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人理を守れ、エミヤさん!

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カルデア戦線異常あり!

カルデア戦線異常あり!




「――マシュ・キリエライト、ネロ・クラウディウス、両名とも特異点からの退去完了しました」

「聖杯の回収に成功」

「第三特異点の定礎復元まで残り5分です」

「疑似霊子演算器の異常を検知」

「A班、疑似霊子演算器が検出した異常を正常域に修正して。ムニエルくん、B班とC班の指揮を頼む、手動でパネルを操作するんだ。技術班、レオナルドの指揮で破損箇所の修理と、システムのバックアップと修正を並列してやってくれ!」

「了解!」

「士郎くんの状況は?」

「現在魔神霊と固有結界内にて戦闘中です。通信は依然繋がりません!」

「サーヴァント・エミヤ、アイリスフィール、玉藻の前、無事帰還しました!」

 退避していたカルデアのスタッフが続々と持ち場に戻る。つい先刻まで戦闘があった事を感じさせない迅速さは、彼らが有能である事の証明だ。
 矢継ぎ早に上げられる報告に淀みはない。親しんだ百貌のハサンの脱落と、その再召喚が不可能な今、悲愴な雰囲気は隠せていない。しかしそれでも彼らは前を向いている。心は折れていない。心の支えであるマスター陣のリーダーをなんとしても助ける意思が彼らを支えていた。
 ロマニは急遽指揮権を握り、間断なく指示を飛ばす。それは帰還した戦闘班にも向けられた。

「マシュ、帰ってきてすぐで悪いけどメディカルルームへ。ネロ帝はアタランテと一緒にカルデア内に残敵や罠がないかの確認!」

 うむ、と。ネロも疲れているだろうに、それをおくびにも出さず快諾した。
 ネロは回収した第三特異点の聖杯をロマニに渡し、アタランテを連れ中央管制室を出ていく。そんな彼女を尻目に、不安げにマシュが訊ねた。

「あの……ドクター。先輩は大丈夫なのでしょうか」
「きっと大丈夫。だから行ってくれ、マシュには休息が必要だ。――ん?」

 ブロック状の聖杯をネロから受け取ったロマニは軽く眉を顰める。嘆息しながら、爆弾と化していた潜在的な術式を一息に解除した。コルキスの王女か、と。呆れ気味に。

「アーサー王とアーチャー、アサシンも見回りに行ってくれ。レフを撃退はしたけど安心は出来ない。アイリスフィールと玉藻の前は待機」

 何事もなかったように司令塔をこなすロマニに、マシュにだけ構う余裕は流石になかった。司令塔を代われるアグラヴェインを欠いた事で、以前までの負担が戻ってきたのである。
 マシュは制服姿に戻り悔しそうに俯くも、ここにいても邪魔になるだけだと理解して頭を下げ、急ぎ足にメディカル・ルームに向かった。その前に手紙をロマニに渡して。
 見回りに行くついでにと、アルトリアらに寄り添われながらマシュは退室する。アサシンの切嗣だけは早々に見回りに出た。

 騒然とする中ロマニは乱雑に書きなぐられた英文に目を通す。それは黒髭からだった。いや、ドレイクの一文もある。
 黒髭からは端的に。――カルデアに喚ばれたら協力してやるぜ。まだ同盟は切れてねぇよ。
 ドレイクもまた豪快に綴っていた。――ネロとかいう奴の懐に聖杯ってのを忍ばせてあるよ。気づいてないのかねぇ? 代金の胡椒の瓶詰めは、また会った時にでも寄越してくれたらいいさね。

 彼ららしい、とロマニは笑い。一段落つくと、幼い少女達へと振り向く。

「桜ちゃん、イリヤちゃんと美遊ちゃん、ご苦労様。疲れただろう? 指示を出せなくてごめんね。休んでもいいよ」
「ううん、わたしはお兄ちゃんを……士郎さんをここで待ってます!」
「私も」
「……」

 彼女達の眼には、既に浮き足立った色はない。地に足ついて、カルデアの当事者である事をしっかりと認識していた。
 ロマニは目を瞬き、次いで微笑む。桜達を過保護に遠ざけるつもりは、既に彼にもなくなっていた。それどころではないというのが実情だが。

 未だにレイシフトしたままの士郎を観測するスタッフらは、彼を信頼して待つ。定礎復元まで後1分を切ると、待ちかねたようにスタッフが声を上げた。

「魔神霊の反応ロスト!」

「マスター・衛宮士郎が魔神霊を撃破した模様! 通信が回復しました!」 

「繋いでくれ!」

 映像がモニターに浮かぶ。左目が潰れ、両腕が砕けている痛々しい姿の士郎が、海の中で立ち泳ぎをしている。ひっ、と短い悲鳴をあげるイリヤをよそに、士郎へロマニが手短に現在のカルデアの様子を伝える。その後、士郎がオルタの状態を伝えてくると、ロマニはアイリスフィールに視線を向けた。
 聖杯の嬰児は頷き、宝具の解放準備を整える。すぐさま士郎らの退去が始まった。その最中モニターの中でオルタが士郎に魔力を送る。両腕が瞬く間に癒えるもオルタは……。

 ――突如、管制室に魔力反応が発生する。

「なんだ!?」

 ロマニの切迫した声に、オペレーターの女性が即座に応じた。

「司令官代理、コフィンから魔術の起動を確認! シロウさんの入ってるコフィンからです!」
「……ッ? これは……転移魔術か!? マズイ、解除を――」

 慌てて霊基を解放し、魔術王の姿になったロマニがコフィンに向けて走るも、そのプロテクトの頑強さは魔術王をして解除に困難を極めた。
 不可視の術式は、生前の魔術王が発動した魔術に等しい強度を誇っていた。サーヴァントの霊基でしかないロマニでは、その存在に未然に気づき対処する事は出来ず、そして咄嗟の事に魔術の解除を行うのが間に合わず。

「サーヴァント・ランサー……帰還しました」
「サーヴァント・セイバー、オルタさんの――消滅を確認」
「! 司令官代理! シロウさんが帰還してきません!」

 蒼い槍兵が帰還する。しかしオルタは最後に力尽きたのか帰還が完了する直前に消滅していた。
 ロマニは絶句する。オルタは――非情なようだが、消滅してもいい。時間があれば守護英霊召喚システムの復旧は可能だ、霊基データさえ無事ならまた召喚出来る。だが、

「おい」

 クー・フーリンが険しい表情で辺りを見渡す。己の主君の姿が見えないのに、鬼気迫る形相でロマニを睨んだ。

「マスターはどうしたんだ?」
「……待ってくれ」

 ロマニもまた常の弛んだ空気を拭い去り、緊迫した面持ちで魔術を使用していた。カルデアに干渉し、たった今コフィンに刻まれていた術式から情報を抜き取る。そして毛先ほどの乱れも赦さぬ神業めいた魔術制御で、それをカルデアの機器に反映した。

「……よし、逆探知を! 士郎くんは特異点から別の特異点に転移させられてる、今の魔術から反応を逆算した、後は座標を特定するだけだ!」

 固唾を呑んでイリヤ達は見守る。異様なまでの緊迫感に圧倒されていた。
 しかし、オペレーターの女性が呻く。

「……ダメです! 特定できません!」
「なんでだ!?」

 ロマニが怒号を発し、握り拳をモニターに叩きつけた。凄まじい焦りと怒気に空気が凍る。
 嘗て王だった頃――そして人間になってからの日々――それらを経て、はじめて得た対等の友人が士郎だった。故に、ロマニ・アーキマンの焦りは誰にも負けないほど強い。だがそれで自分を見失う男でもなかった。

「――存在証明は?」
「継続されています!」
「意味消失だけは絶対に阻止するんだ。二十四時間体制で、交代で常に観測していてくれ。座標の特定が困難な理由は? マスターがレイシフト状態なんだ、カルデアが観測してるんだから簡単なはずだろう?」
「それが……代わりに特定されたのは別の特異点です。第四特異点が障害となっていて、その先にいるシロウさんの反応が朧気になっています」
「なんだって? じゃあ士郎くんは第五かそれ以降の特異点にいる事になるのか……」

 唇を噛み締め、ロマニは意を決したのか険しい顔をしているランサー、クー・フーリンを見る。そして少女たちにも視線を向けた。

「……チッ。そういう事かよ。道理でオルタの奴がああも無茶した訳だ」
「そうだね。辛うじて士郎くんの腕が治ったのは本当に助かった。だけど予断は許されない。第四特異点の特定は済んだみたいだし、悪いんだけどイリヤちゃん……行ってくれるかな?」

 それは、余りにも唐突な出動要請だった。
 ギョッとしたイリヤだが、体力的にはなんら問題ない。彼女は詳しくは状況を飲み込めていなかったが、それでも士郎が危機的状況にあるのは理解していた。彼女は頷く。

「はい、行きます!」
「……ありがとう。今から二時間後にレイシフトを開始する。その二時間後にネロ帝に出てもらうから、準備しておいてくれ。……皆! 大変だろうけど踏ん張りどころだ、協力してくれ!」

 はい! とスタッフ達の声が揃う。
 彼らの意志は一致していた。正念場だと。休んでいる場合ではない。想像を絶する激務が待ち構えていても、彼らには元より退路がなかった。
 イリヤは自分なりに腹を括る。弱音は噛み殺した。女は度胸だと持ち前の向こう見ずさで突然の実戦に飛び込む覚悟を固める。大丈夫、わたしは一人じゃないんだから、と。――自分に言い聞かせて。

 ロマニはイリヤの連れていくサーヴァントに、マシュは組み込むとして、他の面子を決めようと思考を巡らせる。その前にやらねばならない事もあった。
 イリヤはまだ生きているがサーヴァントの霊基を持っている。システムを弄って彼女がマスターとして正式に動けるようにしなくては――その時だった。予想だにしていなかった通信が入ったのだ。瞬時に応じたロマニは、モニターを開いた。
 相手は、危機的状況にいるはずの士郎だった。

「士郎くん!?」
『……こちら、衛宮士郎だ。聞こえているか?』
「聞こえてる! それよりどうやって通信を……いやそれより無事なのか!?」
『……ダメだな、聞こえない。一方通行なのか? まあ……いいか』

 ロマニの声に、士郎はまるで何も聞こえていないように頭を掻いた。染み着いた疲労が伺える。士郎にはロマニの声と姿が届いていないらしい。安定していない通信に、ロマニは本気で怒りを抱く。なんだってこんな肝心な時にばかり! と。
 映像の中の士郎は見慣れた格好ではなかった。左目に当てられた黒い眼帯、そして詰め襟の軍服らしきものを着込み、露出している首から上にも無数の傷跡が新たに刻まれている。何が起こってるんだと困惑する一同に、士郎は言った。

『一応、カルデアにこちらの音声が届いているものと仮定して、報告はしておく。俺は今のところは無事だ。が、どうにもこの特異点はオカシイ。カルデアの通信機にある時計の進み方とこちらで体感している時間の流れに大分差がある。俺の体感では既に半年は経った』

「半年!?」

 驚愕を置き去りに、士郎は淡々と告げた。

『いや、五ヶ月か? まあ……そこらはいいか。通信限界時間はすぐそこだ。……俺は世界の異常には敏感な質でな。念のため自身の感覚を正常にするために様々な手段を講じた。結果、俺の体感時間と特異点内の時間に差はないと判断した。
 カルデアとの時間差についてだが、この特異点内は外との時間の流れにズレがあるらしい。そちらの時間で言えば二日でこっちは十年が経つか? あて推量だから正確には知らん。ただ聖剣の鞘のお蔭で、老化はかなり停滞させられている。五十年生きて五十代手前ぐらいの容姿になる程度に。だが俺は――っと、それより先にデータを送る。第四特異点の攻略指南だ。
 ネロに行かせてくれ。間違ってもイリヤにはやらせるな。単純に体力が足りんだろう。攻略は容易だ、ネロと共に投入できる戦力なら二日でクリア出来る。理想の面子はマシュとアタランテ、アサシンとランサーだな。とにかく脚の速さが必須だ。ネロには簡単な仕事になるだろう。イリヤ達は休ませてやってくれ。俺も休みたい。相棒が可愛くて辛い。
 こちらの年代は1782年のアメリカだ。座標特定に役立ててくれ。あー……と。データは行ったか? 虚数空間に向けて独り言を呟いてるみたいで俺も辛いんだ。そろそろ通信限界だ、次も通信が繋がったらデータをまた送る。状況の報告も。ああ――それと。

 別に、この特異点を一人でクリアしても構わんのだろう?』

 乾いた笑顔で士郎が強がった瞬間、通信が途絶えた。直前に『冗談だ、早く増援を寄越し――』とまで言っていたのが、微妙な余裕を伺わせる。
 なんとも言えない沈黙が流れる。緊張感が切れた。しかし、ロマニは笑う。しぶとく士郎は生き残っていた。まだ希望はある。

「――士郎くんをお爺ちゃんにする訳にはいかない。速攻で片付けて救援に行くよ!」

 カルデアはそれに、力強く頷いた。





 
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