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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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皐月の雹4

 
 古芥子姉妹はエイジと同じくAFS診断を受け、急遽契約を交わしたペアであるという。
 エイジを含む多くの場合は、国選魔女と片っ端から契約を試して成立を狙うが、古芥子姉妹は双子だ。すぐさま魔女である美杏がパートナーに名乗りを挙げた。

 契約とは、たとえ相手が姉妹家族であっても成立するとは限らない不確定要素を孕んでいる。そんな中でもきっちり妹と心を通わせて契約を通せたというのは驚くべきことなのだろう。
 見た目は今時のチャラチャラした姉妹だが、先生に言われて術を発動する二人は、互いを愛おしそうに抱きしめ合っていた。あれがトリガー行動ということになるのだろう。永海の鼻息が荒かったのはみんな聞こえてるけど敢えて無視している。

 そして、術が発動した。

「「振鉄(ウォーモング)――『浄道灼土(ファロヴァイア)~っ♪』」」

 その言葉が紡がれた瞬間、彼女たちが身に着けていた可愛らしいリングたちが宙を浮き――その空洞内から、白熱した膨大な熱量の炎がレーザーのように大量に発射された。すべての光は出鱈目に周囲にばらまかれ、そのいくつかがエイジの造形した巨大な氷花を貫き、蒸発させた。

 あんなものを人間が受ければ、塵も残らないのではないか。恐ろしい想像にエデンの背筋がぞわりと震えた。

「ちっ、はしゃぎすぎだ!!」

 と――リック先生が瞬時に前に出て、突然魔鉄器を振り翳す。

 ゴバァァァッ!!と空気を抉り取る音と共に突風が吹き荒れ、空気が押し出されたことで背後から吹き荒れる風圧に転びそうになる。すぐさまエイジが自らも堪えながら手を貸してくれたが、永海と悟は無防備に風の直撃を受けたらしく盛大にスッ転んでいる。

「な、何事だオイ!……ああっ、永居が顔面から地面に突っ込んでグラウンドに眼鏡型の凹みが!?クッソオモシロ!!」
「面白がってないで俺の頸椎の心配をしろクソがッ!!あの教師、滅茶苦茶やりやがって……」

 首を押さえながら忌々しそうに立ち上がる悟は、暗にエデン含む数名が「もしかして流れ的に説明してくれる感じかなー」と期待した目で見ていることに気付き、「俺は解説者になった訳じゃねぇッ!!」と怒鳴った。

「全くどいつもこいつも少しは俺を労われ。この頭脳が失われたら日本の、いや世界の損失だぞ」
「お怪我はございませんか、永居様。アーマーは防御力や抵抗力を上昇しても、物理的質量による運動エネルギーの相殺まではできませんからね。お眼鏡が少し汚れておりますのでお拭きいたします」
「うむ、苦しゅうない。気が変わったので説明してやろう」

 ちょろいのか何なのか、あざねが言われるがままに労わるとすぐに態度を軟化させた。あざねの主たる八千夜は少しあきれ顔で、あざねは眼鏡をきれいに拭き取りつつちらりとこちらに目配せし、微笑んだ。どうやら彼が解説してくれるようにという彼女の策略だったようだ。出来るメイドである。ウチに一人欲しいがそういうわけにもいかないので、エイジを執事にしてみようか。
 ……燕尾服を着てお嬢様とか言ってくるエイジを想像し、ちょっとありかも、とエデンは一瞬真面目に検討した。乙女としての好奇心を擽るものがある。

「古芥子姉妹の発動させた鉄脈術は簡単に言えば炎の術だ。あのリングから膨大な熱線を発射するどこぞの巨大怪獣みたいなものだ。詳しい解析結果は省く。で、何でいきなりあの暴力教師が棍棒みたいな鉄の塊振り回したかというとだな……発射された熱線が校舎直撃コースに乗ってたから、あの野郎風圧で無理やり上に逸らしやがった」

 風を起こして、ではなくぶん回した風圧で、というのが、恐ろしさ半分納得半分だ。
 術の発動前の時点で先生からは途方もないエネルギーを感じた。本人も肉体強化系の術を使うと言っていたし、これで術を発動させれば氷塊を跡形もなく蒸発させる熱量もなんとかしてしまうのだろう。

 と、そこまで考え、ふと疑問が頭をよぎる。

「あれ?先生、詠唱してたっけ?」
「してた。ただし高速言語(ハイワード)でな」
「は」
「い」
「わー」
「ど?」

 天馬、朧、永海、そしてエデンが首を傾げる。ここで悟だけに説明させぬ気遣いか、あざねが捕捉説明した。

高速言語(ハイワード)とは、言語を用いたより効率的なコミュニケーション、および詠唱の短縮のために開発された新機軸言語です。発祥は星詠みの国であり、コミュニケーションに必要な最低限の文法と発音にまで言語を圧縮します。これによって通常どんなに急いでも平均三秒は必要な詠唱を一秒まで短縮可能です」
「戦場じゃ接敵してから攻撃するまでに三秒は長すぎるからな。各国の軍等では緊急事態において一秒でも早く鉄脈術を発動させるため高速言語を学習させてる。尤も、完全な習得には早くとも大学で2年は勉強しなけりゃ覚えられないような代物だから、術の発動に必要な部分限定だ。完全に使いこなせる奴なんぞよっぽどの物好き、SFや言語マニア、あとは日常的に使ってるやつもいる星詠み連中くらいだろう」
「――もちろんお前らは覚えなくていいぞ。覚えるなら英語覚えてからにしろ。高速言語にも弱点はあるしな」
「あ、先生」

 と、そもそもの発端であるリック先生が近づいてくる。どうやら危ない鉄脈術を考えなしに大放出した古芥子姉妹にきつい説教とげんこつをお見舞いしたらしく、二人の頭には漫画のようなたんこぶが出来ている。

「権力のオーボーだぁ……」
「くすん、体罰反対……」
「例年一人はこういう馬鹿がとんでもない術を無差別にぶっ放す。だから流れ弾が建築物や人に命中しないように聖学校のグラウンドは過剰なまでに広く、また目には見えんが三重の普遍障壁が張られている。もちろん三重にしても抜けるときは抜けるから、くれぐれも適当にぶっ放すなよ。特に氷室、お前の術みたいに物理的質量を伴う術は普遍障壁が効きにくい」

 普遍障壁とは、アストラル干渉にて通常空間を通常のままにするものだ。見ている分には何も存在しないように見えるが、障壁があると鉄脈術の威力が減退する。ただ、これは先生の言った通り、エネルギーを放出するタイプの鉄脈術以外にはそれほど減退効果が望めない。これも授業で習った範囲だ。
 しかし、とエデンは首を傾げる。確かにエイジの氷はかなりの質量だが、グラウンドを突破するほどのものを生成したり発射したりできるものなのだろうか。

「エイジの能力ってそこまで広範囲に放出できるんですか?」
「見たところ、本人のやる気次第だな。術の燃料はアストラルからの現実改変、つまり理論上は水道の蛇口みたいに出しっぱなしにできる。エイジはさっき自分ですぐに術を止めたが、実際には発動状態になった場合は集中力の続く限りいくらでも氷の体積を拡大させることが出来る筈だ。無論、暁も氷室がやりすぎそうなら止めてやれ」

 まぁ、魔女は自らの意思で製鉄師に術を抑制させる術を持たないのだが、そこはパートナーとして言葉や行動で示せということだろう。というか、集中力さえ続けば悟のように術発動状態をあんなに継続できるのか、と思う。実際に体験してみると、鉄脈術は奥が深いものだ。

「さて……これで五組中四組の鉄脈術を確認した。後はお前たちだ、戌亥と千宮」
「二人にとっては今更かもしれないけど、先生たちもちゃんと確認するのがお仕事だからねー」
「そういうことだ。だから――遠慮なく(・ ・ ・ ・)かかってこい(・ ・ ・ ・ ・ ・)。事情は知ってる」
「――本当の本当に、宜しいのですね?わたくし、責任は取りませんわよ?」
「何事かあれば他ならぬ俺が取らせてやる。……副担任、生徒たちを」
「はいはーい、皆さんこちらへずずいっと!これから模擬戦に入るから50メートルは距離を取ってね?」

 ルーシャ先生が八代夜とあざね以外の全員を距離を取った範囲へ移動させる。
 事情は呑み込めないが、予想はつく。先生のは分かるが、どうやら八千夜の鉄脈術はかなり危険な部類らしい。知らぬうち、全員に緊張感が漂う。

「……お嬢様、あざねはいつでも」
「宜しい。では、参ります。マイニング・ユアブラッドマイン――」
「ローディング・マイブラッドユアーズ」

 八代夜があざねに手を差し出し、あざねはその手を受け止めて恭しく手の甲に口づけをする。
 本来なら口づけは男性の行うものだった筈だが、それが彼女たちのトリガーなのだろう。

鍛鉄(トライン)――………」

 それは、クラスの皆の耳には届かない。あるいは彼女自身の耳にも届いていないのではないかと思えるほどの、囁きだった。
 しかし詠唱に必要なのは言葉と術式の適合であり、それの条件をクリアすれば大声小声など何の関係もない。

 瞬間、彼女の全身に異変が起きた。青白い光が虚空から湧き出て収束し、彼女の肢体にまとわりつき、全身に広がってゆく。僅か数秒だろうか、突如光を破って姿を現した八千夜を見た周囲は、絶句した。

 美しい髪は黒ではなく美しい金に染まり、口の八重歯は二倍ほどに肥大化。作り物だった筈のカチューシャの耳が完全に金の毛並みの獣の耳として体と一体化し、バニースーツのように覆っていた魔鉄の装甲はへそが露出している以外は全て獣の毛へと変貌。尾もまた完全に獣のそれへと変貌していた。
 さらに、両手と両足もライオンなどのネコ科肉食獣を思わせる形状に変貌。その両手からは鉤爪のような鋭い爪が殺意むき出しで展開されている。

 それは、見事なまでの「獣化」だった。

 変身型鉄脈術。鉄脈術のなかでも特異な、自らの姿を別のものへと変貌させる術。

 それは余りにも野生的で、趣味的で、煽情的で――何故かとても、美しかった。

 彼女は変身を遂げたというのにその場から動かずに上を見上げている。そこには空がある。先ほどまでは晴天だったが、古芥子姉妹の術による氷の融解とリック先生の振り上げで上昇気流が発生し、僅かに雲が出来ていた。

 あまりにも静かな時間数秒か、数十秒か――先に動いたのは、静から突然動に移った八千夜。ゆっくりとリック先生を振り向いた瞬間、肉食獣の瞳が見開かれ、弾かれるように先生へと接近し――。

「えっ――」

 人体を容易に切断できるであろう鋭い爪を、何の躊躇いもなく振り下ろした。
 しかし既に反応している先生は顔色一つ変えず鉄塊のような魔鉄器で受け止める。

「――聞いた通りだな。変身して獣化すると戦闘衝動が抑えきれず、近くにいる男を優先して攻撃する」
「ああ、ああ――はしたない女とお笑いください。でも、でも、この爪も牙もどうしようもなく……血を欲してしまうのですッ!!」

 ギチギチと金属の擦れ合う異音を響き渡らせながら、リック先生の言葉に対して興奮状態の八千夜は頬を紅潮させて叫ぶ。『歪む世界』に一体何を見、そして感じたのか。既に彼女は暴力に憑り付かれていた。
 獣のようにしなやかに身をひねって背後に跳躍した八千夜は、両手の爪を広げて疾走。がりがりと地面を魔鉄の爪で削りながら掬い上げ、叩き下ろし、横薙ぎなどを蹴りや尻尾での殴打を交えながら縦横無尽に攻撃を繰り広げる。あまりに攻撃の鋭さに真空刃が発生し、リック先生の周囲の地面は瞬く間にずたずたに切り裂かれ、めくれ上がっていく。

「えっ……あのさ。あれ、殺そうと……してる、よね」

 勘違いであってほしいと思いながら、エデンは自らも引き攣っていると自覚できる顔で周囲を見渡す。天馬は食い入るように戦いを見つめ、朧は絶句し、古芥子姉妹は口元を抑えて震え、永海はおおむね私と同じ顔をしていた。エイジは、何が起きているのか分からないとばかりに茫然としている。
 誰も、エデンの言葉を否定してくれなかった。

「アハッアハハハッ!当たらないわ、爪が!今まで訓練を頼んだ殿方には皆届いたのに!紅かったのに!凄いわ先生!でも防いでばかりではわたくしは止まれなくてよ!この高ぶり、勝利か敗北によってしか止められない!!」
「………」

 ギャリン!ガキン!と、明らかに力加減を一切していない衝突音を響かせ、狂喜する八千夜の爪は更に加速してゆく。その様はまさに獣。人の姿を得た獣の、殺戮の為の暴力だった。パートナーのあざねがその光景を瞬きすらせずに見つめているのもまた、異常さを際立たせる。
 怖い――この鉄脈術の訓練を受けて心のどこかでずっと心のどこかで感じていた恐怖に、足が一歩後ろに下がり、手がエイジのコートのすそを反射的に掴んでいた。普段は甘やかすための手が、今は助けを求めているようだ。

 エイジはコートが掴まれると、ぼうっとした顔からいつもの顔に戻り、エデンを抱き寄せて背中からぎゅっと抱きしめた。コートを通じてエイジの体温が伝わり、不思議と安堵を覚える。エイジは時々、私が寒がったりするとこうして抱きしめる。普段は恥ずかしいのだが、今はそうは感じない。

「どうしたの?」
「八千夜ちゃんが……怖くて。リック先生、怪我するんじゃないかなって」
「大丈夫、先生は平気だよ」
「なんで?」
「ルーシャ先生は全然平気な顔してるから。ルーシャ先生は知ってるんだ。リック先生が負けないことを」

 言われて、はっとする。先生のパートナーであるルーシャ先生こそ一番この状況に動揺しそうだというのに、ルーシャ先生は暢気に「おー」とか「わー」とか、気の抜けた声で観戦に興じていた。それだけ、リック先生に絶大な信頼を置いているのだ。

「それに――リック先生、反撃せずに敢えて受け止めることに徹してる。多分そろそろ、決着が着くんじゃないかな」
「そのようだな……ほれ皆の衆、まもなくカーテンコールみたいだぞ」

 ルーシャ先生と同じく観戦していた悟が顎で指す戦いの場。そこで一方的に攻撃を受け続けていたリック先生が、動いた。

 八千夜は恐ろしい柔軟性と速度で先生の周囲を飛び回り、すれ違いざまなどに次々攻撃をしかけており、その速度たるや捉えることすら困難なほどだ。しかし背後からも死角からも、あんなに巨大な鉄塊一つですべて防ぎきるリック先生は、頃合いとばかりに腰を落として攻撃の体制に入る。

「さて、素早い速度による攪乱に対して有効な技を一つ教授しよう」

 次の瞬間、先生は魔鉄器の柄を上にして垂直に持ち上げ、地面に叩きつけた。



 ズドンッッッ!!という轟音とともに、リック先生の半径20メートルが地割れを起こして陥没した。



「な――足場がッ」
「このように、近距離をちょろちょろする相手は足場を潰せば機動力を確保できなくなる。移動方法にもよるがな。そして――」

 足場が突然崩れたことで着地に手古摺りつつも、獣特有のバランス感覚でなんとか着地を決めた八千夜の目の前に、魔鉄器という名の巨大な金棒が、『死』という明確なイメージを伴って殺到した。

 ゴキャアン、と。
 鈍い音を立てて、八千夜の体が宙を舞った。
 相応の速度で打ち出された八千夜は地面に何度も激突しながらごろごろと転がり続け、やがてルーシャ先生の前でぴたりと止まり、砂塗れになりながら淀んだ目で呟いた。

「……自分が死んでないのが納得いかないのは人生で初めてです。確かにあの魔鉄器、表面が柔らかかったですわ」
「――まぁ、そういう訳だ。いいかお前ら。俺はお前らが暴走しようが束になってかかってこようが、教育上の指導が必要なら戌亥のように容赦なく叩きのめすから覚えておけ」
「「「「「はい」」」」」

 全員、即答だった。八千夜と悟も即答だった。八千夜の殺人的な衝動に対する恐怖を物理的に吹っ飛ばす出鱈目なパワーに、エデンたちは無力である。

 この日、人類(クラス)共通の敵(ぼうりょくきょうし)を前に団結(くっぷく)した。
  
 

 
後書き
高速言語はSF作品でたまに出るやつを元にしてます。
有詠唱、無詠唱、二重詠唱は応用に当たるため、まだ知識だけある状態です。
八代夜の術名はそれ自体が彼女の過去に対するネタバレなので敢えて伏せています。
リック先生もまだナイショ。 
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