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人理を守れ、エミヤさん!

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絶望を焚べよ、光明は絶えよ






 血飛沫が舞う。鋼が砕ける。防禦の為に交差した陰陽の双剣が微塵に散った。

 飛び退いた士郎は、視界の半分が闇に覆われたのに、須臾の遅れを経て気がついた。槍撃の余波――? アドレナリンが分泌され、体が興奮状態に陥っているのが分かる。疼痛を抱えたまま後退した士郎は、呻き声一つ上げず冷徹に己の状態を解析する。

 ――固有結界、強制展開状態。結界の維持に回す魔力を限界まで引き下げても心象世界が崩れる気配はなかった。結界の解除は魔神霊を斃さねば不可能と見るべきだろう。とはいえ、必然的に吸い上げられる魔力量は莫迦になるものではない。このままでは当然の帰結として魔術回路が焼き切れるか、魔力が枯渇して枯死する。
 残存する全魔力量、数値にすると1000か。秒間1の魔力を消費、ランクB以上の投影は控えても、干将莫耶の投影は一度に2の魔力を消費する。クー・フーリンやオルタの戦闘を支えるのに秒間で10で、大技を放てば100は軽い。
 全力全開での短期決戦にしか活路はない。3分以内に仕留めなければ、士郎の魔力はアラヤ識の支援の分も尽き、運が良くても死ぬ。令呪は零。魔術礼装の機能も、アルケイデスの一撃で破損しており使用不可。加えて士郎はたった今、左目が潰された。自身で戦闘を行うのは不可能だ。剣製した剣弾で援護するにも精密さは望めない。精緻な制御が出来ないなら戦力は半減と言える。

 だがこちらも負けてはいない。魔神霊は最果ての槍こそ振るっているが、アルケイデスやヘラクレスの保有していたスキル、心眼が機能していないようなのだ。武芸の腕前はそのままで、宝具も使用可能だが、白兵戦での脅威は格段に低下している。宝具を撃たせず接近戦で仕留めれば、まだ生き残る芽はあった。
 しかしそれでも戦局は芳しくない。心眼が機能していないとはいえ、魔神霊の膂力、速力、敏捷性、魔力、耐久力はサーヴァントの枠を明らかに超えている。

 加えてオルタだ。表面上の傷は修復しているがアルケイデスとの戦闘で、腹部を巨槍で貫かれているのである。負傷している状態では……。

 「シロウッ!」主が傷つけられた剣騎士が怒号を発する。唸りを上げて聖剣を振るわれた。
 激突する黒剣と巨槍。ジェット噴射のように魔力を放出し、躰ごとぶつかっていく超重の剣撃は城塔をも倒壊させるだろう。しかし迎え撃つ魔神霊は一寸足りとも圧されない。どころか、軽々とオルタの剣撃を跳ね返しその矮躯を震撼させる。
 腹部の負傷が響いている。圧倒されていくオルタに士郎は歯を食い縛り決断を下した。カルデアとの繋がりが絶たれている今、大英霊たるオルタやクー・フーリンの戦闘を独力で支えるのは不可能。アラヤ識から供給されていた魔力は底が尽きるまで秒読み。一か八か、勝つか負けるか、生きるか死ぬか……賭けねばならない。

 深呼吸をして、肩筋を大きく抉られ、重傷を負っているクー・フーリンを見た。

 ほんの十秒の休息。

 オルタが弾き飛ばされた。黒剣の切っ先で地面を削り、吹き飛ばされる衝撃を殺して踏ん張ったオルタの間合いに魔神霊が踏み込む。豪快に振るわれた巨槍がオルタを打ち据えその堅牢な鎧を砕き割った。
 吐瀉に混じる血。苦痛に歪むオルタの秀麗な美貌。士郎は短く指示を飛ばした。下がれと。そして、彼は傍らのクー・フーリンに、

「ランサー、一人で奴を抑えてくれ」

 死んでくれと、命じた。

「ハ――それしかねぇか。任せろよ」

 クー・フーリンは莞爾と笑った。死地など幾度も越えてきた、こんな所で死ぬ己ではない。ましてや敵は英雄でもなければ戦士でもなく、怪物ですらない英雄の骸だ。こんな相手に殺されるものかと彼は確信している。
 分の悪い賭け……ではない。勝算は充分ある。半刻も手こずっているが、必ず勝てると確信していた。
 オルタが下がってくるのに合わせ、光の御子が翔んだ。蹴り穿つ蹴撃が魔神霊の腕に阻まれた。何ら痛痒を覚えず、魔槍を地面に突き刺し基点としたクー・フーリンは、己を襲う最果ての槍を紙一重で躱した。掠める歪な穂先が翻り、着地したクー・フーリンを打ち倒さんと乱気流を巻き起こす槍撃が乱れ打たれる。応じてクー・フーリンは魔槍を閃かせた。
 消耗は激しい。ルーンは尽き、最果ての槍の真名解放を城を楯にする形で防ぐも肩筋を大きく抉られていた。常人なら瀕死と言える重傷である。しかしそれでも戦えるのがクー・フーリンだ。口腔が開く、「雄ォォオオオ――ッッッ!!」精強なるケルトの戦士をして心折られ、戦いを放棄させるまでに萎縮させる雄叫びが轟いた。

「……セイバー、次の一撃に総てを賭ける。お前の聖剣で、俺に勝利をくれ」
「――拝承した。私の命運は貴方と共にある。シロウ、我がマスター。貴方に勝利を約束しましょう」

 激甚なる瀕死の光輝、死したる骸の魔神霊の応酬が刃鋼の音色を奏でる。
 空間が拉げ、気流が爆発し、剣の丘を爆心地に変える壮絶な死の宴だ。血反吐を吐きながら時を稼ぐクー・フーリンは、聖剣へ爆発的に注ぎ込まれる原始の呪力を感知し阻止せんとする魔神霊を単騎、食い止める。

 黒い聖剣が瀑布のような魔力の猛りに呼応し、魔竜の牙の如くに膨張していく。士郎は己の魔力の大半を注ぎ込んだ。オルタの魔力炉がそれを錬成して倍増を繰り返す。黒剣に充填された魔力が闇に変換され、集束・加速を臨界まで反復し、運動量を増大させる。
 オルタもまたその高まる魔力に肉体の限界を迎えていた。もはや真名解放の反動を受け止めきれるか判然としない。だがそれで怖じる胆力ではない。オルタは己の力への自負を抱く。

 クー・フーリンの躰のキレが悪い。傷が重く、不利な戦況を仕切り直す訳にもいかず、あくまで踏み留まる彼は魔神霊という濁流を塞き止める限界を迎えた。圧倒的な膂力に圧され、魔槍が跳ね退けられ胴の隙を晒してしまう。咄嗟に丸楯を取り出して巨槍の軌跡を逸らすも、脇腹に最果ての槍が突き立った。がッ――苦鳴は短く。突き上げられたクー・フーリンが振り回され、その遠心力で彼方へと放り出された。

「……! セイバー!」
「まだです、まだ……! あれを消し飛ばすのに今少しの溜めが必要ですッ」

 クー・フーリンの安否は気になる。だが突進して来る魔神霊の迫力に焦りを抑えられない。
 士郎はしかし、その焦りを殺す。そして双剣を投影した。シロウ……!? 驚愕するオルタに、鉄の瞳が重なる。士郎は、言った。

「二秒保たせる。……信じてるぞ、セイバー」
「――はい。必ず!」

 全身を強化する。隻眼となっている士郎は右目を見開いた。突撃してくる魔神霊は、進撃してくる人間に。魔神霊は嗤う、マスターである士郎を殺しさえすれば、オルタに注意を割く必要はないのだ。
 無謀を犯す塵芥を蹂躙せんと最果ての槍が煌めく。士郎は聳え立つ山脈を前にしたような圧迫感に死を視るも、怯まなかった。竦まなかった。死の覚悟なんて捨てている、あるのは無限に湧いてくる生への渇望。死にに逝くのではない、生きに往くのだ。死中に活あり、無敗の戦歴に華を添えるだけだと男は笑う。

「オォォオオオ――!!」

 初撃。侮りか、見切りか。胴を貫く軌道の直突き。双剣で流す。受ければ腕もろともに双剣は砕ける。魔神霊の槍、アルケイデスの武、嫌になるほど目に焼き付いていた。彼の心眼は過つ事なく初撃を捌く。
 しかし、それでも強化したはずの腕に皹が入った。戦車の突撃を生身の腕で止めようとするようなものだ、然るべき損害である。
 双剣が刃毀れした。補強、新たに投影し直す暇はない。空間を波打たせるように巨槍が振り上げられ――振り下ろすと見せ掛けての虚撃。巨槍の石突きが穂先を振り上げた勢いそのままに、下から食いつくように掬い上げられてくる。

 左下からの強襲。死角を突く軌道。士郎は防げない。咄嗟に胴を守る為に下げた莫耶が、それを握る腕ごと砕かれた。血反吐を吐く。衝撃に内臓が破裂したのか、肋骨が纏めて三本折れた。
 巨槍が旋回する。躰を左半回転させて胴を薙ぎ払う軌道、肋骨が折れている、左半身に受ける訳にはいかない。干将を間に割り込ませるしかないが――飛来した朱の閃光が刹那の時を稼ぐ。
 死に体でありながら魔槍を投じたクー・フーリンだ。魔槍が魔神霊の胸を背後から貫いたのである。動きが一瞬止まる、防禦ではなく回避が間に合った。一秒と半、あと半秒――魔神霊は胸を穿たれていても尚駆動する。沸騰したように肉が脈打ち、胸に空いた風穴を塞いだのだ。治癒ではない、再生でもない、もっと悍ましい何かだ。
 魔槍が担い手の許へ帰還していく軌跡を見る間もなく、士郎は死に物狂いで退くも追撃は迅い。干将を巨槍の軌道に置いて辛うじて受け流すも、干将も破損する。再び反動だけで右腕が砕けた。進退極まり、万事休す……されど士郎は諦めずにその場に倒れ込む。受け身も取れないで倒れた士郎の真上を巨槍が過ぎ去る。大気を貫き真空の穴が生まれるほどの刺突――二秒、経った。

約束された(エクスカリバー)……!」

 全身全霊、乾坤一擲。オルタが士郎の後を繋いで飛び込んでくる。射出機(カタパルト)より撃ち出された戦闘機の如き彼女を、魔神霊は容易に対処出来ると嘲笑う。この霊基は切り返して黒王を屠る事を可能とする性能があった。
 黒王の顔が曇る。マズイ、と。だが止まる訳にはいかないのだ。これで決めねば、負ける。負ける訳にはいかない。主の信頼を裏切る訳にはいかないのだ。躰を張って価千金の二秒を稼いだ彼の労を無為にする訳にはいかないのである。黒王は吼えた。魔竜の咆哮が轟く。
 なれど磐石なるモノを前に奇跡は起きない。そんなものは何処にもない。

 ――故にそれは必然であった。

 魔神霊の躰が止まる。驚愕する魔神霊の霊基が最後の力を振り絞ったのだ。
 英霊を蔑み、見下し、駒とした彼の魔神にとって有り得てはならない反逆。彼は、ヘラクレスを嘗めた。敗因はそれだった。

勝利の剣(モルガン)!」

 そしてその一瞬の隙を見逃すオルタではなかった。解き放たれる闇の断層、究極斬撃。闇の奔流ではなく、聖剣へ籠められた莫大な魔力を直接叩き込む。大上段からの斬撃は確実に魔神霊を真っ二つに切り裂――

『■■■■■■■――!!』

 声にならぬ絶叫が上がる。両断されながらも魔神霊は足掻いた。頭部を斬断される寸前、巨槍を握る腕が遮二無二振るわれ。

 オルタの胸を穿った。

「カ、ハ……!?」

 魔神霊が縦に割れる。膨大な闇の斬撃の奔流に五体が四散し死を遂げる。聖杯が溢れ落ちた。
 同時、オルタが膝をつく。

「セイバー!?」

 士郎は跳ね起きて、自身の傷すら省みず倒れるオルタを抱き止めた。砕けたままの腕が激痛を訴える事など気にもならなかった。
 悟る。オルタの霊核に致命的な損傷が入ったのだ。最後の最後で足掻いた魔神霊が相討ちに持っていったのである。オルタはただでさえ白い貌を青くし、薄く笑みを浮かべた。

「シロウ……なんて貌をしているのですか」
「……っ」
「勝ったのです。誇ってください、私はまた、貴方の声に応えカルデアに戻ります」
「もういい、喋るな。再召喚の必要はない、すぐに固有結界を解除する。アイリさんに治してもらえばいいんだ」
「そう……でしたね。ならもう少し……気を張って――」

 士郎が強制的に貼り付けられていた心象世界を閉じる。縫い止めていた錨が抜けたのだ、もはや阻むものはなく世界は閉じた。
 現れる地点を、地べたに座り込んでいるクー・フーリンとオルタ、自分も纏める。そうして現実世界に帰還する寸前、オルタの顔色が変わった。

 根拠のない、勘。虫の知らせ。まだ何も終わっていない、いや寧ろ漸く何かが始まったような……

「なっ!?」

 現実世界の元の座標、私椋船『黄金の鹿号』の甲板に帰還するはずが、士郎達が現れたのは海の上だった。
 着水した士郎が驚愕したのは、何も海に落ちたからではない。空が崩れ、世界の理が修復されていく光景を目にしたからだ。
 定礎復元が成されたらしい。問題はドレイク達の姿が見えず、辺りに誰もいなかった事である。士郎は焦った、満身創痍のクー・フーリン、消滅間際のオルタ、そして自分のカルデアへの退去が始まっている。カルデアとの通信が戻った。

『士郎くんッ!』
「……ロマニか?」

 立ち泳ぎするのも難儀な傷だ。士郎は嵐が治まっている幸運に感謝しながら応じた。
 切羽詰まった声が届く。ロマニが鬼気迫る顔で言い募った。

『いいかい、自分の存在を確り認識して、イメージしておいてくれ!』
「……何かあったのか」
『カルデアが攻撃された! レフだ! 機材が損傷してる、レイシフトが万全に行えない可能性があるんだ! 他の皆はなんとか帰還出来たけど士郎くんはまだ安心できない、頼むから気を張っててくれ!』

 士郎はその報せに苦虫を噛み潰したように歯噛みする。カルデアとの繋がりを克明に意識しながら士郎は言った。

「オルタが致命傷を負っている。そちらでアイリさんをスタンバイさせておいてくれ」
『オルタが? ……分かった、だからなんとか無事でいてくれよ、士郎くん』

 オルタはえもいえぬ悪寒に震えた。士郎の腕を掴む。無理矢理に捻出されたオルタの魔力が、士郎の中にある聖剣の鞘に注がれた。魔力が足りなかったのか、左目は治癒されなかったが両腕は治る。

「オルタ! 余計な事を――」
「聞いてください、シロウ」

 既に消えかけている身で無茶をするオルタへ、怒号を発そうとした士郎を制して彼女は強張った顔で告げた。
 それは、これから始まる地獄のような未来を直感してのものだった。声に詰まる士郎へ、彼女は悪寒を抑えている。

「嫌な感じがします。万全の態勢を整えていてくださ――」

 転瞬、オルタとクー・フーリンが消えた。カルデアへ退去したのだ。士郎は間もなく己も退去するのだろうと身構える。
 どこかへと引かれる感覚は、いつものレイシフトのそれで――



 ――士郎は、海から陸へと転移していた。



「は……?」

 目を白黒させる。此処はどこだと、咄嗟に辺りを見渡した。
 見渡す限りの荒野である。人気はない。空には光の帯のような、これまでの特異点で見慣れたものがある。士郎はカルデアへ通信を取ろうとするも、それは途絶えていた。どういう事だと愕然とする士郎の鷹の目が――彼方に一個小隊規模の軍勢を捉えた。

 それは、鎧兜で身を固めていた。

 槍と楯。逞しく筋骨に秀でた体躯と豊かな髭。
 その姿を士郎は知っていた。他ならぬ己のサーヴァント、クー・フーリンの過去を夢で見た彼は――それ(・・)が『ケルトの戦士』である事を悟る事が出来たのだ。

「は、ぁ……?」

 いや、なんでさ……と。士郎は空を仰ぐ。

 カルデアとの繋がりはない。アラヤ識による貯蔵魔力もない。令呪はなく、サーヴァントもおらず。改造カルデア戦闘服も破損したまま。魔術回路は限界。一刻も早く休息を取らねばならない状態だ。
 なのに。

 士郎は、特異点から別の特異点に転移させられていた。













 人類の裏切り者は嗤う。彼は衛宮士郎だけは決して見くびらなかった。侮らなかった。もしやと思わせる危険性が衛宮士郎にはあったのだ。
 だが衛宮士郎の入ったコフィンの破壊は成せなかった。存外あの小娘達は健闘してくれたのだ。目障りなほどに。
 故にそれは、彼からの贈り物。破壊ではなく細やかな召喚術式の刻印を贈った。不可視のそれは、その場の全員の目を掻い潜り、感知を潜り抜けたのだ。魔術王を出し抜けるのもまた魔術王のみで――カルデアについて知悉しているフラウロスだから可能な芸当だった。

「私を招いてくれたお礼だよ。

 今度は私から招かせてもらった。

 楽しんでくれたまえ。『第五の特異点』はお前を歓迎してくれる。

 ああ、ハルファスは甘くない。せいぜい、頑張りたまえ」










 
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