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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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皐月の雹3

 
「氷室、術を使って降りてこい」
「はい」

 巨大な氷の塊の上にいたエイジとエデンに、下からリック先生の声がかかる。
 パートナーとされる製鉄師と魔女だが、術の発動は全部製鉄師がやるので魔女に出来ることは殆どない。なので基本はエイジ頼みだ。どうやって降りるのだろう、と若干の好奇心を持ってエイジを見つめる。

 すると、エイジはエデンに背を見せておんぶの体制を促した。促されるまま乗ると、エイジはまず自分の足元から先生たちのいる場所まで氷の坂道を作り、シュプールのような溝を造形し、ブーツの底をスケート靴のように設置面の小さな氷で包み、そのまま坂を滑って下まで降りた。

 ひゅう、と風を切ってかなりの速度で滑り降りるが、寒さは感じない。しかし、エイジの周囲は恐らく常人なら震える程に寒い筈だ。それが証拠に、エイジの口からは嘗て見た冷気の煙が微かに(けぶ)っている。
 そのまま坂を滑り切り、下に用意した平らな氷のスペースできっちりブレーキをかけて減速し、エデンとエイジは二人とも地上に戻った。

「……初めて使ったとは思えないほど繊細かつ大胆な降り方だな」
「わっ、寒っ!!エイジくんの術は氷というよりは冷気を操るのかな……ね、ね、アイスブレスとかできる?試しにリックの武器の先にどうぞ!」

 若干の好奇心を隠せないルーシャ先生に唆され、氷のない下にエデンを下したエイジは一度息を吸い込み、ふぅ、と一気に噴き出した。
 瞬間、パシャシャシャ、と音を立ててリック先生の魔鉄器の先端に大量の霜が生えた、息を吹いた方から直線状に20センチはあろうかという霧氷が伸びる。

「すごー……氷や冷気を操る人は見てきたけど、あの大規模製氷といい呼気でこの霜といい、やっぱり振鉄(ウォーモング)の子は小さな動きでとんでもない事するよね。この力、軽々しく使っちゃダメよ?」
「お前はあまり自覚がないだろうが、お前の周辺は摂氏マイナス20度をとっくに下回ってるからな。力を使っている時点で周囲を相当歪めてしまうのが振鉄(ウォーモング)の特徴であり、集団戦闘を難しくする欠点だ。覚えておけ」

 と、ルーシャ先生とリック先生は平然と言うが、それ以外の面々はモロに冷気を浴びているのか明らかに寒がっている。ただ、寒がり方にばらつきがあり、天馬と八千夜、古芥子姉妹は強烈に寒がっているものの、他の魔女たちと悟は普通の寒がり方で、永海だけちょっと肌寒い程度のリアクションだ。その違いは気になるが、やはりエイジの『歪む世界』は相当周囲に影響を及ぼしているようだ。
 ちらりと足元を見たエデンは、エイジの両足から放射線状に氷の結晶が広がり続けているのを見て、スケートリンクを作る仕事でもすれば一財築けるかもしれない、と馬鹿なことを考えた。尤もそれは、寒さを毛嫌いするエイジの気が絶対に向かないことだろうとも思ったが。

「……さて、ここで問題だ。それほどの冷気を発してるにも拘らず目の前の二人が平気そうにしている理由はなんだ?戌亥、答えを」
「そそそ、それは……発動者であるエイジとパートナーのエデンは、たた、単純に自らの内包する世界故にそれを異常と感じて、いい、いないからで……」
「うむ。では浜丘に影響が薄い理由を、千宮(せんのみや)、答えろ」
「浜丘様が平気なのは……っ、魔鉄の加護(ブラッド・アーマー)が浜丘様によって強化されているからと、推測されます……パートナーの永居様も若干ながら、浜丘様の恩恵を受けているかと」
「正解だ。お前らもアーマーを纏っているからその程度で済んでいるが、実際のところ――」

 言いながら、リック先生が手に持つ契約魔鉄器の端をパカっと開き、中から携行ゼリーの袋を取り出して「ほら」と、エイジに投げ渡した。エイジがそのゼリーを受け取ると、パキン、と鋭い音を立ててゼリーが完全に凍結する。

「――アーマーなしに近づくと、ああなる程度にはすさまじい冷気を放っている」
「というかその魔鉄器、小物入れまでついているのか!?」
「生徒の為の非常食が三日分入っている。ほかにも簡易浄水ストロー、魔鉄ラジオ、携行魔鉄灯、衝撃吸収パット、小型救急キット……」
「非常袋かッ!!というかそんな見た目しといて意外に軽い原因の一つはそれかッ!?」

 相変わらずツッコミに余念がない悟である。そして先生は一体何に備えているのだろうか。

 閑話休題。エイジがAB供給を自ら停止させたことでやっと普通の温度が戻ってきたので周囲もすっかり平気になっている。

魔鉄の加護(ブラッド・アーマー)については、とっくに授業で基礎を教えたから全員把握してるものと思う」

 リック先生の言葉に反論する者はいない。それぐらい魔鉄の加護とは当たり前の知識だ。

 魔鉄の加護、それは製鉄師と魔女が契約した時点で身に纏う『論理防壁』だ。私たちの生きている物質界より上位とされるOI能力の源、霊質界――その世界の法則をうっすらと纏うことにより、肉体が物質界に対して優位性を持つ。
 この優位性の法則はいまだ曖昧な部分があるが、特筆すべきは「害意ある物理攻撃」――銃弾や刃物に対しては特に強い優位性を持つということだ。つまり相手が製鉄師である場合、OI能力を持たない人間はどんなに強力な武器を持っていようが全く歯が立たないということだ。
 これを破るには同じOI能力者であること、もしくは元々が霊質界の存在である魔鉄を加工した武器がなければならない。また、OW深度が深まると『論理防壁』の纏う上位法則も濃くなるため、同じOI能力者の間でも防壁の強度は異なる。

 と、ここまで聞くとものすごく聞こえるが、製鉄師同士の戦いぐらいの現実歪曲になるとランク差があっても直撃すればダメージは通る。多少減退はされるが、ファンタジーのRPGで言えば魔法で防御力を上げた、ぐらいのものである。つまり、そもそも食らうダメージが大きければ多少の防御力など大して関係ない。魔女に関しては鉄脈の源であるためか更に強い防壁が展開されるが、これもやっぱり根幹では変わらないので痛いものは痛いし刺さるものは刺さる。

 そしてもう一つ。実際のところ、この魔鉄の加護とは鎧というよりパワードスーツで、身体能力を上昇させる効果もある。防御力にばかり目が行ってしまいがちなのは、身体能力の上昇度が衝撃的な防御性能に比べかなり緩やかなものであるから目が行きにくいのが原因だろう。
 これは完全に余談だが、アーマーって言い方だと紛らわしいから名前変えないかという話もあるらしい。ただ、これに対して親ラバルナ派が猛烈にケチをつけるために実現には至っていないようだ。誉れ高きラバルナの名付を愚弄するとは何事だー、とのことである。
 面倒くさい大人、とエデンは内心ため息をついた。

「――それでだ。起動句の詠唱を終えてABを展開すると、このアーマーを魔女の一存で多少なりとも強化できるようになる。浜丘は恐らく寒さから逃れたい程度しか考えていなかったんだろうが、今回はその防衛本能のおこぼれで永居も比較的寒さに耐性を持ったわけだ」
「なるほど~、それで寒がり方にバラつきがあったんだ……」
「ただ、この強化度の調整については相応の戦闘経験を積まなければ難しいので、中学のうちにこの技能を求められることはない。まぁ、凪原と天掛はその辺の技能をきっちり習得しているがな。戌亥家からの報告によると、千宮は既にマスターしたとあるが、どうだ?」
「抜かりなく報告通りですわ、トラヴィス様」
「担任教師に様付けは感心しないな。先生と呼べ」
「……かしこまりました、トラヴィス先生」

 あざねは笑顔を崩さず優雅に礼をした。このクラスで唯一、ルーシャ先生以上に髪色が鋼色に染まっている彼女は、メイドの奉仕精神を魔女としての技術にも注ぎ込んでいるようである。それにしても戌亥家……とエデンは黙考する。個人で製鉄師と魔女としての訓練を積めるほど高度な教育を施すということは、前から金持ちの家とは思っていたが想像以上に凄い家柄なのかもしれない。

 そんなに凄い家で、戌亥。一つ、思い浮かぶ家がある。
 しかしそれを確認するのは、本当だった際に余りにも――と思い、心の奥に押し込む。



 = =



 記録復元、開始。時系列、固定時間軸「和光37年4月」より79日と8時間前。

 座標、 鉄結管理局(ウェルディング)本部。記録内容、会話。



「――療養に?」

「はい、間違いありません。この日、この時間、確かに療養で別荘に滞在しています」

「……そりゃ、別荘地には悪くない立地だ。それにあんなことがあった後だ、療養に行っても不思議じゃない。不思議じゃないが、こいつは――」

「出来過ぎ、ですね。事件の当事者というほど深く関わっているわけじゃありませんが、どうしてこんなにも……」

「そんなの俺が聞きたい。偶然もここまで重なれば必然、ってか。でも、でもだ……この必然が指し示すことの意味が分からないことには、何も進まんだろ?くそっ、どこまで深いんだ……まるで奈落に墜ちてるみたいだよ」



 記録復元、終了。情報を記録しました。

 次の情報復元を開始します。復元完了まで、あと――。
  
 

 
後書き
魔女身長順
ルーシャ(158cm)>美杏(155cm)>永海(149cm)>朧(147cm)>あざね、エデン(144cm)
あざね、エデンは魔女内では下の上くらい。ルーシャはかなり高い方です。
ちなみにおっぱい順だと下記の通り。
美杏>永海>ルーシャ>エデン>朧>あざね
朧、あざね辺りは小さい方で、ルーシャが平均くらい。美杏はちょっとしたグラビアアイドルくらいあります。

男どもの雄っぱい順だとリック>天馬>エイジ>悟です。
リックと天馬は鍛えているので結構筋肉があります。エイジが平均よりちょっと細く、悟は背丈の低いもやしっ子です。身長順だと天馬とエイジが入れ替わります。エイジ、結構身長高めです。 
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