| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

カーク・ターナーの憂鬱

作者:ノーマン
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第27話 新しい夢

 
前書き
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています 

 
宇宙暦729年 帝国暦418年 12月末
惑星テルヌーゼン 帝国亭(ウーラント商会のレストラン)
マルティン・オットー・フォン・ジークマイスター

「うむ。確かに帝国風だが、貴族的な価値観とはまた違う形で洗練されている。懐かしくもあり、初めての味でもある。まさか亡命してこんな体験をすることになるとはな......」

亡命以来、統合作戦本部ビルに籠る生活をしていた私だが、貸しがある情報部の准将の力添えもあり、佐官の軍服に着替え統合作戦本部ビルを抜け出し、情報部のセーフハウスのひとつでビジネススーツに着替え、護衛2名と共に、隣接するテルヌーゼンのレストランに足を運んだ。
帝国風の食材をメインにしながら、同盟風のアレンジが加えられた料理の数々。一皿一皿が私の哀愁を刺激し、また勝手に夢見ているエコニアで将来生まれる食文化を先取りしているようにも思え、希望を感じさせる物でもあった。

「本部ビルの食事も悪くはないが、たまには工作員の真似事も悪くはないか」

予め情報部を通じて経営者である候補生に連絡を取り、ランチには少し遅い14時に来店し、料理を楽しんだ。通された個室は広々とスペースを使い、正面は大きく一枚ガラスで光量が確保され、左右の壁には、ウーラント家が持ち込んだのであろう帝国の絵画と、同盟の近代絵画が並んで飾られている。本来あるべき同盟の姿を現しているようでもあり、一人で美味を食すこの時間は、私の感性を刺激するものだった。

『お約束を頂いておりました。ターナーでございます。』

ノックと共に室外から声が掛かる。手元の腕時計を見るともう15時だ。もう少しこの部屋で紅茶を飲んでいたい気持ちもあったが、本来の目的はこれからの面談だ。すぐに入室を許可する。

「失礼します」

そう言って入室してきたオレンジ色の髪をした青年は、一礼してから頭を上げる。着席を促すように指し示すと、優雅な所作で私の対面に座る。エメラルドの瞳は生気に満ちていて、それだけでも、彼が何かを成し遂げる人物だと感じた。

「情報部の方にクリーニングをして頂けるとは光栄です。帝国亭もここまで来たかと嬉しく存じました。もっとも公言出来ないのが残念ですが......」

そう言いながらテーブルに用意されていたティーセットを引き寄せ、優雅に紅茶の用意を進める。お茶の用意をする間は雑談の時間でもある。

「そう言えばイーセンブルク校にも短期入学の経験があったのだな。見事なものだ」

「新鮮な経験でしたが、おかげでマナーには困らなくなりました。階級社会に触れたのもあれが初めての経験でした。良くも悪くも、貴族の方々に良心と矜持があった時代は、帝国の暮らしとはこんな感じだったのかと、幼いながらに思った記憶がございます。平民と申しましても、私の出身地の生活よりは十分豊かな生活をシロンの皆さまは、されていましたから」

そう言いながらテキパキとお茶の用意を進める青年の様子を私は不思議に思った。自分たちより亡命者が豊かな生活をしている。それを不満に思わなかったのだろうか?

「8歳の頃から、家計を助けるために働き出したのですが、仕事柄、捕虜の方々と接する事が多かったのです。日によっては同盟語より帝国語を話す時間の方が長い有様で、それが回りまわって亡命者のフィアンセを持つ事につながるのですから、縁とはどうつながるか分からない物で......」

それからウーラント商会を立ち上げるまでの彼の人生の歩みを、簡単ながらも面白く語ってくれた。彼の歩みはある意味良縁に満ちている。士官学校を次席で卒業見込みである事を踏まえれば、彼の優秀さ・勤勉さが良縁を引き寄せたともいえる。ただ、辺境星域の一人の少年が、商会を立ち上げ、士官学校を次席で卒業する。まるで物語の主人公かのような成功談だ。
特徴的なのは、一方的な良縁になっていない事だ。彼を航海士見習いに推薦した井上商会は、現在では惑星エコニアのトップ商会で、中堅資本と言えなくもない規模になっている。航海士見習いとして雇った出光商会は、独立して10年も経たずに5隻の商船を運用するまでに成長した。彼を見込んで婚約者とし商会を立ち上げさせたウーラント家は言うまでもない。経済的な成功はもちろん、嫡男のユルゲン殿もハイネセン記念大学に合格し、控えめに言っても順風満帆だろう。
私自身も、第三種機密指定された彼の卒業論文と、彼が井上商会に在籍していたことの二つが重ならなければ、リスクを冒してまで面会を望まなかっただろう。この面会もお互いにとって良縁になるだろうか?

そんな事を考えながら、用意された紅茶を一口二口と飲みながら雑談に興じる。秀才にありがちな才をひけらかす所もない。今までも多くの大人たちが、彼の面倒を見たがっただろう。私もその気になりつつある。

「君のように冷静に現状を把握できる人材がなぜあんな事を?」

「士官である以上、認識しておくべき事だと判断しました。特に同期連中は優秀です。つまずかなければ将来軍上層部を担うことになります。部下に見せたい現状を見せる才も必要ですが、本気で精神論を唱えるタイプにはしたくありませんでした」

「実現を早めるには何が必要かな?」

「現実性を度外視すると、生産人口が50億人、欲を言えば70億人帝国から亡命する事です。それでも、現実的な侵攻案が立てられるのは私の孫世代になるでしょう。いろいろな歯車がかみ合えばと言う条件が付きますが」

「では、必要条件は?」

「強いリーダーの存在です。同盟は独裁化を懸念するあまり大統領制ではなく、間接民主制を採りました。結果として派閥に配慮し極端な政策を取りにくい状況です。国防体制の確立を通じて、国民的な英雄を作り出す。そして政界に送り込むしか手段はないでしょう」

「候補者は?」

「今の所3名です。本命でブルース・アッシュビー、対抗でフレデリック・ジャスパー、ウォレス・ウォーリックの2名。アッシュビーに政権を取らせ、亡命派の融和政策と地方星系へのインフラ投資を進めさせる形が理想です」
 
「最後の質問だ。ターナー君、君がリーダーになろうとは考えないのかな?私が見る限り、君も十分本命足りえると思うのだが......」

「閣下、彼らを私の理想を実現すべく引き込んだのです。たとえ国民的な英雄になったとしても、反対派は生まれるでしょう。時には手段を選ばずに足を引っ張る者も。一歩下がって彼らの背中を守る、時には泥をかぶる存在も必要でしょう。それが私の役割ではないかと......」

「君がそう考えるなら、無理強いはしない。ただ、不測の事態は起こるものだ。亡命者を妻とし、辺境出身の君は、言うまでもない事だが、一定の支持を集めやすい身の上だ。そうなる必要が出てきた時の為に、準備しておく事を薦めておこう」

その後は私の話をする番だった。暴君だった父、同志のように感じていた共和主義者。帝国の膿となっている貴族達の醜さ、それに絶望した同志たち。息子のような年齢の彼に、私は赤裸々に自分のことを語った。思い返せば気恥しいが、自然に話せたのは彼が聞き上手だったこともあるかもしれない。

「理想の国を夢見て亡命したが、残念ながら同盟の現状はそれには程遠いものだった。このまま情報の伝達役として、鬱屈としながら伝書鳩の真似事をするしかないと思っていたが、君の卒論を読んで思ったのだ。自分が生きている間に結果は出ないだろうが、大きな夢をもう一度見られるのではないかとね」

彼は黙って話を聞いていた。私が人となりを知りたがった様に、彼も人となりを見極めていたのだろう。私の独白が終わり、お互いに紅茶のカップを口元に運びのどを潤す。

「同盟での閣下の最初の同志が私という事になりますね。もう失望する事が無いように勤めさせて頂ければ幸いです」

どうやら認めてもらえたようだ。彼が頭を下げる。

「君の任官先は私の分室になるだろう。接した情報を使って同期たちの栄達を支援すればよい。彼らが功績を上げれば、君の功績にもなるだろう。それに少なくない予算もある。常識的に考えれば君たちが軍上層になるまでに20年はかかるだろう。それまで手をこまねいている必要はない。同盟の財布を大きくするために出来る限りのことをしてみたまえ。その中で君と縁のある商会に多少の利益を流しても構わん。それ位は駄賃として出す位の器量はあるからな。少なくとも10万人規模の収容所を作る位の権限は持っている」

「あの件は閣下のお力添えでしたか。私からお礼を申し上げるのも筋が違うかもしれませんがありがとうございます。井上オーナーには何かとお世話になりました。少しでも恩返しできればと気にしておりましたので」

カップを手に取り、口元に寄せるが、そこで空なことに気づいた。どうやら思った以上に話に夢中になっていたようだ。自然にお代わりを注ぐ彼に視線を向けると、窓から夕陽が差し込んでいる事に気が付いた。

「だいぶ長居をしてしまったな。今日は最後のダンスパーティーの予定だろう?私はもう少しゆっくりさせてもらうから、婚約者殿の所へ行ってあげなさい。参考にするかは別にして、パーティーの前には、淑女はパートナーに何かと意見を求めるものだ」

私がそう言うと、彼は苦笑してから配慮に感謝する旨を述べ、部屋を辞していった。この日の夕陽を私は忘れることはないだろう。もう50年近く生きて来た。夕日が沈むまでのひと時は私の余命の様でもある。大きな夢が朝日のように現れる姿を見ることはないだろう。でも朝日の到来を信じて人生を終えることは出来そうだ。不思議と亡命以来色褪せた用に感じていた日々に鮮やかさが戻った。そして月に一度、帝国亭で食事をすることが、私の数少ない習慣のひとつとなる。 
 

 
後書き
という訳で区切りが良いのでここまでを第一章とさせて頂きます。原作ではジークマイスターは9年後のファイアザード会戦でアッシュビーに注目するまで、鬱屈した日々を過ごすことになっていました。
ここまでお読み頂きありがとうございます。第二章以降はハーメルンさんで毎日投稿継続中。ぜひこちらもご確認ください。
⇒https://syosetu.org/novel/227768/
※日間トップ頂いたので一章まで追加投稿しました。(20/7/31)
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧