31)
ページ上へ戻る