剣製と冬の少女、異世界へ跳ぶ
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039話 記憶を見た皆の反応
前書き
更新します。
自分の記憶から現実へと一度戻ってくるとそこには涙を大量に流しているこのかの姿があった。
刹那もこのかの手前、我慢しているようだが決壊寸前だろう。
「…すまなかったな。俺の過去とはいえひどいものを連続で見せてしまい…」
「い、いえ…私は、また己が未熟だと痛感させられました」
「私もあらためてシロウの視点から見て得るものが色々あったからよかったわ…お父様の最後も見れたしね」
「アノボーズ以上ニタノシマセテモラッタゼ」
「チャチャゼロ…すまん。今回だけは本当に黙っていろ」
「オ? ご主人ニシテハ…」
「黙れといっておる!」
「マスターの言うとおりですよ、姉さん」
「ヘーイ♪」
この際、チャチャゼロは放っておこう。だが今一番心配なのはこのかだ。
刹那は少なからずこちらの世界に足を踏み入れているがこのかはまだ入りかけ…。なにかと心の整理がつかないだろう。
「大丈夫か、このか? やはり一度横になっているか?」
「大丈夫や…でも、ウチ…セイバーさんが羨ましいわ。ウチじゃ士郎さんの隣に並んで歩いていけるやろか…?」
「コノカ、大丈夫よ。シロウは決して切り捨てたりしないから…つりあう様に力をつけていけばいいわ」
「イリヤさん…うん、ウチ頑張る!」
「当然シロウも面倒を見てあげるのよ? 教えてあげることは少ないけど心構えは鍛える事が出来るわ」
そうだな…。ここまで見せて、はいさよならは駄目だろうし。
そこにエヴァが姉さんに話しかけた。
「…しかし、イリヤ。今でも疑問に思うのだがなぜ今はその姿だというのに数年前までは幼少の姿のままだったのだ?」
「その話ね…私はもう今はただの人間とさして変わらないけど、お父様とアインツベルンの最高傑作のホムンクルスであるお母様との間に生まれたハーフ…
だから私は生まれる前から肉体改造、生まれた後も魔術で強化を何度も調整されて第二次成長前くらいにはもう身体の成長は止まってしまった…
そしてシロウの記憶にあるとおり聖杯戦争の聖杯の器としても調整されて後は聖杯戦争が始まるまで待つだけの存在だった」
イリヤはどこか悲しそうな表情をしながらみんなにそのことを伝えた。
その中で一番エヴァが驚愕の顔をしていた。
「そうか。お前は…生まれる前からすでに運命の輪に囚われていたのだな」
「ええ、そうよ。だから私はアインツベルンの言うことを真に受けてバーサーカーとともに戦うしかできなかった文字通り『ホムンクルス』だったわ」
「イリヤさん…」
「可哀想や、イリヤさん…」
「同情はよせ、近衛木乃香。それはイリヤの人生をも否定することだからな」
「あっ…!」
エヴァの感情がこもっていないが殺気が紛れていた声にこのかはなにかに気づいたのか涙を流してしまっていたがイリヤがこのかを宥めていた。
刹那も口に出してはいないがそう思ってしまったらしく一緒に謝ってきた。
「だから、もういいわよ。気にしないで二人とも。私はもう今は元気になったんだから…」
「今は、か。では聖杯戦争が終わった後、なにかあったのか?」
「ああ、イリヤ…いや、もう戻そう。姉さんはアインツベルンでの度重なる無茶な調整で短命になっていて遠坂がいうには持って後、一年と少しという寿命だったんだ」
「え? それじゃどうやってイリヤさんは…」
その疑問はもっともだ。だから教える。
「それだが、俺と遠坂は協力して姉さんの新しい体を捜すことに決めたんだ」
「新しい体だと…?」
「そうだ。魔術回路を姉さんに開いてもらったエヴァならもう聞いているだろう? 魔術回路は体ではなく魂に宿っているということを…」
「ああ、確かに聞いたがそれと何の関係が…」
「俺達の世界には俺と同じく封印指定を受けて隠れ潜んでいる魔術師がたくさんいる。その中でも指折りの魔術師…名を『青崎橙子』という本体と中身の臓器までまったく同じ人形を作れる力を持つ魔術師を探したんだ」
「なに!? そんな奴がいたのか! おそらくだがこちらの世界でもそんな奴はいないぞ!」
エヴァはそれで畏怖の感情を抱いているのか表情が歪んでいた。
「そう。だからこそにその異常性で封印指定を受けたんだ。
期限は聖杯戦争が終わってから俺達が卒業するまでの間までにその人物を探し当てなければいけなかった。
きっとそれを過ぎると姉さんは死んでしまうと遠坂は何度も検診した結果、判明したから。
そして俺達はある元・封印指定執行者とともにルーン魔術や裏情報にも手を出してなんとか半年かけて探し当てた」
「そうね。見つかったときは本当にシロウとリンとその協力者『バゼット・フラガ・マグレミッツ』には感謝をしたわ。でも、いざ行ってみたら警戒されて直死の魔眼持ちの人物を嗾けられたからあせったわ」
「直死の魔眼…? なんだ、それは…」
「分かりやすく言えば『バロールの魔眼』とでもいえばわかるか?」
「なに!?」
知識が膨大であろうエヴァはすぐに分かったらしい。
だが刹那は首を傾げていた。
「なんですか、それは?」
「少しは勉強をしておけ! バロールとはケルト神話に登場する巨人のことで睨みだけで人を死に至らしめた怪物のことだ」
「なっ!? そんな魔眼が存在したのですか!」
「いや、こちらの世界では確認されてはいないが…そっちには何人いたんだ?」
「知っている限り二人いたな? 片方とは何度も戦場で争ったから俺は嫌いだったが…しかし史実通りの効果ではない。
ただ違いは睨みではなく話によれば人、物の死の線と点が見えるらしい。それで俺の投影した武器を宝具すらもことごとく切り裂かれたのは今でも嫌な思い出の一つだ。
…話が脱線したな。で、その青崎橙子さんと会うことが出来た俺達は姉さんの体を作って欲しいと頼んだが当然等価交換という話に持ち込まれてまだ当時高校生だった俺達では払えないほどのすごい金額を提示された」
「当たり前だな。人形を作るだけと簡単に言うがそれは体が老いたら新しい体に魂をうつせばいつまでも老いとは無縁になるものだからな」
「それで、どうなったんや? 士郎さん…」
「それがな、俺の魔術特性を遠坂が等価交換のテーブルに持ち出した…自分で他人には決して話すなといっておきながらも。橙子さんも封印指定というから内緒にしてくれるだろうと」
「あの時のリンは相当切羽詰っていたからね。当然トウコはそれにすぐに喰いついたわ。それでその魔眼持ちの人物が是非とも投影してほしいというものの欠片を要求してきてシロウは投影してやったのよ」
「ちなみにその刀の名は…?」
「新撰組副局長『土方歳三』の愛刀で有名な『九字兼定』だ」
「それはまことですか!?」
刹那は人が変わったように食いついてきた。
少し、いやかなり普段の刹那からは想像できない姿だったため少し引いてしまった。
「せっちゃん、有名なのはわかるから落ち着いて、な?」
「はっ!? す、すみません。実は私…新撰組の事が昔から好きだったものでつい…」
「そんなに好きなら見るか? ついでに新撰組局長『近藤勇』の愛刀である『虎徹』も一緒に…」
「はい、ぜひ!」
それで九字兼定と虎徹を投影して渡すと刹那は本当に人が変わったようになっていた。
当分そうしていたがすぐに自分を取り戻して恥ずかしそうにしていた。
「あー…まぁそれで話は戻るが他にも色々要求されて投影したんでこのことはお互い内緒の方針で取引は成立した」
「それで私は新しい体を作ってもらって魂を移したのよ。そしたらね?突然っていうわけではないけど一気に止まっていた成長が来て今の姿になったの。それでリンたら怒り奮闘して見ている分には面白かったわ」
「姉さんの代わりに俺にガンドが飛んできたがな…」
「あはは…それはまた怖いですね?」
刹那は苦笑いを浮かべていた。
あのときの遠坂は八つ当たりがひどかったからな。
「まぁ、それで姉さんの件は解決したから後は卒業まで一年、遠坂に魔術をそれはもう死ぬかもしれないというほどに習っていた。
そして卒業後、遠坂に弟子として倫敦の魔術師の総本山である時計塔に誘われたがそれを断り、姉さんとともにフリーランスの魔術師として世界をかけた。だが、世界に出て俺の理想はとてもではないがかなう事がないと思い知らされた…
NGOにも在籍して人助けをしていた最初の頃はまだ良かった。
だが、初めて死徒に遭遇し、そのときにはまだ今ほどの力もなく仲間達は姉さん以外すべて殺され死徒の配下にされてしまったことで、俺の頭はなにか外れたかのようにクリアになり、宝具を解放し仲間だったもの共々に死徒を滅ぼした…
その後から俺はよく協会から依頼を受け、エヴァからしてみれば聞こえは悪いかもしれないが人々を虐げている違法魔術師や死徒を時には話し合い、拘束…場合によっては殺しもした」
「…確かに聞こえはいいものではない。だが、そちらの死徒というのは低級の奴等は人間を血袋の塊としか思っていなかった連中なのだろう? ならば士郎のしたことは正義だ」
「だけどね、エヴァ…シロウからしては人助けを常にしてきたつもりだけど。
やっぱり世界はシロウの行いが理解できなかったらしくてお父様と同じくいつしか『魔術師殺し』や『エミヤの再来』とも呟かれるようになったのよ。
そして今まで何とか記憶の操作や他にも手は色々尽くしたけど、ある仕事で私達と組んだ魔術師が裏切って協会にシロウの魔術の異常性を知らせてしまった」
「そこから少しずつ瓦解していったのか…」
「そう。それからは封印指定をかけられながらも、でも少しでもシロウは人助けを続けたわ。
でもシロウの正義が相手にとっては悪にもなるとばかりに、
―――時には町を救った時には、この町がこうなったのはシロウのせいだと話を塗り替えられた。
―――また時にはこの事件の首謀者はこいつだと叫ばれた。
―――ただ町を歩いているときだけでも知っているものにはこの悪者と罵られその場をすぐに去った。
―――助けた子供からは後ろからナイフで刺されたりもした…
そして執行者や、かつての仕事仲間…果てには賞金目当ての魔術師にも追われる日々を繰り返して…匿ってくれた理解者も少なからずいたけど、少しずつ、私達の居場所は減っていった…」
姉さんはそれを言い終わった時にはもうすでに涙を目に溜めていた。
俺はそれを見るのは心が痛んだ。俺のために涙を流してくれているのだから…。
だからすぐに姉さんを胸に引き寄せて無言で抱きしめたらすすり泣きが聞こえてきて…また泣かしてしまったな、と後悔した。
「それを、諦めることは出来なかったのですか…?」
「…出来なかった。俺にはそれ以外に進む道がなかったから…そしてきっとアーチャー…いや、英霊エミヤはそんな俺の成れの果て。
世界と契約して世界の守護者…悪い言い方をすれば奴隷になってまで自身の正義を貫いたが、代わりに世界の後始末として永遠の殺戮を繰り返すことになってしまい、理想をも磨り減らして磨耗し果てた俺の本来の反英雄の姿なのだろう」
「そうか……だから記憶の中のアーチャーはお前のことをよく知り何度もその理想を抱くなといったのか。真実を辿れば自身の過去の姿なのだから当然の帰結だったわけか…」
「…ええ、そうよ。今から私の記憶も見せるわ。バーサーカーと戦うアーチャーの姿を…」
姉さんがやっと泣き止んだのかそう告げた。
このかがすぐに反応して姉さんに聞いてみた。
「士郎さん達と別れた後のアーチャーさんの姿…? そのとき何があったん? イリヤさん」
「英霊エミヤの生き様が垣間見れるわ…」
「生き様か…」
「そう、それはシロウのいくつもある理想の一つの終着点、そして魔術の果ての形でもあるわ」
そして俺達は今度は姉さんの記憶の中に入っていった。
そこで見たのは俺達と別れた後の姉さん達の殺し合いだった。
アーチャーは様々な攻撃を駆使してバーサーカーと戦闘を繰り広げるが力の差は歴然…
すぐに追い込まれてしまうがアーチャーは諦めなかった。
そして体を少しずつ削られながらも詠唱を開始する。
―――I am the bone of my sword.
◇
「…前から思っていたがその呪文はなにを意味しているんだ?」
「『体は剣で出来ている』…」
「えっ?」
「士郎さん…?」
俺はエヴァの質問にアーチャーの言葉を代弁する形で語りを始めた。
◇
―――Steel is my body, and fire is my blood.
―――I have created over a thousand blades.
◇
「『血潮は鉄で、心は硝子…幾たびの戦場を越えて不敗』…」
◇
―――Unknown to Death
―――Nor known to Life.
◇
「『ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない』…」
◇
―――Have withstood pain to create many weapons.
◇
「『彼の者は常に独り…剣の丘で勝利に酔う』…」
◇
―――Yet,those hands will never hold anything.
―――So as I pray,unlimited blade works.
◇
「『故に、生涯に意味はなく。その体はきっと剣で出来ていた』……」
◇
それによりアーチャーの心象世界…『固有結界・無限の剣製』が発動して世界は一度破壊され、そして再生される。
それによって出来た世界にはとてもでかい歯車が幾重にも浮かび上がってアーチャーを中心に無限ともいえる剣が荒れ果て炎が燃え盛る大地に突き刺さっていた。
◇
「なんて、悲しい言葉…そして悲しい世界。これが士郎さん、いえ英霊エミヤの宝具なのですか!?」
「そうだ。本来俺が使える魔術はこれ一つだけ。
己の心象世界を外界に写しだす古来より精霊・悪魔の領域を指す人が持つに過ぎた“秩序”。
俺達の世界の五つの魔法に最も近いといわれる大禁忌と称された魔術における“究極の一”。
すべての剣を内装する世界…固有結界『無限の剣製』…
そして俺が使える強化、解析、変化、投影とその他の魔術すべてはこれから零れ落ちたただの副産物に過ぎない。
こと『剣』にのみ特化した魔術回路。これが俺の…そして英霊エミヤのあり方のすべてなんだ」
「…そうだったのか。だからお前は即座に魔力を一から組み上げて半永久的に武器を残すことが出来るというわけか」
「シロウノ魔術ハデタラメダナ…世界ヲヌリカエチマウナンテ…」
《でも、シロウと英霊エミヤの詠唱と世界は違うわ。まだシロウはエミヤには至っていない…いえ、絶対に至らせない! 私が一人になんかさせないわ!》
「ウチも…こんな悲しい世界、絶対に嫌や!」
《だからシロウのためにも、手伝ってくれる? 二人とも…》
「「はい!」」
姉さんの言葉にこのかと刹那はすぐに反応して言葉を返していた。
「なにやら恥ずかしいものだな…こんな破綻している俺に二人はついてきてくれるのか?」
《シロウ…二人の決意を無益にする言葉は慎みなさい》
「わかっているさ。しかし…」
《それも承知で頷いているんだからもう二人はシロウ以上に頑固よ?》
「…………」
《異論はない様ね? それじゃ続きを見せるわ。この後は私もあまりの出来事にアーチャーの言葉は耳に入ってこなかったからもしかしたらなにか言っているかもしれない…》
◇
記憶は再生されアーチャーはバーサーカーに無限の剣を突きつけたが姉さんには一切手を加えなかった。
マスターを倒せばそれでケリはつくというのに、だ。
そしてバーサーカーの命を六度奪いそれでも再生しようとしているバーサーカーを前に、先に魔力がつきたのかアーチャーは姉さんに向けて髪が前に下りて今の俺と同じ顔で俺達には一度も見せなかった笑顔を作り、
―――また、会えて嬉しかった。姉さん。どうか元気で……
…と、口だけ動かして最後、体を霧散させアーチャーは消滅した。
◇
《ッッッ!!?》
◇
姉さんの泣き叫ぶ声が聞こえたと同時に記憶は突如として崩れて強制的に全員現実に戻された。
気づくと姉さんは俺の胸で大泣きしていた。
「ごめんね、ごめんね、シロウ…! 私、絶対シロウのことを一人にしないから…だから勝手にいなくならないで!」
「ああ…約束する。俺は絶対に皆の前からいなくなったりしない」
それからこのかと刹那の二人も姉さんに加勢したり、チャチャゼロになぜかしきりに感心されたり、エヴァもなにやら茶々丸とともに一度その場を離れて戻ってくると目を赤くしていた。
そしてエヴァはそれを悟られまいと言葉を摘むんだ。
「なら、最後に聞く。お前達はどうやってこの世界に渡りついたんだ? イリヤに聞いたが世界の移動は五つの魔法の一つと聞くが…」
「…それか。そうだな…度重なる逃走と連戦によって魔力も体力もほぼ限界状態…それで俺達が死に掛けていたところに突然師匠であった遠坂と橙子さんが助けにきてくれたんだ。
橙子さんは元の体は協会に引き渡し俺たちが死んだと見せかけるために俺達の人形をまた作ってくれていた。
しかも今までで最高の出来らしく何年かかるかわからないが俺も戦闘者としての体になれるものを。
さらにセイバーに返したはずの聖剣の鞘『全て遠き理想郷』を探し出して二人分に分けて埋め込んでくれた。
今頃は協会の奴等も俺達の体に魔術回路が残されていないことに戸惑っている頃だろう?」
「だろうな。すでにもとの士郎達の体は何の力も残されていない骸と化しているだろうからな」
「…そして遠坂は試作品だが第二魔法に到達していたらしく『宝石剣ゼルレッチ』を使い俺達を異世界に飛ばすといった。飛ばす直前にだが、『正義の味方もいいけどまず自分の幸せも考えなさい。最後の師匠命令よ!』と言って…」
「それであとはセツナが知るとおり真夜中に妖怪達と戦っているセツナの上から私達は降ってきたっていうわけよ」
「…そうだったのですか。士郎さんはいい師匠にめぐり合えたのですね…」
「ああ。遠坂は最高の師匠だった…だからその遠坂と橙子さん…他にも俺達を生かしてくれた人達の想いを無駄にしないためにも、その答えを見つけるべく幸せというものを知らない俺と姉さんは今もそれを探し続けているんだ」
「そうね。それにトウコの伝言でアヴァロンの副産物で老化の遅延と自動回復がついたからじっくり探していくつもりよ」
「…ん? しかし…京都では士郎は重症を負ってしまったではないか? ならばあれはイリヤが士郎に魔力を流せばすぐに治せただろう…」
「それは、みんなに異常な回復を見せたくなかったから渋ってしまったのよ。シロウが人外扱いされるかもしれないかと思ったから…」
「それなら納得だな。今のぼーや達に聖杯戦争のような超回復…いや、あれはもう復元の域に達しているものは見せるには早すぎるからな」
そう言って納得したのか頷いていたエヴァ。
「…そういえば。ネギ先生といえばどうして他の皆さんには士郎さんとイリヤさんの記憶を見せないのですか?」
「それはやはり二人が俺の従者というのも大きいが、なによりまだネギ君やアスナ達は人の死というものに慣れていないだろう。だからこの点では二人にも見せるのはあまりお勧め出来なかった。そして自身の正義を純粋に今は駆けているから俺の記憶はどちらかといえばマイナス要素になってしまう…」
「そうだな。あいつらはまだただのガキに過ぎん。
過去の士郎のように自身が正義の行いだと信じていても、相手にも同じように自身の正義が存在する…
お互いの正義は同時に悪だと判断してしまうほど愚かなものはない。ぼーやはそれを無知とも言えるほどに知らない…
だからいっそ、ぼーやにも士郎の記憶を見せて現実をわからせてやりたいものだ」
エヴァの言葉に俺は微妙な表情を作ることしかできないでいた。
しばらくして話も終わったので俺は「もう疲れただろうから寝たほうがいい」と伝えてもう一度鍛冶場へと向かった。
姉さんもなぜかついてきてくれるようなので、まぁいいかと納得した。
◆◇―――――――――◇◆
Side エヴァンジェリン・A・K・マクダゥエル
「…さて、士郎達はもういなくなった。お前達…もう我慢する必要はないぞ?」
…頃合だと思い私は二人にそんな言葉をかけた。我ながら似合わない役どころだなと思った。
そして近衛木乃香と桜咲刹那は両膝をついて無言で涙を流しながら体を震わせ口を両手で押さえていた。
だから茶々丸に二人を任せた。
…当然だ。この私ですら士郎とイリヤの過去には畏怖の念を感じざる得なかった。
すべてを見た今だからこそ士郎がぼーやの過去に一瞬でも嫉妬や渇望してしまったのか気持ちはわかる。
士郎の破綻の原因である大火災という名の悲劇…
伽藍洞となった心にすっぽりと納まった正義の味方という呪いじみた理想。
自身の命を勘定に入れていなかった士郎の歪んだ生き方…
非情な魔術の世界…
第五次聖杯戦争で現れた様々な英霊とそのマスターとの戦い…
地下でギルガメッシュの魔力の餌として死ぬことも許されず生かされ続けていた子供達…
そして言峰綺礼の狂った思考…
とくにまがい物の聖杯の中身…士郎が何度も飲み込まれた『この世・全ての悪』の世界はまさに地獄…そう捉えてもおかしくない場所。
記憶越しでも肌にまで纏わりついてきたのだからこの二人にはたまったものではなかっただろう。発狂しなかっただけ褒めてやりたいところだ。
そして、士郎の未来の可能性の姿…英霊エミヤ。推測するにあれはおそらく他の平行世界でイリヤすらも失って一人で最後まで駆けぬけてしまった士郎の果ての姿なのだろう。
イリヤは詠唱内容と心象世界は英霊エミヤとは違うといったが同じ固有結界『無限の剣製』を使用できる士郎のあり方。
今の士郎は世界とは契約していないというが、いずれはやはりそうなってしまうのだろうか…?
……いかんな。私とした事が感情移入しすぎのようだ。
とにかく、この世界にやってきた二人はまさに新たな分岐点を見つけたのだろう。
二人の歪んだ生き方…私はけして嫌いではない。むしろ共感をしてしまうほどだ。
だから真実を知って、なお士郎とイリヤの茨の道に着いて行くといって一皮も二皮も向け、もう考え無しで馬鹿なガキではなくなった近衛木乃香と桜咲刹那の二人をせいぜい鍛えてやることにしよう。
前衛、時に固有結界を発動するために中衛、遠距離からの射撃をするための後衛と、どの位置にもつけるオールラウンドな士郎。
中衛に迎撃と守り…そして士郎を補佐する刹那。
後衛に大魔法を詠唱するイリヤと回復術師としての木乃香…まさに理想のパーティーだな。
ネギのぼーや達とは大違いにバランスが取れている。
ふふふ…将来が楽しみだ。じじぃ、それに詠春…士郎に二人を任せたことを良い意味で後悔する時がいずれ訪れるだろう。その時まで生きていろよ?
「ケケケ、御主人。久々ニ悪ノ顔ニナッテルゼ?」
「む。顔にまで出ていたか。なに、久々に楽しめる項目が増えに増えたからな」
「タシカニナ。シロウトハモウ一度殺シアイテーゼ」
「ふっ、そうか…」
チャチャゼロが気に入るのも納得できる。おそらく士郎はタカミチ以上に強い。
才能がないという点では二人もまた似ているというがそれを差し引いても力の差は歴然。
この世界で宝具の力を自らの体に宿すという諸刃ながらも新たな力も手にした士郎は下手すればナギと同等にやり合えるかもしれんからな。
ほんとうに末恐ろしい奴だ。
…それと、別件だが『破戒すべき全ての符』の件については士郎に真名は解放してもらわないほうが多分だがいいだろうな?
下手したら登校地獄どころか吸血鬼化の呪いの魔法まで解いてしまう危険性が孕んでいるからな。
記憶を見ておいてそれを嫌というほど納得した。
あの桜という女の魔力だけで契約解除は無理にしてもアーサー王の切り札さえも封じたのだからその可能性は大いに考えられるからな。
後書き
エヴァさん、ルールブレイカーの思わぬ危険性に気づく。
ここから木乃香と刹那の強化が開始されますね。
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