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人理を守れ、エミヤさん!

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悪意の牙、最悪の謀 (前)





 I am the bone of my sword
 体は剣で出来ている

 Steel is my body, and fire is my blood.
 血潮は鉄で、心は硝子

 I have created over a thousand blades.
 幾度の戦場を越えて不敗

 Unaware of beginning.
 ただの一度の敗走はなく

 Nor aware of the end.
 ただの一度の勝利もなし

 Withstood pain to create weapons,
 担い手はここに一人

 waiting for one's arrival.
 剣の丘にて鉄を鍛つ

 yet,
 けれど――

 my flame never ends
 この生涯は未だ果てず

 My whole body was
 偽りの体は

 still
 それでも――

「unlimited blade works&quot
 無限の剣で出来ていた」



 固有結界、無限の剣製。――心象を顕す呪の文言に変化はない。魂魄に埋め込まれたアラヤ識の楔が抜けていないから。力の根源に霊長の守護者が在るから。
 しかし世界卵を反転させ、世界を己の心の在り方で塗り潰す心象世界は変容していた。
 幼少の大火災に焦げ付いた空は、廻った世界の美景(人々)に除かれ曇りなき蒼穹へ。
 再演の差響に歪み、染み着いた血の赤い丘は緑豊かな濡れた草原へ。
 墓標のようですらあった無限の剣に、青々とした茎が巻き付いて、武骨な剣を自然の中へ取り込んだようになっている。
 心根豊穣にして地盤頑健なる剣の丘。鋼の与える頑強な安堵感が、心象世界に取り込んだ者へと贈られる。善なる者へ祝福を、無辜なる者へ安心を――悪なる敵には更なる無限の鉄剣を。廻る歯車(アラヤ識)が世界の主を支え、縛り、後押しする。ガゴッ、と歯車が鳴った。

「――セイバー。固有結界を崩壊させる規模の聖剣の解放は一時封じろ。奴にも大規模なものを撃たせるな」

 真っ直ぐに敵を見据える眼光に曇り無く、鉄槌のような声音が敵対者の討滅を告げている。セイバーと己を呼んだ主へ、黒王は首肯する。
 だがしかし、光の御子はニヤリと口端を上げた。

「いや、オレの宝具を使えば、固有結界(コイツ)の受ける負荷を肩代わりしてやれるぜ」
「――城か(・・)
「おう。おまけにオレとセイバー、マスターの体のキレも上げられる。良いこと尽くしだ」
「分かった。だが瞬時に奴を取り込めるわけじゃないだろう。追い込み、囲み、叩く。俺が合わせる、行けるな?」

 応じるように魔槍が構えられる。獣のように前傾となった光の御子が四肢に力を溜め。暴竜の猛りを秘めた黒王が、聖剣に膨大な魔力を充填してゆく。
 臨戦態勢は最初から整っていた。いつでも戦える。しかし、胸中に去来するものがあった。数奇な運命だと三者が感じていたのだ。
 共に冬木の三騎士でありながら、全員が力か属性が異なっている。弓兵に至っては同一人物にして別人で、人間で、マスターであり。そして再演前の弓兵はそのマスターの力の根源となっている始末。あまつさえ敵としているのは第五次聖杯戦争最強の英雄なのだ。可笑しさすら湧いてきていた。正しく三者三様、当時の配役からはみ出ているのである。
 だが不足はない、万の味方を得た以上の心強さを感じている。互いの力を知り抜き、同じ戦場を駆けた。強敵の座を経て戦友になったのだ。ならば細々とした合図や指揮など無用の物。ならば共通の敵を討ち果たすのみ。

「往くぞ、ヘラクレス。宝具の貯蔵は充分か?」

 その宣戦布告に、破れ掛けている神獣の裘の下で神性の霊基が笑んだ。
 三mを超える武骨な柄、切り立った二枚の岩盤が螺旋を描いた形状の穂先――最果ての燐光を纏う巨槍を旋回させ石突きで地面を叩く。
 巌のような指が巨槍に添えられ、『神の栄光』が構えた。堂の入った槍術の武練、武芸百般の武人の誇りが垣間見える。

 クー・フーリンが小さく笑った。最後の最後に立ち返ったのか。僅かにでも。
 ヘラクレスと呼ばれた巨雄は赫怒を覗かせていた。私をその名で呼ぶなと。――ヘラクレスとアルケイデス……同一人物でありながら、決して相容れぬ属性。それらが混ざっているのだ。

「不快な」

 騎士王は吐き捨てる。立ち返ったのではないと見抜いていた。意図的に混ぜられただけであると。故に強敵を迎えた高揚は無く、有るのは脳裡に鳴り響く警鐘への不快感。本来の騎士王よりも鈍化しているとはいえ、鋭敏極まる直感の鋭さが彼女の秀麗な美貌を歪めさせた。
 黒い聖剣が膨張する。黒々とした暗黒の魔力が噴出したのだ。周囲の味方への気兼ねはない。蒼き騎士王は自らの力を律し控えていたが、その反面である彼女は暴竜の力の解放を躊躇わない。

「踏み潰す」

 その身より噴き出る黒き波動は、ブリテン島の原始の呪力。既に開戦の号砲は鳴っている、元より仇敵なのだ。一対一の騎士道に則った戦いではなく、数の利を活かして蹂躙する事への後ろめたさなど欠片もない。彼女は赤刻の走る黒剣を握り締めると地面を蹴り抜いた。
 ジェット噴射も斯くやといった爆発が起こる。強力な魔力炉心が起動し、膨大な魔力が唸った。斬り込むのは黒い聖剣王アルトリア・オルタ。周囲の仲間を巻き込む訳にはいかなかった一度目、船上故に加減をしていた二度目の戦いの時とは違う、正真正銘の全力を発揮する。
 直線の速力ならばクー・フーリンの突進にも迫り、魔力放出にものを言わせたその一撃の重さはクー・フーリンを超える。腰だめから戦車の砲撃を上回る剣撃が振るわれ、残留霊基の黒い残滓を纏うアルケイデスが応じて巨槍を振るった。
 剣の間合いに踏み込ませぬ迎撃の刺突は瀑布の如く。槍の壁が押し寄せるかのような点の軌跡。オルタは力で圧すも微塵もアルケイデスを圧倒出来ない。精妙無比な槍術の枠が却ってオルタに被弾する。攻め込んだはずがあべこべの防戦へ、しかし堅固な鎧は擦り傷程度跳ね返し、瞬間的には拮抗する。オルタは吼えた。

「ジャッ!」

 敢えて槍の一撃を左肩の鎧に受け、裂帛の気閃と共に原始の呪力を撃ち放つ。下段より切り上げた一撃はアルケイデスに捌かれるも、微かに両の足が浮いた――其処へ飛来する無数の剣弾。四方八方より殺到する伝説の魔剣、聖剣、宝剣。刀身に絡み付いていた草々の根、蔦が地に落ちる。
 アルケイデスからすれば、それを防ぐ必要は本来ならない。神獣の裘はそれら人理に属する投影宝具を遮断する。しかし生まれ持ってのそれと、研鑽の末に身に付けた心眼は防禦を選択させた。

 巨槍を縦横無尽に振るって次々と撃墜する。砕け散る鋼が虚空に融け、しかし無限に続く絨毯爆撃は留まる事を知らない。そして不意に間合いと呼吸を見抜いた鷹の目の心眼が仕掛けた。巨雄の槍に更なる投影宝具の霰が撃ち落とされる寸前、その全てが爆発したのだ。
 壊れた幻想による飽和爆破。人理に属していた投影宝具とはいえ、その現象は神秘の炸裂だ。そして爆風、爆裂という属性は人理の如何などに関わらない。アルケイデスは瞬時に顔を腕で庇い、自らを地面に縫い付けるが如き爆撃の中で防禦を固める。
 オルタが聖剣に魔力を込める。卑王鉄槌――刀身を砲台に見立てた魔力砲撃。腰を落として両手で構えた聖剣より、いざその魔力の暴風を解き放たんとした刹那。爆撃地よりアルケイデスが脱出する。
 全身を煤けさせながら、しかし欠片たりともその気迫を衰えさせず、凄惨な火傷や裂傷を負った姿でオルタに刺突を見舞う。大規模な爆撃に晒されていた途上でそれだ。故にその突進がオルタには不意打ちとなる。面食らうオルタだが即座に反応し槍を受け止めた。しかし巨槍より圧縮された燐光が解放され、オルタの全身を打ち据える。

 巨大な槌に殴打されたような衝撃。意識が刹那の間だけブラックアウトする。それほどの一撃。吹き飛んだオルタへ、しかしアルケイデスは追撃に出ない。それを断つ剣弾の雨が吹き飛んだオルタの後方より放たれ、無理矢理アルケイデスの進撃を食い止めたのだ。
 アルケイデスは舌打ちし飛び退く。絨毯爆撃に縫い止められるのは面白くない。転瞬、その背後より迫った朱槍の気配を感じて振り向き様に巨槍を振るった。火花が散り、豪腕が唸る。

「ハッ、オレを忘れちゃいなかったようだな!」
「痴れ言を。お前を忘れるなど、痴呆にでも懸からん限りは有り得ん」

 魔人の挙動を成すクー・フーリン、彼の見舞う魔槍術は変幻自在、豪快無尽だ。しかしアルケイデスもまた負けてはいない。偉大な師を戴く者同士、そして互いに師を超えた者同士、神域の果てにて鬩ぎ合う槍の極みは噛み合った。
 魔槍が閃き、巨槍が轟く。激突は一拍の間に百を超えた。二騎の槍手の中心の気流が暴れ、ただの槍術の凌ぎ合いが固有結界を軋ませる。彼我の膂力はアルケイデスが微かに上回る、しかし槍術はクー・フーリンが上を行った。全くの互角、されど明暗を別けたのは対人技能に秀でた光の御子――ではない。超雄同士の激突は、その決着を見る前に援護が入ったのだ。

 自らのサーヴァントであるクー・フーリンを、巻き込まんばかりの剣林弾雨だ。周囲を囲み浮遊した剣弾が躊躇なく降り注ぐ。アルケイデスは目を剥いた、光の御子を捨て石にするか、と。
 されどそのような愚行など有り得ない。瞬間的にアルケイデスは悟った。剣弾の悉くが極めて位階の低い宝剣でしかないのだ。

「ヅッ!!」

 アルケイデスに宝剣の霰が直撃する。アルケイデスのみに、だ。クー・フーリンは笑った。
 光の御子クー・フーリン。彼の保有する加護に『矢避けの加護』がある。生まれついて飛び道具による攻撃で傷を負った事のない彼を、遠距離から傷を負わさんと欲するなら、高位の宝具による射撃でなければならない。
 つまりクー・フーリンは、この低位の宝剣では被弾しないのだ。彼に当たる軌道の宝剣は不意に起こった風に逸らされ、あらぬ方へ飛んでいく。果たして宝剣の弾雨に晒されるのはアルケイデスだけだ。無論それらはアルケイデスになんら傷を与えられない。しかし彼の動作を阻害する効果はあった。互角の力量、故にこそその差は極めて大きくなる。クー・フーリンの赤眼がぎらりと光った。

「ゼァッ!」
「ぐ、」

 激越な気合いと共に魔槍が奔る。多数の隙を生み出されたアルケイデスは急所を守るしかなかった。肩を抉る魔槍の呪詛に苦悶する。しかし体は停滞しない。巨槍に魔力を送って豪快に振り地面を叩く。発される衝撃が地面を隆起させ、クー・フーリンを間合いから押し出した。最果ての槍の風圧が剣弾をも弾き飛ばし、態勢を整えようとしたが――その隙を逃さず飛び込んできたのはオルタである。
 先の意趣返しとなる剣撃は、柱の如くに膨張した黒剣の振り下ろし。完全に死角から振るわれたそれを、しかしアルケイデスは咄嗟に槍を掲げて受け止める。オルタの渾身の魔力放出が加わり、アルケイデスの両足が地面にめり込んだ。

 後退したクー・フーリンが魔槍を投じる。真名解放によるものではない。されどルーンで強化された膂力によって擲たれたそれは、充分にアルケイデスを殺し得る。
 受け止める、それは不可。躱す、それも不可。防ぐなど以ての他だ。オルタの剣撃を防ぐ為に両手で巨槍を防ぐのに塞がっていた。

「ォ、」

 一瞬の判断。

「ォォオオオオ――ッッッ!」

 無理矢理に体を捻り、心臓に突き立たんとしていた魔槍を躱した。代償にオルタの黒剣が自らの胴を袈裟に切り裂くのに、彼女に拳を叩き込んで吹き飛ばす。オルタは黒剣の腹で拳を受け、損害なく身軽に着地する。魔槍が担い手の許へ帰還する中、そこへ殺到するのは剣弾の雨。
 剣の丘に縫い付ける爆撃がアルケイデスを封じ込める。クー・フーリンは確信した。今だと。しかしオルタはハッとした。爆発に呑まれたアルケイデスの眼が不気味に光っている。直感した。

「待て! ラン――」
「出な、『圧し潰す死獣の褥(ソーラス・カスラーン)』!」

 顕現する光の御子の城。四方を囲み、城内の味方や己の幸運と宝具、魔力以外のステータスを増強させるそれ。固有結界の中に築かれた城塞は、内部の影響を結界に与えずに屹立する。聳え立つ城壁の威容は現代にまで現存する城、その古代のものであり、クー・フーリンの本拠地として機能した。

 黒剣により深傷を負ったアルケイデスが立ち上がる。巨槍が発する燐光が辺りに撒かれ、防壁となり剣弾を遮断したのだ。
 オルタやクー・フーリン、士郎を大幅に強化した城に、彼は笑っていた。

 固有結界を奪う、容易いが己には意味がない。無限の剣を発現するのは弓兵の異能、心象風景を顕すそれは、アルケイデスの心象風景を顕すだけでなんら価値がない。しかも術者は人間であり、これは魔術だ。宝具ではない。故に奪おうにも抵抗され、ほぼ効果がない可能性もある。
 しかしかといって騎士王の聖剣を奪う、これは容易くなかった。そして光の御子の魔槍を奪う、これは相手の力量ゆえに不可能。

 だがこれはどうだ? 己に重圧を与え、敵に加護を与えているこの宝具は。

「待ちに待ったぞ」

 この宝具があるのは知らなかった。だがしかし虎視眈々と機会を窺い続けた甲斐はあった。
 己の刑場となっている城の宝具。己にも重圧を掛けるそれは、間接的に己に触れているのと同義だった。
 アルケイデスは虚空に腕を伸ばす。彼の負った傷は秒毎に治癒していく。無尽蔵の魔力が己にはあった。今、彼は秘め続けた宝具を開帳する。その真名は、

「『天つ風の簒奪者(リインカーネーシヨン・パンドーラ)』」

 宝具を簒奪する宝具である。










 
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