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人理を守れ、エミヤさん!

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英雄の誉れ、花開く策謀






 ボッ。

 それは空気の壁を貫く不毀の極槍の擦過音である。大気が燃え、衝撃波を伴い、雪崩を打ったように弓兵へ押し寄せた。
 干将莫耶、陰陽一対の双剣。一級の戦巧者であるエミヤは防禦を固め歯を食い縛った。
 災害のような猛攻と同居する精緻な槍捌き、己を遥かに上回る霊格の勇者。トロイア最強の将軍にして戦士、指揮官にして政治家である『兜輝くヘクトール』の武技には、その性質そのままの堅実さと怜悧さがあった。
 光の御子のような圧倒的な力と速さ、豊富極まる経験と才能、昇華された技量によるものではない。血の滲むような鍛練と、類い稀な克己心から来る忍耐力、真の狙いを悟らせない狡猾な心技が立ちはだかる。彼の術技には無数の隙が散見されるが、されどその隙は全て餌であり、それに食いつけば即座に殺される。エミヤは確信していた。彼の者はエミヤでは至れなかった境地に立つ、己の完全なる上位互換の存在だと。

「ヅッ!」

 投影する端から双剣が砕かれる。その破片が虚空を彩り、エミヤは防戦一方に押し込まれた。
 色のない暗い瞳が己を見据える。淡々と敵兵を始末するような眼光が不気味に照っている。突く槍の引き手は見える、しかし刺突が斬撃に、斬撃が刺突に、薙ぎ払いに変化する自在な槍捌きは、エミヤの心眼を以てすら見切れない巧みさがあった。
 左の二の腕を浅く抉られる。右の頬を穂先が掠める。首許を狙う小さな振りの、撫でるような刃を躱す。しかし全て無傷とはいかない。
 残留霊基と化して尚、曇る事のない無謬の槍。カルデアにて光の御子と相対し、桁外れの槍術を体験していなければ、既にエミヤは刺し殺されていただろう。これほどの槍手をして逃げの一手を打たせたアカイア最強の戦士とは、どれほどの怪物だったというのか。双剣を投影する端から悉く破壊され、エミヤは全身に浅い傷を負いながらも後退する。
 だが、付かず離れず、槍の最大効果を発揮する間合いからは、それでも逃れられない。このままでは押し切られると、双剣を砕かれエミヤが己の絶命を心眼にて導き出した刹那――ヘクトールはあっさりと自分から退いた。

 死角から殺到する呪相・炎天。炎の呪術が強力な弾丸となって彼を襲っていたのだ。同時に銃弾の洗礼も送られてくる。それへ不毀の極槍を丁寧に突き込み相殺し、全く危なげなく銃弾を右の手甲で捌き、躱し、旋回させた極槍で残りの呪術を掻き消す。

 これだ。あと一息でエミヤを屠れる所まで追い詰めてもそれに固執しない。常に周りが見えている。功を焦らない。加えて玉藻の前の呪術、ドレイクの銃撃を防ぎ切れる鎧兜で身を固めていながら、彼は態と受けるという傲慢さがなかった。
 どこまでも冷静に、丁寧に迎撃される。格下だからと力を抜かず、油断せず、慢心しない。彼は忌々しいまでに磐石だった。本当に残留霊基なのかと疑いたくなる。

 青銅製の兜はT字型の鼻当て、孔雀のような羽飾りのついたコリント式兜である。それは硬度は勿論ながら、宝具として相応しい加護を被る者に与える。
 ヘクトールの兜は被る者に戦時に於ける類い稀な洞察力を与えるのだ。生まれついての心眼か、鍛練の末に身に付けるそれか、はたまたその両方か。そして彼の身に付ける鎧は――と、不意に彼は黄金の鎧を脱ぎ捨てた。

「……?」

 本当に、無造作に。兜輝くヘクトールは躊躇う素振りすらなく、『アキレウスの鎧』を体から剥ぎ取ると、海に捨てたのだ。その真意が読めず、警戒するエミヤや玉藻の前、ドレイクの眼前でおもむろにヘクトールが左手を掲げる。
 その手に、トロイアを象徴する意匠の刻まれた丸楯が現れた。磨き上げられた鏡のようですらある、清らかな祈りの籠った護国の願いは楯となって彼の左手に収まる。そしてその身に装備されるのは所謂コート・オブ・プレート――腹部へ横方向に長い板を上から五枚ほど連結し、胸部は縦長の板を並列にして、背面と側部は縦長の板を並列に並べ、小さな肩当がある形状のもの。

 深紅のマントが潮風に吹かれはためく。彼の纏う鎧兜は、パトロクロスを討ち取り戦利品として得たアキレウスの鎧ではない。彼自身の、シャルルマーニュ伝説にて名高いものである。
 眼に見えて彼の佇まいが一変していた。ただでさえ力の差を感じさせる武威があったのを、明確に全ステータスが向上したような威圧感がある。それは彼の鎧によるものか。幸運と宝具以外の能力が増大している。
 即ちこれこそが『兜輝くヘクトール』の本当の姿だという事。右手に握られる極槍とも合わさりその偉容は計り知れない。――しかし何故唐突に本気の姿勢を見せる? 先程までの装備でも充分にエミヤらを打倒し得た。仮に最初から本来の装備に変更するつもりだったのだとしても、もっと効果的な場面はあったはずだ。それを無視して、無意味なタイミングで無意味に切り札を晒して来るのは、ヘクトールほどの大英雄には似つかわしくない性急さと拙速だ。

 ――なんだ?

 エミヤが油断なく新たに投影した双剣を構えていると、その耳にネロの声が届いた。

「バーサーカー、討ち取った! アーチャー、キャス狐、ドレイクよ! 今少しその者を抑えておけ! 余らが敵船に乗り込み決着をつける!」

 ――そういう事か!

 エミヤの眼に理解の光が点る。ネロとマシュが敵残留霊基を討ち取り、敵本丸である英雄船に乗り込んだのだ。敵バーサーカーは強敵だったが、能力の劣化した狂戦士では、ギャラハッドの力を継承したマシュを傷つける事能わず、即席とは思えないネロとの連携で打ち倒したのである。
 残すは敵大将らしきイアソンとメディアのみ。後はヘクトールさえ倒せば壊滅する。しかし無理をしてヘクトールを倒す必要はないのだ。カルデアの目的は特異点化の原因である聖杯の確保、そしてそれ以外の元凶の排除である。無理をしてエミヤらがヘクトールを倒す必要はない。しかし、ヘクトールはそうは言えない。彼は味方大将を守る必要がある。細々と堅実に勝つ、という訳にはいかないのだ。
 多少のリスクは承知の上で、速攻で眼前の敵を屠るか、この場を離脱して大将の守備につかねばならない。この際僅かな負傷すら織り込んで、エミヤらを突破せねばならないだろう。何せネロとマシュの猛攻を、メディアだけで防ぎきれるものではないからだ。イアソンは一目見て分かるほど明らかに、伝承とは異なって武勇に長けていないのだから。

「そういう事だ。今暫く付き合ってもらうぞ、トロイアの英雄!」

 ――光明は見えた。しかし吹き付ける逆風がそれを掻き消す。
 ヘクトールが仕掛ける。人間の限界……《《神代の》》人間の限界を極めた、神々の寵愛を一身に受けた大英雄をも翻弄した武略がゆっくりと牙を剥いた。
 腰を落とし、楯を前面に構え、ヘクトールはじりじりとエミヤににじり寄る。彼の背には守るべき後衛と、ドレイクがいる。エミヤは弓兵なれど退くわけにはいかない。迎撃のために防戦の覚悟を固めた。楯に身を隠し、極槍の穂先がエミヤを捉えている。ジリ、とうなじが焦げ付くような焦燥を感じた。己の焦りだ、極槍を解析した故にエミヤは見抜けたのである。ヘクトールの取らんとする戦法が。



 ブツッ――



 ――不意にカルデアとの通信が途絶えた。
 それに、戦闘中故に気づく者はおらず。敏感に察知したであろう士郎は、固有結界の裡で死闘を繰り広げている。

「っ……」

 不屈の闘志を宿すエミヤは気圧されない、しかし脳裡に響く警鐘が告げている。――負ける。斬られるか、突かれるか、薙ぎ倒されるか。無数に見える敗北の光景がありありと眼に浮かぶ。
 ヘクトールの極槍が右腕のみの力で突き出される。先程までの両腕による槍撃ではない故に、それを捌くのは難しくない。されど容易くもない。彼へ目掛けて放たれる、玉藻の前の呪術による呪詛は効果を発揮しない。

「うっそぉ!? なにそれチート! チートですよ! なんですかそれ!?」

 玉藻の前の批難など歯牙にも掛けられない。ヘクトールの聖楯は、担い手の状態異常を無効化するのだ。
 ヘクトールは聖楯で身を守りながら、エミヤに牽制のような刺突を繰り返す。何が狙いなのかを見抜いていても応じない訳にはいかない。エミヤは分の悪い賭けに出るしかなかった。

「――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 双剣を投じる。叩き落とされるも構わず別の双剣を投影し、更に至近距離から投げつける。

「――心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

 聖楯に阻まれる。やがて槍の間合いではなく、剣の間合いとなった。取り回しの悪い槍の間合いではない、しかしいつ間にか極槍の柄が短縮し、剣となっていた。分かっていたのにまんまと剣の間合いに近づかれたエミヤを責めるのは酷というものである。ヘクトールの間合いの見計らい方、距離の潰し方が余りに巧みだったのだ。
 剣の間合いに踏み込むや猛烈な剣撃を振るう。エミヤはなんとか双剣で身を守り、無数の火花を散らす剣戟を交わすも、不意に突進してきたヘクトールに奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛る。
 楯の一撃(シールド・バッシュ)。全身の体重と膂力の込められた激烈な打撃がエミヤの双剣を砕き、両腕を粉砕し、その額が割られ血を噴き出す。

「ガッ、」

 殺られる――

「させるもんかいッ!」
「『水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)』!」

 ドレイクが銃弾の雨を見舞う。彼女の持つ聖杯によって、その銃撃はサーヴァントにも通じるようになっているのだ。ヘクトールは難なくそれを防ぐも玉藻の前の宝具が起動する間は稼げた。
 玉藻の前の神宝が一時解放され、彼女の呪力行使のコストが零となる。そして自陣の者に膨大な魔力供給を継続的に行い、それによって玉藻の前の呪力が急速にエミヤの負傷を癒す。

「っ、助かったぞ、キャスター」
「そーゆーのいいですから早く早く!」
「分かっている!」

 魔力の出し惜しみはしなくてよくなった。エミヤは双剣を更に投じ、最後に投影した干将と莫耶を過剰に強化して、その刀身を大剣の如くに膨張させる。

「――心技黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)

 四方八方より殺到する陰陽の双剣。ヘクトールが眼を細めた。必中不可避の絶技、刀剣の檻。肥大した双剣をオーバー・エッジ形態へ移行させたエミヤが、自ら両翼の如き干将莫耶を広げて斬りかかった。

「――唯名、別天ニ納メ(せいめい、りきゅうにとどき)。――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われらともにてんをいだかず)……!」

 鶴翼三連。叩き込まれるそれらを、ヘクトールは初見で見切った。躱せないと。全弾は防げないと。故に彼は果断だった。正面から迫るエミヤにのみに意識を傾け、楯を構える。斬りかかったエミヤは歯噛みした。分の悪い賭け――それに嵌まるほどヘクトールは容易くない。
 彼の全身を、鎧を砕くほどの剣撃の嵐が彼の背後、真横から飛来する。それら全てに被弾して、鮮血を噴き出しながらもヘクトールはエミヤ渾身の斬撃を聖楯で受け、そして不毀の極剣(ドゥリンダナ・スパーダ)を巧みに閃かせてエミヤの左腕を切り落とす。

「オォ、ァアアア――ッッッ!」

 肘から先の腕を無くしながらもエミヤもまた負けてはいない。深傷を負ったヘクトールが聖楯で身を守るよりも先に肩口から突進し、彼を無理矢理に押し退ける。『アン女王の復讐号』の戦闘が決着した故に、駆けつけたアイリスフィールが宝具を開帳せんとする。来るな! エミヤが一喝した。
 咄嗟に立ち止まったアイリスフィールの鼻先を聖楯が通り過ぎ、ドレイクの船のマストにめり込んだ。不用意に駆けていれば彼女の頭蓋が砕けていただろう。アイリスフィールはたじろいだ。
 ヘクトールが馳せ、極剣をエミヤに突き出した。剣の間合いではない、切っ先は届かない。しかしエミヤは大きく身を横に倒して回避する。極剣が長大な極槍へ伸長していた。突き出すのと同時の形態変化である。
 錬鉄の弓兵が苦悶する。額から脂汗が吹き出ていた。剣が槍に、槍が剣に、伸縮を繰り返し、腕の動きではなく手首の向きだけを見て回避せねばならない、マシンガンのような連続の刺突だ。彼の手の中で剣槍が伸縮する事で発生する乱打を莫耶で必死に凌ぐも、ヘクトール自身の剣撃と槍撃が交わると防戦すら覚束なくなる。

「ハッ――ハ、ハッ、」

 喘ぐような呼気。エミヤの息が乱れた。流星の如き剣の刺突が、腕を突き出す速力に加速され、極槍へと伸びる。グンッ、と通常の槍術には有り得ない奇抜な加速がエミヤの目測を狂わせた。
 肩を貫かれる。満身創痍のエミヤへ、ヘクトールは踏み込んだ。重傷であっても怯まない強靭な忍耐力である。槍から剣へ短縮しながら極剣を袈裟に振り下ろし、敢えて莫耶で防がせると、ヘクトールは更に踏み込んでエミヤの顔面を固い拳で殴り抜いた。

 派手に吹き飛び甲板を転がるエミヤにトドメを刺さんとする『兜輝く』ヘクトール。そこへ、

「アタシを無視すんなぁッ!」

 怒号を発したドレイクが至近距離から二挺の銃より弾丸を浴びせる。咄嗟にヘクトールは身を捻り、両手を床について自らの脚を斧として薙ぐ。ドレイクの両手を粉砕し、銃も破壊した。今は最も手強い戦士を確実に仕留めるのが上策、ヘクトールは一瞥も向けずエミヤに向かって行こうとし――

「ッ、虚仮にしてくれたねぇ……コイツは高くつくよ……。……アタシをォッ! 舐めんなって何度も言わせんな――ッッッ!!」

 両手を砕かれ、武器を失い、それでもドレイクは怯まなかった。果断に突進したドレイクが、頭を後ろに逸らし、そしてヘクトールの後頭部に渾身の頭突きを見舞う。
 兜を被っているヘクトールには効かない。しかし、彼はよろめいた。慮外の一撃だったのだ。
 武器を失い、手も使えない。しかも人間だ。どうしてそれで退かないのか。合理的ではない。実際にヘクトールはなんの痛痒も覚えていない。頭突きで額が割れ、血を流すドレイクの眼光は手負いの獣だ。だがどこまでも己を信じる気高い自負の光が煌めいている。

「――ったく、オジサンもヤキが回ったかね……」

 不意に、ヘクトールはエミヤへの追撃をやめ、苦笑しながら立ち止まった。喋った!? と玉藻の前が眼を見開く。
 ドレイクの一撃は、確かにヘクトールの砕けた霊基に届いていたのだ。叩き起こされた心地で、九偉人の一人である大英雄は兜を外す。

「おまけに、こんなザマだ。オジサンとしたことが、多数を相手に正面から戦うなんてなぁ。槍も投げてないしよ……」
「ヘクトール……」
「いよ! 見事だったぜ、弓兵。その巧さで接近戦は専門じゃないって、そりゃどんな詐欺だ?」

 なんとか上体を起こしたエミヤに、ヘクトールはからからと笑う。そしてちらりと英雄船に眼を向けると、飄々と肩を竦める。
 やれやれ……結局利用されて終わりかよ……。ガリガリと頭を掻いた彼は、ドレイクに体ごと振り向いて軽く頭を下げた。

「いや、感服した。いい頭突きだったよ」
「……へっ、こちとら度胸で生きてんでね」
「海賊だからかぃ? 国側のモンとしちゃ、狩るにゃちょいと難儀しそうだ。お陰様で死んでたのに生き返っちまった」
「そうかい。…そいつは重畳ってなもんだ。……で、まだやんの?」
「あー……それなんだが、オジサン、相手によるが見知らぬ誰かに利用されたり、勝手な都合で振り回されんのが反吐が出るほど嫌いでね……」

 へらへらと言いながらも、彼の眼は煮えたぎる怒気に染まっていた。今も戦えってなぁ声が聞こえんのよ、と。

「んじゃ、そういうこった」
「おぉ、そういう事。はっはっは、迷惑かけた。にしてもそこのキャスター、出会い頭に金的狙いとかえげつないな? オジサン、びびったよ」
「きっちり防いでそれ言います?」
「はっはっは。……んじゃあ、ちょい先に逝くからな。縁がありゃ、今度は味方として戦わせてくれ」

 ドレイクが肩を竦めるとヘクトールは応じる。彼は極剣を持ち上げ、それを首に添えると、躊躇う素振りすらなく薙ぎ払った。
 自決して果てたヘクトールの霊基が、今度こそ完全に消滅する。エミヤは深く溜め息を吐いた。あのまま戦っていれば、敗れていただろう。呆れたような、感心したような眼でドレイクを見た。

「……規格外だな、君は」
「おうさ、規格に嵌められてちゃあ海賊なんざやってられるもんか」
「……ふ。お蔭で助かった」

 アイリスフィールが今度こそ彼とドレイクを癒そうとする。しかしふと玉藻の前が声をあげた。

「あ、」
「……? どうかしたのかね」
「いえ、なんか敵さん降伏しちゃいましたよ?」
「なに?」

 見れば、幼いメディアが英雄船の船上で、ネロへ聖杯を手渡しているではないか。ネロは困惑しながらもそれを受け取る。
 イアソンはいない。メディアの防衛を突破したマシュが倒したのだ。

「……? カルデアに、通信が繋がらない……?」

 そこで、ようやくマシュが気づく。

 カルデアからの通信がないのだ。そして感じるものがあった。天地が揺らいでいるのである。
 これは特異点化の原因が排除され、人理の修復が起こり始めたのである。だのに、だというのに――

「人理定礎が……復元された……?」

 ――何が起こっているというのか。戦いは終わったはずだ。だのに、士郎が固有結界を展開したまま戻ってこない。
 特異点が崩壊していく。元の形に戻ろうと人類史が修正されていく。特異点化の元凶である聖杯を回収したのだ。それは正しい現象である。

 なのに。

 それなのに。

 ――どうしてカルデアの者達が強制退去されないのか――

 カルデアとの通信も途絶えたままである。
 加速度的に崩壊していく世界の中で、彼女達は呆然と立ち尽くすばかりだった。

 










 
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